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出願意匠「タイル」拒絶審決取消請求事件: 東京高裁平成10(行ケ)377号平成11年5月25日判決(審決取消・認容)〔6民部〕

〔キーワード〕 
専門業者の観察力、意匠の機能性、施工後の全体の美感

 

〔判示・認定事項〕 

  1. タイルは主として専門業者の間において売買され、タイル工事も専門業者によって施工されるのであるから、タイルの意匠の類否は、これら専門業者をも取引者,需要者として想定し、これを基準として認定判断することを要すると解するのが相当である。
  2. 本願意匠と引用意匠との間に、タイル工事施工後には目視することができない上凸部,中凹部,下凸部及び下袂部の態様において少なからぬ差異があるのは、タイルの裏面の形状が、タイルを壁面に設けられた突片に掛ける工程の難易及び確実性、及び、下塗りされるセメント等とタイル裏面との接着の確実性に大きく影響するからであると考えられ、タイルの裏面の形状は専門業者らによって特に注意深く観察され、その差異は微細なものであっても見逃されるはずのないものであるから、差異点をタイルの意匠の類否判断を左右する要素としては微弱なものであるとした審決の判断は、明らかに誤りである。
  3. 上凸部の形状と下袂部の形状とが雌雄的に対応しているか否か、表面袂部の上下幅と下袂部の上下幅との差がどのように設定されているかは、専門業者ならば見逃すはずのない差異点と解すべきであるから、これらを両意匠の差異点として認定せず、これらの差異点が意匠全体の美感に及ぼす影響を考慮しないままに、本願意匠は引用意匠に類似するとした審決の判断には、類否の判断を左右する誤りがあるといわざるをえない。

 

〔事  実〕

 

 原告(H社)は、平成3年7月10日、意匠に係る物品「タイル」の意匠登録出願をしたところ拒絶査定を受け、査定不服の審判においても請求は成り立たないとの審決を受けたので、審決取消訴訟を提起した。

 

〔理  由〕

 

 原告主張の審決取消事由の当否について検討する。
1 証拠(別紙図面Aの「使用状態を示す参考図」)及び証拠(別紙図面Bの「使用状態を示す参考図」)によれば、別紙図面A,Bの各「左側面図」はタイルの断面を示すものであって、図の左側(すなわち、タイルの裏面)が建物の壁面に接着され、工事施工後のタイルは図の右側(すなわち、タイルの表面)のみが目視できることが明らかである。そして、建物の所有者など最終の需要者らが関心を持つのは、タイル1枚の大きさ,縦横比及び表面の図柄などの模様あるいは色であることは当然であって、最終の需要者らが、工事施工後には目視することができないタイルの裏面の形状に関心を持つとはとうてい考えられない。
 しかしながら、タイルは主として専門業者の間において売買され、タイル工事も専門業者によって施工されるのであるから、タイルの意匠の類否は、これら専門業者をも取引者,需要者として想定し、これを基準として認定判断することを要すると解するの
が相当である。
 そして、本願意匠と引用意匠との間に、タイル工事施工後には目視することができない上凸部,中凹部,下凸部及び下袂部の態様において少なからぬ差異がある(この点に関する原告の主張は、おおむね正確であると認められる。)のは、タイルの裏面の形状が、タイルを壁面に設けられた突片(審決にいう「係合突条」)に掛ける工程の難易及び確実性、及び、下塗りされるセメント等とタイル裏面との接着の確実性に大きく影響するからであると考えられる。そうすると、タイルの裏面の形状は専門業者らによって特に注意深く観察され、その差異は微細なものであっても見逃されるはずのないものであるから、差異点1.ないし3.はタイルの意匠の類否判断を左右する要素としては微弱なものであるとし
た審決の判断は、明らかに誤りである。
2 のみならず、本願意匠と引用意匠との間には、次のような看過できない差異があるというべきである。
 別紙図面Aの「使用状態を示す参考図」によれば、本件意匠に係るタイルは、壁面に上下の間隔を置いて設けられた突片に上凸部及び下凸部の双方の下面(中凹部及び下袂部の双方の上面)を掛けたうえで接着され、工事施工後のタイル表面側には上下のタイルの間に一定の間隔、すなわち目透かし(目地)が形成されるのであるが、この目透かしの上下幅は、壁面に設けられる突片の上下の間隔を適宜に設定することによって、自由に決定することができる(すなわち、1枚のタイルが掛けられる上下2つの突片の間隔はタイル裏面の形状によって一義的に決定されるが、あるタイルとその下のタイルとの間隔は、自由に選択することが可能である)ものと認められる。
 これに対して、別紙図面Bの「使用状態を示す参考図」によれば、引用意匠に係るタイルは、壁面に設けられた突片に上凸部の下面(中凹部の上面)のみを掛け、下のタイルの上凸部に上のタイルの下袂部を密嵌することによって接着されることを前提として創案されたものであることが明らかであるから、工事施工後のタイル表面側に現れる上下のタイルの間の目透かしの上下幅は、表面袂部の上下幅と下袂部の上下幅との差として、一義的に決定されるものであると認められる。
 そうすると、引用意匠においては、上凸部の形状と下袂部の形状とが雌雄的に精確に対応していなければならないが、本願意匠の下袂部の形状と上凸部の形状とが雌雄的に対応していないことは一見して明らかである。また、引用意匠においては、表面袂部の上下幅と下袂部の上下幅との差は、工事施工後のタイル表面側に現れる上下のタイルの間の目透かしの上下幅を一義的に決定するものとして重要な意味を持っており、表面袂部の上下幅は、必ず下袂部の上下幅より大きくなければならない(そうでなければ、工事施工後のタイル表面側に上下の目透かしが現れない。)。しかるに、本願意匠においては、表面袂部の上下幅と下袂部の上下幅との差はさしたる意味を持っていおらず、しかも、表面袂部の上下幅は下袂部の上下幅よりもかなり小さいものとして描かれているのである。
 したがって、上凸部の形状と下袂部の形状とが雌雄的に対応しているか否か、表面袂部の上下幅と下袂部の上下幅との差がどのように設定されているかは、専門業者ならば見逃すはずのない差異点と解すべきであるから、これらを両意匠の差異点として認定せず、これらの差異点が意匠全体の美感に及ぼす影響を考慮しないままに、本願意匠は引用意匠に類似するとした審決の判断には、類否の判断を左右する誤りがあるといわざるをえない。
3 以上のとおりであるから、差異点1.ないし3.を含む類否に関する審決の認定判断は誤っており、その誤りは審決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。したがって、本願意匠は意匠法3条1項3号の規定に該当するから、意匠登録を受けることができないとした審決の結論は、維持することができない。

