A-22

 

 

「盗難防止用商品収納ケース」意匠権侵害差止等請求事件:東京地裁平15(ワ)7936平成15年12月26日判(棄)

〔キーワード〕 
意匠の類似、先使用権、登録無効理由(創作容易性)、権利の濫用

〔事  実〕

 原告(株式会社コ−ジン)は、本件登録意匠に係る「盗難防止用商品収納ケ
ース」について、平成13年4月18日に出願し、平成14年2月22日に設定
登録した意匠登録第1138441号の意匠権の意匠権者である。
 被告(エム・ケー・パッビク株式会社)は、別紙物件目録に係る被告商品を業
 として製造し、販売し、販売の申出の行為をしている。
そして、事件は、原告が被告に対し、被告の行為は本件意匠権を侵害すると
主張して、被告商品の製造、販売等の差止め及び廃棄を請求した事案である。
 本件の争点は、次のとおり。
(1) 被告意匠と本件意匠との類否
(2) 先使用の抗弁
(3) 本件意匠が意匠法3条1項3号に違反して登録され(新規性欠如),本件   
意匠権に基づく権利行使が権利濫用に該当するか。
(4) 本件意匠が意匠法3条2項に違反して登録され(創作容易),本件意匠権    
に基づく権利行使が権利濫用に該当するか。  

 

〔判  断〕

 

