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「包装用罐」意匠権侵害差止等控訴事件:東京地裁平成6年(ワ)11086号平成10年9月3日判決(棄却)、大阪高裁平成10年(ネ)2916号平成11年5月25日判決(棄却)〔日経デザイン1999年12月号138頁〕

〔キーワード〕 
本件登録意匠の特定、意匠図面の誤記、周知・公知意匠による登録意匠の範囲、新規な創作部分、通常の美感、物品の混同

 

〔判示・認定事項〕 

<大阪地裁の場合〉 
  1. 登録意匠の願書添付の図面相互間に不一致がある場合、そのことにより直ちに当該登録意匠の範囲を確定することはできないとするのではなく、当業者の立場から、願書及び添付図面の記載内容並びに当該登録意匠に係る物品の性状などを総合的に判断し、合理的、客観的に、いずれかの図面が作図上の誤記であると理解することができ、統一性のある意匠として把握することができる場合には、その意匠をもって当該登録意匠の内容をなすものと認めるのが相当である。
  2. 証人は、収納缶の全体の感じ、形態を把握するには、缶の横(正面図)から見た方が分かりやすい旨証言するが、需要者がこの種の収納缶をみる場合、斜め上方から見るのが通常であると考えられ、したがって、平面図の重要性も否定できないし、意匠登録出願の願書に添付すべき図面について、立体を表す図面は、正投象図により各図同一縮尺で作成した正面図、背面図、左側面図、右側面図、平面図及び底面図をもって一組とされている(意匠法施行規則2条様式第5の備考8)のは、立体を表す場合には、正面図、背面図、左側面図、右側面図、平面図及び底面図を一組としてはじめて正確に表すことができるためであると解されるから、缶の横から見た方が収納缶の全体の感じ、形態が分かりやすいからといって、直ちに平面図等が誤記であって正面図等が正しいとすることはできない。 
  3. 本件登録意匠は、缶本体の縦横の構成比が約1対2のありふれた横幅広の形態の通常の収納缶に、縦長円筒系の収納缶の上端及び下端の構造としてはありふれた形状であるネックドイン缶の形状を採用したところに特徴があるということができ、そのネックドイン缶の形状の採用に当たり、直線状のテーパー面の角度及び寸法をどの程度にするかは、創作者の創作いかんにかかるところであるが、当業者からみて、直線状のテーパー面の角度及び寸法を平面図等によって示される程度のものとしたものであるか、正面図等によって示される程度のものであるかは、一義的に明らかであるということはできない。その他、当業者の立場から、本件登録意匠の願書及び添付図面の記載内容並びに意匠に係る物品(包装用缶)の性状などを総合的に判断しても、合理的、客観的に、原告主張のように平面図等が作図上の誤記であると理解することができるとはいえないから、結局、本件登録意匠の内容を把握することはできないといわなければならない。
  4. 本件登録意匠の内容を把握することができない以上、被告ら意匠が本件登録意匠に類似するかどうかを判断することができないから、本件意匠権の侵害を理由に、被告らに対し被告ら商品の製造販売の差止め及び損害の賠償を求める原告の請求は、理由がないものとして棄却するほかはない。
  5. 仮に原告主張のように平面図等が作図上の誤記であり正面図等における外径の寸法が正しいとしても、被告ら意匠は本件登録意匠に類似しないものといわねばならない。 

