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出願意匠「プラズマ処理装置の処理室用天板カバー」拒絶審決取消請求事件:東京高裁平15(行ケ)582.平成16年5月26日判(棄却)

キーワード〕 
意匠法3条2項(容易創作)、公開特許公報中の図面(刊行物公知)、公然知られた形態(事実上公知)

 

事  実

 

1.原告(東京エレクトロン株式会社)は、意匠に係る物品「処理装置用上部天板カバー部品」について、平成13年9月19日に出願したところ、平成15年2月28日に拒絶査定を受けたので、審判請求をしたが、不成立の審決を受けた。特許庁が本願意匠に対して拒絶理由としたのは、意匠法3条2項に規定する創作の容易性であった。本件は、この審決に対する取消訴訟である。物品名は審判請求時に、「プラズマ処理装置の処理室用天板カバー」と補正された。
  審決理由は、要するに、本願意匠は、その意匠登録出願前に、その意匠の属する分野における通常の知識を有する者が、日本国内又は外国において公然知られた形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合に基づいて容易に意匠の創作をすることができたものであるから、意匠法3条2項の規定に該当し、意匠登録を受けることができない、というものである。

判  断

  1 取消事由1について
 (1) 取消事由1,ア(全体の基本構成)について
 審決は,ビス留め用円孔部の配置態様について,「天板カバー部の平面視右上角部やや内側寄りに円孔を一つ形成し,左上角部分に形成した円孔から垂直下方向に円孔を等間隔(縦幅の略1/3程度)に2つ配設。そして,右辺縁部分の当該下側の円孔と対向する位置に円孔を一つ形成。また,右下角部分に形成した円孔から水平左方向に円孔を等間隔(縦幅の略1/3程度)に2つ配設し,上辺縁部分の当該左側の円孔と対向する位置に円孔を一つ形成。」とも認定しているのであり,審決の「略長方形板状の天板カバー部周縁部分にビス留め用円孔部を等間隔に形成し」たとの認定は,本願意匠の全体の基本構成を概括的に述べたものと解されるのであって,本願意匠においては,円孔が多く形成された左辺縁部及び下辺縁部の方が右辺縁部及び上辺縁部に比して観察されやすい部分であると考えられるから,本願意匠の全体の基本構成としては,「略長方形板状の天板カバー部周縁部分にビス留め用円孔部を等間隔に形成し」たとみても差し支えないというべきである。したがって,審決の認定が誤りであるということはできない。
 (2) 取消事由1,イ(ビス留め用円孔部の配置態様)について
 甲2(本願意匠の意匠登録願)によれば,本願意匠の左辺縁部のビス留め用円孔部の配置態様は,左上角の円孔から垂直下方向円孔を2個形成したものであって,左上角の円孔と1個目の円孔との間隔,1個目の円孔と2個目の円孔との間隔は等しく,左辺縁部の縦幅の略1/3程度であることが認められる。したがって,審決の認定に誤りはない。
 2 取消事由2について
 (1) 取消事由2,ア(全体の基本構成)について
 甲3(特開2000−349073号公報)によれば,シリコン電極板の周辺部にプラズマエッチング装置に取り付けるための取付穴s8個を等間隔に穿設したものが示されている。そして,甲2(本願意匠の意匠登録願)によれば,本願意匠に係る物品は,高周波電力を印加してプラズマを発生させ半導体ウェハなどをエッチングする誘導結合プラズマエッチング(ICP)装置などの処理装置の処理空間に面した上部天板カバーを4分割したものであって,これを4個組み合わせることにより,1個の上部天板カバーが構成され,上部天板カバーは,例えば金属金具などの固定手段により処理空間に面して固定されて,処理装置に設置されること,本願意匠を4個組み合わせた上部天板カバーの周縁部は,ビス留め用円孔がほぼ等間隔で形成されていることが認められ,また,上記1,(1)に判示したように,本願意匠の全体の基本構成としては,「略長方形板状の天板カバー部周縁部分にビス留め用円孔部を等間隔に形成し」たとみて差し支えないから,審決が,甲3(特開2000−349073号公報)を例示して,「当該カバー部周縁部分にビス留め用円孔部を等間隔に形成した態様も,・・・この種物品において極普通にみられる態様にすぎない。」と判断したことに誤りはないというべきである。原告は,4個組み合わされた場合の外側の短辺と長辺の周縁に位置する円孔の大きさ及びその間隔が異なる上,これらと対向する内側の周縁とは全く異なるので,特開2000−349073号の【図1】の記載からは,本願意匠の当該部分の規則性を導き出せる原理は見いだせないと主張するが,上記のとおり,本願意匠を4個組み合わせた上部天板カバーの周縁部は,ビス留め用円孔がほぼ等間隔で形成されているところ,外側の短辺と長辺の周縁に位置する円孔の大きさ及びその配置に格別の特徴があるとは認め難い上,外側の周縁とこれに対向する内側の周縁とが異なるとしても,等間隔形成とするについて格別の意義があるということもできないから,原告の主張は,採用することができない。