1 争点(1)(被告意匠と本件意匠との類否)について
(1) 本件意匠の構成 
 本件意匠の構成態様は、本件意匠公報添付の図面のとおりであり、以下のと
おり表わされる。
ア 基本的構成態様
 全体の形状は,厚みの薄い縦長直方体の箱状であり,DVDケースを収納す
るための容器部と,その下方に盗難警報器を収納するための警報器収納部から
なるものである。容器部は,正面側の面の略全体が開放され,背面側の面の中
央に大きな略L字型の透孔部(以下「L字型透孔部」という。)が形成された
ものであり,警報器収納部は,容器部の底面に沿って形成された細い横長帯状
の枠体である。
イ 具体的構成態様
(ア) 全体の構成比率
高さ,幅及び厚みの比は,約10.7:7.3:1である。
(イ) 容器部
a 正面上端左右の隅部に,略横長四角形で内側の隅を小さなアール状にした
小突出片が形成されている。
b 背面上端左右の隅部に,略横長四角形で内側の隅を小さなアール状にした
透孔部が形成されている。
c 背面視では,L字型透孔部(正面視では左右反転L字型となる。)の直角
の凹んだ部分と上面及び左面に囲まれた部分は,肉厚が他の部分より僅かに薄
く形成された結果,背面の裏側にL字型透孔部のやや内側に逆L字状の段差が
形成されている。
d L字型透孔部は,各隅を略同様の小さなアール状に形成し,それ以外の部
分は直線的態様としている。
e 上面の左寄り約7分の1部分が,細かい波状を形成している。
f 全体が透明である。
(ウ) 警報器収納部
a 背面側の下方略3分の1全体が,上方部分より一段奥まっており,段差を
形成している。
b 底面中央には,全体の幅の約3分の2にわたって空洞部分が形成されてお
り,左右の余地部は,周囲の枠体と面一状の底部分が形成されたものである。
c 容器部との背面側接合部は,直線状である。
d 底面の左右の余地部及び警報器収納部の上方略3分の2の帯状部分を除く
全ての部分が透明である。
(2) 被告意匠の構成
 被告製品の形態は,別紙物件目録添付の図面のとおりであり,前記争いのない
事実及び検乙1によれば,被告意匠の構成は,以下のとおり表される。
ア 基本的構成態様
全体の形状は,厚みの薄い縦長直方体の箱状であり,DVDケースを収納する
ための容器部と,その下方に盗難警報器を収納するための警報器収納部からな
るものである。容器部は,正面側の面の略全体が開放され,背面側の面の中央
に大きな丸みを帯びた変形のL字型の形状の透孔部を形成したものであり,警
報器収納部は,容器部の底面に沿って形成された細い横長帯状の枠体である。
イ 具体的構成態様
(ア) 全体の構成比率
高さ,幅及び厚みの比は,約10.7:7.5:1である。
(イ) 容器部
a 正面上端左右の隅部に,略横長四角形で内側の隅を小さなアール状にした
小突出片が形成されている。
b 背面上端左右の隅部に,略横長四角形で内側の隅を小さなアール状にした
透孔部が形成されている。
c 背面視では,変形したL字型透孔部(正面視では左右反転L字型とな
る。)の直角の凹んだ部分と上面及び左面に囲まれた部分は,肉厚が他の部分
より僅かに薄く形成された結果,背面の裏側に変形したL字型透孔部のやや内
側に逆L字状の段差が形成されている。
d 変形したL字型透孔部は,大きな横長長方形とその左上に角度90度の扇
形が組み合わされ,左上隅を大きなアール状に,左右下隅を小さなアール状に,
その他の隅をより小さなアール状に形成し,それ以外の部分は直線的態様とし
ている。
e 上面は,平坦である。
f 全体が透明である。
(ウ) 警報器収納部
a 背面側の下方略3分の1全体が,上方部分より一段奥まっており,段差を
形成している。
b 底面中央には,全体の幅の約3分の2にわたって空洞部分が形成されてお
り,左右の余地部は,周囲の枠体と面一状の底部分が形成されたものである。
c 容器部との背面側接合部は,凸凹線である。
d 底面の左右の余地部及び警報器収納部の上方略3分の2の帯状部分を除く
全ての部分が透明である。
(3) 本件意匠と被告意匠との対比
ア 上記認定によれば,本件意匠と被告意匠とは,@ 透孔部の形状が本件意
匠ではL字型であるのに対し,被告意匠では上記のとおり変形したL字型であ
るという点,A 全体の構成比率,B 容器部の上面の一部が波状であるか平
坦であるか,C 容器部と警報器収納部との背面側接合部が直線状であるか凸
凹線であるかという点で相違し,その余の点は,基本的構成態様及び具体的構
成態様において共通している。
イ 上記相違点A(全体の構成比率の差異)については,10.7:7.3:
1と10.7:7.5:1という微細な差であり,有意の相違点とはいえない。
さらに,上記相違点B(容器部の上面の一部の形状の差異)については,意匠
全体の面積に占める割合が極めて小さい部分であるし,DVDのパッケージに
は正面及び背面に写真及び説明等が付されており,看者は主として容器部の正
面及び背面を見ることが多いというDVD収納ケースの性質に鑑みると,容器
部の上面の一部が看者の目を惹く部分であるとはいえない。また,上記相違点
C(容器部と警報器収納部との背面側接合部の形状)についても,意匠全体の
面積に占める割合が極めて小さい部分であり,容器部の背面側の最下端の部分
であることから,看者の目を惹く部分であるとはいえない。
ウ 本件意匠と被告意匠の上記相違点@(透孔部の形状の相違)についてみる
に,透孔部は容器部の背面側の面の中央に大きく形成されており,正面視から
も背面視からも視認できることから,透孔部の形状は看者の目を惹く部分とい
うことができるが,本件意匠及び被告意匠の透孔部の形状は,隅部のアールの
大きさにおいて違いがあるものの略L字型という同一の美感を看者に与えるも
のであり,その差異は微細なものである。
エ 上記のとおり,本件意匠と被告意匠との相違点はいずれも微細なものであ
り,その余の点は全て共通するのであるから,全体として同一の美感を与える
ものであり,両意匠は類似するものといわざるを得ない。
(4) 以上のとおり,被告意匠は本件意匠に類似する。

