A-27

 

「輸液バッグ」控訴事件:大阪地裁平14(ワ)8765平成16年7月15日判〈棄却〉、大阪高裁平16(ネ)2599平成17年7月28日判〈原判決取消・認容〉


〔キーワード〕
確認の利益,イ号製品の特定のための文言と図面,公知意匠,先使用権の成否

〔事  実〕
 本件は、原告(ニプロ株式会社)が、別紙物件目録原告案記載の輸液バッグを製造することについて、被告(株式会社大塚製薬工場)が別紙意匠目録1記載の意匠権に基づく差止請求権を有しないことの確認を求めた事案である。
 原告は、別紙イ号図面記載の輸液バッグ(商品名「フルマリンキット静注用1g」。以下、別紙イ号図面記載の輸液バッグを「イ号製品」といい、その意匠を「イ号意匠」という。)を製造販売している。(当事者間に争いがない。ただし、イ号意匠の構成を文言によりどのように特定するかについては、後記争点(1)のとおり争いがある。)
 被告は、別紙意匠目録1記載の意匠権を有している(以下、別紙意匠目録1記載の意匠権を「本件意匠権」といい、その登録意匠を「本件登録意匠」という。)。
 被告は、本件登録意匠を本意匠とする関連意匠5件(意匠登録第1107512号、第1108821号、第1108822号、第1108823号、第1108824号)の意匠権を有している
 争点は、次のとおりである。
(1)イ号意匠の構成の特定
(2)本件登録意匠の構成の特定
(3)本件登録意匠の要部
(4)イ号意匠と本件登録意匠の類否
(5)先使用権の成否
(6)本件登録意匠の明白な無効理由の有無

〔大阪地裁の主文〕
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。


〔大阪地裁の判断〕
1 争点(1)(イ号意匠の構成の特定)について
 甲第10、第11号証、検甲第1号証及び第2号証の各1、2及び弁論の全趣旨によれば、イ号意匠の構成は次のとおりであると認められる。
(1)基本的構成態様
@ 全体が縦長の形状を有している輸液バッグである。
A 上半側となる製剤収納部を有する袋体と、下半側となる溶解液収納部を有する袋体とが連続して形成されている。
B 製剤収納側の袋体の上端部全長の一定幅をシールして略長方形状の吊下部を形成し、その中央部に吊下用孔が形成されている。
C 溶解液収納側の袋体の下端部の中央に円筒状の注出口栓が装着されている。
D 製剤収納側の袋体と溶解液収納側の袋体の境界部の中央には、帯状の弱シール部が形成されており、その弱シール部の両側には、弱シール部より幅の広い強シール部が形成されている。
E 製剤収納側の袋体の正面には、吊下部の下端から溶解液収納側の袋体の上端に至る部分を覆い隠しているアルミカバーシートが貼着されている。
F 側面視において、全体が薄型の形状をしており、上半側となる製剤収納側の袋体及び下半側となる溶解液収納側の袋体の正面及び背面がそれぞれ膨出している。
(2)具体的構成態様
G 輸液バッグ本体の縦と横の寸法比は約26対10である。
H 製剤収納側の袋体の吊下部の両側上端縁は、下端部が小さなアールで、上端部がエッジで、その間が直線として形成されている。
I 製剤収納側の袋体は、上端に吊下部があり、背面視において、吊下部の下に製剤収納部がある。製剤収納部は、上端左右コーナー部にアールが付されており、下方はいったん狭まった後広がる形状で、全体として外側端がお椀形状をなすシール線として表れている。
J 製剤収納部の下端は直線をなすが、更にその下方の製剤収納側の袋体の下方左右コーナー部には、強シール部が設けられており、強シール部は、弱シール部の左右両側に、弱シール部よりも幅広に設けられている。
K 製剤収納側の袋体の正面を覆うカバーシートの上端左側に、上方の吊下部に向けて大きく膨出する舌片状の剥離用ツマミが形成されており、かつ、ツマミ部には鏃を下方向に向けた大きな矢印が印刷されており、このカバーの四周には、幅狭の外周シール部が形成され、その内側のコーナー部にはアールが付されている。
L 製剤収納側と溶解液収納側の両袋体境界部の左右両側端に円弧状のくびれ部が形成されている。
M 溶解液収納側の袋体は、上端辺、上端左右コーナー部、及び下端部全長の一定幅をシールし、両側端はシールされていないチューブ状の袋体であり、左右両側端は、正面視及び背面視においてわずかに内側に湾曲している。
N 溶解液収納側の袋体の上端左右コーナー部におけるシールの内側の線は、斜め下方に広くなるハの字形をなす。
O 上記ハの字形をなすシール線は直径の大きな円弧状の線である。
P 溶解液収納側の袋体の下端部全長における一定幅のシールの上端の線は大きな湾曲形状をなし、下端の線は、下端左右コーナー部にアールが付され、下端辺が直線状で、中央部が若干広幅に形成されて、その部分に円筒状の注出口栓が装着されている。
Q 溶解液収納側の袋体の上端左右コーナー部のシール部は、製剤収納側の袋体の帯状の弱シール部の左右両側に設けられた強シール部の下に続いている。
R 溶解液収納側の袋体の背面左側方に25、50、75の数字とともに目盛りが印刷されている。
S 左右両側面視において、上半側では、製剤収納側の袋体の左右両側端のシール線が中央に直線状に表れていて、それを挟む状態で、製剤収納部が正面及び背面にわずかに膨出するが、膨出した部分の正面及び背面の線は、中央に表れたシール線に平行な直線状を呈し、下半側では、溶解液収納側の袋体の上端左右コーナー部及び下端部の各シール線が中央に直線状に表れていて、それを挟む状態で、正面及び背面が、上下端がすぼまり、下方の膨らみが上方の膨らみより若干大きい砲弾状に形成されており、溶解液収納側の袋体の膨らみの方が製剤収納側の袋体の膨らみより大きく、製剤収納側の袋体の下端と溶解液収納側の袋体の上端が連続している。
2 争点(2)(本件登録意匠の構成の特定)について
甲第2号証によれば、本件登録意匠の構成は、次のとおりであると認められる。
(1)基本的構成態様
@ 全体が縦長の形状を有している輸液バッグである。
A 上半側となる製剤収納部を有する袋体と、下半側となる溶解液収納部を有する袋体とが連続して形成されている。
B 製剤収納側の袋体の上端部全長の一定幅をシールして略長方形状の吊下部を形成し、その中央部に吊下用孔が形成されている。
C 溶解液収納側の袋体の下端部の中央に円筒状の注出口栓が装着されている。
D 製剤収納側の袋体と溶解液収納側の袋体の境界部の中央には、帯状の弱シール部が形成されており、その弱シール部の両側には、弱シール部より幅の広い強シール部が形成されている。
E 製剤収納側の袋体の正面には、吊下部の下端から溶解液収納側の袋体の上端に至る部分を覆い隠しているアルミカバーシート(アルミラミネートシート)が貼着されている。
F 側面視において、全体が薄型の形状をしており、上半側となる製剤収納側の袋体及び下半側となる溶解液収納側の袋体の正面及び背面がそれぞれ膨出している。
(2)具体的構成態様
G 輸液バッグ本体の縦と横の寸法比は約33対10である。
H 製剤収納側の袋体の吊下部の両側上端縁は、小さなアールとして形成されている。
I 製剤収納側の袋体は、上端に吊下部があり、背面視において、吊下部の下に、四周を幅狭のシールに囲まれた製剤収納部がある。製剤収納部の上端左右コーナー部はアールが付されており、下端左右コーナー部は、斜めに下方が狭くなる形状とされている。
J 製剤収納部の下端左右コーナー部の外側のシール部は、製剤収納側と溶解液収納側の両袋体境界部の帯状の弱シール部より幅が広く、弱シール部の左右両側の強シール部の上半分を形成している。
K 製剤収納側の袋体の正面を覆うカバーシートの下端中央には、下方向に膨出する小さな半円状の剥離用ツマミ部が形成されている。
