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「羽子板ボルト」意匠権侵害損害賠償等請求事件:東京地裁平成9(ワ)21694号平成11年8月27日判決(認容)〔民47部〕

〔キーワード〕 
公知意匠、取引者の注意をひく点、美感、意匠の類似、登録意匠の無効性、権利の濫用、控除費用、純利益率、弁護士・弁理士費用

 

〔判示・認定事項〕 

  1. 本件意匠のように、矩形板の一端がU字状溝を形成し、かつU字状溝部の高い側(背部)にボルトの一端を溶接した形態の羽子板ボルトは、本件意匠出願時には知られていなかったと認められるから、本件意匠において最も取引者の注意をひく点は、矩形板の一端がU字状溝を形成し、かつU字状溝部の高い側(背部)にボルトの一端を溶接した点にある。
  2. 被告は、本件実用新案の羽子板ボルトのように矩形板とボルト部を段違いに形成するものをスポット溶接によって製作しようとすれば、本件意匠のようにならざるを得ない旨主張するが、矩形板の一端にU字状溝を形成しつつ、U字状溝の内側にボルトの一端を挿入してスポット溶接することが可能であるから、被告の主張は採用できない。
  3. 羽子板ボルトの矩形板の一端に最低1個の透孔を設けることは、その用法上必然的なものであり、被告が主張するように羽子板ボルトにおいて矩形板に角孔を設けたものが従前存しなかったとしても、その程度の差異をもって被告意匠が本件意匠と異なる美感を呈するということはできないから、被告意匠は本件意匠と全体的な形状が似ているということができる。
  4. T社における原告製品1個当たりの純利益額は15.83円であり、その純利益率は31.67%であると認められる。
  5. 原告は、被告による本件意匠権侵害のために本訴を提起し、弁護士費用及び弁理士費用を支出することを余儀なくなされたものと認められるところ、本訴の内容、認容額等諸般の事情を総合すると、被告の本件意匠権侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用及び弁理士費用相当額は150万円であると認められる。
  6. 判決は、主文第一項において、「被告は原告に対し、金1456万6535円及びこれに対する平成9年6月16日から支払済みまでの年5分の割合による金員を支払え。」とし、同第四項において、第一項について仮執行を認めた。

 

〔事  実〕

 

 原告(T社)は、意匠に係る物品「羽子板ボルト」について、平成4年5月12日に出願し、平成8年6月11日に設定登録した意匠登録第962251号に係る本件登録意匠の意匠権者である。
 判決は不思議なことに、本件登録意匠には、次の類似1号及び2号の意匠が登録されているにもかかわらず、これらについては全く言及していない。
 (1)類似1号意匠: 平成6年5月17日出願
         平成8年6月11日設定登録
 (2)類似2号意匠:平成6年7月 5日出願
         平成8年6月11日設定登録
 判決が、権利侵害の保護対象としている意匠権は本意匠の意匠権であるが、前記2つの類似意匠の意匠権も本意匠の意匠権と同日に設定登録を受けている。
 被告は、平成8年6月11日から平成9年6月15日までの間、別紙目録(一)ないし(三)記載の羽子板ボルト(被告意匠(一)被告意匠(二)被告意匠(三))を業として製造販売し、その販売総額は41,258,400円であった。
 そこで、原告は被告に対し、18,070,440円の損害賠償を請求した。

 

〔争  点〕
1 被告意匠は本件意匠に類似しているか。
2 原告は被告に対し、被告製品の製造販売を承諾していたか。
3 本件請求は権利の濫用であるか。
4 原告の損害額
〔判  断〕

 