2 争点(2)(先使用の抗弁)について
(1) 被告が本件意匠権について先使用による通常実施権を有するか否か,す
なわち,被告が本件意匠を知らないで被告意匠の創作をし,又は被告意匠の創
作をした者から知得して,本件意匠登録出願の際(平成13年4月18日),
現に日本国内において被告意匠の事業またはその準備をしていたといえるか否
かについて検討する。
(2) 証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実を認めることができる。
ア 被告は,平成12年9月18日,万引き防止機(SMS2)のクリアケー
ス2(DVD)の図面(図番001041001−01)を作成した。
 上記図面に記載された万引き防止機の形状は,背面の透孔部の形状が被告製
品のものよりも小さく,また,透孔部左上角の部分のアール部分が小さい点等
において,被告製品と相違点が認められる。
イ 被告は,同月26日,上海中崎電子に対し,上記図面,万引き防止機(C
D用)のロックスプリングの図面(図番001011004−01)及びソコ
ブタ2の図面(図番001041003)を添付して,DVD万引き防止機の
金型費,部品価格,組立費並びに金型償却及び運送費込みでの納入単価の見積
りを依頼した。これを受けて上海中崎電子は,同年10月11日,各見積りを
FAXにて被告に送付した。
ウ 被告は,上記クリアケース2(DVD)の図面(図番001041001
−01)に5ヶ所の変更を加え,同年12月14日,上海中崎電子に対し,当
該図面を添付して,金型費及び部品費の再見積を依頼した(乙15,16。原
告は,乙15及び16について,いずれも被告が作成日付を遡らせて作成した
虚偽の文書である旨主張するが,乙15及び16は,いずれも上海中崎電子が
受信したFAX文書であるところ,それらにはFAX受信日時が示されており,
被告が作成日付を遡らせることは不可能である。)。
 上記図面に記載された万引き防止機の形状は,変更前の図面のものよりも裏
面の透孔部の形状が大きくなるなど被告製品の透孔部の形状に近似したものの,
いまだその大きさが被告製品のものよりも小さい点において,被告製品と相違
点が認められる。
エ 被告は,上記クリアケース2(DVD)の図面(図番001041001
−01)に再度変更を加え,同月21日,金型手配用の新規手配図面を作成し
た。同様に,被告は,同年11月ないし12月ころ,万引き防止機(SMS
2)のSMS2ウラブタ2及びソコブタ2並びに万引き防止機(CD用)のロ
ックスプリングの金型手配用の新規手配図面を作成し,さらに,ソコブタ(D
VD)とロックスプリングを組み合わせた万引き防止機(SMS2)のSMS
2ソコブタU/Tの組立検討用の検討用参考図,SMS2クリアケース(DV
D用),SMS2ウラブタ2及びSMS2ソコブタU/Tを組み合わせた万引
き防止機(SMS2)のクリアケースU/T(DVD)の組立検討用の新規手
配図面を作成した。
 上記各図面記載の製品の形状は,被告製品の形状と同一のものと認められる。
オ 被告は,被告意匠を創作した上記エの当時,本件意匠を知らなかった。
カ 被告は,上海中崎電子の取引先である慈渓市新開塑料五金厂に金型の製作
を依頼し,平成13年1月12日,上記金型の代金3467USドルを上海
南対外経済有限公司を通じて送金した。
キ 被告は,平成13年2月22日,上海中崎電子に対し,同年3月6日から
9日まで開催されるセキュリティーショーに被告製品のサンプルを出品するた
め,同月6ないし7日ころ被告に到着するように金型制作をしてほしい旨FA
Xで依頼したが間に合わなかったため,被告担当者Aは,同月5日から7日ま
で上海へ出張し,上海中崎電子からサンプル6個を日本へ持ち込んだ。なお,
被告は,上記セキュリティーショーにおいて上記サンプルを出品することはで
きなかったが,関係者に配布した。
ク 上海中崎電子は,同年4月16日,被告に対し,被告製品100個(クリ
アケース100個,裏蓋100個及び底蓋200個)を航空便で送付し,同月
19日,被告は,これを受領した。
ケ 被告は,同月24日あるいは25日ころ,株式会社店舗プランニング,高
千穂交易株式会社等取引先7社に対して,被告製品のサンプルを送付し,同年
5月24日,そのうちの1つである高千穂交易株式会社から被告製品300個
の注文を初めて受けた。
(3) 上記認定事実によれば,被告は,本件意匠を知らずに,被告製品の設計
図面を作成し,修正を重ねることにより(上記(2)アないしエ),被告意匠の創
作を行ったものである。
そして,本件意匠登録出願日である平成13年4月18日までに,設計図面
を作成したほか,上海中崎電子に金型費,部品価格,組立費並びに金型償却及
び運送費込みでの納入単価の見積りを依頼し(上記(2)イ及びウ),上海中崎電
子の取引先である慈渓市新開塑料五金厂に依頼して金型を製作し(上記(2)
カ),被告製品のサンプル6個及び100個の発送を受けたものであり(上記
(2)キ及びク),これら各行為に鑑みると,被告は,その後正式な注文が入り次
第即時に被告製品の製造販売を開始するという意図を有するとともに,その意
図が客観的に認識される態様,程度において表明されていると認めることがで
きる。よって,被告は,本件意匠登録出願当時,現に日本国内において被告製
品の意匠の実施である事業の準備をしていたものということができ(最高裁昭
和61年(オ)第454号同年10月3日第二小法廷判決・民集40巻6号10
68頁参照),かつ,現在まで,その準備をしていた事業の目的の範囲内にお
いて被告製品の製造販売を行っているものと認められる。