L 製剤収納側と溶解液収納側の両袋体境界部の左右両側端に略台形状のくびれ部が形成されている。
M 溶解液収納側の袋体は、上端辺、上端左右コーナー部、及び下端部全長の一定幅をシールし、両側端はシールされていないチューブ状の袋体であり、左右両側端は、正面視及び背面視において直線状である。
N 溶解液収納側の袋体の上端左右コーナー部におけるシールの内側の線は、斜め下方に広くなるハの字形をなす。
O 上記ハの字形をなすシール線は直線である。
P 溶解液収納側の袋体の下端部全長における一定幅のシールの上下の線は大きな湾曲形状をなし、下端部のシールの中央に円筒状の注出口栓が装着されている。
Q 溶解液収納側の袋体の上端左右コーナー部のシール部は、製剤収納側と溶解液収納側の両袋体境界部の帯状の弱シール部より幅が広く、弱シール部の左右両側の強シール部の下半分を形成している。
R 左右両側面視において、上半側では、製剤収納側の袋体の左右両側端のシール線が中央に直線状に表れていて、それを挟む状態で、製剤収納部の正面及び背面が中央部において外方に幅狭に膨出する緩やかな曲線を呈し、下半側では、溶解液収納側の袋体の上端左右コーナー部及び下端部の各シール線が中央に直線状に表れていて、それを挟む状態で、正面及び背面が、下方部が一定の幅を有する平行線状の膨らみを有し、上方部が紡錘状をなす膨らみを有する形状に形成されており、溶解液収納側の袋体の膨らみの方が製剤収納側の袋体の膨らみより大きく、製剤収納側の袋体の下端と溶解液収納側の袋体の上端が連続している。
3 争点(3)(本件登録意匠の要部)について
(1)ア(ア)本件登録意匠の意匠に係る物品は輸液バッグであり、側面視において、全体が薄型の形状をしているから、通常、看者の目に多く触れるのは、正面及び背面であると認められる。そして、製剤収納側の袋体と溶解液収納側の袋体の境界部は、正面及び背面のほぼ中央にあり、また、輸液バッグの使用時には、同境界部の弱シール部を連通させて使用することから、同境界部付近は、看者の注意を引く位置にあるものと認められる。
(イ)同境界部付近の構成をみると、その基本的構成は、同境界部の中央に帯状の弱シール部が形成されており、その弱シール部の両側に、弱シール部より幅の広い強シール部が形成されている(基本的構成態様D)というものである。そして、その具体的構成は、製剤収納部の下端左右コーナー部の外側のシール部は、弱シール部より幅が広く、弱シール部の左右両側の強シール部の上半分を形成しており(具体的構成態様J)、溶解液収納側の袋体の上端左右コーナー部のシール部は、弱シール部より幅が広く、弱シール部の左右両側の強シール部の下半分を形成している(具体的構成態様Q)というものである。
 このような同境界部付近の構成において、同境界部の中央に帯状の弱シール部が形成されており、その弱シール部の両側に、弱シール部より幅の広い強シール部が形成されているという基本的構成態様Dは、同境界部付近の構成の骨格を特徴づけており、看者の注意を引くものと認められる。
(ウ)基本的構成態様Dは、その全体の構成が、本件登録意匠の意匠公報の必要図中、背面図にのみ表れている。しかし、本件登録意匠に係る輸液バッグは、前記のとおり、側面視において全体が薄型の形状をしているから、正面と背面が、通常、看者の目に触れるものと認められ、また、イ号意匠において、溶解液収納側の袋体の目盛り及び数字が背面側のみに記載されていることも合わせ考えると、本件登録意匠及びイ号意匠に係る輸液バッグにおいては、アルミカバーシートが付された正面のみならず、背面も、看者の目に多く触れることが認められる。したがって、基本的構成態様Dの全体の構成が必要図中の背面図にしか表れていないとしても、それによって、基本的構成態様Dを要部と認定することが妨げられることはないというべきである。なお、本件登録意匠の意匠公報の【アルミラミネートシートをはがした状態の参考正面図】においては、アルミラミネートシートをはがした状態で、正面にも基本的構成態様Dの構成が表れることが示されている。もとより、登録意匠の権利範囲を確定する上で、参考図はあくまでも参考にとどまるが、同参考図によれば、基本的構成態様Dが、本件登録意匠の構成中において、少なくとも無視されるべき構成でないことは認められるといえる。
イ 本件登録意匠の出願前の公知意匠と比較すると、基本的構成態様Dは、出願前の公知意匠である甲第12ないし第16号証(オーツカCEZ注−MCのパンフレット)、第24号証(特許第3060132号公報)、第25号証(特許第3060133号公報)、甲第33号証(「カルバペネム系抗生物質メロペネム(メロペン)キット製剤の有用性に関する実験的研究」新薬と臨床Vol.47No.6)、第46号証(「ホスホマイシンナトリウムダブルバッグ製剤(溶解液付き固形注射剤)の有用性に関する実験的研究」新薬と臨床Vol.47No.2)、乙第1号証(意匠登録第1016887号公報)、第3号証(甲第12号証と同一)、第4号証(「溶解液付き注射用固形抗生物質キット製剤のキット有用性に関する実験的研究」日本包装学会誌Vol.4No.1)、第37、第38号証(味の素ファルマ株式会社ピーエヌツインのパンフレット)、第39号証(本件登録意匠の出願前に発行された公開特許公報に記載されたダブルバッグタイプの輸液バッグの図面)、第44号証(特開2000−72925号公開特許公報)、第45号証(特開平7−155361号公開特許公報)、第46号証(特開平5−68702号公開特許公報)各記載の輸液バッグには見られず、本件登録意匠の創作的な部分であると認められる。
ウ 本件登録意匠の関連意匠である意匠登録第1107512号(甲第42号証の1、2)、意匠登録第1108821号(甲第43号証の1、2)、意匠登録第1108822号(甲第44号証の1、2)、意匠登録第1108823号(甲第35号証の1、2)、意匠登録第1108824号(甲第45号証の1、2)の各登録意匠には、いずれも基本的構成態様Dが見られる。
エ 以上によれば、製剤収納側の袋体と溶解液収納側の袋体の境界部の中央に帯状の弱シール部が形成されており、その弱シール部の両側に、弱シール部より幅の広い強シール部が形成されているという基本的構成態様Dは、本件登録意匠の中で需要者の注意を最も引きやすい意匠の要部に該当するというべきである。
(2)ア(ア) 原告は、ダブルバッグタイプの輸液バッグにおいて、アルミカバーシートの視認性が重要であり、上方の製剤収納袋の吊下部を残して全面を覆う、貼着部のシール線が表れていない方形状のアルミカバーシートの周辺部のいずれかに、一つの小さな半円形ないしそれに近い形状の引き剥がし用突片を設けた点が本件意匠の要部であると主張する。
(イ) しかし、本件登録意匠のアルミカバーシートに貼着部のシール線が表れていない点は、それ自体、外観上、目立つところではない。また、製剤収納側の袋体の吊下部を残して全面を覆うアルミカバーシートは、原告公知意匠に見られ、そのアルミカバーシートには、貼着部のシール線が表れているが、そのシール線は、製剤収納側の袋体の縁に沿って幅狭に存在するにすぎず、それほど目立つものではないから、それとの対比からしても、本件登録意匠においてアルミカバーシートに貼着部のシール線が表れていない点は、看者の注意を引くとは認められない。
 また、本件登録意匠のアルミカバーシートの周辺部に設けられた一つの小さな半円形ないしそれに近い形状の引き剥がし用突片は、その大きさ、形状に鑑み、目立つものではなく、本件登録意匠の関連意匠5件の各正面図においても、引き剥がし用突片は、位置は様々であるが、いずれもそれ程目立つものではないことを併せ考えると、本件登録意匠のアルミカバーシートの周辺部に設けられた引き剥がし用突片は、看者の注意を引くとは認められない。
