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「医療用酸素濃縮機」意匠権侵害差止等請求事件:東京地裁平成10(ワ)24986号平成11年11月30日判決(棄却)〔民47部〕

〔キーワード〕 

意匠の類似、意匠の要部、美感

 

〔判示・認定事項〕 

  1. 本件登録意匠の要部は、公知意匠には見られない部分である。
  2. イ号意匠は本件登録意匠の要部B,C,Dを具備していないから、全体として美感を異にするものといわざるを得ず、類似するとは認められない。

 

〔事  実〕

 

 原告(T社)は、意匠に係る物品「医療用酸素濃縮機」について、平成6年4月11日に出願し、平成8年5月21日に設定登録した意匠登録第960255号意匠の意匠権に係る意匠権者である。
 この意匠権には、同日出願に係る類似1号意匠及び類似2号意匠が付帯していた。
 被告(F産業)は、別紙目録に係るイ号製品を製造し、被告(F電子)(E社)に譲渡し、全国の販売会社にリースしている。

 

〔争  点〕

1 イ号意匠は本件登録意匠に類似するか。

〔判  断〕

 

一 本件意匠の要部について
1 証拠によると、本件意匠の出願時において、医療用酸素濃縮機については、別紙公知意匠目録(一)ないし(三)記載の各意匠(以下「本件公知意匠(一)」などといい、これらの意匠をまとめて「本件公知意匠」という。)が公知であったことが認められる。
2(一) 本件公知意匠は、いずれも全体が正背面、左右側面及び平底面を有する略直方体の凾体であり、正面部は垂直面部と後方に傾斜した傾斜面部とからなっている。
(二) 本件公知意匠(一)は、凾体の正面部において、垂直面部の上側部の左部にフィルターを備えた空気採取口を設け、右部に設けた奥深の凹室部に加湿器を収容するものである。
(三) 本件公知意匠は、いずれも凾体の正面部の傾斜面部に、電源スイッチなどの操作部が配置されている。
(四) 本件公知意匠(二)及び同(三)は、凾体の平面部において、正面傾斜面部における配置状態全体が上方から見えるほかは、水平になっている。また、本件公知意匠(一)は、凾体の平面部において、正面傾斜面部における配置状態の一部が上方から見える。
(五) 本件公知意匠は、いずれも凾体の左右側面部が垂直である。
(六) 本件公知意匠は、いずれも背面部が垂直である。
(七) 本件公知意匠は、いずれも凾体の底面部の四隅には移動車輪が取り付けられている。
3(一) 前記第二の一(争いのない事実等)2及び右2認定の事実によると、本件意匠の構成態様のうち、1.全体が正背面、左右側面及び平底面を有する略直方体の凾体であり、この凾体の正面部は、垂直面部と傾斜面部とからなっていること(構成態様(1))、2.右凾体の正面部において、垂直面部の上側部には、左部にフィルターを備えた空気採取口が設けられており、右部に設けられた奥深の凹室部に加湿器が収容されていること(構成態様(2))、3.傾斜面部に、電源スイッチなどの操作部が配置されていること(構成態様(3))、4.凾体の平面部は、正面傾斜面部における配置状態全体が上方から見えること(構成態様(4))、及び5.構成態様(5)ないし(7)は、出願時に知られていたものと認められるから、以上の点のみが要部ということはできない。
