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出願意匠「建築用壁板材」拒絶審決取消請求事件:知財高裁平17(行ケ)10643号平成18年1月18日判決(棄却)  〔特許ニュース2006年4月27日号〕

キーワード〕 
意匠の類否判断,人的基準,需要者,施工業者・設計業者,購入者・注文者,登録例

 

事  実

 

 原告C社は、本願意匠に係る物品「建築用壁板材」について平成15年9月25日に出願したところ、意匠登録第979915号の類似1号意匠(引用意匠)と類似するとして、意匠法3条1項3号が適用されて拒絶査定を受けた後、審判請求不成立の審決を平成17年7月4日に受けた。審決は、両意匠に係る形態についての共通点と差違点とを説明した後、次のように認定した。
「両意匠の共通する態様,すなわち,全体が,正面図において左右に連続する薄板状の長尺材で,正面側の平坦な板面に,凹溝部を等間隔水平状に多数本設けて,いわゆる正面部を横縞凹凸形状に形成したもので,上端部及び下端部に,それぞれ壁板を連接するための係合部を形成した基本的構成態様は,全体の大部分を占め,両意匠の全体の基調を形成し,共通する各部の具体的態様(あ)ないし(え)と相まって,類否の判断に大きな影響を及ぼすものと認められる。
 一方,両意匠の差異点について,
 (ア)の点につき,まず,凹溝部の数の差は,この種物品において,その数を加減することが普通に行われている中での,わずかな差異に止まるものであり,両意匠は,ともに上下方向に壁板材を連接させた使用状態時の係合部の形状において,上方壁板材の下端正面係合片と下方壁板材の上端正面係合片とで形成される凹溝部の縦幅が他の凹溝部の縦幅と略同長であることから,壁面全体が1枚板状に見えることを勘案すると,この点が両意匠の類否判断に与える影響は微弱なものといわざるを得ない。
 次に,凹溝部と凸状部の縦幅の長さの差異は,子細に観察すればわかる程度の微細な差異に過ぎず,全体として観察すると,ほとんど目立たない差異であるから,類否判断に与える影響は微弱である。
 (イ)及び(ウ)の点は,いずれも係合片の先端部分の形状に係る部分的な差異であって,使用状態時には係合部同士の内側に隠れてほとんど見えなくなる部位であることを勘案すると,この点が両意匠の類否判断に与える影響は微弱にすぎない。
 そうすると,これらの差異点は,いずれも微弱なものであるから,形態全体としてみた場合,両意匠の類否判断に与える影響は小さいものであって,これらの差異点を総合し相まった効果を考慮しても,前記共通点を凌駕して,類否判断を左右するほどのものとは認められない。
 したがって,両意匠は,意匠に係る物品が共通し,形態においても前述のとおり差異があっても,全体の基調を形成するところにおいて共通するから,全体として類似するというほかない。」

