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出願意匠「ボンディング用工具」拒絶審決取消請求事件: 東京高裁平成12(行ケ)244号平成12年12月21日6民判決(棄却)

〔キーワード〕 
意匠の創作容易性、特許公報中の図面、広く知られた形状、技術・造形上の常識事項

〔事  実〕

 原告K社は、「ボンディング用工具」に関する意匠(本願意匠という。)について、平成6年4月11日に出願したが、拒絶査定を受けたので、不服審判を請求した。しかし、審判請求は不成立の審決を受けたので、審決取消訴訟を請求した。
 審査及び審判において、本願意匠は、「その出願前から普通に知られた形状のボンディングツールの装着部側の端部を、この種の工具において装着を容易にするための態様として普通に見受けられる先すぼまり状としたものにすぎず、その出願前に、当業者が日本国内において広く知られた形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合に基づいて容易に意匠の創作をすることができたものと認められ、意匠法3条2項(平成10年法律第51号による改正前の意匠法)に該当するから、意匠登録を受けることができない」としたものである。

 

〔判  断〕

 

1 本願意匠の概要
 本願意匠が、意匠にかかる物品を「ボンディング用工具」とし、その形態が、別紙のとおり、先端部側及び上端部側の両端にテーパ面(先すぼまり状の面)を形成したものであることは、当事者間に争いがない。甲6及び弁論の全趣旨によれば、ボンディング用工具は、半導体デバイスの組立工程において、例えば、ICチップ上のパッドと、そのICチップが貼着されているリードフレームに形成された外部リードとの間を導電性のワイヤで接続するためのワイヤボンディング装置に装着される工具であること、ボンディング用工具は摩耗等により逐次新品と交換する必要があること、原告は、ボンディング用工具を自動交換する手段を備えたワイヤボンディング装置及び同装置に装着するボンディング用工具等を発明したとして、平成6年12月28日に特許出願をしたこと、本願意匠に係るボンデ ィング工具の上端部側のテーパ状の形状は、同工具の交換を自動化するのに好適な形態とすることを意図して創作されたものであることが認められる。
2 創作容易性について
 甲3、4と弁論の全趣旨とによれば、本願意匠に係る物品である「ボンディング用工具」の、貫通孔を有する円柱の先端部(結合作業部)を先すぼまり状とした形状(甲3の第3図及び甲4の第4図)は、本願意匠の出願前から、日本国内で、この種意匠の属する分野において広く知られた「ボンディング用工具」の形状であることが認められる。
また、乙4(「マシニングセンタ活用マニュアル」1990年8月1日発行。そこには、工具を自動的に装着、交換する自動工具交換装置を備えたマシニングセンタに装着する工具について、主軸への工具の装着、交換作業を円滑に行うために、工具の装着部側(ホルダ)の形状をテーパ状(先すぼまり状)としたものが記載されている。)及び弁論の全趣旨によれば、マシニングセンタや自動製図機等の工具や筆記具の装着、交換を自動的に行う機械器具において、装着時の装着部の破損を防止し、円滑な装着を実現するために装着部の形状をテーパ状とすることは、本願意匠の出願前から、技術上、造形上の常識に属するものであったことが認められる。
そうすると、本願意匠の形状は、その出願日前に、日本国内において広く知られた形状の「ボンディング用工具」の上端部の形状を、ワイヤボンディング装置への装着及び交換を容易にするため、テーパ状にしたものであり、そのことは上記技術上、造形上の常識を適用して容易になし得たことであると認められる。そうすると、本願意匠は、その出願日前に、日本国内において広く知られた形状に基づいて、当業者が容易に創作することができたものというべきであり、これと同旨の審決は正当である。
3 原告主張の審決の誤りについて
(1) 「根拠を示すことなく認定した誤り」について
 原告は、審決が、具体的根拠を示すことなく、「マシニングセンタや自動製図機等の、工具や筆記具を自動的に装着・交換できる機械器具において、その装着、交換作業を容易にするために、工具や筆記具の装着部側を先すぼまり状に形成することは、普通に見受けられる」と認定したのは誤りであると主張する。
しかし、上記のことは、前記のとおり、技術、造形上の常識に属する事項であるから、このような事項について、審判が特に根拠となる証拠等を示さなかったとしても、誤りとはいえない。
原告の主張は失当である。
(2) 「異なる技術分野の形態からの想到容易性の判断の誤り」に ついて
 原告は、本願意匠が使用されるワイヤボンディング装置は半導体製造装置であり、一般的な工作機械とはその分野を異にし、また、ボンディング用工具において異なる技術分野の形態が転用される慣行はないから、一般的な工作機械の分野の技術を転用して、本願意匠に想到することは容易でない旨主張する。
 しかし、半導体製造装置と一般的な工作機械との間に違いが認められるとしても、対象物に加工を加える装置であるという点では分野が共通しており、工具の自動交換装置において、工具の装着、交換を容易にするという技術課題も共通であるうえ、装置間の違いが転用を妨げると考えさせる事情は、本件全証拠を検討しても見出せないから、上記の転用は容易であったものというべきである。
 原告の主張は採用できない。
(3) 「ボンディング用工具の上端部側に加工を施すことの想到容 易性の判断の誤り」について
 原告は、従来のボンディング用工具においては、先端部側の形状に重点が置かれており、上端部の形状に創作を加えるという発想がなかったから、当業者といえども、本願意匠の上端部の形状には容易に想到することができなかったと主張する。
 しかし、ボンディング用工具においても、その装着、交換を容易にするという課題が存在すること、その課題の発見に格別の困難が伴うものではないことは、弁論の全趣旨で明らかであり、この課題に直面すれば、前記認定の技術上、造形上の常識を転用して、上端部の形状をテーパ状に加工することに想到することは、容易であったというべきである。
 原告の主張は採用できない。
(4) 「本願意匠の全体の外観形態を看過した誤り」について
 原告は、本願意匠が願書に添付した図面上、上端部が8mm、円筒 部が32mm、先細り状の先端側が15mmからなるプロポーションをしているのに、審決は、先すぼまり状という抽象的な概念を用いて判断し、上記のような全体の外観形態を看過している旨主張する。
 しかし、意匠の創作性の判断が、意匠全体の外観形態によって行われるべきものであることは、原告主張のとおりであるとしても、審決がとらえた、ボンディング用工具において、先端部及び上端部がともに先すぼまり状をしているという形状の範囲において、上記プロポーションを選択することに、格別な困難が存在するといえるためには、それを根拠付ける特別の事情が認められなければならないことは、同プロポーション自体に照らして明らかと言うべきである。ところが、そのような事情は、本件全証拠によっても認めることができない。
 原告は、ボンディング用工具の交換を自動化するのに好適な形態としたという機能的、技術的意味合いも、機能的な美感として考慮されるべきである旨主張する。
 しかし、本件で問題とされるべきは、本願意匠の創作が容易であったか否かであり、美感の評価の問題ではない。原告の主張は、主張自体失当である。
4 以上によれば、本願意匠が創作容易であるとした審決に誤りはなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