<大阪高裁の場合〉 

  1. 出願の趣旨に照らすと、本件登録意匠が当業者にとって新規であるとされたのは、主として横幅広缶を正面から見た形状であったと認められ、そうであれば、本件意匠公報記載の各図面を全体として合理的かつ統一的に組み合わせて見るときは、正面図を中心として物品の形状を識別すべきであるといわなければならない。正投象図法の基本からしても、格別の事情のない限り、正面図が作図の基礎となることは明らかである。
     本件意匠公報に記載された平面図にはB−B断面図の位置を示すBの符号が付されているところ、右断面図の外径は正面図の外径と一致しているのであるから、正面図と平面図における外径の齟齬は、平面図を記載する際の作図の誤記と認めるのが相当である。
     本件図面をこのように解釈することは、当業者にとって、極めて容易なものと認められる。
  2. 一般に、物品の形状に関する登録意匠とそれに対する侵害意匠との類否を判断するには、取引者又は需要者から見て美感を同じくし物品の混同を生じるか否かにより決すべきであるが、登録意匠が意匠権として保護されるのはあくまで当該意匠に新規な創作部分が含まれるからであって、そうであれば当該意匠の新規な創作部分の大小によって保護されるべき権利の範囲も自ずから異なって然るべきである。
  3. 登録意匠の構成のすべてが公知意匠あるいは周知意匠で占められ、その組合わせのみに新規な創作性があるような場合には、その組合わせとほぼ同一といえる対象意匠についてのみ意匠権の効力を及ぼすことができるというように、保護の範囲は必然的に小さいものとならざるを得ない。従って、登録意匠の構成の大半が公知意匠あるいは周知意匠からなるがそれ以外に新規な創作部分も認められるような意匠については、右創作部分に相応する限度での保護が与えられるとするのが相当である。そして、具体的な侵害の成否は、取引者又は需要者が通常有する美感を基準として右新規な創作部分と侵害意匠とを対比することにより、物品の用途・通常の使用形態等に照らしてなお物品の混同を生じるか否かによって判断すべきである。
  4. 本件登録意匠は包装用缶に係る意匠であり、包装用缶は取引者又は需要者が手に取って使用するものであるから、取引者又は需要者は物品の形状を至近距離から側面や上面を中心に全体的に観察するのが通常と考えられる。そうすると、本件登録意匠におけるテーパー面の垂直高さと折れ曲がり角度の点、及び底蓋の巻締部の外周と缶本体の外周側面とが略面一に設けられている点とは、包装用缶の側面視において美感上重要な比重を占めるものということができる。
     これに対し、被告ら意匠は、イ号意匠では、テーパー面の垂直高さが外周側面の縦長さ全体の約20分の1である点、底蓋の巻締部の外周が、缶本体の外周側面より若干大径に設けられてている点で、ロ号意匠では、テーパー面の折れ曲がり角度が約30度である点、缶本体上端部の巻締部が缶本体外周側面より僅かに内側である点で、ニ号意匠では、テーパー面の折れ曲がり角度が約30度である点、テーパー面の垂直高さが缶本体外周側面の縦長さ全体の約15分の1である点などでそれぞれ相違しているのであり、これらの相違点からみて、本件登録意匠の構成と異なる被告ら意匠は、取引者又は需要者が通常の美感に照らして観察するとき物品の混同を生じさせるものではないというべきである。

 

〔事  実〕

 

 原告(株式会社S社)は、意匠に係る物品「包装用缶」について、昭和59年8月24日に出願し、審判を経由して、平成5年4月6日に設定登録された意匠登録第872754号に係る本件登録意匠の意匠権者である。原告は、原告商品に係る形態は本件登録意匠を実施したもの、即ち本件登録意匠の基本的形状及び具体的形状と同一であると主張した。(本体登録意匠説明図
 これに対し、被告(株式会社R社、株式会社W社)らは、これを否認して争った。
 原告も被告らも、自動車用ワックスを製造し、これを包装用缶に入れて販売しているが、被告(R社)はイ号意匠とロ号意匠の2種類の包装用缶、被告(W社)はニ号意匠の包装用缶を実施していた。
 イ号意匠の特定として、原告は別紙「イ号意匠図面(1)」のとおりであると主張したのに対し、被告(R社)は別紙「イ号意匠図面(2)」のとおりであると主張して争った。
 また、ニ号意匠の特定として、原告は別紙「ニ号意匠図面(1) 」のとおりであると主張したのに対し、被告(W社)は別紙「ニ号意匠図面(2)缶蓋のある状態)」及び「同(3)(缶蓋のない状態)」であると主張して争った。
〔争  点〕
1 被告ら意匠は、それぞれ本件登録意匠に類似するものであるか。
2(一) 原告商品の形態は、原告の商品表示として周知性を取得しているか。
 (二) 被告ら意匠の形態は、原告商品の形態に類似し誤認混同を生じるか。
3 被告らが原告に対してそれぞれ損害賠償責任を負う場合に支払うべき金銭の額。

 

〔判  断〕

 