 したがって、原告の主張に係る、上方の製剤収納袋の吊下部を残して全面を覆う、貼着部のシール線が表れていない方形状のアルミカバーシートの周辺部のいずれかに、一つの小さな半円形ないしそれに近い形状の引き剥がし用突片を設けた点は、看者の注意を引くものではなく、本件登録意匠の要部であるとは認められない。
イ(ア)原告は、輸液バッグ全体の左右両側面視における構成を要部として主張する。
(イ)しかし、本件登録意匠に係る輸液バッグは、側面視において、全体が薄型の形状をしており、通常、看者の目に触れるのは正面及び背面であり、しかも、本件登録意匠の側面の構成は、特に顕著な特徴を備えるものであるとは認められないから、側面視における構成は要部とはならないというべきである。
ウ(ア)原告は、正面視及び背面視において下方の溶解液収納袋体の上端左右両側部に表れている大きく、かつ明確な下すぼまりのシール線を本件登録意匠の要部であると主張する。
(イ)しかし、原告の主張に係る上記シール線は、下方の溶解液収納袋体の上端左右両側部に表れているシール線のみである。前記のとおり、基本的構成態様Dの構成が背面の中央部付近に表れており、本件登録意匠全体の中においてより一層目立つことからすると、基本的構成態様Dが要部に当たるというべきであり、本件登録意匠において基本的構成態様Dの下半分の構成に該当する、溶解液収納側袋体の上端左右両側部に表れているシール線のみをもって、要部ということはできないというべきである。
(3)イ号意匠の要部について検討すると、イ号意匠においても、全体の構成の中で、製剤収納側の袋体と溶解液収納側の袋体の境界部の中央に、帯状の弱シール部が形成されており、その弱シール部の両側に、弱シール部より幅の広い強シール部が形成されているという基本的構成態様Dが看者の注意を引くと認められるから、この基本的構成態様Dが要部であるというべきである。
4 争点(4)(イ号意匠と本件登録意匠の類否)について
(1)共通点
イ号意匠と本件登録意匠の共通点は、次のとおり認められる。
ア 基本的構成態様
イ号意匠の基本的構成態様@ないしFと本件登録意匠の基本的構成態様@ないしFは、それぞれ共通する。
イ 具体的構成態様
(ア)製剤収納側の袋体は、上端に吊下部があり、背面視において、製剤収納部の上端左右コーナー部はアールが付されている点で共通する。ただし、製剤収納部の下方の形状は、後記(2)ウ記載のとおり異なる。(各具体的構成態様I)
(イ)製剤収納側と溶解液収納側の両袋体境界部の左右両側端にくびれ部が形成されている点で、イ号意匠と本件登録意匠は共通する。ただし、くびれ部の形状は、後記(2)カ記載のとおり異なる。(各具体的構成態様L)
(ウ)溶解液収納側の袋体は、上端辺、上端左右コーナー部、及び下端部全長の一定幅をシールし、両側端はシールされていないチューブ状の袋体である点で、イ号意匠と本件登録意匠は共通する。ただし、左右両側端は、後記(2)キ記載のとおり異なる。(各具体的構成態様M)
(エ)溶解液収納側の袋体の上端左右コーナー部におけるシールの内側の線が、斜め下方に広くなるハの字形をなす点で、イ号意匠と本件登録意匠は共通する。(各具体的構成態様N)
(オ)イ号意匠及び本件登録意匠は、左右両側面視において、上半側で、製剤収納側の袋体の左右両側端のシール線が中央に直線状に表れていて、それを挟む状態で、製剤収納部の正面及び背面が存する点、下半側で、溶解液収納側の袋体の上端左右コーナー部及び下端部の各シール線が中央に直線状に表れていて、それを挟む状態で、正面及び背面が存する点、溶解液収納側の袋体の膨らみの方が製剤収納側の袋体の膨らみより大きく、製剤収納側の袋体の下端と溶解液収納側の袋体の上端が連続している点が共通する。ただし、左右両側面視において、製剤収納側の袋体の正面及び背面が膨出する形状、溶解液収納側の袋体の正面及び背面の膨らみが中央線を挟んで形成する形状は、後記(2)シ記載のとおり異なる。(本件登録意匠の具体的構成態様R、イ号意匠の具体的構成態様S)
(2)相違点
イ号意匠と本件登録意匠は、具体的構成態様において次のとおり異なる。
ア 輸液バッグ本体の縦と横の寸法比は、イ号意匠は約26対10であるが、本件登録意匠は約33対10である。(各具体的構成態様G)
イ 製剤収納側の袋体の吊下部の両側上端縁は、イ号意匠は、下端部が小さなアールで、上端部がエッジで、その間が直線として形成されているが、本件登録意匠は、小さなアールとして形成されている。(各具体的構成態様H)
ウ 製剤収納部の下方は、イ号意匠は、いったん狭まった後広がる形状で、全体として外側端がお椀形状をなすシール線として表れているのに対し、本件登録意匠は、下端左右コーナー部が斜めに下方が狭くなる形状とされている。(各具体的構成態様I)
エ イ号意匠は、製剤収納部の下端は直線をなすが、更にその下方の製剤収納側の袋体の下方左右コーナー部には、強シール部が設けられており、強シール部は、弱シール部の左右両側に、弱シール部よりも幅広に設けられているのに対し、本件登録意匠は、製剤収納部の下端左右コーナー部の外側のシール部は、製剤収納側と溶解液収納側の両袋体境界部の帯状の弱シール部より幅が広く、弱シール部の左右両側の強シール部の上半分を形成している。(各具体的構成態様J)
オ イ号意匠は、製剤収納側の袋体の正面を覆うカバーシートの上端左側に、上方の吊下部に向けて大きく膨出する舌片状の剥離用ツマミが形成されており、かつ、ツマミ部には鏃を下方向に向けた大きな矢印が印刷されており、このカバーの四周には、幅狭の外周シール部が形成され、その内側のコーナー部にはアールが付されているのに対し、本件登録意匠は、製剤収納側の袋体の正面を覆うカバーシートの下端中央には、下方向に膨出する小さな半円状の剥離用ツマミ部が形成されている。(各具体的構成態様K)
カ 製剤収納側と溶解液収納側の両袋体境界部の左右両側端のくびれ部の形状は、イ号意匠は円弧状であるが、本件登録意匠は略台形状である。(各具体的構成態様L)
キ 溶解液収納側の袋体の左右両側端は、イ号意匠は、正面視及び背面視においてわずかに内側に湾曲しているが、本件登録意匠は、正面視及び背面視において直線状である。(各具体的構成態様M)
ク 溶解液収納側の袋体の上端左右コーナー部におけるシールの内側のハの字形をなす線は、イ号意匠は直径の大きな円弧状の線であるが、本件登録意匠は直線である。(各具体的構成態様O)
ケ イ号意匠では、溶解液収納側の袋体の下端部全長における一定幅のシールの上端の線は大きな湾曲形状をなし、下端の線は、下端左右コーナー部にアールが付され、下端辺が直線状で、中央部が若干広幅に形成されて、その部分に円筒状の注出口栓が装着されているのに対し、本件登録意匠では、溶解液収納側の袋体の下端部全長における一定幅のシールの上下の線は大きな湾曲形状をなし、下端部のシールの中央に円筒状の注出口栓が装着されている。(各具体的構成態様P)
コ イ号意匠では、溶解液収納側の袋体の上端左右コーナー部のシール部は、製剤収納側の袋体の帯状の弱シール部の左右両側に設けられた強シール部の下に続いているのに対し、本件登録意匠では、溶解液収納側の袋体の上端左右コーナー部のシール部は、製剤収納側と溶解液収納側の両袋体境界部の帯状の弱シール部より幅が広く、弱シール部の左右両側の強シール部の下半分を形成している。(各具体的構成態様Q)
サ イ号意匠では、溶解液収納側の袋体の背面左側方に25、50、75の数字とともに目盛りが印刷されているが(イ号意匠の具体的構成態様R)、本件登録意匠には、そのような数字、目盛りはない。