判  断

  1 原告は,本願意匠と引用意匠の対比検討(差異点)として,種々主張するので,まず,これらについて検討する。
 (1) 前記第3,2(1)の原告の主張について
 (a) 甲2によれば,確かに,引用意匠の上端背面係合片は,背面の裏面材(外装板)の厚さ分だけ正面側へ偏倚した位置から延設されていることが認められる。
 しかし,甲1によれば,本願意匠においても,上端背面係合片は,背面の裏面材の厚さ分だけ正面側へ偏倚した位置から延設されていることが認められる(甲1の【C−C部拡大図】によれば明らかである。また,甲1には,裏面材が「金属板等からなる」との説明部分もあり,当然に一定の厚さが予定されている。なお,審決の別紙第1(本判決の末尾にも同じものを添付)においても【C−C部拡大図】が記載されているが,甲1における【C−C部拡大図】を縮小して掲載したために,裏面材の厚さが認識されにくくなっている。)。原告は,本願意匠の上端背面係合片は,「背面に略面一致状」に延設されている(下線は裁判所が付した。)と主張し,完全な面一致状ではないことは認識しているようであるが,いずれにしても,証拠によれば,上記のとおり,本願意匠においても,上端背面係合片は,背面の裏面材の厚さ分だけ正面側へ偏倚した位置から延設されていることは明らかである。したがって,引用意匠と本願意匠が上記の点において本質的に異なっているものとは認められない。
 なお,上記の各図面を見る限り,引用意匠と本願意匠とでは,裏面材の厚さの程度が異なるかのようではあるが,図面の性質上,説明の便宜を考えて縮尺の厳密さはやや犠牲にされ,厚みの薄いものをやや厚めに記載することがままあることをも考慮すれば,両者の図面の記載からうかがえる裏面材の厚さ(すなわち上端背面係合片が裏面材から正面側へ偏倚した程度)が看者に強い印象を与えるものと認めることは困難である。
 審決は,以上の説示と同じ趣旨において,「背面に略面一致状に延設した」(下線は裁判所が付した。)という点を共通点と認定したものと解されるのであって,この認定に誤りがあるとはいえない。
 (b) 次に,甲1によれば,本願意匠には,原告主張の「水返し」が存在するが,甲2によれば,引用意匠には,そのような「水返し」が存在しないものと認められる。しかし,本願意匠における「水返し」の構成は,本願意匠の出願前から広く知られたものであって(乙4,5,甲4),格別に看者の注意を引くものとは認められないのであって,審決がこの点を差異点として指摘しなかったからといって,審決の結論に影響を与えるような違法があるとまではいえない。
 (c) 以上によれば,前記第3,2(1)の原告の主張は,採用の限りではない(なお,原告の主張中には,差異点(イ)に言及する部分があるが,上記争点についての判断に直接に影響するものとは解されない。)。
 (2) 前記第3,2(2)の原告の主張について
 甲1,2によれば,本願意匠と引用意匠とを子細に対比すれば,「段差」の有無及び上端正面係合片からなる雄係合部の厚さといった原告主張の差異があることは認められる。
 しかし,乙6にみられるように,本願意匠の出願前から,上端部分の表面材を背面側に略直角に屈曲させて段差を形成した上で立ち上がり部を突設し,立ち上がり部は薄板状のものとする構成は公然知られたものである(確かに,本願意匠と乙6の意匠とでは,凹溝部の底面より段落ちしているか否かなどの点において異なっているが,段差を形成して薄板状の立ち上がり部を突設した形状である点では変わりがない。)。これに加え,原告が指摘する点は,子細に観察してわかる程度の差異で,意匠全体においては微細な差異に止まるものであり,しかも,建築用壁板として使用する状態では,接合部に隠れて見えない部位であることをも考慮すれば,意匠の類否判断に与える影響は弱いものといわざるを得ない。そうすると,審決が共通点(い),差異点(イ)という程度の認定をし,前記のように類似性を肯定した判断をしたことに違法があるということはできない(審決の共通点及び差異点の認定にやや厳密さを欠く憾みがないわけではないとしても,その点が意匠全体の類否判断に及ぼす影響は軽微であると認められるのであるから,審決の結論に影響を与えるような違法があるとまではいえない。)。
 よって,前記第3,2(2)の原告の主張は,採用することができない。
 (3) 前記第3,2(3)の原告の主張について
 甲1によれば,本願意匠の下端係合部には,原告が主張する「内隅部」が存在するが,甲2によれば,引用意匠の下端係合部には,これに相当するものが存在しないことが認められ,甲1と甲2を対比してみるならば,本願意匠の下端の雌係合部は,引用意匠の下端の雌係合部に比べて「細口幅」に形成されていることが認められる。
 しかし,この下端係合部の構成は,前記(2)で検討した上端係合部における「段差の有無」及び雄係合部の厚さに対応して,上端と下端で係合するように構成されたものであることはいうまでもないところであり,意匠としてはいわば表裏の関係にある。よって,前記(2)で判示したところと同旨のことを指摘し得る。