 また,甲4(特開昭61−100935号公報)によれば,イオンエッチング装置の反応ガスの噴射装置13に4個の噴出孔27及び28を十字状に配置したものが示されている。そして,甲2(本願意匠の意匠登録願)によれば,本願意匠のシャワヘッド用円孔部(小貫通孔群)の態様は,天板カバー部の上辺縁中央部分及び右辺縁部分に円孔(小貫通孔)を7個1列に配設し,右上隅角部分に円孔(小貫通孔)を7個鉤形状に配設したものであって,これを4個組み合わせた上部天板カバーのシャワヘッド用円孔部(小貫通孔群)は,十字状に配設されていることが認められるから,審決が,甲4(特開昭61−100935号公報)を例示して,「シャワヘッド用円孔部を十字状に配設した態様は,・・・当業者であれば容易に想到できる態様であると認められる。」と判断したことに誤りはない。原告は,本願意匠自体に十字状に配設した態様というものは存在しないし,4枚組み合わされた場合であっても,単純な十字状を構成するものではないので,特開昭61−100935号の第2図の記載から,本願意匠の当該部分の態様を容易に想到できるとはいえないと主張するが,上記のとおり,本願意匠を4個組み合わせた上部天板カバーのシャワヘッド用円孔部は,十字状に配設されているのであって,かつ,その態様に格別の特徴があるとは認め難いから,原告の主張は,採用の限りでない。
 (2) 取消事由2,イ(天板カバー部の態様)について
 原告は,本願意匠が特色あるビス留め用の2種の円孔とシャワーヘッド用小円孔の配置を構成するための1隅を隅丸とする略長方形状は単なる略長方形ではないと主張するが,原告は本願意匠の形状が略長方形板状であることを争っていないし,板全体を矩形状とすることや角部を隅丸に処理することに格別の特徴があるとは認め難いから,原告の主張は,採用の限りでない。
 (3) 取消事由2,ウ(ビス留め用円孔部の配置態様)について
 確かに,甲2(本願意匠の意匠登録願)によれば,原告が主張するように,本願意匠を4個組み合わせることにより構成される上部天板カバーの隅丸角部にはビス留め用円孔は穿設されていないこと,本願意匠の外側の各辺縁に対する内側の各辺縁には,ビス留め用円孔を対向して配設していないことが認められるが,上部天板カバーの隅丸角部にビス留め用円孔を穿設しないことに格別の特徴があるとは認められないし,上記のとおり,本願意匠においては,円孔が多く形成された左辺縁部及び下辺縁部の方が右辺縁部及び上辺縁部に比して観察されやすい部分であると考えられるのであって,本願意匠の外側の各辺縁に対する内側の各辺縁にビス留め用円孔を対向して配設していないとしても,このことに格別の特徴があると認めることはできない。そして,上記1,(1)に判示したように,本願意匠の全体の基本構成としては,「略長方形板状の天板カバー部周縁部分にビス留め用円孔部を等間隔に形成し」たとみて差し支えないところ,このようなビス留め用円孔部の配置態様に格別の特徴があるとも認められない。したがって,審決の上記判断に誤りがあるということはできない。
 (4) 取消事由2,エ(シャワヘッド用円孔部の態様)について
 (1)に判示したように,本願意匠を4個組み合わせた上部天板カバーのシャワヘッド用円孔部(小貫通孔群)は,十字状に配設されているところ,その4分の1に当たる本願意匠において,シャワヘッド用円孔部(小貫通孔群)が,右上角部分,上辺縁中央部分及び右辺縁中央部分に形成されるのは当然であるし,また,甲3(特開2000−349073号公報)によれば,シリコン電極板の中央部にガスを噴出させるための多数の微小孔aを列状や鉤形状に穿設したものが示されているから,本願意匠のシャワヘッド用円孔部(小貫通孔群)の態様に格別の特徴があるということはできない。したがって,審決の上記判断に誤りはない。
 (5) 取消事由2,オ(本願意匠の各態様が相俟って表出する効果)について
 本願意匠における,全体の基本構成,天板カバー部の態様,ビス留め用円孔部の配置態様及びシャワヘッド用円孔部の態様は,既に判示したように,いずれも格別の特徴があるとは認め難く,これらを組み合わせることは当業者ならば容易であるといわざるを得ないから,本願意匠に意匠としての特段の創作性があると認めることはできないというべきである。したがって,審決の上記判断に誤りはない。