一 争点1について
1(一) 証拠及び弁論の全趣旨によると、羽子板ボルトは、主として木造構造を用いる建築物の構築において、柱と、梁や土台等の横架材とを連結するために用いられるものであること、その使用方法は、平板部側を横架材に沿わせ、平板部に設けられた取付用の孔と横架材に穿設されたボルト挿入用の貫通孔とにボルトを通し、そのボルトの先端側にナットを装着して平板部を横架材に固着し、一方、羽子板ボルトのボルトネジ側を、横架材が連結される柱に穿設されたボルト挿入用の貫通孔に挿入して先端にナットを挿着するというもので、横架材と柱との連結を補助する目的で用いられるものであること、以上の事実が認められる。
(二) 証拠及び弁論の全趣旨によると、本件実用新案に係る実用新案公報には、別紙図面(一)の羽子板ボルトの図面が掲載されていること、この羽子板ボルトは、矩形板の一端をU状断面をなすように屈曲成形し、U状断面部の両縁部にボルト部の一端を溶接したもので、矩形板の他端平坦部に大小一個ずつの円形の透孔が穿設してあり、ボルト部の他端には雄ねじが形成してあること、以上の事実が認められる。
(三) 証拠及び弁論の全趣旨によると、財団法人日本住宅・木材技術センターが編集発行する「軸組工法用金物規格(Zマーク表示金物)」と題する冊子(平成2年4月版)には、別紙図面(二)の二種類の羽子板ボルト(羽子板ボルトSB・F及びSB・E)の図面が掲載されていること、羽子板ボルトSB・Fは矩形板の一端にボルトの一端を溶接したものであること、羽子板ボルトSB・Eは矩形板の一端をU状断面をなすように屈曲成形し、U状断面部の両端部にボルトの一端を溶接したものであること、右両羽子板ボルトとも、矩形板の他端平坦部に大小一個ずつの円形の透孔が穿設してあり、ボルトの他端には雄ねじが形成してあること、以上の事実が認められる。
2(二) 前記第二の一の事実及び右1(二)及び(三)で認定した事実に弁論の全趣旨を総合すると、羽子板ボルトにおいて、矩形板の一端にボルトの一端を溶接した形態及び矩形板の一端をU状断面を形成するように屈曲成形した上、その両縁部にボルトを溶接した形態は、本件意匠出願時において知られていたが、本件意匠のように、矩形板の一端がU字状溝を形成し、かつ右U字状溝部の高い側(背部)にボルトの一端を溶接した形態の羽子
板ボルトは、本件意匠出願時には知られていなかったものと認められるから、本件意匠において最も取引者の注意をひく点は、矩形板の一端がU字状溝を形成し、かつ右U字状溝部の高い側(背部)にボルトの一端を溶接した点にあるというべきである。
(二) 被告は、本件実用新案の羽子板ボルトのように矩形板とボルト部を段違いに形成するものを、スポット溶接によって製作しようとすれば、本件意匠のようにならざるを得ない旨主張するが、矩形板の一端にU字状溝を形成しつつ、右U字状溝の内側にボルトの一端を挿入してスポット溶接することが可能であるから(別紙図面(三)参照)、被告の右主張は採用できない。
(三) 前記二の一4のとおり、被告意匠は、いずれも、矩形板の一端がU字状溝を形成し、かつ右U字状溝部の高い側(背部)にボルトの一端が溶接されている。
三(一) 前記二の一のとおり、本件意匠において矩形板に設けられる透孔は円形であるところ、被告意匠において矩形板に設けられる透孔は角孔である。
 しかし、右1(一)で認定した事実によると、羽子板ボルトの矩形板の一端に最低一個の透孔を設けることは、その用法上必然的なものであり、円形及び正方形はいずれもそれ自体は周知の形態であることが明らかであるから、被告が主張するように羽子板ボルトにおいて矩形板に角孔を設けたものが従前存しなかったとしても、本件意匠と被告意匠の右の程度の差異をもって被告意匠が本件意匠と異なる美感を呈するということはできない。
(二) 前記第二の一のとおり、1.正面図においてU字状溝部の外側に形成される隆起部分の形状が、本件意匠では逆U字形であり、その境界線も明瞭であるのに対し、被告意匠では、時計方向に90度回転させたC字形であり、その境界線もやや不明瞭になっている、2.本件意匠は矩形板とボルト部が平行に形成されているのに対し、被告意匠では、矩形板のボルトの溶接されていない側の先端が、ボルト部の設けられている側へ若干跳ね上がってボルト部に対して斜めに設けられている、3.本件意匠の矩形板上端の両角部分が直角であるのに対し、被告意匠では右両角部分が丸くなっている、4.本件意匠のU字状溝部の背面の高さは均一であるのに対し、被告意匠では、U字状溝部の背面がボルト下部に向かって切り下げられている、という差異があるほか、本件意匠と被告意匠では、各部分の大きさの割合も必ずしも同じではない。しかし、これらの差異はいずれも全体の美感を左右するほどの大きな差異ということはできないから、被告意匠は、本件意匠と全体的な形状が似ているということができる。
4 以上述べたところを総合すると、被告意匠は本件意匠に類似し、被告製品の製造販売は本件意匠権を侵害するものであるということができる。