 すなわち,乙6にみられるように,本願意匠の出願前から,下端正面係合片の背面部先端に「内隅部」(雄係合部の段差に対応)を形成し,比較的「細口幅」の雌係合部(雄係合部の薄板状の部材に対応)を形成するものとする構成は公然知られたものである(本願意匠と乙6の意匠との違いはあるが,本文掲記の形状である点では変わりがないことは,前判示と同様である。)。これに加え,原告が指摘する点は,子細に観察してわかる程度の差異で,意匠全体においては微細な差異に止まるものであり,しかも,建築用壁板として使用する状態では,接合部に隠れて見えない部位であることをも考慮すれば,意匠の類否判断に与える影響は弱いものといわざるを得ない。そうすると,審決が共通点(う)という程度の認定をし,前記のように類似性を肯定した判断をしたことに違法があるということはできない(審決の認定にやや厳密さを欠く憾みがないわけではないとしても,その点が意匠全体の類否判断に及ぼす影響は軽微であると認められるのであるから,審決の結論に影響を与えるような違法があるとまではいえない。)。
 よって,前記第3,2(3)の原告の主張は,採用することができない。
 (4) 前記第3,2(4)の原告の主張について
 原告は,上記(1)ないし(3)における原告の主張にあるような「雌・雄係合部」の形状の差異点を審決が看過,誤認しているから,審決は,使用状態時の形状に関する共通点(え)の認定において,上下の壁板材を連接する上下の係合部の連接形態(実矧ぎ形状)の差異点について全く顧慮しないで,誤った認定判断をした旨主張する。
 しかし,上記(1)ないし(3)における原告の主張する点については,既に判示したとおりである。加えて,甲1,2によれば,本願意匠と引用意匠は,ともに,使用状態時においては,下端正面係合片が上端正面係合片に被さることによって,壁面全体があたかも1枚の板状のものであるかのように見えることに共通の特徴があるものであり,使用状態時には,「雌・雄係合部」の形状ないし実矧ぎ形状は,内側に隠れて見えないものであることが認められる。
 これらの点に照らせば,上記(1)ないし(3)において検討した各部分が係合している使用状態時における連接形態(実矧ぎ形状)の観点から検討しても,審決が共通点(え)として説示した点が看者の注意を強く引くものであり,連接形態(実矧ぎ形状)の点は,本願意匠と引用意匠との類否判断に及ぼす影響は小さいものというべきであって,審決が前記のように類似性を肯定した判断をしたことに違法があるということはできない。
 よって,前記第3,2(4)の原告の主張は,採用することができない。
 (5) 原告は,本願意匠の類否判断における需要者とは,施工業者や設計業者であり,建築物の購入者ではないとした上で,需要者が強く目を引かれ,注意して購入を決定する部分は,上下端係合片に係る形状であって,建築用壁板材に係る意匠の類否判断に当たっては,この点を要部として判断すべきものであると主張する。
 確かに,本願意匠に係る建築用壁板材の需要者は,一般的には施工業者や設計業者であろうことは容易に推測されるが,一方で,建築物の購入者ないし注文者が,建築物の外観に大きな影響を及ぼす壁板材の正面形状に大きな関心を有することも容易に推測されるところであって,購入者ないし注文者において建築用壁板材の選定をすることも想定し得るところである。現に,原告のインターネット上のホームページでも,建築用壁板材などの製品について,設計・建築等の専門業者向けのページのほかに一般向けのページも設けて,紹介していることが認められるように(乙8の1ないし3),本願意匠に係る建築用壁板材の需要者を施工業者や設計業者のみに限定し,建築物の購入者ないし注文者を全く無視することは相当でないというべきである。
 また,施工業者や設計業者が,設計及び施工の観点から,上下端係合片に係る形状に関心を持つであろうことも推測されるが,意匠としての評価は,必ずしも意匠に係る物品についての設計・施工上の関心と一致するものではない。
 そうすると,既に判示したところも総合してみるならば,審決が前記のように類似性を肯定した判断をしたことに違法があるということはできない。
2 原告は,以上の各具体的な主張をふまえて,前記第3,1のように主張する。
 しかし,既に判示したところに照らせば,審決が,上下端係合片に係る形状の差異について,「形態全体としてみた場合,両意匠の類否判断に与える影響は小さいもの」であるとし,「差異点を総合し相まった効果を考慮しても,前記共通点を凌駕して,類否判断を左右するほどのものとは認められない。」とした上,「両意匠は,意匠に係る物品が共通し,形態において…差異があっても,全体の基調を形成するところにおいて共通するから,全体として類似するというはかない。」とした認定判断は,是認し得るものである(甲15,16の各陳述書に記載されたところを考慮しても,上記判断を覆すべきものとはいえない。また,審決の認定にやや厳密さを欠く憾みがないわけではない点については,前判示のとおりである。)。
 なお,原告は,判決例や意匠登録例を挙げて主張するが,意匠の類否判断は個別事案に即してされるものであるところ,上記各事例を検討しても,本件とは事案を異にするものというべきであって,原告が挙げる判決例や意匠登録例があるからといって,直ちに,本件において審決の判断を誤りとはいえないとした当裁判所の判断に影響を及ぼすものではない。