〈大阪高裁の判断〉
一 本件登録意匠の特定
 本件登録意匠の意匠公報に記載された図面のうち、正面図、背面図・左右側面図・B−B断面図(以下、これらを併せて「正面図等」という。)と平面図・底面図・A−A断面図(以下、これらを併せて「平面図等」という。)とでは、底面の径の寸法が異なっている(具体的には正面図等においては径が126mmとされているのに対し、平面図等においては径が136mmと作図されている)ことは争いがない。
 被告らは、右寸法の相違を理由に本件登録意匠は特定することができないと主張するが、右主張は以下のとおり採用することはできない。
1 本件登録意匠は物品(包装用缶)の形状に関する意匠である。
意匠法2条1項にいう「形状」とは、物品そのものを外部から識別できる立体的あるいは平面的な外観の形をいうのであって、意匠公報に記載される図面は右外観を認識するために原則的に使用される表示方法である。
従って、意匠公報に記載された図面間に寸法の不一致等の齟齬があるときは、当業者が各図面を合理的かつ統一的に組み合せて一定の立体等を観念できるか否かによって意匠の特定の可否を決めるべきで、右の合理的かつ統一的な組み合せによってもなお物品の外観を識別できないほど齟齬が著しいときに初めて意匠の特定ができないものとして扱うべきである。
2 右の見地から本件意匠公報記載の図面をみるとき、本件登録意匠は充分に特定が可能である。すなわち、従来、自動車用ワックスの包装用に用いられていた横幅広缶においては、上部の巻締部が缶本体より外に出ていたためキャップホルダーを外嵌合させるに適さなかったのに対し、本件登録意匠においては、缶本体の上部にキャップホルダーを外嵌合せしめた際、該ホルダーの外周側面と缶本体の外周面が略同一になるように、缶本体の上部にテーパー面を形成するとともに、上部の外周巻締部を外周側面より缶本体内側に位置づけたことに創作の特徴があるとして、登録出願されたものである(証拠)。
右出願の趣旨に照らすと、本件登録意匠が当業者にとって新規であるとされたのは、主として横幅広缶を正面から見た形状であったと認められ、そうであれば、本件意匠公報記載の各図面を全体として合理的かつ統一的に組み合わせて見るときは、正面図を中心として物品の形状を識別すべきであるといわなければならない。
正投象図法の基本からしても、格別の事情のない限り、正面図が作図の基礎となることは明らかである。そして、本件意匠公報に記載された平面図にはB−B断面図の位置を示すBの符号が付されているところ、右断面図の外径は正面図の外径と一致しているのであるから、正面図と平面図における外径の齟齬は、平面図を記載する際の作図の誤記と認
めるのが相当である。本件図面を右のように解釈することは、当業者にとって、極めて容易なものと認められる。
3 本件意匠公報に記載された正面図等を基礎に本件登録意匠を特定すると、次のとおりと認められる。
1. 缶本体は、縦横の構成比が約1対2の横幅広の短円筒状で上面開口型である。
2. 缶本体の外周側面の上端部には、内側に向かって垂直面から約45度折れ曲がった直線状のテーパー面が形成されており、該テーパー面の垂直高さは外周側面の縦長さの約10分の1 である。
3. 缶本体の上部において、口金が缶本体の内側に突出するように缶本体の上端に巻締部を介して取り付けられ、かつ、該巻締部の外周は、前記テーパー部の外周より内側に設けられている。
4. 缶本体の底部には底蓋が設けられ、かつ、該底蓋の巻締部の外周は、缶本体の外周側面と略面一に設けられている。
二 被告ら意匠の特定
1 イ号意匠
証拠によれば、イ号意匠は原判決別紙「イ号意匠図面(1)」記載のとおり(但し、正面図及び缶本体1の下端巻締部7の外径は、同別紙「イ号意匠図面(2)」のとおり)であり、その構成は次のとおりと認められる。
1. 缶本体1は、縦横の構成比が約1対2の横幅広の短円筒状で上面開口型である。
2. 缶本体1の外周側面2の上端部には、内側に向かって垂直面から約45度折れ曲がったテーパー面3が形成されており、該テーパー面の垂直高さは、上下両端部の巻締部を除く缶本体1の外周側面2の縦長さの約20分の1である。