二 争点2について
 被告製品の販売を開始するに当たり、被告とS社資材部社員 Tとの間で、被告が前記第二の二2被告の主張で主張するような事実があったとしても、T工業からTに返答がなかったというのみであるから、直ちに、T工業が、被告製品の製造販売について、承諾していたと認めることはできない。また、証拠及び弁論の全趣旨によると、被告が被告製品の製造販売を開始したのは、平成6年8月であると認められるから、被告が主張する右事実があったとしても、それはそのころのことであると認められるところ、当時は本件意匠権はいまだ登録されていないから、T工業は本件意匠権の侵害を理由として被告製品の製造販売の差止めを求めることはできなかったのであり、そのような時期にT工業が被告製品の製造販売を承諾していたからといって、本件意匠権登録後も被告製品の製造販売を承諾していたということはできない。
 したがって、争点2についての被告の主張は採用できない。

三 争点3について
 右一のとおり、本件意匠の出願当時、矩形板の一側をU字状溝に形成し、その背部にボルトの一部を重ねてスポット溶接した形態が知られていたとは認められないから、本件意匠権が無効であるとは認められず、争点3についての被告の主張は、採用できない。

四 争点4について
1 証拠及び弁論の全趣旨によると、T工業は、平成4年12月以来本件意匠の実施品(原告製品)を製造販売していたこと、T工業の原告製品の生産能力は、年間450万個を超えるものであったこと、平成8年10月から平成9年9月までの間にT工業及び同社を合併した原告は345万8502個の原告製品を生産したこと、以上の事実が認められ、これらの事実によると、T工業は、平成8年6月11日から平成9年6月15日までの間において、被告製品の製造販売量である96万個について実施の能力を有していたものと認められる。
2 被告は、S林業に対する被告製品の納入分については、納入業社間で担当エリアが設定されており、これは絶対的なものであるから、原告は右エリア分けに反してS林業に販売することができなかったという事実があり、また、被告が被告製品を販売した他の会社においても同様の事情が存したから、T工業は、原告製品を被告製品と同じ数だけ販売することができなかった事実が存する旨主張するので、この点について判断する。
(一)証拠及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。
(1) 平成5年11月26日、T工業、被告、M金属鉱業株式会社及び株式会社Kの4社がS林業住宅本部資材部の主催する金物メーカー会議に参加した。この会議において、右4社が平成6年度にS林業に納入する金物についての計画シェアが納入場所ごとの数量とともに定められた。
(2) 右会議において、平成5年度までの納入実績のなかったT工業が、平成6年度の羽子板ボルトのS林業への納入分として53%の計画シェアを取得したが、T工業が53%の計画シェアを取得することができたのは、原告製品の納入単価が38円と低廉であり、機能的にも優れたものであったためである。
(3) 被告は、別紙図面(二)の羽子板ボルトを納入していたが、T工業に対抗するため、前年度単価48円で納入していた羽子板ボルトを、原告同様38円の単価で納入せざるを得なくなった。
(4) 平成7年度以降も、S林業に納入する羽子板ボルトについては、納入業者毎の計画シェアが定められ、それに従って納入されてきた。
(二) 右(一)認定の事実に、前記二で認定した被告が平成6年8月に被告製品の製造販売を開始した事実を総合すると、S林業に納入する羽子板ボルトについては、納入業者毎の計画シェアが定められ、それに従って納入されてきたが、計画シェアは、固定的なものではなく、製品の価格や性能によって変動するものであったこと、原告製品は、価格が低廉で、機能的にも優れたものであったこと、以上の事実が認められるから、被告が平成8年6月11日以降に被告製品の製造販売をしなかったとしても、T工業はそれに相当する原告製品をS林業に販売することができなかったとまで認めることはできない。
(三) 被告が被告製品を販売した他の会社について、被告が平成8年6月11日以降に被告製品の製造販売をしなかったとしても、T工業がそれに相当する原告製品を販売することができなかったというべき事情を認めるに足りる証拠はない。
(四) したがって、被告の右主張は採用できない。
3(一) 証拠及び弁論の全趣旨によると、T工業の平成8年度下期平成8年10月1日から平成9年3月31日)の総売上高は24億6032万7574円であること、T工業及び原告は、平成8年10月から平成9年9月までの間に、原告製品を、345万8502個販売し、売上高は1億7286万5261円であったこと、T工業及び原告における原告製品の製造原価は1個当たり29.15円であること、T工業の平成8年度下期の販売費及び一般管理費(運送費を含む)の額は3億4395万6727円であること、以上の事実が認められる。
(二) 右(一)で認定した事実によると、T工業及び原告における原告製品の平均販売単価は、次のとおり49.98円であると認められる。