論  説

1.そもそも審判官らや裁判官らは、意匠法とその規定を十分に理解しているのだろうか、とまず疑いたくなるような審決であり判決である。
  意匠法3条2項の規定は昭和34年法を改正した平成10年法によって新設され、旧3条2項の規定とは2つの要件で相違していることは周知である。即ち、
 (1) 旧「日本国内において」→新「日本国内又は外国において」
 (2) 旧「広く知られた形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合」
  →新「公然知られた形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合」
  しかし、いずれも創作容易な意匠は創作力なしとして登録しないとする趣旨に変わりはない。
  一方、意匠法3条1項は、1号は「公然知られた意匠」、2号は「頒布された刊行物に記載された意匠又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった意匠」は、いずれも新規性のない意匠として登録されないと規定する。
  ということは、3条2項において規定する「公然知られた」とは、3条1項1号に規定する「公然知られた」と同義の事実関係をいうものと理解するのは、法律家であれば自然である。
2.そこで、審査官及び審判官が引用した2つの意匠を見ると、特開2000−349073号公報中の図1、特開昭61−100935号公報中の図2であったが、裁判所は、筆者が指摘した前記意匠法3条2項の適用についての適法性については、原告(出願人)が争わなかったことからか、何も議論していない。
  しかし、「公然知られた形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合に基づいて」とは、意匠法3条1項1号の規定とほぼ同じである。すなわち、同条項1号の規定に基づくとは、事実上公知公用のものであることが前提であり、刊行物公知は除かれており、さらに物品の類否を超えた形態を基準としている。もっとも、刊行物公知と同時に事実上公知となった形態であれば適用の対象となり得るが、3条1項1号の規定の趣旨を3条2項の規定が引き継いでいることを考慮すると、刊行物公知にまで拡張して適用することは不可能であり、違法である。
  頒布された刊行物自体が公然知られた状態にあればよいと解する説はあるが、3条1項1号と同条項2号との立法趣旨の違いを考慮すれば誤りである。すなわち、公然知られた形態か否かの問題は、その形態が刊行物に掲載される以前に事実として存在したことに対する認定であるから、厳格に解されるべきである。平成10年改正法の立法の経過を見ると、最初の法案には、事実公知のみならず刊行物公知の形態についても含まれていたが、最終法案では、刊行物公知は削除されたのである。
  容易に創作することができる意匠と認められる例としては、次のような意匠の場合が挙げられている。
 (1) 当業者にとってありふれた手法により、意匠の形態を構成する要素を、他の公然知られた形態の構成要素に置き換えた場合。
 (2) 当業者にとってありふれた手法により、公然知られた複数の形態を寄せ集めた場合。
 (3) 当業者にとってありふれた手法により、意匠の形態を構成する要素の配置を変更した場合。
 (4) 構成比率の変更又は連続する単位の数の増減による場合。
 (5) 公然知られた形態をほとんどそのまま表現した場合(自然物,公知の著作物,建造物)。
 (6) 商慣行上の転用による場合(実物から玩具へ)。
  これらの場合に該当するか否かを認定するとき、当業者にとってありふれた手法とか、事実を的確に把握した上で、どの理由があるから容易であるということができるのかを考えなければならず、審査官・審判官の立場で容易にできるというのでは理由にならない。
  したがって、意匠法3条2項の規定の適用は慎重でなければならないし、これと3条1項3号(意匠の類似)の規定との差異を明確に理解して適用しなければならないのである。
3.「事実上公知」と「刊行物公知」との本質的相違点について説示している裁判例として、次の3つの事例がある。
(1)東京高裁昭47(行ケ)124昭和51年1月20日判(認容)
(2)東京高裁昭52(行ケ)71昭和54年4月23日判(認容)
(3)東京高裁昭53(行ケ)28昭和54年5月30日判(認容)
  このうち、(3)の判決において、高裁は次のように判示する。
 「意匠法3条1項1号にいう「公然知られた意匠」とは、同項2号において1号とは別に、頒布刊行物を規定している趣旨に鑑みると、その意匠が、一般第三者たる不特定人または多数人にとって、単に知りえる状態にあるだけでは足りず、字義どおり現実に知られている状態にあることを要するものであり、また不特定人という以上、その意匠と特殊な関係にある者やごく偶然的な事情を利用した者だけが知っているだけでは、いまだ「公然知られた」状態にあるとはいえず、意匠権の設定登録があっても、それによって直ちにその意匠が現実に一般第三者にも知られるものではない。本願第二意匠の出願日前に、引用意匠が一般第三者によって現実に知られている状態にあったことを認めるに足りる証拠はない。」
  なお、これら3つの裁判例及びこれについての解説は、牛木「意匠法の研究」(四訂版)107頁以下を参照されたい。

[牛木理一]