シ 左右両側面視において、イ号意匠は、上半側では、製剤収納部の膨出した部分の正面及び背面の線は、中央に表れたシール線に平行な直線状を呈し、下半側では、溶解液収納側の袋体は、正面及び背面の上下端がすぼまり、下方の膨らみが上方の膨らみより若干大きい砲弾状に形成されているのに対し、本件意匠は、上半側では、製剤収納部の正面及び背面が中央部において外方に幅狭に膨出する緩やかな曲線を呈し、下半側では、溶解液収納側の袋体は、正面及び背面の下方部が一定の幅を有する平行線状の膨らみを、上方部が紡錘状をなす膨らみを各々有している。(イ号意匠の具体的構成態様S、本件登録意匠の具体的構成態様R)
(3)類否
ア 共通点の検討
イ号意匠と本件登録意匠は、両意匠の要部である各基本的構成態様Dにおいて共通し、その余の基本的構成態様のすべて及び具体的構成態様の一部においても共通しているから、看者に同様の美感を与えるものというべきである。
イ 相違点の検討
イ号意匠と本件登録意匠には、前記(2)アないしシ記載のとおり相違点があるから、それらの相違点について検討する。
(ア)前記(2)ア記載の相違点について
輸液バッグ本体の縦と横の寸法比は、イ号意匠も本件登録意匠も、約3対1の縦長の形状である点において共通しているということができ、また、本件登録意匠の関連意匠中に、本件登録意匠とは縦と横の比が大きく異なり、本件登録意匠よりも横長の印象を与えるもの(意匠登録第1107512号、第1108822号、第1108824号)が存在することからすれば、前記(2)ア記載の相違点は微差というべきである。
(イ)前記(2)イ記載の相違点について
製剤収納側の袋体の吊下部の両側上端縁は、イ号意匠も本件登録意匠も、大きく見れば、直角の角が丸みを帯びて処理された形状であるということができ、前記(2)イ記載の相違点は、大きな差異とはいえない。
(ウ)前記(2)ウ記載の相違点について
製剤収納部の下方の形状は、イ号意匠と本件登録意匠とで異なるが、製剤収納側の袋体の中央付近の面積のうちの大きな割合を製剤収納部が占めていることは変わらず、その下方の形状の相違点は、全体から見れば、大きな差異とはいえない。
(エ)前記(2)エ記載の相違点について
イ号意匠と本件登録意匠とで、製剤収納側の袋体の下端部の形状は異なるが、製剤収納側と溶解液収納側の両袋体境界部の帯状の弱シール部の両側に弱シール部より幅の広い強シール部が形成されているという基本的構成態様Dにおいては共通するから、製剤収納側の袋体の下端部の形状の相違点は、大きな差異とはいえない。
(オ)前記(2)オ記載の相違点について
イ号意匠において、製剤収納側の袋体の正面を覆うカバーシートが、カバーの四周に幅狭の外周シール部が形成され、その内側のコーナー部にアールが付されている点は、カバーシートにこのような外周シール部が形成されていない本件登録意匠の構成とは異なるものであるが、イ号意匠のように、ほぼ四角形のカバーシートの内側にその外周と平行にコーナー部にアールを設けた四角形の線を形成してカバーシートの縁部を作出することは、ありふれたものであり、特に看者の注意を引くものとは認められない。また、イ号意匠のカバーシートの上端左側に形成された舌片状の剥離用ツマミは、本件登録意匠のアルミカバーシートの下端中央に形成された剥離用ツマミに比べて、位置、大きさ、形状において異なっており、しかも、大きな矢印が印刷されていることから、目立つものになっているといえる。しかし、イ号意匠におけるこの剥離用ツマミは、カバーシートの端部を指で摘んでめくりやすいようにされたもので、意匠的な意味ではありふれたものであるといえるし、ツマミに印刷された矢印も、美感を起こさせる模様としてというよりは、剥離場所を指示する情報伝達手段として記載されているとみるべきであり、模様として見たとしても意匠的にはありふれたもので、格別特徴のあるものとはいえない。したがって、イ号意匠における、上記の本件意匠との相違点は、微差にとどまるというべきである。
(カ)前記(2)カ記載の相違点について
製剤収納側と溶解液収納側の両袋体境界部の左右両側端のくびれ部の形状の相違は、微差にとどまるというべきである。
(キ)前記(2)キ記載の相違点について
溶解液収納側の袋体の左右両側端は、イ号意匠において、正面視及び背面視においてわずかに内側に湾曲しているにすぎないから、この点に関する相違点は、微差にとどまるというべきである。
(ク)前記(2)ク記載の相違点について
溶解液収納側の袋体の上端左右コーナー部におけるシールの内側のハの字形をなす線は、イ号意匠において、直径の大きな円弧状の線であるが、円弧といっても、円の直径は大きく、その線は、ほとんど直線に近いともいえるから、この点に関する相違点は、微差にとどまるというべきである。
(ケ)前記(2)ケ記載の相違点について
イ号意匠の溶解液収納側の袋体の下端部の形状は、細部において本件登録意匠の溶解液収納側の袋体の下端部の形状と異なるが、大きく見れば、いずれの形状も、全体が大きな湾曲形状をなすとみることができ、この点に関する相違点は、大きな差異とはいえない。
(コ)前記(2)コ記載の相違点について
イ号意匠と本件登録意匠とで、溶解液収納側の袋体の上端部の形状は異なるが、製剤収納側と溶解液収納側の両袋体境界部の帯状の弱シール部の両側に弱シール部より幅の広い強シール部が形成されているという基本的構成態様Dは共通するから、溶解液収納側の袋体の上端部の形状の相違点は、大きな差異とはいえない。
(サ)前記(2)サ記載の相違点について
溶解液収納側の袋体の背面にイ号意匠において数字及び目盛りが印刷されており、本件登録意匠においてこれらがない点は、微差にとどまるというべきである。
(シ)前記(2)シ記載の相違点について
イ号意匠及び本件登録意匠に係る輸液バッグは、全体が薄型の形状をしているから、通常、看者の目に触れるのは、正面及び背面であり、側面視の構成は、看者の注意を集めるとは認められない。そして、イ号意匠及び本件登録意匠は、左右両側面視においても、前記(1)イ(オ)記載のとおり共通点があるから、製剤収納側の袋体と溶解液収納側の袋体の各膨らみの形状の相違は、微差にとどまるというべきである。
ウ 類否の結論
 以上によれば、イ号意匠と本件登録意匠との相違点は、いずれも大きな差異ではなく、又は微差にとどまるというべきであり、さらにこれらの相違点を総合しても、相違点が共通点を凌駕することはなく、イ号意匠と本件登録意匠は、全体として看者に同様の美感を与えるものであり、類似するというべきである。5 争点(5)(先使用の成否)について
(1)意匠法29条により、意匠登録出願の際、現に日本国内においてその意匠又はこれに類似する意匠の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者として、意匠登録出願に係る意匠権について通常実施権が認められるためには、意匠登録出願の際に、出願に係る意匠と同一又は類似の意匠を完成し、又は少なくともそのような意匠が完成に近い状態にあり、それについて意匠の実施である事業をし、又は事業の準備をしている必要があるというべきである。
 前記3(1)エ認定のとおり、本件登録意匠の要部は、製剤収納側の袋体と溶解液収納側の袋体の境界部の中央に、帯状の弱シール部が形成されており、その弱シール部の両側に、弱シール部より幅の広い強シール部が形成されていること(基本的構成態様D)にあるから、本件登録意匠と類似の意匠であるといえるためには、少なくとも、本件登録意匠の上記要部を備える必要があるというべきである。そうであるとすれば、本件において、意匠法29条に基づく先使用の抗弁が認められるためには、本件登録意匠の出願の際に、本件登録意匠と同一の意匠が完成し、若しくは少なくとも完成に近い状態にあったことが立証されるか、又は本件登録意匠と類似の意匠、すなわち、本件登録意匠の上記要部を備える意匠が完成し、又は少なくとも完成に近い状態にあったことが認められなければならないというべきである。