(二) 右(一)で述べたところに、本件意匠の構成態様のうち、垂直面部、傾斜面部及び平面部の意匠が、特に、看者の視覚に強く訴えると考えられることを総合すると、本件意匠の要部は、右(一)1.ないし5.並びに(ア)垂直面部の表面が横方向にアール状にやや膨らんでいること、(イ)傾斜面部の後方への傾斜が平面部の4.5分の1位にかけてのものであること、(ウ)垂直面部と傾斜面部との接辺が下方にアール状にやや膨らんでいること(以上、構成態様(1))、(エ)垂直面部上側部の空気採取口と加湿器収容用の凹室部の下端及び上端レベルが同位であること(構成態様(2))、(オ)凾体の正面部において、傾斜面部が6分の1位を占めること、(カ)傾斜面部に設けられた操作部の配置が、左側から電源スイッチ、酸素濃縮気体の設定流量値と積算使用時間のデジタル表示部(以下「デジタル表示部」という。)、酸素濃縮気体の流量設定用つまみ(以下「つまみ」という。)、酸素濃縮気体の流れを確認する視流計(以下「視流計」という。)、酸素濃縮気体取出用ノズル(以下「ノズル」という。)の順で横一列になっていること(以上、構成態様(3))及び(キ)平面部からは傾斜面部の下辺がアール状に膨らんで見えること(以上、構成態様(4))であると認められる。なお、右(ア)ないし(キ)のうち、(キ)は(ア)から当然に導かれるものであり、(ウ)は(ア)、(イ)及び(オ)から導かれるものである。
(三) そうすると、本件意匠の要部は、右(一)1.ないし5.のほか、次のAないしDであると整理することができる(以下「要部A」などという。)。
A 垂直面部の表面が横方向にアール状にやや膨らんでいること
B 傾斜面部が、平面部の4.5の1位を占め、正面部の6分の1位を占めること
C 垂直面部上側部の空気採取口と加湿器収容用の凹室部の下端及び上端のレベルが同位であること
D 傾斜面部に設けられた操作部の配置が、左側から電源スイッチ、デジタル表示部、つまみ、視流計、ノズルの順に横一列になっていること
二 本件意匠とイ号意匠の類否について
1 前記第二の一(争いのない事実等)4及び右一で述べたところに基づき、イ号意匠が本件意匠と類似するかどうかについて判断する。
(一) 右一3(一)1.ないし5.
 イ号意匠は、右一3(一)1.ないし5.を備えている。
(二) 要部A
 イ号意匠の正面部を構成する垂直面部と傾斜面部のうち、垂直面部は表面が横方向にアール状にやや膨らんでいるから、イ号意匠は本件意匠の要部Aを備えるものである。
 しかし、証拠と弁論の全趣旨によると、冷蔵庫、電気せんたく機等の電気製品において、凾体の垂直面部の表面を横方向にアール状に膨らませることは、本件意匠の出願当時には、広く行われていたものと認められる。
(三) 要部B
イ号意匠の傾斜面部は平面部の4分の1位を占めるとともに、正面部の4分の1位を占める。
 したがって、イ号意匠の傾斜面部の面積が、凾体の表面積に占める割合は、要部Bによって示される本件意匠のそれよりも明らかに大きく、右傾斜面部が平面部及び垂直面部との間に形成する角度も、本件意匠のそれとは異なっているから、イ号意匠が本件意匠の要部Bを備えるものということはできない。
(四) 要部C
 イ号意匠の正面部において、垂直面部の上側部左部には空気採取口があり、右部には加湿器収容用の凹室部があり、空気採取口と凹室部の下端レベルは、凹室部の方がやや下位にある程度である。
 しかし、空気採取口が垂直面部に収まっているのに対して、凹室部は傾斜面部にまでかかっており、その上端レベルは明らかに凹室部の方が上位にあるから、イ号意匠が本件意匠の要部Cを備えるものということはできない。
(五) 要部D
 イ号意匠の傾斜面部に設けられた操作部には、左から順に電源スイッチ、つまみ、表示部、視流計、ノズルが配置されており、右配置の順序が要部Dとは明らかに異なる。
 また、要部Dでは、操作部は単純に横一列に配置されているのに対して、イ号意匠では、本件意匠に比べて、表面積に占める傾斜面部の面積の割合が大きいため、操作部の配置も自由度が高く、表示部とつまみが上下二段に配置されている。
 したがって、イ号意匠が本件意匠の要部Dを備えるものということはできない。
2 右1で述べたところによると、本件意匠とイ号意匠は、全体として美感を異にするものといわざるを得ないから、これらが類似するとは認められない。

