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登録意匠「補助ローラ台」無効審決取消請求事件: 東京高裁平成10(行ケ)159号平成11年5月18日判決(審決取消・認容)〔18民部〕

〔キーワード〕 
先願意匠の含む公知意匠、全体の基本的構成態様と各部の具体的構成態様、印象、美感

 

〔判示・認定事項〕 

  1. 本件意匠と引用の先願意匠とは、全体の基本的構成態様が共通し、また各部の具体的構成態様が共通する。しかし、補助ローラ台についての公知の意匠によれば、その全体の基本的構成態様が、薄い矩形板体の上面中央に、細い帯状板体から成る枠体を載設した基板部と、その上方のほぼ矩形枠体に内筒体のローラを内設したローラ枠部とを前面視ほぼ「X」字状に形成した昇降部により係支したものは、一般に意匠として普及しているものと認められる。また具体的構成態様が、ローラ枠部の前後の両側端部寄りの部位で昇降部の上端と、基板部の枠体の前後の部位で昇降部の下端とをそれぞれ係支し、ローラ枠部は帯状板体から成るほぼ矩形枠体に形成し、昇降部は2枚の細い帯状板体をほぼ中央で交差したものを一対にして間隔を空けてその交差の中心で軸架して現わしたものも、一般に普及しているものと認められる。
  2. このような事実関係の下で、本件意匠と先願意匠の各要部を検討すると、1.正面図から見るローラ枠部、2.基板の枠体の各構成に差異が認められ、これらの差異から生じる印象は、本件意匠は全体としてスマートで均整がとれている印象を生じさせるのに対し、先願意匠は重厚である一方で上部の方の存在感を強調させる印象となっているから、この印象の差異は両意匠の美感の相違を看者に与えている。 
  3. 特に1.のローラ枠部の形状の差異により上記の印象の差異を生じさせることに伴い、前記のように一般に普及している補助ローラ台の意匠における共通する各部の具体的構成態様を凌駕して、看者に対し、両意匠間の顕著な印象の相違となって現われている。

 

〔事  実〕

 

 原告(W社)は、意匠に係る物品「補助ローラ台」に関し、平成4年11月20日に意匠登録出願をし、平成8年4月8日に設定登録した意匠登録第356726号に係る意匠(本件意匠)の意匠権者である。
 被告(I社)は、平成9年8月12日、本件意匠に対する登録無効審判(平成9年審判第13664号)を請求したところ、特許庁は、その先願意匠に類似することを理由に、平成10年4月20日、本件意匠の登録を無効とする旨の審決をした。
 そこで、原告は、審決取消の訴訟を提起した。

 

〔判  断〕

 

