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「荷役クランプ」意匠権侵害差止等請求事件:東京地裁平成9年(ワ)28230号平成10年10月30日判決(棄却)〔民29部〕、東京高裁平成10年(ネ)5497号平成11年6月24日判決(棄却)〔18民部〕

〔キーワード〕 
看者の注意を引く部分、意匠の要部、美感、意匠の類似、前訴和解の効力

 

〔判示・認定事項〕 

〔東京地裁〕
  1. 本件意匠のうち、吊荷固定部や吊環部は、鋼材、鋼板等を吊り上げる用途からすると、看者の注意を引く部分であり、本件意匠の要部であるということができるが、柄部も、その位置や大きさからすると、看者の注意を引く部分であり、本件意匠の要部であるというべきである。被告意匠においても、吊荷固定部や吊環部とともに、柄部が要部であると認められる。
  2. 本件意匠の柄部と被告意匠の柄部の構成を比較すると、本件意匠の柄部と被告意匠の柄部とでは、その構成に大きな違いがあり、美感が大きく異なるものと認められる。要部である柄部について、右のとおり美感が大きく異なる以上、その余の点について判断するまでもなく、類似しないということができる。
  3. 水平吊環部及び垂直吊環部を具備するという点に新規性があったとしても、そのことから、直ちに、その点のみが要部であるということはできず、柄部も本件意匠及び被告意匠の要部であると解すべきである。 
  4. 本訴の被告意匠の柄部の略三角形部分は本件意匠にないもので、また本訴の被告意匠と前訴の被告意匠は屈曲部の位置が本訴の被告製品の方が上部にあり、屈曲角度が本訴の被告製品の方がよりなだらかである点に、垂直吊環部頂部からの外縁の形状に差異があるから、本訴の被告製品は、前訴の和解条項中の「被告製品よりも原告意匠に類似する方向で設計変更した製品」に該当するものということはできない。〔東京高裁の追加〕

 

〔事  実〕

 

 原告(イーグルクランプ株式会社)は、意匠に係る物品「荷役用クランプ」について、昭和58年10月14日に出願し、昭和60年11月29日に設定登録された意匠登録第673691号に係る意匠権の意匠権者である。
 被告は、おそくとも平成8年5月初め頃から、業として別紙物件目録一ないし三記載の荷役用クランプを製造販売している。
 被告製品の意匠は、別紙イ号写真目録、ロ号写真目録、ハ号写真目録のとおりで、製品ごとに全体の大きさをやや異にするも、その形状は相似形である。
 原告はまた被告に対し、不法行為に基づく損倍賠償として、特許法102条1項により、被告が得た利益相当額1519万5600円(被告製品売上額2532万6000円×利益率60%)の支払いを請求した。
〔争  点〕
1. 被告意匠は本件意匠と類似するか。 
2. 被告製品の製造販売は、前訴における和解に違反するか。 
(控訴審判決において追加された。)

 

〔判  断〕

 