3. 缶本体1の上部において、口金4が缶本体1の内側に突出するように缶本体1の上端に巻締部5を介して取り付けられ、かつ、該巻締部5の外周は前記テーパー面3の外周及び缶本体1の外周側面2より僅かに内側に設けられている。
4. 缶本体1の底部には底蓋6が設けられ、かつ、該底蓋6の巻締部7の外周は、缶本体1の外周側面2より若干大径に設けられている。
5. 缶本体1の上面開口部には、口金4の内周面に着脱自在な円形の缶蓋10が装着されている。
2 ロ号意匠
原判決別紙ロ号意匠図面(争いがない)及び証拠によれば、ロ号意匠の構成は次のとおりと認められる。
1. 缶本体1は、縦横の構成比が約1対2の横幅広の短円筒状で上面開口型である。
2. 缶本体1の外周側面2の上端部には、内側に向かって垂直面から約30度折れ曲がったテーパー面3が形成されており、該テーパー面の垂直高さは、上下両端部の巻締部を除く缶本体1の外周側面2の縦長さの約10分の1である。
3. 缶本体1の上部において、口金4が缶本体1の内側に突出するように缶本体1の上端に巻締部5を介して取り付けられ、かつ、該巻締部5の外周は前記テーパー面3の外周及び缶本体1の外周側面2より僅かに内側に設けられている。
4. 缶本体1の底部には底蓋6が設けられ、かつ、該底蓋6の巻締部7の外周は、缶本体1の外周側面2と略面一に設けられている。
5. 缶本体1の上面開口部には、口金4の内周面に着脱自在な円形の缶蓋10が装着されている。
3 ニ号意匠
証拠によれば、ニ号意匠は原判決別紙「ニ号意匠図面(1)」のとおりであり、その構成は次のとおりと認められる。
1. 缶本体1は、縦横の構成比が約1対2の横幅広の短円筒状で上面開口型である。
2. 缶本体1の外周側面2の上端部には、内側に向かって垂直面から約30度折れ曲がったテーパー面3が形成されており、該テーパー面の垂直高さは、上下両端部の巻締部を除く缶本体1の外周側面2の縦長さ全体の約15分の1である。
3. 缶本体1の上部において、口金4が缶本体1の内側に突出するように缶本体1の上端に巻締部5を介して取り付けられ、かつ、該巻締部5の外周は前記テーパー面3の外周及び缶本体1の外周側面2より僅かに内側に設けられている。
4. 缶本体1の底部には底蓋6が設けられ、かつ、該底蓋6の巻締部7の外周は、缶本体1の外周側面2と略面一に設けられている。
5.缶本体1の上面開口部には、口金4の内周面に着脱自在な円形の缶蓋10が装着されている。
三 本件登録意匠と被告ら意匠の類否
1 本件登録意匠と被告ら意匠の前記各構成を対比すると、次のような共通点と相違点があるということができる。すなわち、(一)(1) 缶本体は、縦横の構成比が約1対2の横幅広の短円筒状で上面開口型であること(1.と1.')
(2) 缶本体の外周側面の上端部に内側に折れ曲がったテーパー面が形成されていること(2.と2.')
(3) 缶本体の上部において、口金が缶本体の内側に突出するように缶本体の上端に巻締部を介して取り付けられ、かつ、該巻締部の外周は、前記テーパー部の外周より内側に設けられていること(3.と3.')
(4) 缶本体の底部には底蓋が設けられ、該底蓋に巻締部が設けられていること(4.と4.')
の各点においてはすべてに共通の構成を有している。
しかし、
(二) イ号意匠においては、
(1) テーパー面が外周側面(垂直面)から缶本体の内側に向かって約45度の折れ曲がりを形成している点では本件登録意匠と共通しているが、
(2)(イ) テーパー面の垂直高さが、上下両端部の巻締部を除く缶本体の外周側面の縦長さ全体の約20分の1である点、
(ロ) 缶本体上端部の巻締部の位置が、缶本体外周側面より僅かに内側である点、
(ハ) 底蓋の巻締部の外周が、缶本体の外周側面より若干大径に設けられている点
(ニ) 缶本体の上面開口部には、口金の内周面に着脱自在な円形の缶蓋が装着されている点でそれぞれ本件登録意匠と相違しており、
(三) ロ号意匠においては、
(1) テーパー面の垂直高さが、上下両端部の巻締部を除く缶本体の外周側面の縦長さの全体の約10分の1である点では本件登録意匠と共通しているが、
(2)(イ) テーパー面が外周側面(垂直面)から缶本体の内側に向かって約30度の折れ曲がりを形成している点、