1億7286万5261円÷345万8502個=49.98円
 また、右(一)で認定した事実によると、T工業の平成8年度下期の総売上高並びに販売費及び一般管理費を二倍した上、原告製品の一年分の売上高に対応させて案分比例した額は、次のとおり2423万5388円であると認められる。
24億6032万7574円×2=49億2065万5148円
3億4395万6727円×2=6億8791万3454円
1億7286万5261円÷49億2065万5148円×6億89791万3454円=2416万6769円
 そして、右販売費及び一般管理費を原告製品の1年分の本数で除して、原告製品1個当たりに割り振った額は、次のとおり約7.00円となる。
 2416万6769円÷345万8502個≒7.00円
 もっとも、1年間に348万8502個の原告製品を製造販売しているT工業及び原告において、96万個を増産して販売したからといって、同一比率で販売費及び一般管理費が増加するとは考えられないので、右販売費及び一般管理費をそのまま控除することは相当ではないが、右費用には運送費のような個数に比例して増加する費用も含まれており、以上の諸事情を考慮すると、T工業における原告製品1個当たりの販売費及び一般管理費の額は5.00円として計算するのが相当である。
(三) 以上によると、T工業における原告製品1個当たりの純利益の額は15.83円であり、その純利益率は31.67%であると認められる。その計算式は、次のとおりである。
 49.98円−29.15円−5.00円=15.83円
 15.83円÷49.98円≒0.3167
4 前記第二の一3のとおり、被告製品の販売総額は4125万8400円であるから、原告は、意匠法39条1項により、次のとおり1306万6535円の損害を被ったものと認められる。
 4125万8400円×0.3167=1306万6535円
5 弁論の全趣旨によると、原告は、被告による本件意匠権侵害のために本訴を提起し、弁護士費用及び弁理士費用を支出することを余儀なくされたものと認められるところ、本訴の内容、認容額等諸般の事情を総合すると、被告の本件意匠権侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用及び弁理士費用相当額は、150万円であると認めらる。
6 そうすると、原告の損害総額は、1456万6535円となる。
 1306万6535円+150万円=1456万6535円
〔研  究〕
1.被告は、本件請求は権利の濫用であると主張し、これが争点の一つとなっていた。その理由は、本件登録意匠のように構成した当該物品は公知意匠と類似であって新規性がないから登録無効であるということであった。しかし、被告が提出した公知意匠の証拠となった別紙図面(一) (二) (三)において見られる構成態様は、いずれも矩形板の一端部をU形状に曲折成形し、このU形状部の両端部間にボルトの一端を溶接した羽子板ボルトであったから、このように成る意匠と本件登録意匠とは、ボルト端部の溶接位置が違っていてもその形態全体は類似するものと被告は考えた。したがって、登録無効の事由があり、本件登録意匠に対する被告意匠の実施について、公知意匠の抗弁を主張したようである。
 にもかかわらず、被告は特許庁に意匠登録の無効審判請求をしていないことは登録原簿から明らかであるから、これでは権利濫用の主張は効き目がない。公知意匠の抗弁や権利濫用を主張するときは、同時に被告は登録無効審判を請求すべきであったのであ
る。
 侵害裁判所における前記のような主張には、それを妥当とする裏付け証拠が必要である。
 結果的に、裁判所は、両者は美感上の差異はないから、非類似の意匠であると判断したが、もし登録無効審判が請求されていれば、裁判所としてもそれを大いに気にしたであろうし、無効となる蓋然性があれば訴訟の中止も考えたかも知れない。
 その意味で、本件における被告の攻撃防御の仕方のまずさが指摘される。
2.ボルト基端部の溶接箇所を、単にU状曲折部の正面部としたか背面部としたかの違いは、意匠全体に顕著な美感ないし印象上の違いを与えているとはいえないだろう。したがって、ボルト基端部の前記取付位置の前後の違いには、製作技術上の違いはあるとしても、出来上った構成態様を見る限り、その意匠全体の形態の創作性に違いは認められないから、意匠は類似しているということができる。
 さすれば、本件登録意匠は前記公知意匠と類似するということになり、新規性を欠如していることになるから、登録無効審判を請求すれば、無効となったかも知れない。
 この種の事件は、やはり弁理士を輔佐人として採用すべきであり、同人による適切なアドバイスが訴訟を有利に導くためには必要であろう。
3.すでに前記したとおり、判決は本件登録意匠に2つの登録類似意匠が付帯していることを忘れていたが、おかしい。意匠権の効力は、類似意匠の意匠権の存否にかかわらず、意匠法23条の規定するところであることは言うまでもないが、類似意匠の登録が存するときにはこれを参酌して当該意匠権の類似範囲を把握することになるのは当然である。その意味で、本判決は少なくとも形式的には欠陥があったことになる。

[牛木理一]