(2)ア 本件において原告が先使用に関連して提出した証拠のうち、本件登録意匠の出願前に作成されたとされる図面、検証物等で、本件登録意匠の要部を備える意匠に係るものは、検乙第1号証の輸液バッグのみである。そこで、検乙第1号証の意匠が、本件登録意匠の出願時に完成されており、又は完成に近い状態にあったと認められるかについて検討する。
イ 原告は、検乙第1号証の輸液バッグについて、平成11年6月26日から同年7月13日までの間に有用性試験に使用するために製造された250バッグのうちの一つである旨主張する。
ウ(ア)検乙第1号証の輸液バッグの背面に貼付されたラベルには、「有用性試験用サンプル」、「フルマリンキット静注用1g」、「注意−医師等の処方せん・指示により使用すること」、「最終有効年月:2000.5」、「製造番号BF9002」などと記載されており、その記載は、乙第20号証(フルマリンキット静注用1gの製造記録書)に添付されたラベルと同一である。
 しかし、乙第20号証によれば、キット用ラベルは、塩野義の医薬開発部に平成11年6月3日、600枚受け入れられ、有用性試験のために254枚使用され、346枚残ったことが認められるから、有用性試験の後に至ってキット用ラベルを貼付することは可能と考えられる。したがって、このラベルが貼付されていることをもって、直ちに、検乙第1号証の輸液バッグが平成11年6月ないし7月の有用性試験に使用するために製造されたものであると認めることはできない。
(イ)ところで、乙第50号証の2は、「1999・3・22」との日付けの記載された輸液バッグの印刷見本図面、乙第50号証の3は、「1999・4・5」との日付けの記載された印刷見本図面であり、これらの日付けからすると、製剤収納側の袋体の上端両側のコーナーの形状が、乙第50号証の1に示されたように、乙第50号証の2記載の形状から第50号証の3記載の形状へ変更されたものと認められる。
 しかし、検乙第1号証の輸液バッグと乙第50号証の2、3の図面を比較すると、(@)アルミカバーシート上の表示、(A)アルミカバーシートの矢印やツマミ部の形態、(B)製剤収納側の袋体の背面の態様、(C)製剤収納側の袋体と溶解液収納側の袋体の境界部の態様、(D)溶解液収納側の袋体の印刷表示がいずれも異なる。また、本件登録意匠の要部である基本的構成態様Dに該当する形態は、検乙第1号証の輸液バッグには見られるが、乙第50号証の2、3の図面には見られない。
(ウ)乙第47号証は、その記載内容に照らすと、有用性試験のサンプルの製造工程案を検討した際の平成10年9月8日付けの図面であると認められ、乙第48号証の2、3は、同サンプルの印刷図面を検討した際の同年9月9日付け(同年10月15日付けのスタンプ印が押されている。)の図面であると認められるが、いずれの図面にも、検乙第1号証の輸液バッグのうちに見られる、本件登録意匠の要部である基本的構成態様Dに該当する部分の形態は、描かれていない。
(エ)乙第11号証の1(フルマリンキット静注用1gの医薬品製造承認申請書、丙第13号証の1と同一)、第11号証の2(差換え願、丙第13号証の2と同一)、第12号証(医薬品製造承認書、丙第14号証と同一)の各別紙図面には、ダブルバッグタイプの輸液バッグの図が描かれているが、これらの図面と検乙第1号証の輸液バッグを比較すると、正面の溶解液収納側の袋体の左右上端のシールの形状、同袋体の底部のシール部の形状が相違する。また、本件登録意匠の要部である基本的構成態様Dに該当する形態は、検乙第1号証の輸液バッグには見られるが、乙第11号証の1、2、第12号証の各別紙図面には見られない。
(オ)乙第43号証は、平成11年6月26日から同年7月13日までの間に有用性試験を行ったA大学病院薬剤部部長Bの平成15年3月18日付け陳述書であり、当該有用性試験に用いたサンプルが、同陳述書添付の別紙1及び2で特定されたものに相違ない旨記載されており、同陳述書添付の別紙1及び2は、検乙第1号証の輸液バッグの写真である。しかし、同人の別の陳述書(平成15年4月30日付け)である甲第47号証には、乙第43号証は、当該有用性試験に使用したサンプルがダブルバッグであったので押印したものであり、サンプルの形状を記憶していたものではない旨記載されている。乙第53号証は、乙第43号証が作成されたときの状況を記載した塩野義の知的財産部長の陳述書であるが、乙第53号証の記載を考慮に入れても、甲第47号証に照らすと、乙第43号証の記載の信用性は減殺されているものというべきであり、Bが、乙第43号証の陳述書を作成する際に、有用性試験に用いたサンプルの形状を記憶していて同陳述書を作成したものとは認められない。
(カ)本件においては、原告の金型図面が提出されている(乙第29ないし第32号証の各1、第33号証の1、2、第34号証の1、第35号証の3ないし6、第36号証の3、4)。しかし、これらのうち、乙第35号証の3ないし6は、作成日付けが平成11年(1999年)8月であり、同年6月から7月にかけて行われた有用性試験のサンプルの作成に使用されたと認めることはできない。また、提出された金型図面のうちには、検乙第1号証の輸液バッグのうちに見られる、本件登録意匠の要部である基本的構成態様Dに該当する部分の形態に対応する金型の図面が存在するとは認められない。
(キ)以上によれば、有用性試験が行われた平成11年7月当時までに作成された輸液バッグの図面には、検乙第1号証の意匠、又は同意匠及び本件登録意匠の要部である基本的構成態様Dに該当する部分を描いたものが存在するとは認められない。また、金型図面中にも、検乙第1号証の意匠及び本件登録意匠の要部である基本的構成態様Dに該当する部分を作成するための金型図面が存在するとは認められない。
 そうすると、検乙第1号証の輸液バッグは、前記(ア)認定のとおり、乙第20号証に添付されたラベルと記載が同一のラベルが貼付されているが、平成11年6月26日から同年7月13日までの間の有用性試験に使用されたバッグのサンプルのうちの一つであると認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。そして、本件登録意匠の出願当時、検乙第1号証の意匠が完成され、若しくは完成に近い状態にあったことを認めるに足りる証拠はないし、また、本件登録意匠、若しくは本件登録意匠に類似の意匠、すなわち、本件登録意匠の要部である基本的構成態様Dに該当する部分を備える意匠が完成され、又は完成に近い状態にあったことを認めるに足りる証拠はない。
 したがって、原告による先使用の主張は理由がない。
6 争点(6)(本件登録意匠の明白な無効理由の有無)について
原告は、本件登録意匠は原告公知意匠に類似するから、意匠法3条1項3号に違反して意匠登録されたという無効理由(同法48条1項1号)が存在することが明らかであると主張する。
 しかし、本件登録意匠の要部は、前記3(1)エ認定のとおり、基本的構成態様Dであると認められるところ、原告公知意匠には、これに該当する部分はないから、本件登録意匠は原告公知意匠に類似するとは認められず、本件登録意匠に、意匠法3条1項3号に違反して意匠登録されたという無効理由(同法48条1項1号)が存在することが明らかであるとはいえない。
 したがって、原告の上記主張は採用することができない。
7 差止請求権の存否