〔研  究〕

1.はじめに
1.1 この判決には、肯定的に研究すべき内容はない。意匠の類似について判断しているのに、意匠の類似とは何をいうのかという基本的な問題についての判示がないのでは、意匠権侵害事件の判決にはならないというべきである。
1.2 判決は、本件意匠に係る医療用酸素濃縮機の形態を構成する態様について、次のように記述した。
(1) 全体が正背面、左右側面及び平底面を有する略直方体の凾体であり、この凾体の正面部は、表面が横方向にアール状にやや膨らんでいる垂直面部と平面部の4.5分の1位にかけて後方に傾斜した傾斜面部とからなり、かつ前記垂直面部と傾斜面部との接辺は下方にアール状にやや膨らんでいる。
(2) 右凾体の正面部において、垂直面部の上側部には、左部にフィルターを備えた空気採取口が設けられ、右部に設けられた奥深の凹室部に加湿器が収容されている。空気採取口と凹室部の下端及び上端レベルは同位である。
(3) 右凾体の正面部において6分の1位を占める傾斜面部には、左側から順に、電源スイッチ、酸素濃縮気体の設定流量値や積算使用時間の表示部、酸素濃縮気体の流量設定用つまみ、酸素濃縮気体の流れを確認する視流計、酸素濃縮気体取出用ノズルが配置されている。
(4) 右凾体の平面部は、前記正面傾斜面部における配置状態全体が上方から見えるとともに傾斜面部の下辺がアール状にやや膨らんで見えるほかは、水平である。
(5) 右凾体の左右側面部は垂直面である。
(6) 右凾体の背面部は垂直面である。
(7) 右凾体の底面部の四隅には移動車輪が取り付けられている。
2. 本件意匠の要部について
2.1 判決は、公知意匠として次の3つの意匠公報を引用したが、ここれらはいずれも原告登録にかかる意匠であり、被告や第三者に係る意匠ではない。
(1) 意匠登録第778277号(平1.12.22発行)(公知意匠一
(2) 意匠登録第716331号(昭62.10.29発行)(公知意匠二
(3) 意匠登録第716332号(昭62.10.29発行)(公知意匠三
 そこで、判決は、本件意匠に係る形態の前記構成態様のうち、次の態様部分は出願時に知られていたから、これらの点のみが要部ということはできないと認定した。
 前記(1)は、「1.全体が正背面、左右側面及び平底面を有する略直方体の凾体であり、この凾体の正面部は垂直面部と傾斜面部とからなっている」点。
 前記(2)は、「2.右凾体の正面部において、垂直面部の上側部には、左部にフィルターを備えた空気採取口が設けられており、右部に設けられた奥深の凹室部に加湿器が収容されている」点。
 前記(3)は、「3.傾斜面部に、電源スイッチなどの操作部が配置されている」点。
 前記(4)は、「4.凾体の平面部は、正面傾斜面部における配置状態全体が上方から見える」点。
 前記(5)ないし(7)は5.全部。
2.2 しかし、判決が、前記記述の構成態様のうちの公知態様について、「以上の点のみが要部ということはできない」と認定したことは、没価値的な態様部分を要部の一部と考えているから、失当というべきである。イ号意匠においても共通のこれら没価値的な態様部分は、本件意匠に係る形態の基本的構成態様と考えるべきものであり、この事実は判決も認めているところである。
 したがって、判決が第三.一.3(二)で本件意匠の要部の中に、当該物品に係る形態では没価値的な存在でしかない前記1.ないし5.の構成態様を含ませたことは誤りである。
 判決は、本件意匠について、凾体正面の垂直面部,傾斜面部及び平面部が看者の視覚に強く訴えると考えて前記没価値的態様を見て要部に含ませたが、意匠法が本来保護するものは意匠の創作であるから、創作の存しない構成態様は要部といわれるべきでは
ない。
 要は、両意匠に係る形態の具体的構成態様についての類否判断である。
 すると、本件意匠の形態が有する基本的構成態様を超えた客観的に創作の認められる具体的構成態様が要部となり得るものであるから、本件意匠における要部をイ号意匠が含むか否かを創作上の観点から見い出すことが、意匠の類否判断である。この場合、具体的構成態様についての細部の違いは類似ということになる。意匠法における意匠の類似とはそういうものである。