1 本件意匠及び先願意匠の構成態様 
(1) 別紙の本件意匠及び先願意匠の図面によれば、
1. 本件意匠が、薄い矩形板体の上面中央に、細い帯状板体から成る矩形枠体を載設した基板部と、その上部のほぼ矩形枠体に円筒体のローラを内設したローラ枠部とを、前面視ほぼ「X」字状に形成した昇降部により係支して、全体の基本的構成態様としたものであること、
2. 先願意匠が、薄い矩形板体の上面中央に、細い帯状板体から成るほぼ「コ」の字状枠体を、間隔を空けて左右に相対して載設した基板部と、その上方の矩形枠体に円筒体のローラを内設したローラ枠部とを、前面視ほぼ「X」字状に形成した昇降部により係支して、全体の基本的構成態様とし、ローラ枠部の前後の両側端寄りの部位で昇降部の上端と、基板部の枠体の前後のほぼ中央の部位で昇降部の下端とをそれぞれ係支し、ローラ枠部は、やや太めの帯状板体から成る矩形枠体に形成して、左側端面中央下部には摘みを設け、昇降部は、2枚の細い帯状板体をほぼ中央で交差したものを、一対にして間隔を空けてその交差の中心で軸架して表した、各部の具体的構成態様とし、さらに子細に見ると、基板部の右側の枠体の横幅は、左側の枠体の横幅のほぼ倍に表し、ローラ枠部の係止部は、左側を軸支状係止部とし、右側を長円孔状の浮動状係止部とし、基板部の係止部は、ローラ枠部の係止部と同様に、左側を軸支状係止部とし、右側を長円孔状の浮動状係止部としたものであること、が認められ、これらの点は、審決も認定し、原告も認めているところである。ただし、先願意匠について、ローラ枠部が、やや太めの帯状板体から成る矩形枠体で形成されている点については、後に説示を補充する。
(2) また、本件意匠の各部の具体的構成態様は、審決が認定したとおり、「ローラ枠部の前後の両側端寄りの部位で昇降部の上端と、基板部の枠体の前後の両側端寄りの部位で昇降部の上端と、基板部の枠体の前後の両側端寄りの部位で昇降部の下端とをそれぞれ係支し、ローラ枠部は、細い帯状板体から成る矩形枠体の外側に、細い帯状板体から成る一回り幅広のほぼ「コ」の字状枠体を形成して、右側面中央には摘みを設け、昇降部は、2枚の細い帯状板体をほぼ中央で交差したものを、一対にして間隔を空けてその交差の中心で軸架して表したもの」であると認められる。 
2 両意匠の共通点 
 したがって、両意匠は、薄い矩形板体の上面中央に、細い帯状板体から成るほぼ枠体を載設した基板部と、その上方の、ほぼ矩形枠体に円筒体のローラを内設した基板部とを、前面視ほぼ「X」字状に形成した昇降部により係支した、全体の基本的構成態様が共通し、ローラ枠部の前後の両側端寄りの部位で昇降部の上端と、基端部の枠体の前後の部位で昇降部の下端とをそれぞれ係支し、ローラ枠部は、帯状板体から成るほぼ矩形枠体に形成して、左側端部には摘みを設け、昇降部は、2枚の細い帯状板体をほぼ中央で交差したものを、一対にして間隔を空けてその交差の中心で軸架して表した点で、各部の具体的構成態様が共通するものということができる。
3 補助ローラ台につき一般に普及している意匠の構成態様
 しかしながら、甲第4号証に添付の実公平6-5099号公報(審判甲第2号証。甲7号証)、第8号証(実開昭57-193388号公報)、第10号証(意匠登録第892787号公報。昭和63年出願)、第11号証(意匠登録第858252号公報。平成1年出願)、甲第12号証(マキタ電機製作所発行の補助ローラーのカタログ。昭和56年発行)、甲第21号証(意匠登録第639864号。昭和56年出願)によれば、補助ローラ台においては、その全体の基本的構成態様が、薄い矩形板体の上面中央に、細い帯状板体から成る枠体を載設した基板部と、その上方の、ほぼ矩形枠体に円筒体のローラを内設したローラ枠部とを、前面視ほぼ「X」字状に形成した昇降部により係支したものは、一般に意匠として普及しているものであることを認めることができ、また、具体的構成態様としても、ローラ枠部の前後の両側端寄りの部位で昇降部の上端と、基板部の枠体の前後の部位で昇降部の下端とをそれぞれ係支し、ローラ枠部は、帯状板体から成るほぼ矩形枠体に形成して、昇降部は、2枚の細い帯状板体をほぼ中央で交差したものを、一対にして間隔を空けてその交差の中心で軸架して表したものも、一般に普及しているものであることが認められる。
4 両意匠の類否判断
 このような事実関係の下で、本件意匠及び先願意匠の要部を検討するに、1.正面図からみるローラ枠部が、先願意匠では、やや太めの帯状板体から成る矩形枠体に形成しているのに対して、本件意匠が、細い帯状板体から成る矩形枠体から成るものであることの差異(別紙本願意匠図面及び先願意匠図面の縮尺でみると、先願意匠が縦1.05cm、横5.7cmで、約1対5.42の比率となっているのに対し、本件意匠が縦0.4cm、横7.9cmで、約1対19.75の比率となっている。)、及び、2.基板部の枠体が、先願意匠では、細い帯状板体から成るほぼ「コ」の字状枠体を間隔を空けて左右に相対して表しており、正面図からみると、厚みのある面が左右に配されているものが表されているのに対して、本件意匠が、細い帯状の板体から成る矩形枠体に形成して、前後の中央上端に半円状の切り欠きを表しているという差異のあることが認められる。
 そして、これらの差異から生じる印象は、本件意匠においては、ローラ枠部が先願意匠より細い帯状枠体であり、基盤部の枠体も先願意匠のように分かれておらず、連続した細い帯状板体であることからして、全体としてスマートで均整がとれている印象を生じさせるのに対し、先願意匠においては、ローラ枠部が本件意匠より太い帯状枠体であり、基盤部の枠体は左右に分かれていて連続した板体ではなく、左右の長さも異なっていることから、重厚である一方で上部の方の存在感を強調させる印象となっている。この差異は、本件意匠と先願意匠の美感の相違を看者に与えていることが明らかである。
 この印象の差異は、特に、1.のローラ枠部の形状の差異により上記の印象の差異を生じさせることに伴い、上記3のように一般に普及している補助ローラ台の意匠における共通する各部の具体的構成態様を凌駕して、看者に対し、本件意匠と先願意匠との間の顕著な印象の相違なって表れるものと認められる。
5 まとめ
 したがって、本件意匠と先願意匠とは、「形態においてもその基調が共通するものであり、差異点はその基調を凌駕するほどのものではないから、意匠全体として観察すると類似するものというほかない」とした審決の判断は誤りであり、この誤りは、本件意匠をもって、意匠法9条1項に違反して登録されたものとした審決の結論に影響を及ぼすものであることが明らかである。

