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出願意匠「そばいなり」拒絶審決取消請求事件:東京高裁平成14年(行ケ)229号平成15年1月29日判決(棄却)<13民>

〔キーワード〕 

食品、物品性、公然知られた形態、意匠審査基準、創作容易性(創作力)、意匠の類似
〔事  実〕
 原告(菅野衛治)は、意匠に係る物品を「そばいなり」とする意匠について平成12年3月3日、意匠登録出願をしたところ、平成13年5月14日に拒絶査定を受けたので、不服の審決取消請求をした。
 審決は、本願意匠は、出願前に当業者が日本国内において公然知られた形状である別紙公知意匠一覧表記載の各意匠(以下、「公知意匠1〜6」と表記し、これらを「本件公知意匠」と総称する。)に基づいて、容易に意匠の創作をすることができたものであるから、意匠法3条2項に該当するものであり、意匠登録を受けることができないとした。

 

〔判  断〕

 

1 取消事由(創作容易性の判断の誤り)について
(1) 原告は、本願意匠の第一の特徴は、いなり寿司の口が上方を向いて開い ている点にあるとした上、開口部から見える具の配置を考慮して美的な処理がされている点で、公知意匠1〜3とは異なる旨主張する。
 しかし、まず、いなり寿司の口が上方を向いて開いている形態は、公知意匠1〜3(乙1の第二〜第四)に見られるとおり、本件出願前に普通に見られるものにすぎないというべきところ、これら公知意匠においては、いなり寿司に開口部を設けたことにより、当該開口部から油揚げに包まれた内容物及び具材を見せるという美的効果を奏するものであることは明らかである。加えて、平成3年10月1日株式会社光文社発行の「JJジェイジェイ」17巻10号272頁中央左に所載の「遊洛花いなり・いくら」の意匠(乙2)、平成4年6月10日株式会社グラフ社発行の「マイライフシリーズ・281、世界で愛される日本食の粋、手作りおすし」34頁中段所載の「三色いなり」の意匠(乙3)及び平成8年度きのこ料理コンクール全国大会林野庁長官賞受賞作品「きのこのきんぴら・そば・いなり」(乙6)においても、上方を向いたいなり寿司の開口部に、明らかに具の配置を考慮した美的な処理を行ったトッピングが施されていることが認められ、原告の主張する上記差異点は、いなり寿司の形態における常とう的な処理にすぎず、当業者にとってありふれた手法というべきである。
 また、原告は、上記乙号各証の意匠に見られるトッピングの内容が本願意匠と異なる点を主張する。しかし、本願意匠で使用されているおろし生姜と刻みねぎが、いわば定番の薬味として、そばを始めとする各種の料理にトッピング等として添えられるものであることは当裁判所に顕著であるから、意匠に係る物品を「そばいなり」とする本願意匠において、開口部に使用するトッピングとしておろし生姜と刻みねぎを使用したことに、当業者にとっての格別の創作性を肯定することはできないというべきである。
(2) 次に、原告は、本願意匠の第二の特徴は、帆立貝のひもでいなり寿司全体を結んでいる点にあるとした上、いなり寿司をひもで結ぶとともに、ひも状の食材として帆立貝のひもを選択したことに独創性が認められべきである旨主張する。
 しかし、いなり寿司をひもで結ぶ意匠は、昭和45年6月20日図書印刷株式会社発行の「家庭料理全書」275頁所載の「いなりずし」の意匠(乙4)、平成3年10月1日株式会社光文社発行の「JJジェイジェイ」17巻10号273頁中央右に所載の「志乃多寿司総本店 特製志乃多」の意匠(乙5)に見られるとおり、本件出願前において普通に採用されていた常とう的なものにすぎないというべきであるし、ひも状の食材として帆立貝のひもを選択した点も、食味や食感等の問題は別として、意匠としての美感という観点からは、かんぴょう等を使用した慣用的な形態と選ぶところはなく、当業者にとっての格別の創作性を肯定することはできない。
(3) また、原告は、本願意匠の色彩に関し、そばの濃い茶色、それよりやや薄い茶色の油揚げの色、肌色の帆立貝のひもの色、帆立貝のひもで分けられた左右に、黄色い生姜と緑色及び白色の刻んだねぎの色が配され、おいなりさん全体にアクセントを与える美的な処理が施されていると主張するが、原告も自認するとおり、本願意匠は意匠登録を受けようとする意匠を白黒の図面代用写真をもって現わして出願されているものであり(甲4)、同写真によっては上記主張に係る色彩を認識することはできないから、失当というべきである。なお、白黒写真であっても、濃淡が表現され得ることは原告の主張するとおりであるが、本願意匠の図面代用写真に見られる濃淡の表現において、当業者が本件公知意匠に基づいて意匠の創作をすることを困難とするような格別の創作性は認められない。
(4) さらに、原告は、意匠法3条2項の創作容易性の判断に係る特許庁の意匠審査基準は、同一の形状を含む公知意匠についての置換、寄せ集め、配置の変更、構成比率の変更等を創作容易性のない意匠であるとしているとの前提で、審決の創作容易性の判断は特許庁の審査基準に適合しない旨主張する。しかし、意匠審査基準は、特許庁における意匠登録出願審査事務の便宜と統一のために定められた内規にすぎず、法規としての効力を有するものではないのみならず、意匠法3条2項に定める創作容易性の判断において、原告主張の「同一の形状を含む公知意匠」の存在が前提となると解すべき根拠はないから、上記主張は採用することができない。
 また、原告は、多数の公知意匠を組み合わせれば創作が容易であるとするのは、創作容易性の判断の手法として誤りである旨主張するが、本件において、本願意匠の特徴として原告の主張する点が、いずれもいなり寿司における慣用的な形態にすぎないものであり、かつ、それらの組合せに当業者にとっての格別の創作性が認められないことは前示のとおりであるから、審決が本件公知意匠として6件の意匠を引用したこと自体が、本願意匠の創作非容易性を基礎付けるものとはいえない。
2 以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がなく、他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
〔研  究〕
 このような手造りをする食品(「物品」という概念を与えるにはちゅうちょを覚える。)でも、物品として意匠創作の対象になるとすると、本件のような問題が起るのだろうが、引用の公然知られたとする意匠が6件とは余りにも多すぎる。
 本件意匠に対し、意匠法3条2項を適用するのであれば、1件の公知意匠でも十分ではなかったかと思う。
 しかし、1件の引用でも、意匠法3条1項3号の類似との認定ができなかったのだろうか。けだし、意匠の類似とは創作の同一性を意味するから、前記引用意匠の1件との対比によって、拒絶できたはずであるからである。
 意匠の類似と意匠の創作容易性とは、創作性がその基盤にある点では共通しているから、前者は同一又は類似の物品の範疇での創作の容易性、後者は同一又は類似の物品を超えた非類似物品の範疇での創作の容易性と考えるならば、その相違をよく理解することができるのである。「可撓伸縮ホース事件」の東京高裁昭和45年1月29日判、「帽子事件」の東京高裁昭和48年5月31日判の判決例をもう一どよく読んで考えてみることをおすすめする。(拙著に詳しい。)

[牛木理一]