〔東京地裁の判断〕  
一1 証拠及び弁論の全趣旨によると、本件意匠は、荷役用クランプに係るもので、別紙対比図面の本件意匠のとおり各部分から構成されており、その基本的構成態様は、次のとおりであることが認められる。
1. 締め付け用ハンドルを備え、吊荷を挾み締め付けるためのボルトと、開口部の反対側でそのボトルを受け止めるボルト受け止め部からなる吊荷固定部。
2. ボルトを挿通させる短円柱と、開口部の反対側において内側にボルト受け止め部を有する短円柱からなる短円柱部。
3. 開口部に沿ってその外側に存在し、開口部の両側に存在する短円柱を結び、垂直吊環部及び水平吊環部と外側において接している柄部。
4. ボルトと直行する柄部の頂上付近に設けられた垂直吊環部と、ボルトのほぼ延長線上で柄部の外側に設けられた水平吊環部からなる吊環部。から構成されている。
2 証拠及び弁論の全趣旨によると、被告意匠は、荷役用クランプに係るもので、別紙対比図面の被告意匠のとおり各部分から構成されており、その基本的構成態様は、右1の本件意匠の基本的構成態様と同一であることが認められる。なお、別紙対比図面の被告意匠のうち、茶色で表示した部分は、厚さの異なる3つの部分、すなわち、短円柱連結部、垂直吊環部の内側の部分(略三角形の部分の下部)及びその他の平板な部分からなっている(後記三2)が、右茶色で表示した部分は、被告製品の中央付近に位置し、短円柱部と吊環部を結び付けているひとまとまりの部分であるから、一体として「柄部」であるということができる。
二 本件意匠及び被告意匠の要部がいずれの部分であるかについて検討する。
 〈証拠〉及び弁論の全趣旨によると、本件意匠に係る荷役用クランプの用途は、主として、鋼材、鋼板等の重量物を開口部においてボルトで挾んで固定し、吊環部に掛けたワイヤー等をクレーンで吊るなどして、鋼材、鋼板等を吊り上げることにあること、本件意匠は、全体として偏平な形状をしており、側面部、底面部よりも正面部の方が看者の目につきやすいこと、本件意匠の正面部のうち、柄部は、正面部の中央付近に位置し、他の部分に比べて大きな面積を占めていること、以上の各事実が認められ、右認定事実によると、本件意匠のうち、吊荷固定部や吊環部は、右用途からすると、看者の注意を引く部分であり、本件意匠の要部であるということができるが、柄部も、その位置や大きさからすると、看者の注意を引く部分であり、本件意匠の要部であるというべきである。
 そして、〈証拠〉及び弁論の全趣旨によると、被告意匠は、荷役用クランプに係るものであり、その機能、使用態様は本件意匠と同様であること、被告意匠は、全体として偏平な形状をしており、柄部が正面部の中央付近に位置し、他の部分に比べて大きな面積を占めていること、以上の各事実が認められ、右認定事実によると、被告意匠においても、吊荷固定部や吊環部とともに、柄部が要部であると認められる。
三1 そこで、本件意匠の柄部の構成について検討するに、〈証拠〉及び弁論の全趣旨によると、本件意匠の柄部の構成は、次のとおりであると認められる。
(一) 柄部の左右の外縁は、下方から上方に向かうに従って、しばらくは、外側に広がるが、その後、大きな角を形成して内側上方に屈曲し、屈曲後なだらかに内側上方に向かい、頂上付近において垂直吊環部と接する。右吊環部と接触する部分は、右吊環部の孔とほぼ同心円の曲線をなし、頂上付近は、その曲線に沿ってへこんだ形状をなしている。柄部の外縁には、ほぼ一定の幅による縁取りがある周縁部があり、周縁部は、肉厚になっている。