(4) よって,被告は,本件意匠権につき先使用による通常実施権を有し(意
29条),適法に被告製品を製造販売しているのであって,本件意匠権を侵害
しているとはいえない。

3 争点(4)(意匠法3条2項違反の無効理由)について
 上記2のとおり,先使用の抗弁が認められるから,原告の請求は理由がない
が,念のため,争点(4)についても判断する。
(1) クボタ意匠の公知性
 証拠によれば,クボタ製品の製作,販売の経過につき,以下の事実が認めら
れる。
ア クボタセキュリティーは,平成12年2月17日,クボタ製品(型式MS
−DVD。乙7)の外形寸法図を作成し,同日,製造委託先である日本システ
ムハウス株式会社に対し,上記外形寸法図を送付した。
イ クボタセキュリティーは,同年3月に東京及び大阪で開催した内覧会で,
クボタ製品のサンプル品を展示した。
ウ クボタセキュリティーは,同年3月ころからクボタ製品の市販を開始し,
原告に対しても同年5月ころクボタ製品800個を販売し,同年5月9日,製
造委託先である日本システムハウス株式会社から原告に対し,クボタ製品80
0個を送付した。なお,原告は,原告がこのころクボタセキュリティーから購
入したものは,「セーファータグ MS−DVD」という貼り付け式自鳴式タ
グであり,クボタ製品とは異なる旨主張し,これに沿う原告社員の陳述書を提
出するが,クボタセキュリティーの取締役の証明書によれば,これがクボタ製
品と同一であることが認められ,原告の上記主張は採用できない。
 上記認定事実によれば,クボタ製品は,平成12年3月ころから市販される
に至っていたものであるから,クボタ意匠は,本件意匠登録出願日の平成13
年4月18日よりも前に日本国内において公然知られていたものと認められる。
(2) クボタ意匠の構成
クボタ製品の形態は,別紙クボタ製品目録添付の図面のとおりであり,検乙4
によれば,クボタ意匠の構成は,以下のとおり表される。
ア 基本的構成態様
全体の形状は,厚みの薄い縦長直方体の箱状であり,DVDケースを収納する
ための容器部と,その下方に盗難警報器を収納した警報器収納部からなるもの
である。容器部は,正面側の面の略全体が解放され,背面側の面の中央に大き
な左右反転L字型の透孔部(以下「左右反転L字型透孔部」という。)を形成
したものであり,警報器収納部は,容器部の底面に沿って形成された細い横長
帯状の枠体である。
イ 具体的構成態様
(ア) 容器部
a 正面上端左右の隅部に,略横長四角形で内側の隅を小さなアール状にした
小突出片が形成されている。
b 背面上端左右の隅部に,略横長四角形で内側の隅を小さなアール状にした
透孔部が形成されている。
c 背面視では,左右反転L字型透孔部(正面視ではL字型となる。)の直角
の凹んだ部分と上端左の隅部の透孔部に囲まれた部分は,肉厚が他の部分より
僅かに薄く形成された結果,背面の裏側に左右反転L字型透孔部のやや内側に
コの字型の段差が形成されている。
d 左右反転L字型透孔部は,各隅を略同様の小さなアール状に形成し,それ
以外の部分は直線的態様としている。
e 上面は,平坦である。
f 全体が透明である。
(イ) 警報器収納部
a 正面側,背面側及び左右側面側部分が上方にせり出し,その背面側部分及
び左右側面側部分において,容器部と接合している。正面側のせり出し部分よ