〔研  究〕

1. この判決は、まず当該意匠に係る物品分野において意匠の類否判断を行う人的基準(主体)を問題にした。そして、「タイル」はそれを扱う専門業者である取引者や工事業者を基準として判断することが妥当であるとした。したがって、エンドユーザーとなる注文者をこの人的基準から外したが当然である。
 このことを判決がまず強調したのは、本件意匠に係るタイルはその表面に当たる正面視の形態ではなく、その裏面に当たる背面視の形態に創作がなされるものであるから、その部分に看者の注意が及ぶものと考えられたからである。その結果、前記専門業者は、微細な点についてもその差異を見逃さないと考えたのである。
2. 両意匠の類否判断をするに際し判決は、両意匠の図面に表現されている「使用状態を示す参考図」に注目し、これをそれぞれ引用し、施工状態において横方向に現われる目地の間隔巾の調整の可否を考慮している。即ち、本願意匠の裏面形態を見ると、その上下2個所の鈎手突起を壁面の突片の上下2個所に掛け止めることによりタイルを固定し、下側突起から延長する下側部分はフリーな状態にあるのに対し、引用意匠の裏面形態を見ると、壁面の突片に掛け止められる鈎手突起は上側1個所だけであることから、下側部の鈎手突起は下位に来る次のタイルの上側突端を係合するものであり、これによりはじめて当該タイルを固定するものであり、タイルの下側突起にはこれから延長するフリーの下側部分というものは存在しない。したがって、本願意匠のタイルにあっては上下タイル間の目地間隔をある程度調整可能であるのに対し、引用意匠のタイルでは目地は一定間隔に制限され調整は不可能というのである。
 本判決は、このようなタイルという物品が使用されて施工される壁面全体に展開される外観を考慮し、目地間隔という壁面の外観上重要な役割を果たす部分に対する効果の発揮まで視覚の中におき、両タイルの形態の類否判断をしていることは卓越した考え方であるといえる。これは、単なる対比観察ではなく、論理観察とでもいうべき観察法であり、物品によっては新しい意匠の類否判断の方向づけを示しているといえよう。
 この考え方は、単に意匠のもつ目的性,機能性を考慮したものというよりも、壁面構成の部品として使用される全体の状況をも視野に入れているのであり、タイルのような物品に係る意匠の類否判断にあっては必要な考え方であろう。 
3. 物品は異なるが、取付け施工状態が問題となる別件B1-4(建築用板材事件)を参照されたい。

[牛木理一]