(二) 柄部の内側は、開口部を形成しており、開口部の形状は、左右両側の短円柱の内側同士をつなぐ平たい逆U字形をなしており、その縁は、ほぼ一定の幅による縁取りがある短円柱連結部を形成しており、短円柱連結部は、肉厚となっている。
(三) 周縁部と短円柱連結部との間には、周縁部及び短円柱連結部よりも肉薄の凹部があり、凹部は、柄部の中央付近の比較的広い面積を占めており、柄部全体と相似に近い形をなしている。
2 次に、被告意匠の柄部の構成について検討するに、〈証拠〉及び弁論の全趣旨によると、被告意匠の柄部の構成は、次のとおりであると認められる。
(一) 柄部の、ボルトの挿通された短円柱側の外縁は、垂直吊環部の孔の下半の高さに至るまで上にまっすぐ延び、その後、丸みを帯びた大きな角を形成して内側上方に屈曲し、なだらかに内側上方に向かい、垂直吊環部の頂上付近につながる。柄部の、水平吊環部の存する側の外縁は、水平吊環部の外縁から連なり、内側に向かって上方に延び、反対側の外縁の大きな角とほぼ同じ高さにおいて、丸みを帯びた大きな角を形成して屈曲し、なだらかに内側上方に向かい、垂直吊環部の頂上付近につながる。
(二) 柄部の内側は、下方に開口したコの字形をなしており、その縁に、幅の広い肉厚の短円柱連結部を形成している。短円柱連結部のうち、左右の縦方向の部分は、左右の短円柱と同じ幅で上方に延びており、横方向の部分は、縦方向に比べて幅は狭いものの、かなりの幅があり、左右の縦方向の部分をつないでいる。
(三) 垂直吊環部及びその下方には、右吊環部を頂部付近に取り込んだ略三角形の部分が形成されており、右略三角形の部分の下方の辺は、短円柱連結部の横方向の部分の上側に接しており、右略三角形の部分の厚さは、その左右の柄部よりは厚いが短円柱連結部よりは薄い。
(四) 右略三角形の部分の外側には、左右に、それぞれ、右略三角形の部分と短円柱連結部に接して(水平吊環部が存在する側においては、水平吊環部にも接して)、外縁に丸みを帯びた大きな角(右(一)の屈曲部)を形成する平板な部分が存在する。
(五) 柄部は、短円柱連結部、右の略三角形の部分の下部、右の平板な部分によって形成されている。
3 本件意匠の柄部と被告意匠の柄部の構成を対比すると、外縁、短円柱連結部の形状が異なる他、本件意匠には、周縁部及び凹部があり、〈証拠〉及び弁論の全趣旨によると、それが看者の注意を引く本件意匠の柄部の特徴的な部分となっているものと認められるのに対し、被告意匠にはそのようなものはなく、他方、被告意匠には、本件意匠にない略三角形の部分及びその左右の平板な部分が存する。以上のとおり、本件意匠の柄部と被告意匠の柄部とでは、その構成に大きな違いがあり、美感が大きく異なるものと認められる。
四 被告意匠と本件意匠とでは、要部である柄部について、右のとおり美感が大きく異なる以上、その余の点について判断するまでもなく、類似しないということができる。
五 原告は、水平吊環部及び垂直吊環部を具備するということは、新規性を有し、看者の注意を引くから、本件意匠の要部であり、本件意匠と被告意匠は、右要部を同一とし、類似する旨主張する。
 しかし、水平吊環部及び垂直吊環部を具備するという点に新規性があったとしても、そのことから、直ちに、その点のみが要部であるということはできず、右二のとおり、柄部も本件意匠及び被告意匠の要部であると解すべきである。
六 よって、原告の請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