2.3 判決は、本件意匠の構成態様のうち、前記公知の基本的構成態様にプラスしてア〜キの具体的構成態様を本件意匠の要部に含ませているが、キはアに含み、ウはアイオに含まれると認定した。
 しかし、判決は、キとウについての事実認定を誤っている。
(1) キとは、「平面部から傾斜面部の下辺がアール状に膨らんで見えること」であるが、この意味は、傾斜面部の下辺がアール状に膨らんでいるとは、正面から見て下方にやや垂るむように膨らんでいる状態をいうのであるから、正面部においてアのように「垂直面部の表面が横方向にアール状にやや膨らんでいる」状態とは違うのである。アの状態をいうときは、傾斜面部の下方が直線状態にあることも含まれるのである。
 したがって、キの構成態様はアのそれとは別異の独立したものであり、アから当然に導かれるものではない。
(2) ウとは、「垂直面部と傾斜面部との接辺が下方にアール状にやや膨らんでいること」であるが、この意味は前記キと同様に、正面から見て、傾斜面部の下辺が下方にアール状にやや垂るむように膨らんでいる状態をいうのであるから、このような状態はア,イ,オのいずれにも含まれていない。
 したがって、ウの構成態様はアイオのそれとは別異の独立したものであり、これらのものから導かれるものではないのである。
以上のように、構成態様キとウは、明らかに本件意匠の要部を構成している態様であるから、これを除外したことは判決の誤りである。
2.4 本件判決に対する以上の解析からわかることは、原判決には事実誤認の違法があるということである。したがって、本件意匠の要部に前記キ及びウの構成態様を含ませず、次の(A)ないし(D)にあると認定したことは、誤りであるといわねばならない。
(A) 垂直面部の表面が横方向にアール状にやや膨らんでいること。=(ア)
(B) 傾斜面部は、平面部の4.5分の1位を占め、正面部の6分の1位を占めていること。=(イ)
(C) 垂直面部上側部の空気採取口と加湿器収容用の凹室部の下端及び上端のレベルが、同位であること。=(エ)
(D) 傾斜面部に設けられた操作部の配置が、左側から電源スイッチ、デジタル表示部、つまみ、視流計、ノズルの順に横一列になっていること。=(カ)
3. 本件意匠対イ号意匠の類否について3.1 イ号意匠が、本件意匠と同一の基本的構成態様を具備しているものであることは、判決の認定するとおりである。
 のみならず、両意匠の具体的構成態様についても、細部の相違は別として、同一の創作体に基く共通の具体的構成態様を具備していることも認められるべきである。
3.2 要部(A)について
 判決は、イ号意匠が本件意匠の要部(A)を備えていることは認めている。しかし、このような態様は冷蔵庫や電気洗濯機等の電気製品において、広く行われていたものであると認定した。
 しかし、前記のような電気製品と本件意匠に係る物品とは同一又は類似となる物品ではない。したがって、意匠法において意匠の類否判断をするときには、非類似物品との関係は範囲外のことであるから、判決が前記のような電気製品を引用したことは誤り
である。
 のみならず、本件意匠に係る医療用酸素濃縮機なる物品は医療機器の一つとしてきわめて特殊な物品であり、冷蔵庫や洗濯機のような家庭用電気製品のメーカーで製造するものとは本来的に違うものである。その事実は、原告も被告も、前記家庭用電気製品などを製造したことはないことからも証明される。
3.3 要部(B)について
 判決は、本件意匠の傾斜面部は、平面部の4.5分の1位を占めるとともに正面部の6分の1位を占めると認定するのに対し、イ号意匠の傾斜面部は、平面部の4分の1位を占めるとともに正面部の4分の1位を占めると認定し、イ号意匠の傾斜面部の面積が凾体の表面積に占める割合は本件意匠の要部(B)のそれよりも明らかに大きく、また傾斜面の角度も異なるから、イ号意匠は本件意匠の要部(B)を備えるものでないと認定した。
 しかし、両意匠の傾斜面部の表面積と角度の違いは、前記割合が示すようなそれほどに顕著なものとして目立つものといえないし、当該部分は各種の操作部材が配置された機能部であるから、技術的に必要な操作部材がまとまって配置されている状態を見れば、この部分における配置具合などの違いは意匠の創作上重要なものではない。
 したがって、判決の事実認定は誤りである。
3.4 要部(C)について