 以上によれば、イ号意匠は、本件登録意匠に類似し、イ号製品の製造は、本件意匠権を侵害し、被告は、原告に対し、本件意匠権に基づき、イ号製品の製造について差止請求権を有するというべきである。
 なお、イ号意匠の構成の文言による特定は、前記1のとおりされるべきであり、これは、別紙物件目録原告案記載の文言による特定と異なる点があるが、同目録はイ号図面によっても特定を行っているから、イ号製品の特定として足りるものと認められ、被告は、本件意匠権に基づき、原告による同目録記載の輸液バッグの製造を差し止める権利を有するものと認められる。
8 念のために、確認の利益について付言する。
 原告は、本件の口頭弁論終結後、@原告は、ニプロファーマ株式会社(以下「ニプロファーマ」という。)が製造した輸液バッグを購入して、塩野義、富山化学株式会社、ワイス株式会社に販売していること、Aニプロファーマは、平成15年8月以降、イ号製品を含むダブルバッグタイプの抗生剤の形状を、イ号意匠と異なる形状に変更することを検討していたこと、Bニプロファーマは、平成15年12月、形状変更について関係各所で稟議決裁を行い、平成16年1月から製造ラインの改造を始め、新形状製品の安定性・安全性に係る試験を行い、本件口頭弁論終結後の同年4月22日までに、製造ラインをすべて改造し、イ号意匠と異なる形状の新形状製品を生産するように、生産の切り替えを完了したこと、B原告が塩野義、富山化学株式会社、ワイス株式会社に販売するために製造されたイ号製品はすべて販売済みであり、原告には、イ号製品の在庫はないこと、Cニプロファーマがイ号製品を新形状製品に変更するために、設備改造費、広告宣伝費などを要したことを主張した。
 しかし、仮に原告の上記主張に係る事実が認められるとしても(なお、原告は、イ号製品の市場での流通が現段階ですべて終了したことまで主張しているわけではない。)、本件において、被告は、イ号製品の製造が本件意匠権を侵害する旨主張し、原告は、本件訴訟を通じてこれを全面的に争っているのであり、このことからすると、原告主張のとおりイ号製品の形状が変更されたことを考慮したとしても、原告は、イ号製品の製造について被告が本件意匠権に基づく差止請求権を有しないことの確認を求める確認の利益をなお有するというべきである。
9 結論
 よって、本訴請求は理由がないから、これを棄却し、主文のとおり判決する。

〔大阪高裁の主文〕
1 原判決を取り消す。
2 原告が本判決別紙物件目録記載の輸液バッグを製造することについて、被告が原告に対して原判決別紙意匠目録1記載の意匠権に基づく差止請求権を有しないことを確認する。
3 訴訟費用は、1、2審とも被告の負担とする。


〔大阪高裁の判断〕
1 当裁判所は、イ号意匠は本件登録意匠に類似するが、原告は、本件意匠権について先使用による通常実施権(意匠法29条)を有するから、被告には、本件意匠権に基づいて、原告がイ号製品(本判決別紙物件目録記載の輸液バッグ)を製造することを差し止める請求権を有しないと判断する。
 その理由は、次のとおり訂正等するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第4 当裁判所の判断」1ないし8に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 20頁4行目の「下に」の次に「、四周を幅狭のシールに囲まれた」を加え、21頁3行目から4行目にかけての「続いている。」を「、わずかに残っている製剤収納側の袋体の下端部を経て、続いた位置にある。」と改める。
(2) 24頁13行目末尾の次に改行の上、次のとおり加える。
「 なお、原告は、本件登録意匠の意匠公報によっては、被告のいうダンベル形状なる部分(被告は、基本的構成態様Dをもって「ダンベル形状」といっているものと解される。)が図面上のどの部分に該当するのか明らかではないなどと主張しているが、それが製剤収納側の袋体と溶解液収納側の袋体の境界部の中央の帯状の部分とその両側に連続する溶解液収納側の袋体の上部両側に形成された下すぼまりのシール部分及び製剤収納側の袋体下部両側に形成された上すぼまりのシール部分を指すことは明らかである。
 もっとも、後者のシール部分は、製剤収納部の左右両側のシール部分に接続してはいるが、同部分は極めて幅狭に形成されているから、看者には、同部分を除くその余の部分が、一まとまりのダンベル形状として認識されるものと認められる。また、原告は、弱シール部、強シール部等の境界が明らかでないことも問題にしているようであるが、後記(4)でみるとおり、これらの区別は物品としての構造上の区別に係るもので、外観上は、一まとまりの形状として認識されるものであるから、その境界等が不明瞭であったとしても、上記形状をもって要部と認定することの妨げとはならない。」
(3) 24頁24行目の「なお、」から25頁4行目末尾までを削る。
(4) 27頁23行目末尾の次に改行の上、次のとおり加える。
「エ さらに、原告は、本件登録意匠における、その全体が縦長である点、構成の多くが直線をもって形成されている点、上部の製剤収納側の袋体の背面に大きな窓状の構成があり、これが太い枠で力強く囲まれていてその枠が下部の溶解液収納側の袋体の上部両肩に連なっている点も、全体としてスマートで力強い印象を看者に与えるものであるから、本件登録意匠の要部であると主張するが、前2者は、それらの点のみで要部であるということができないことが明らかであるし、原告主張の点を全体として考慮しても、前記(1)のイ、ウ記載の公知意匠及び関連意匠と対比して、これらの点をもって、本件登録意匠の要部であるとまで認めることはできない。」
(5) 28頁2行目末尾の次に改行の上、次のとおり加える。
「  この点に関し、原告は、上記部分は、イ号製品の製造工程において用いられる金型によるシール跡にすぎないから、本件登録意匠と対比すべき構成とはいえない旨主張するが、当該部分が一定の形状として看者に視認され、その注意を引くものと認められる以上、本件登録意匠と対比すべき構成とすることを妨げられる理由はないというべきであるから、この点の原告の主張は採用することができない。
(6) なお、イ号製品における製剤収納側の袋体と溶解液収納側の袋体の境界部の中央に形成された帯状の「弱シール部」は、当該部分で重ね合わされた製剤収納側の袋体と溶解液収納側の袋体の表側シートと裏側シートとの間(内側)に弱溶着部を形成するためのEPSシートを挾んだ状態で強溶着された部分であり、その両側の「強シール部」は、当該部分で重ね合わされた製剤収納側の袋体と溶解液収納側の袋体の表側シートと裏側シートが強溶着された部分であって、外観上は、「弱シール部」と「強シール部」は一体をなすシール(強シール)部として表れるものである(丙第60号証)。そして、このことは、本件登録意匠の意匠公報の【右側面図中央部分拡大参考断面図】に照らし、本件登録意匠に係る製品においても、おおむね妥当するものと考えられる。」
(7) 31頁1行目の「続いている」を「、わずかに残っている製剤収納側の袋体の下端部を経て、続いた位置にある」と改める。
(8) 35頁5行目冒頭から39頁10行目末尾までを次のとおり改める。
「5 争点(5)(先使用等による通常実施権の成否)について
(1) 意匠法29条により、意匠登録出願の際、現に日本国内において、その意匠又はこれに類似する意匠の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者として、意匠登録出願に係る意匠権について通常実施権が認められるためには、意匠登録出願の際に、出願に係る意匠と同一又は類似の意匠を完成し、又は少なくともそのような意匠が完成に近い状態にあり、それについて意匠の実施である事業をし、又は事業の準備をしている必要があるというべきである。