(ロ) 缶本体上端部の巻締部の位置が、缶本体外周側面 より僅かに内側である点、
(ハ) 缶本体の上面開口部には、口金の内周面に着脱自在な円形の缶蓋が装着されている点でそれぞれ本件登録意匠と相違しており、
(四) ニ号意匠においては、
(イ) テーパー面が外周側面(垂直面)から缶本体の内側に向かって約30度の折れ曲がりを形成している点、
(ロ) テーパー面の垂直高さが、上下両端部の巻締部を除く缶本体の外周側面の縦長さ全体の約15分の1である点、
(ハ) 缶本体上端部の巻締部の位置が、缶本体外周側面より僅かに内側である点、
(ニ) 缶本体の上面開口部には、口金の内周面に着脱自在な円形の缶蓋が装着されている点
でそれぞれ本件登録意匠と相違している。
2 公知意匠あるいは周知意匠の参酌(本件登録意匠の効力)
本件登録意匠は昭和59年8月に出願され平成5年4月に登録されたことは争いがない。
(一) 本件登録意匠は、前記のとおり、缶本体が縦横の構成比が約1対2の横幅広短円筒状で上面開口型であることを構成要素とするところ、証拠(無効審判請求書)に添付の「自動車用ケミカル読本11巻9号(昭和52年8月発行)」《原審記録368丁以下》・「同12巻12号(昭和53年9月発行)」《原審記375丁以下》・「同13巻13号(昭和54年9月発行)」《原審記録380丁以下》によれば、当時すでに固型ワックスの包装用缶に、縦横の構成比が約1対2で横幅広短円筒状の上面開口型の缶本体が広く使用されていたことが窺われるから、本件登録意匠に用いられた右の構成自体はありふれた形状であって格別新規なものでなかったことが認められる。
(二) また、本件登録意匠は、缶本体の外周側面の上端部に内側に折れ曲がったテーパー面が形成されていることを構成要素とするが、証拠(「月刊パッケージング(昭和53年10月発行)」《原審記録553丁》・証拠(「月刊パッケージング(昭和59年1月発行)」《原審記録558丁裏以下》・証拠(「1984年パッケージデザイン総覧(昭和59年1月発行)」 ・丙11(ネックドイン缶のパンフレット)によれば、当時、ネックドイン缶と呼ばれる縦長円筒缶においては、すでにキャップを缶本体に嵌合し易くするため、缶本体の外周側面の上端部に内側に折れ曲がったテーパー面を形成して、缶本体の上端巻締部の外径を小さくすることが一般化していたことが認められる。
 従って、右テーパー面の形成という構成も、それ自体は広く利用されている形状であって格別新規なものではなかったということができる。
(三) さらに、本件登録意匠は、缶本体上部の口金が缶本体内側に突出するように缶本体上端に巻締部を介して取り付けられ、かつ、該巻締部の外周は、前記テーパー部の外周より内側に設けられていること、缶本体の底部に底蓋が設けられ、該底蓋に巻締部が設けられていること、という各構成も有しているが、これらの構成も前記(1)に掲記の各証拠によれば、当時すでに固形ワックス缶において一般に広く利用されていた形状であったことが認められるから、これらの点も格別新規な構成ではなかったということができる。
(四) 右のように、本件登録意匠の構成のうち被告ら意匠と共通する構成部分は、いずれも本件登録意匠の出願当時広く一般に利用されていた形状であるから、本件登録意匠が当業者にとって新規な部分は、縦横の構成比が約1対2の横幅広円筒状缶において、缶本体の上端部に、巻締部を除く缶本体の外周側面の縦長さ全体の約10分の1の垂直高さを有するテーパー面を形成し、そのテーパー面が外周側面(垂直面)から缶本体の内側に向かって約45度の折れ曲がりを形成している点と、缶本体の底蓋の巻締部の外周が缶本体の外周側面と略面一に設けられている点とにあるというべきである。
3 本件登録意匠の侵害の成否
一般に、物品の形状に関する登録意匠とそれに対する侵害意匠との類否を判断するには、取引者又は需要者から見て美感を同じくし物品の混同を生じるか否かにより決すべきであるが、登録意匠が意匠権として保護されるのはあくまで当該意匠に新規な創作部分が含まれているからであって、そうであれば当該意匠の新規な創作部分の大小によって保護されるべき権利の範囲も自ずから異なって然るべきである。登録意匠の構成のすべてが公知意匠あるいは周知意匠で占められ、その組合わせのみに新規な創作性があるような場合には、その組合わせとほぼ同一といえる対象意匠についてのみ意匠権の効力を及ぼすことができるというように、保護の範囲は必然的に小さいものとならざるを得ない。