りも下の部分は,せり出し部分より一段奥まっており,段差を形成している。
b 底面は,平坦であり,その中央には,盗難警報器が挿入される空洞部分が
形成されていない。
c 容器部との背面側接合部は,右側約3分の1が僅かな段差をもって形成し
てある。
d 内側に形成された突起部を除き,全ての部分が黒色である。
(3) クボタ意匠と本件意匠の対比
ア 上記(2)のとおり認められるクボタ意匠の構成と前記1(1)で認定した本件
意匠の構成とは,基本的構成態様においては,@ 全体の形状が厚みの薄い縦
長直方体の箱状であり,DVDケースを収納するための容器部と,その下方に
盗難警報器を収納するための警報器収納部からなるものである点,A 容器部
の正面側の面の略全体が開放され,背面側の面の中央に背面視大きな透孔部が
形成されている点,B 警報器収納部は,容器部の底面に沿って形成された細
い横長帯状の枠体である点において共通している。また,具体的構成態様にお
いては,@ 容器部の正面上端左右の隅部に,略横長四角形で内側の隅を小さ
なアール状にした小突出片が形成されており,背面上端左右の隅部に,略横長
四角形で内側の隅を小さなアール状にした透孔部が形成されている点,A 容
器部の背面に,肉厚が他の部分より僅かに薄い部分が存在し,段差が形成され
ている点,B 容器部の透孔部は,各隅を略同様の小さなアール状に形成し,
それ以外の部分は直線的態様としている点,C 容器部全体が透明である点に
おいて共通している。
イ 他方,両意匠の構成は,基本的構成態様において,@ 容器部の透孔部の
形状が,L字型(本件意匠)と左右反転L字型(クボタ意匠)とで相違してお
り,具体的構成態様において,A 容器部背面の裏側に存在する段差の形状,
B 容器部の上面における波状部分の存否,C 警報器収納部の形状において
相違している。
(4) 創作容易性について
 上記(3)イのうち,本件意匠とクボタ意匠との相違点@については,本件意
匠の透孔部の形状はクボタ意匠の透孔部の形状を左右反転させただけであるか
ら,それを創作することは容易である。

 また,相違点AないしCについては,以下に述べるとおり,被告が本件意匠
登録出願前に製造販売していた盗難防止用CD収納ケース(検乙2。以下「被
告CD製品」という。)において,すでにすべて開示されていたものである。
すなわち,被告CD製品には,CDを収納する容器部背面に,左上側に逆L
字状の段差が形成されており(上記相違点A),容器部上面の左寄り部分に波
状部分を形成し(上記相違点B),さらに,底面中央に全体の幅の約3分の2
にわたって盗難警報器が挿入される空洞部分が形成されており,本件意匠と同
様外部から盗難警報器を挿入する構造が存在する(上記相違点C)。
 以上によれば,本件意匠登録出願前に公知であったクボタ意匠及び被告CD
製品の形状に基づき,当業者は,本件意匠を容易に創作することができたもの
というべきである。

(5) したがって,本件意匠は,意匠法3条2項に違反して登録されたもので
あり,本件意匠権には無効理由(意匠法48条1項1号)が存在することが明
らかであるから,原告の本件意匠権に基づく権利行使は,権利の濫用に当たり
許されない(最高裁平成10年(オ)第364号同12年4月11日第三小法廷
判決・民集54巻4号1368頁参照)。
 