〔東京高裁の判断〕
 争点1に対する判断については、若干の補正はあったが、実質的に変わりがない。
 争点2に対する判断は、次のとおり追加されている。
 甲第11号証(前訴における和解調書)に添付の別紙物件目録(1) ないし(3)(前訴被告製品)の図面と本訴の被告意匠とを対比すると、本訴における被告製品の意匠は、前訴被告製品の意匠に、柄部の構成として垂直吊環部を頂部付近にまで取り込んだ略三角形(富士山型)の部分を形成させたものにほぼ相当し、この略三角形の部分の存在及び垂直吊環部頂部からの外縁の屈曲位置及び角度において前訴被告製品の意匠と相違するこが認められる。したがって、本訴の被告意匠が、前訴被告製品の意匠と同一のものであると認めることはできない。
 次に、本訴の被告意匠の柄部の略三角形の部分は本件意匠にないものであり、また、本訴の被告意匠と前訴被告意匠は、屈曲部の位置が本訴の被告製品の方が上部にあり、屈曲角度が本訴の被告製品の方がよりなだらかである点において、垂直吊環部頂部からの外縁の形状の差異があり、この差異は、本件意匠の屈曲部よりもその位置が更に上にあって、本件意匠の屈曲部の角度よりも更になだらかになる方向のものと印象づけられる。したがって、本訴の被告製品は、前訴の和解条項中の「被告製品よりも原告意匠に類似する方向で設計変更した製品」に該当するものということもできない。
 よって、前訴の和解の債務不履行を原因とする控訴人の請求も理由がない。
〔研  究〕
1.地裁判決では、本件登録意匠と被告意匠についての基本的構成態様が同一であることは認めている。それは、当該物品の用途及び機能から、全体的には同じような形態に成ることは、やむを得ないことだということであろう。
 すると、判決は、次には具体的構成態様の異同について考えているかといえば、そのような考え方はしていない。いきなり、両意匠の「要部がいずれの部分であるかについて検討する。」としている。
 この判決の考え方のまずさはまずここにある。即ち、「意匠の要部」を物品の要部と解しているのである。そして、いずれも荷役用クランプの用途から看者の注意を引く部分は、吊荷固定部と吊環部のみならず、柄部もそうであるから、この柄部の構成を比較し、その構成に大きな違いがあり、美感が大きく異なると認定し、「その余の点について判断するまでもなく、類似しないということができる。」と判断したのである。しかし、ここでは具体的構成態様がどのように違っているかについての説明はないし、説明せずとも対比して見ればわかるということでは困まる。やはり、柄部の構成態様についての具体的な違いについて説明すべきである。
2.「意匠の要部」とは物品の要部のことではない。物品を構成する多くの部分(属性)の中の一部を看者の注意を引く部分だから要部だというとらえ方は、意匠の類否判断をするときには意味がない。
 「意匠の要部」とわれわれが考えるものは、意匠の創作の要部のことである。即ち、登録意匠は物品固有の基本的形態及び従来周知公知の意匠との対比において、どの形態部分に創作性が認められるのかを把握して得られたものが登録意匠の要部であり、同様に被告意匠も前記物品の基本的形態及び周知公知の意匠との対比において、どの形態部分に創作性が認められるのかを把握して得られたものが被告意匠の要部である。したがって、意匠の類否判断は、このようにして把握された各意匠の要部を対比して判断することになるのである。
 登録意匠も被告意匠もその全体の構成には、要部以外に周知公知部分や機能的形態部分も混在しているのが普通であるが、前記要部と認められる以外の部分は、意匠の類否判断においては没価値的な存在である。(1)
3.意匠の類否判断は、前記のような創作部分である要部を対比して行われるのが原則であるが、しかしその背後には意匠を構成する全体の形態が存在し、その全体の中にある前記要部が看者にアピールするのである。したがって、この看者へのアピールが弱ければそれは創作性のある要部とはいえず、周知公知の形態の中に埋没していることになる。
 ところが、判決は、水平吊環部及び垂直吊環部を含む意匠全体の存在を忘却し、柄部だけを特に取り上げて対比しているのである。
 本事件において、被告は、本件登録意匠の出願前の周知公知の意匠については立証していないのであるから、本件登録意匠は100%の客観的創作性(新規性)のある、意匠権としてはもっとも強力かつ広い類似範囲を有する意匠であると認められていたはずである。すると、判決は、本件登録意匠の水平吊環部及び垂直吊環部を具備する基本的構成態様について新規性があるとする原告の主張を認めながら、これらの部分を除外し、柄部のみを対比して類否判断したことになる。
4. 地裁判決は、当然に控訴されたが、結論は高裁でもくつがえらなかった。
 ただ新しい事実として、原告から前訴における和解調書が提出され、この和解条項中に、「被告製品よりも原告意匠に類似する方向で設計変更した製品」の製造販売を禁止していたことを理由に、和解の債務不履行が損害賠償請求の原因に選択的に追加された。しかし、高裁も地裁と変わりない理由によって、両意匠を非類似の意匠と判断した。
 本件物品のごときものについては、その技術的機能の要求からおのづから決定される形態も予想されたし、また本願意匠の出願前からすでに公知周知の意匠も存在していたと思われたが、それについて被告からの主張も立証もなく、柄部の構成態様の違いによる非類似の主張だけであった。しかし、地裁も高裁も、非類似の意匠と判断されて権利侵害が不成立となったことは、再考の余地を残したといえよう。

[牛木理一]

(1) 拙著「判例意匠権侵害」5頁参照(発明協会)