 従って、登録意匠の構成の大半が公知意匠あるいは周知意匠からなるがそれ以外に新規な創作部分も認められるような意匠については、右創作部分に相応する限度での保護が与えられるとするのが相当である。そして、具体的な侵害の成否は、取引者又は需要者が通常有する美感を基準として右新規な創作部分と侵害意匠とを対比することにより、物品の用途・通常の使用形態等に照らしてなお物品の混同を生じるか否かによって判断すべきである。
 右の見地から本件について検討するに、本件登録意匠において新規な創作部分は前記のとおりである。
  本件登録意匠は包装用缶に係る意匠であり、包装用缶は取引者又は需要者が手に取って使用するものであるから、取引者又は需要者は物品の形状を至近距離から側面や上面を中心に全体的に観察するのが通常と考えられる。
 そうすると、本件登録意匠におけるテーパー面の垂直高さと折れ曲がり角度の点、及び底蓋の巻締部の外周と缶本体の外周側面とが略面一に設けられている点とは、包装用缶の側面視において美感上重要な比重を占めるものということができる。
 これに対し、被告ら意匠は、(1)イ号意匠では、テーパー面の垂直高さが外周側面の縦長さ全体の約20分の1である点、底蓋の巻締部の外周が、缶本体の外周側面より若干大径に設けられている点で、(2)ロ号意匠では、テーパー面の折れ曲がり角度が約30度である点、缶本体上端部の巻締部が缶本体外周側面より僅かに内側である点で、(3)ニ号意匠では、テーパー面の折れ曲がり角度が約30度である点、テーパー面の垂直高さが缶本体外周側面の縦長さ全体の約15分の1である点などでそれぞれ相違しているのであり、これらの相違点からみて、本件登録意匠の構成と異なる被告ら意匠は、取引者又は需要者が通常の美感に照らして観察するとき物品の混同を生じさせるものではないというべきである。
四 してみると、原告の意匠権に基づく請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がなく棄却すべきである。
五 不正競争防止法に基づく請求
 当裁判所は、原告の不正競争防止法に基づく請求は理由がないものと認定判断するが、その理由は、原判決104頁8行目から114頁初行までに記載のとおりであるから、これを引用する。
六 不法行為に基づく請求
原告商品の形態は原判決106頁4行目から同107頁5行目までに記載のとおりであるところ、被告ら商品もほぼこれに類した形態を採用していることが認められる〈証拠〉。
 しかし、原告商品も被告ら商品もともにその構成の大半は従来から広く一般に利用されていた包装用缶の形態を取り入れたものであることは、前記三2で認定したとおりであって、被告らが被告ら商品を製造販売するにあたって原告商品の形態をそのまま完全に模倣したとの事実までは認めるに足る証拠がない。のみならず、被告ら商品が原告商品を完全に模倣したとの一事のみで直ちに不法行為が成立すると解することもできない。
 従って、被告ら商品の販売が自由競争の範囲を逸脱したもので不法行為を構成するとは認めることができず、この点に関する原告の請求も理由がない。
第四 結論
 以上の次第で、原告の請求を棄却した原判決は結論において相当であるから、本件控訴は棄却すべきであり、原告の当審追加請求も理由がなく棄却すべきである。
〔研  究〕
1.一審判決は、本件登録意匠に係る図面の表現に、相互不一致点があるから、このような場合には、当業者の立場から、総合的に判断し、合理的かつ客観的に、いずれの図面が作図上正しいか誤まっているかを理解し、全体を統一性ある意匠として把握できるものであれば、登録意匠の内容と認定できるとしながら、原告が主張した平面図は作図上の誤記であるとはいえないから、結局、本件登録意匠の内容は把握できないと認定した。したがって、そのような登録意匠と被告意匠とを対比して類否判断することはできないとし、原告の差止め及び損害賠償の請求は理由がないとして棄却したと思いきや、仮定論を開陳している。そして、正面図等の外径寸法が正しいとした場合を仮定して類否判断をし、非類似の意匠であると判断した。