〔研  究〕

1. この判決において最も注目される点は、審決が無効として引用した先願意匠を、先願意匠に先行する公知の意匠と対比することにより、この先願意匠の基本的構成態様と具体的構成態様とを分析していることである。
 意匠登録の無効審判事件において請求人が、被請求人の登録意匠を登録無効とする事由に意匠法9条1項違反を主張するときは、単に先願意匠と本件意匠とを対比しその類否を問題にしていることから、特許庁もそのような考え方にしたがって審決するのが普通である。このとき、被請求人(意匠権者)が、引用された先願意匠に先行する公知の意匠の存在によって、先願意匠が有する創作の要部を把握し、その類似の範囲の狭さを立証しても、それには耳を貸さないのが普通である。審判部がそのように考えるのは、先願意匠を単に一つの存在する意匠とは見ずに、先願意匠に先行する公知の意匠を全部自らが包含した代表として存在する意匠と見ているからである。
 これに対し、この審決取消訴訟において東京高裁は、そのような審判部の考え方を全面的に否定し、先願意匠にあってもそれには何らかの創作が存在するものであるから、それに先行する公知の意匠との関係によって先願意匠が有する創作の度合を明らかにすべきであると考えたことから、本件において引用された先願意匠が有する基本的構成態様も具体的構成態様も、比較的限定された創作度合しか具備していないものと認定したのである。その結果、具体的構成態様において本件意匠と先願意匠とは大きく相違し、そこから受ける印象ないし美感にも顕著な相違があると認定し、両意匠は非類似と判断したのである。
 判決のこのような考え方は、登録意匠と公知意匠とを対比して当該登録意匠の創作度合を把握した上で、類否判断を行うという手法と全く同じである。そして、先願意匠を引用しての登録無効審判事件においては、このような考え方をすべきであることを筆者は日頃考えていたから、全面的に賛成したい。
2. 先願意匠についてのこのような考え方に共通する問題として、先願意匠が意匠法3条1項柱書違反によって拒絶査定されていた場合に、それに先願の地位を認めて引用することができるかという問題があった。3条1項柱書違反とは、先願意匠が図面不一致に よって拒絶査定されている場合であるが、従来の審査において、単にそのような手続的瑕疵ある意匠にあっても「工業上利用することができる意匠」を完成していないと考えていたことは不思議である。
 この考え方は、東京高裁においても採られた。筆者の経験では、東京高裁昭58(行ケ)254号昭和59年12月18日判(棄却)があり、同旨として東京高裁昭60(行ケ)158号昭和63年4月30日判(棄却)がある。しかし、未完成と認定された出願意匠は完成と認定される出願意匠とは、本来的に対等の地位を占めるに価いするものではないから、実質的に先願の地位を認められるべき意匠ではないはずであった。したがって、特許庁も東京高裁も本質的なミスを犯していたといわざるを得ない。
 しかし、改正意匠法施行後は、図面の瑕疵による出願意匠に対し3条1項柱書の適用を特許庁は運用上しないというが、当然のことである。
3. 平成11年1月1日施行の改正意匠法9条3項によれば、拒絶確定した先願意匠は、その出願が最初からなかったものとみなされることから、もはや拒絶理由として引用されることはない。登録無効審判事件で引用される先願意匠は、出願日が競合関係にあった場合にしか適用されない。したがって、改正法施行後の出願意匠に9条1項が適用されることは例外的であろうから、本事件のような場合は今後ほとんど起らないものと思われる。

[牛木理一]