 判決は、イ号意匠の正面部における空気採取口と加湿器収容用凹室部との配置について、凹室部が傾斜面部にまでかかっていて、その上端レベルは凹室部の方が上位にあるから、イ号意匠は本件意匠の要部(C)を備えていないと認定した。
 しかし、この事実は、両意匠ともに左右の共通位置に空気採取口と凹室部とを、公知意匠には見られない態様で構成されているし、凹室部の態様がイ号意匠では傾斜面部に及んでいるとしても、これは単に収容する加湿器を大容量のものに合わせて設計しているだけであり、同凹室部の設計は上方又は下方に延長するしかないから、そこには創作の余地というものはないのであり、顕著に目立つといえるものではない。
 したがって、判決の事実認定は誤りである。
3.5 要部(D)について
 判決は、イ号意匠の傾斜面部における機能部の各操作部材の配置の順序が本件意匠の要部(D)と異なると認定した。
 しかし、この部分は各種操作部材を設置した機能部であるから、各部材をどのような順序で配置するかということは、意匠の構成上、特に創作性を有するような部分ではない。したがって、いわれるような違いが見られるにしてもそれは細部のことであり、これをもってイ号意匠が本件意匠の要部(D)を備えるものではないということはできない。
 ちなみに、本件意匠においては、類似1号及び類似2号に係る登録意匠の当該部分は、その本意匠とは異なる配置や大きさをもって構成されていることを考慮すれば、傾斜面部における各種操作部材の配置や大きさなどは、機能に応じた設計変更事項にすぎないから、そこには創作の余地はないのであり、顕著に目立つといえるものではない。
 したがって、判決の事実認定は誤りである。
 前記したように、本件意匠に係る形態の構成態様において認定すべき要部は、判決認定のような(A)=(ア)、(B)=(イ)、(C)=(エ)、(D)=(カ)だけにあるのではない。判決が最初に認定した(ウ)及び(キ)の構成態様も本件意匠の要部であり、これらの要部をイ号意匠も具備しているのであるから、判決は本件意匠について誤った事実認定をしているのである。
 本件意匠の要部と認定すべき前記(ウ)の構成態様は、凾体の正面の最も目立つ箇所に、「垂直面部と傾斜面部との接辺が下方にアール状にやや膨らんでいる」状態にあることをいい、この構成態様を平面方向から見ると、前記傾斜面部の下辺が下方にアール状に膨らんでいるように見えることから、両者は実質的に同一の構成態様について見る方向の違いから述べているにすぎない。したがって、前記(ウ)と(キ)とは構成態様としては一つにまとめられてよい要部である。
4. むすび
 両意匠に対する原判決の事実認定は、比較的細部の相違点だけを見ているのであり、意匠構成上の創作の同一性という観点からの判断を欠如しているように見えるのである。
 両意匠にはいろいろと相違点の存在することは、原告としても認めているのである。しかし、意匠法において意匠の類否判断の要は、意匠全体の構成態様を見たとき、どこに創作上の相違点があり、この相違点は意匠の創作上重要な相違点となり得るか否かの判断をすべきであるのに、原判決ではそのような創作上の観点からの類否判断が全くなされていないのである。
 そこで、両意匠に係る形態の具体的構成態様を全体的に観察し、両意匠の創作上の異同点を見い出すと、各部分に見られる相違点とは、いずれも技術的機能に関係する設計変更的変形にすぎないものであるから、全体として顕著に目立つような美感上の違いを看者は見い出すことはできず、かえって美感は共通していると見ることができるのである。したがって、イ号意匠は本件意匠に類似すると判断するのが妥当であったのである。
 しかし、このような疑問点の多い判決に対し、原告は控訴しなかったのである。
 なお、被告(F産業)は本件登録意匠に対し、平成11年2月2日に登録無効審判を請求したが、引用証拠にかかる公知意匠とは類似しないと判断され、請求は不成立に終わった(審判平10-35634号.平成11年6月21日審決)。この審判請求事件は、原告(T社)に審判請求書が送達された後、原告から平成11年2月26日に答弁書が提出されたが、その2か月後には審理が終結されるというスピード審決であった。しかし、この請求不成立の審決は、裁判所の審理には影響を与えることはなかった。

[牛木理一]