 しかし、一審判決は仮定的とはいえ余計なことをしたのではないかと思われる。この侵害訴訟では、意匠権の実体が不確定であることを理由に棄却するだけで十分であったはずである。この場合、裁判所の立場からはむしろ、本件は、図面間の寸法上の不一致という、意匠の創作という実体問題とは全く無関係な、単に手続上の瑕疵問題であるから、これを救済する方法として訂正審判制度の意匠法への導入を示唆するような判示をすべきであったと思う。特許法にあって意匠法にないこの制度の導入は、先の意匠法改正時に筆者によって口酸っぱく主張されていたところである。(注)
2. このような一審判決に対し、二審判決は、本件登録意匠の図面間に寸法上の不一致があるときは、当業者が各図を合理的かつ統一的に組み合わせて、一定の立体等を観念できるか否かによって、意匠の特定の可否をきめるべきであるとする考え方では、一審判決と共通の認識をもっていた。その上で、本件登録意匠が当業者にとって新規であるといえる形態は、主として横巾広缶を正面から見た形状であったと認定し、したがって、正面図を中心として物品の形状を認識すべきであると考え、正面図が作図の基礎であると認定し、正面図と平面図との外径の齟齬は、平面図を記載する際の作図誤記であると認定した。そして、このような解釈は、当業者にとっても容易であると考えた。
3. 筆者は、二審判決の考え方に賛成したい。図面に瑕疵ある登録意匠に基く権利行使に際し、実体的には無効事由などの瑕疵のない登録意匠を侵害裁判所として保護する基本的姿勢は、このような当業者の立場に立った善解の精神である。このような善解の精神は、すでに大阪地裁昭和44年(ワ)3847号昭和46年12月22日判決 (認容)において発揮されているが、これは一見して何人にも左側面図の誤記がわかる事案であった。(「学習机」事件、拙著 「判例意匠権侵害」197頁)
 しかし本件は、学習机事件とは違い、作図に寸法上の違いがあったことから、基礎とすべき図面をどれにするかに争いがあったが、正面図を基礎とすると考えたことは妥当というべきである。ただ、登録意匠の正面図に新規性が発揮されていると当業者が認めるか否かは、物品によって異なるというべきであり、意匠全体の形態寸法を正確に把握する基礎となるべき図面の認定と新規性を発揮していると見るべき図面の認定とは、必ずしも一致するものではないことを知るべきであろう。
4. ところで、一審判決が争点としてあげた第2点は、不正競争防法2条1項1号事件では問題となっても、意匠権侵害事件では問題とならない点であるから、おかしい。即ち、本件では、争点第1の意匠間の類似が問題となったのであり、原告意匠(本件登録意匠)が周知性を有しているか、被告意匠が原告意匠と誤認混同を生ずるかという問題は、関係のないことであるにもかかわらず、それを原告は主張している。意匠権侵害の主張に不正競争防止法に基く主張を加味していることは、その保護法益を考えるならば、場合によっては矛盾があるといわれることになるだろう。
5. さらに、この事件には、意匠権の効力又は登録意匠の類似の範囲の解釈についても、大きな判示事項が大阪高裁によって示されている。それは、登録意匠の構成が全部公知又は周知の意匠によって占められている場合の解釈についてである。そして、同判決は、登録意匠の構成の大半が公知又は周知の意匠から成り、若干新規な創作部分も認められるような意匠にあっては、「右創作部分に相応する限度での保護が与えられるとするのが相当である。」と考え、具体的な侵害の成否については、この新規な創作部分(要部といってもよいだろう。)と侵害意匠とを対比して、「物品の混同を生ずるか否かによって」判断すべきであるという。
 しかし、最後のところは、美感乃至印象の共通性の有無をもって判断すべきであろう。けだし、共通の創作性を有する意匠は共通の美感乃至印象を惹き起すものであるからである。

[牛木理一]

(注)
 牛木理一:「意匠法改正への道(3)」パテント Vol.50 No.8 p.112(1997)、同「意匠法改正はこれでよいか(2)」パテントVol.51 No.3 p.2(1998)