論  説

1.この種の物品に係る意匠の類否判断は、従来の登録例(審査例)からすると、その壁材本体の表面における凹凸面の巾間隔や接合部の曲折形状について、比較的微細と思われる部分の違いでも重視する傾向にあることは、筆者の経験からも言えることである。
 本願意匠についていえば、図面上拡大されているB−B線及びC−C線の断面図に見られる接合部の形状に、出願人は形態上の創作性が存在することを強調したかったのであろうが、本願意匠は引用意匠に係る意匠登録第979915号の類似1号意匠に類似するとして拒絶の審決を受けた。
 そこで、その本意匠を見ると、両意匠は酷似しているといえるが、この本意匠には類似4号意匠までの登録がなされている。本意匠と類似1号意匠のグループと、類似2号〜4号意匠のグループとに分けられるほどではあるが、結果的には本意匠を中心に見たとき、当該意匠の類似範囲、即ち創作体は比較的広いものと確認されたといえるだろう。
 一方、本願意匠のB-B線拡大断面図を見ると、接合部の形状は引用意匠らのいずれにも認められない三段階の曲折形状に成るから、原告は、そこまでは引用意匠の創作性は及ぶものではないと主張したのだろう。即ち、本願意匠の場合にあっては、狭い範囲かも知れないが、これ独自の創作体を有していると考えたのだろう。
 判決は、原告が主張した本願意匠に存在する「水返し」の形状部について、引用意匠にはそれが存在していなくても出願前から広く知られたものであるから、看者の注意を引かないものと認定した。すると、裁判所は創作重視の考え方をとり、意匠の類否判断に影響しないとしたが、これは後記するように需要者を人的基準とする考え方と矛盾することになる。

2.原告は当該物品に係る意匠登録例を多数立証したようであるが、この点について判決は、「意匠の類否判断は個別事案に即してされるものであるところ、上記各事例を検討しても、本件とは事案を異にする。」から、審決の判断を誤りといえないとした裁判所の判断に影響を及ぼさないと認定した。
 しかし、個別事案であるとはいえ、特許庁サイドとしては国民に対し、審査の一貫性を遵守しなければならない義務があり、審査や審決の矛盾を原告が突いている以上、裁判所の立場としてはもう少し突っ込んで特許庁の審査例や登録例とのバランスに言及すべきであったと思う。

3.意匠の類否判断の人的基準(主体)は誰れであるかの問題は、現在国会に上程中の改正意匠法案の焦点の一つであるところ、奇しくも本事件で問題となっている。
 これについて、原告は、需要者とは施工業者や設計業者であって、建築物の購入者ではないと主張しているのに対し、判決は、購入者ないし注文者を全く無視することは相当でないと判示している。その証拠として判決は、被告(特許庁)が提出した原告自身のHPの購入者向けのページを証拠として挙げている。
 原告は、なぜそのような主張をしたのかといえば、施工業者や設計業者(当業者といえる者)であれば、壁材の接合部分の形状に関心をもつのだから、この部分の相違をよく見るべきだということだろう。
 これについて判決は、このような意匠についての設計,施工上の関心と、「意匠としての評価」とは一致するものではないと説示するが、この評価とは正確には「意匠の類否」の評価のことだろう。

4.しかし思うに、意匠の類否はその客体である意匠自体の設計(デザイン)によって決まるものであるから、接合部を含む壁材全体の形状から従来意匠には見られない創作の要部を見出すことが必要であり、接合部の形状を軽視することはできない。しかも、需要者と称される購入者や注文者が有する当該物品に関するデザイン的知識、経験、性別、年令、生活環境などは千差万別であってみれば、そのような者を類否判断の人的基準と設定することは間違いというべきだろう。
 したがって、改正意匠法案でいう「登録意匠とそれ以外の意匠が類似であるか否かの判断は、需要者の視覚を通じて起させる美感に基づいて行うものとする。」との規定がもし成立すれば、出願意匠を審査する特許庁でも、意匠権侵害を議論する裁判所でも、歴史的な蓄積を破ることになり、混乱を起こすことになることは目に見えて明らかである。

 

[牛木理一]