〔研  究〕

1. この事件は、改正前の意匠法による3条2項の適用が争われた出願意匠であるが、この規定の適用についての争点は、(1)日本国内 に広く知られた形態か否か、(2)当業者が容易に創作することがで きたか否か、の2点であった。
2. 筆者が最大の争点としたいのは、第1の広く知られた形態、即ち周知の形態といえるか否かの認定である。
 判決は、甲3の第3図及び甲4の第4図について、広く知られたボンディング用工具の形状であると認定したが、単に特許庁が発行する特許公報を、それもその中のページ中の図面を1つずつ抽出して、各図面中の物品の形状を「広く知られた」ものと認定したことは疑問である。けだし、これらの図面は、いわゆる公然知られ得る状態にあるものであっても、公然知られた状態のものではないからである。まして、周知の状態にあるものでないことは明白である。
 判決はまた、乙4の「マニュアル」を引用して、装着時の破損を防止し、円滑な装着を実現するために装着部の形状をテーパ状とすることは、出願前から、「技術上,造形上の常識に属するものであった」と認定したが、これは装着部をテーパ形状にすることは当該物品の基本的形態といいたいのだろう。そして、前記広知の形状から当業者の常識で容易に創作できたという結論を導き出したものといえる。
 しかし、第1前提の広知(周知)の形状の事実認定がすべてであり、これが間違っていれば誤った結論になるし、妥当であれば正しい結論になるだろう。証拠が見られないので、何とも結論が出せない。
3. なお、平成11年1月1日施行の現行意匠法の3条2項の規定の解釈には、特許庁の審査・審判における考え方に、実務上、立法精神とかなり隔離が見られるから、こんご東京高裁において是正されることを期待する。

[牛木理一]