〔論  説〕

1. 裁判所は、本件意匠と被告意匠とを対比し観察した結果、相違点は微細
なものであり、全体としては同一の美感を与えるから、両意匠は類似すると判
断した。
 しかし、本件意匠の出願日を基準として被告が主張した(1)先使用の抗弁、
(2)登録無効理由の内在による権利濫用の抗弁のいずれもが認められ、請求は
棄却されたのである。

2. 第1の先使用の抗弁については、被告が提出した設計図面、各費用の見
積り依頼書、金型の製作、製品のサンプルの発送受領などの事実行為が立証さ
れたことによって、被告製品の製造販売の開始の意図を有しかつその意図が客
観的に表明されていると認められるとして、被告は、被告製品を本件意匠の出
願時に、「現に日本国内において実施の事業の準備をしていた」ものと認めら
れるとして、意匠法29条に規定する先使用による通常実施権を有することが
認められた。その結果、被告の行為は本件意匠権の侵害とはならないと判断さ
れた。
 ここで注目されることは、前記証拠によって、被告製品の実施意図とその意
図が客観的に表明されていると認められるならば、被告が既に被告製品の意匠
の実施事業の準備をしていたことが証明されたことになると説示している点で
ある。

3. 第2の登録無効理由による権利濫用については、被告は、本件意匠の新
規性欠如による無効理由と創作容易性による無効理由との2つを主張してい
たが、裁判所は後者を採用した。
 裁判所が意匠法3条2項を適用して認定した事実とは、クボタの製品が
「日本国内において公然知られた形状等」であると認められ、これと本件意匠
との相違点は「透孔部の形状」が左右反転させただけの形態と認められたこと
から、これをもって容易に意匠の創作ができたと解され、同条項が適用された
のであろう。
 しかし、このような場合の意匠の創作の容易性の問題は、同一又は類似物品
内における行為にあってみれば、類似の形態と考えるべき事項である。
 したがって、一般の侵害裁判所としては、これを機会に、「意匠の類似」と
は何かという意匠権の根本問題について、再度問い直してみる必要があるだろ
う。(注)
 いずれの規定の適用が妥当であるかは別の議論として、本件意匠には登録無
効の原因が内在していることが判明した以上、意匠権に基く差止請求権及び侵
害賠償請求権の行使は、権利の濫用と認定されても止むを得ないといえる。
                 
4. なお、意匠法3条2項の適用に当たっては3条1項との関係をよく注意
して考えるべきである。即ち、1項1号(事実上公知)と1項2号(刊行物公
知)との違いである。
 「公然知られた形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合に基いて」とは、
意匠法3条1項1号の規定とほぼ同じである。すなわち、同条項1号の規定
に基づくとは、事実上公知公用のものであることが前提であり、刊行物公知は
除かれており、さらに物品の類否を越えた形態のみを基準としている。もっと
も、刊行物公知と同時に事実上公知となった形態であれば適用の対象となり得
るが、3条1項1号の規定の趣旨を3条2項の規定が引き継いでいることを
考慮すると、刊行物公知にまで拡張して適用することは不可能である。
 頒布された刊行物自体が公然知られた状態にあればよいと解する説がある
が、3条1項1号と同条項2号との立法趣旨の違いを考慮すれば採用すること
ができない。すなわち、公然知られた形態か否かの問題は、その形態が刊行
物に掲載される以前に事実として存在したことに対する認定であるから、厳
格に解すべきである。
                      

[牛木理一]                     

(注)
 この問題を考えるのに格好な事例は次の2件であり、いずれも東京高裁の
判示が説得力をもつ。
@可撓伸縮ホース事件(東京高裁昭41(行ケ)167.昭和45年1月29日判、最
高裁昭45(行ワ)45.昭和49年3月19日判)
A帽子事件(東京高裁昭45(行ケ)1.昭和48年5月31日判、最高裁昭48(行
ウ)82.昭和50年2月28日判)  
        〔いずれも拙著「意匠法の研究(四訂版)」128頁以下参照〕