 前記3(1)エ認定のとおり、本件登録意匠の要部は、製剤収納側の袋体と溶解液収納側の袋体の境界部の中央に、帯状の弱シール部が形成されており、その弱シール部の両側に、弱シール部より幅の広い強シール部が形成されていること(基本的構成態様D。ただし、前記のとおり、外観上は一体の形状として認識されるものである。)にあるから、本件登録意匠と類似の意匠であるといえるためには、少なくとも、本件登録意匠の上記要部を備える必要があるというべきである。そうすると、本件において、意匠法29条に基づく抗弁が認められるためには、本件登録意匠に係る意匠登録出願の際に、本件登録意匠と同一の意匠が完成し、若しくは少なくとも完成に近い状態にあったことが立証されるか、又は本件登録意匠と類似の意匠、すなわち、本件登録意匠の上記要部を備える意匠が完成し、又は少なくとも完成に近い状態にあったことが認められなければならないというべきである。
(2) 検乙第1号証に係る意匠は、本判決別紙第1図「意匠変遷図」中のA図(寸法を含め、検乙第1号証に係る形状をおおむね正確に図示したものと認める。)とC図(寸法を含め、イ号製品の形状をおおむね正確に図示したものと認める。)を対比しても、既にみたとおり、本件登録意匠と類似するものと認められるイ号意匠と、アルミカバーシートの左上部の剥離用ツマミ部の形状、右上部のアールの有無や一部の寸法等を多少異にするのみで、前記要部の存在を含めて実質的に同一といって差支えないものであることが認められる。
(3) そして、証拠(甲第74、第75号証、乙第1号証、第5〜第8号証、第9号証の1、2、乙第10号証、第19号証、第26号証の1、2、丙第2号証、第7〜第10号証、第11号証の1、2、丙第12号証、第20号証、第22号証、第33号証の1〜3、丙第34号証の1〜6、丙第42号証の8、丙第59号証、検丙第5、第6号証)及び弁論の全趣旨によれば、検乙第1号証が、原告が菱山を介して塩野義に納入したフルマリンキット静注用1gの有用性試験用サンプル441バッグのうち、塩野義の医薬開発部に入庫された250バッグの一つであるか否かの点を除けば、塩野義によるイ号製品の販売開始までの間に、おおむね原告主張(前記第3の5(1)原告の主張イ(ア)に記載した部分)のとおりの経緯があったことが認められる。
(4) そこで、検乙第1号証が、塩野義に納入されたフルマリンキット静注用1gの有用性試験用サンプル441バッグのうち、塩野義の医薬開発部に入庫された250バッグの一つと認められるか否かについて検討する。
ア 原告が先使用に関連して提出した証拠のうち、本件登録意匠の出願前に作成されたとされる図面で、前記認定判断において示した本件登録意匠の要部を備える意匠に係るものは、丙第24号証(平成8年2月8日付けの三菱重工〔名古屋機器製作所〕の押印のある製品外形図)のみであり、その余の原告の提出書証中には上記要部の記載がないことが認められる(被告は、乙第27号証に言及しているが、裁判所に対する説明書面にすぎない。)。
イ 丙第24号証の図面には、幅5oの弱シール部と思われる帯状の部分とその両側に幅広で略四角形状の強シール部と思われる部分が表現されている。そして、甲第67号証及び弁論の全趣旨によれば、上記図面は、ダブルバッグタイプの輸液バッグの製造機械に関し、機械メーカーである三菱重工との間の見積もり段階で作成されたものであること、上記図面は、上記押印等からみて、三菱重工によって作成されたものであることがうかがわれるが、原告と三菱重工との取引自体は、価格面等の折り合いが付かなかったために成立せず、したがって、現実に、同図面に基づく製品が製造されることはなかったことが認められる。
 被告は、上記図面は当時のアイデア図面にすぎず、同図面に基づく実施がなされないまま、直線状のシール部からなるものに形状変更されたものと推測される旨主張しているが、そのような推認をするに足りる証拠はない。他方、上記図面に基づく輸液バッグは、製造されるに至らなかったとはいえ、少なくとも、同図面の存在から、平成8年2月の時点で原告においては開発中の輸液バッグの境界部のシールの形状を上記のような形状にすることが検討されていたことが推認されるとともに、他の原告作成の図面とは異なり、この図面には上記シール部の形状が記載されているのは、機械メーカー側で作成された見積もり用の図面であったためであるとも考えられる。
ウ 原告は、検乙第1号証と同一の輸液バッグに係る印刷見本図面として乙第50号証の3(作成日平成11年4月5日。なお、同号証は、同年3月22日作成の乙第50号証の2を修正したものである。)を援用している。
 上記印刷見本図面には、意匠の要部となるダンベル形状のシール部は図示されていないが、その余の形状等は、細部の形状を除けば、検乙第1号証ともおおむね符合するといえる。
 被告は、乙第50号証の3の印刷見本図面と乙第30号証の1の金型図面の作成日が逆転している(甲第68号証))と主張するが、丙第50号証の記載に照らせば、その点から直ちに上記図面に係る作成日等の信憑性が失われるものではないというべきである。
 また、被告も指摘するように(なお、甲第69号証)、上記印刷見本図面においては、製剤収納部付近が極めて微細な点線で囲われていることが認められるが、その位置、形状は検乙第1号証のシール線等と正確に一致するものではないから、上記点線がシール線等を示すものであると断定することはできない。
エ 原告は、検乙第1号証の製作に使用した金型の図面として、丙第25号証(作成日平成9年5月22日。検乙第1号証のダンベル形状のシール部の溶着金型図面であると原告が主張するもの)を提出している。
 そして、丙第25号証に図示された金型は、その凸部の形状が検乙第1号証のシール部の形状とほぼ一致すると認められるものであって、現実に金型代金も原告から有限会社中川製作所に支払われ、原告の総合研究所内に設置されたものであることが認められる(丙第25〜第27号証)。
 この点についても、被告は、この金型から検乙第1号証の輸液バッグは製作できない旨主張し、これに沿う証拠として甲第71号証を提出しているが、同書証は、丙第54号証の記載に照らして採用することができない。
 また、被告は、検乙第1号証が製作されたと原告が主張する2年も前に金型の作図がされたこと自体が不自然であるとも主張しているが、乙第32号証の1、2、乙第51号証によれば、検乙第1号証に係るカバーシート用の溶着金型も平成9年3月に加工依頼がなされていることに照らしても、不自然な時期に製作された金型であるということもできない。
 その他、被告は、丙第28号証の「型式」欄の名称の相違とか、承認印の不存在等の点を指摘しているが、これらの点を考慮しても、上記認定判断を左右するに足りない。
オ 原告は、検乙第1号証と同一のサンプルを原告研究所において平成11年5月6日から同月8日にかけて製造した際に、これをデジタルカメラで撮影し、その後、原告のコンピュータ内に保管されていた写真として、丙第17号証の1、2、丙第18号証を提出している。
 被告も主張するとおり、デジタルデータは改変することが可能であるから(甲第60、第61号証)、それのみでは、上記写真が原告主張のとおりのものであると認めることはできない。しかし、上記写真との関係で原告の提出した証拠(丙第19〜第21号証、第42号証の1〜9、丙第43号証の1〜5、丙第44号証の1〜3、丙第45号証の1〜5)を総合すれば、特に丙第17号証の1、2、丙第18号証の写真から認められる輸液バッグの形状、色彩等と他の各写真に撮影された輸液バッグのそれとは酷似しているということができるから、被告主張のように上記各証拠が撮影日時等を改変したものと認めることもできない。
カ 原告は、岩田レーベルにおける平成12年3月9日実施のタックラベラーの試運転状況を撮影した丙第34号証の1〜6の写真及びその試運転用にその際提供されたサンプルの写真である同号証の7を提出し、加えて、その実物を検丙第34号証(フルマリンキット静注1g 実生産試運転2000.3.9by岩田レーベル フジキカイ)として提出しているところ、同サンプルの製剤収納側の袋体と溶解液収納側の袋体の境界部には、ダンベル形状のシール部が形成されていることが認められる。
 被告は、丙第34号証の3、5、6からは、ダンベル形状は全く視認できず、むしろ一直線状であることがうかがわれると主張しているが、同号証の3及び9の写真には、明瞭でないにせよ、ダンベル状のシール跡がかすかに写っているようにも見えなくはないし、少なくとも、写真からうかがわれる輸液バッグの形状、色彩や当該部分の幅等は、同号証の7のものと矛盾しないと考えられる。
 なお、被告は、丙第34号証の7に写されているダンベル形状のシール部は、中央の帯状部が両側の四角状部の中央から延出して一体形成されてなるが、平成11年7月22日付け作成の丙第28号証のダンベル形状作成の溶着金型図面によると、中央の帯状部は両側の四角形状部の中央より下方の位置から延出しているものであるため、当該金型(丙第28号証)によって製作されたものではないことは明らかであると主張しているところ、確かに、丙第34号証の7及び検丙第34号証のシール部の形状は、丙第28号証の金型によっては形成されないものと認められるが、丙第25号証の金型の中央の帯状部は両側の四角形状部からの延出状況とほぼ符合するものと認められるところ、試運転用のサンプル品であることから、同金型が使用されたものとも考えられるから、この点の被告の主張も採用することができない。
キ 原告は、菱山伊勢工場PLW製造ラインのビデオテープ(検丙第5号証)を提出しているが、証拠説明書によると、その撮影年月日は平成12年9月の27日及び28日とされている。そして、上記テープ中でダンベル形状の部分の写っている画像を抽出したとする証拠が検丙第6号証であるが、これによると、製造中の「フルマリンキット静注剤1g」のキットの境界部分にダンベル形状が明瞭に写っていることが認められる。
 被告は、三重県知事の製造許可日である平成12年9月28日(丙第40号証)との関係等を問題にしているが、被告指摘の点のみによって、上記証拠の証拠価値が左右されるものではない。
(5) 以上の各証拠及び前記認定の経緯によれば、検乙第1号証は、塩野義に納入されたフルマリンキット静注用1gの有用性試験用サンプル441バッグのうち、塩野義の医薬開発部に入庫された250バッグの一つであると認めるのが相当である。
 被告は、原告作成の各図面中に前記要部の記載がないことを強調するが、前掲各証拠や、乙第50号証の3の作成者であるEらを「意匠の創作をした者」としてなされた乙第2号証の意匠(本件登録拒絶意匠)に係る意匠登録出願に係る図面についても、輸液バッグの少なくとも製剤収納側は平板状に図示され、シール線等の図示が全く省略されていることが明らかであることからすると、原告においては、少なくとも製剤収納側については、ダンベル形状からなるシール部を含むシール線等の構成を、輸液バッグの意匠等を構成する重要な要素とは考えていなかった旨の原告の主張を不自然として排斥することはできないものというべきである。
(6) 以上によれば、検乙第1号証に係る意匠は、有用性試験が行われた平成11年7月当時までに創作され、本件登録意匠に係る意匠登録出願当時、完成され若しくは完成に近い状態にあったものと認められる。
 そうすると、原告は、本件登録意匠に係る意匠を知らないで、自らこれに類似する検乙第1号証に係る意匠を創作し、本件登録意匠に係る意匠登録出願の際、現に日本国内において、本件登録意匠に類似する検乙第1号証に係る意匠の実施である事業をし、ないしその準備をしていたと認められるから、その実施ないし準備をしている意匠及び事業の目的の範囲内において、本件登録意匠について通常実施権を有するというべきである。
 したがって、先使用に関する原告の主張は理由がある。」
(7) 39頁11行目冒頭から同20行目までを削り、同21行目冒頭の「7」を「6」と、同22行目冒頭から40頁4行目末尾までを次のとおり、各改める。
「 以上によれば、イ号意匠は、本件登録意匠に類似するが、被告は、本件意匠権について通常実施権を有するから、被告は、原告がイ号製品を製造することについて、原告に対して本件意匠権に基づく差止請求権を有しないというべきである。」
2 その他、原審及び当審における当事者提出の各準備書面記載の主張に照らし、原審及び当審で提出、援用された全証拠を改めて精査しても、引用に係る原判決を含め、当審の認定、判断を左右するほどのものはない。
 結論
 以上によれば、原告の請求は理由があるから認容すべきところ、これと結論を異にする原判決を取り消した上、主文のとおり判決する(なお、控訴の趣旨において、原告は、本件差止請求権不存在確認請求の対象たる輸液バッグを「原判決別紙物件目録原告案」によって特定しているところ、同目録記載のイ号意匠の文言による特定は当裁判所の前記認定判断と異なる点があり、他方、イ号製品の特定としては本判決別紙物件目録記載のとおりの特定で足りるものであるから、本判決主文2項のとおり特定したが、原告の請求を一部棄却したものではない。)。

〔論 説〕
1.この事件は、意匠権侵害の警告を受けていた会社が原告となり、意匠権者である被告の意匠権に基く差止請求権は存在しない旨の確認を求めた訴訟である。当該物品については、業界を二分するような両社が、意匠権侵害と登録無効審判の両事件をからめて争ったのであるが、前記確認訴訟事件では大阪地裁と大阪高裁とでは相反する判断が出ている。一審では両意匠は類似し、原告の先使用権の主張が認められなかったのに対し、二審では両意匠は類似しているとしても、原告の先使用権の主張が証拠によって認められたのである。
2.地裁では、まず本件登録意匠の構成について、公知意匠との対比によって、本件意匠の基本的構成態様D(正確には、本件意匠の“基本的形態に係る構成態様D”というべきである。)は「創作的な部分」であると認定している。
 ところが、公知意匠との対比をする前に、どういうわけか、まず前記Dは看者の注意を引くものと認定しているのは、本末てん倒の考え方である。意匠を肉眼で見たときの注意とか印象とか美感とかは一つの現象であり、そのような現象の前に創作という原因があることを忘れている。
 意匠法はその第1条から明らかなとおり、「意匠の創作」を奨励する法律である以上、侵害裁判所としては、その創作性(意3条1項・2項)についてまず疑ってかかるべきであるからこそ、公知意匠との対比問題を出しているのであるから、このハードルについてまず考えるべきである。これが、意匠の創作の要部の把握であり、その結果としての注意・印象・美感などの現象であり、さらに商品として流通したときは混同となる。したがって、意匠法における意匠の類否判断は、特許庁においても侵害裁判所においても、流通時のことまで考慮する必要などはない。それは、商標法や不競法の問題である。

3.高裁では、原告による先使用権(意29)の主張が認められたが、この規定の適用は確実な証拠次第であるから、本件では原告が頑張り、裁判所を説得するだけの証拠を提出することができたのだろう。
 その意味では、本事件の高裁判決の結論は評価し得るものといえる。

[牛木理一]