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「外壁材」不当利得返還請求事件:東京地裁平成15(ワ)6950号平成15年10月29日判決(一認)

〔キーワード〕 
契約の範囲、利用形態、意匠登録を受ける権利の譲渡、意匠登録

〔事  実〕

 原告(株式会社友森鋭二郎デザイン研究所)は、被告(ニチハマテックス株式会社)との間で、窯業系外壁材の新商品開発に関する業務を受託することを内容とする契約を締結し、同契約に関連して、被告の外壁材の新商品のデザインやネームを創作し、上記新商品のカタログ等を製作した。被告は、上記デザインやネームを被告の上記新商品に使用したり、上記デザインについて意匠登録を受けたりした(後に、登録料を納付しなかったため、登録抹消された。)。
 原告は、被告に対して、@これら成果物に関する被告の利用行為は、前記契約の範囲を超えた利用形態であり、不当利得を構成すると主張して、被告の得た利得の返還(16億3300万円)、A上記意匠登録について登録料を納付せずに抹消登録させた被告の行為は、不法行為を構成すると主張して、上記意匠権の価格に相当する損害の賠償(3490万円)、をそれぞれ求めた(合計16億6790万円の内5億円)。
 原告と被告は、本件契約締結の際、本件契約の内容を定めるものとして「覚書」(以下「本件覚書」という。)を作成した。本件覚書には、次のとおりの記載がある(甲1)。
 第1条 甲(被告を指す。)は乙(原告を指す。)に次の業務を委託する。
(イ) 窯業系外壁材の新商品開発に関する商品企画及びデザイン製作、サンプルピース製作
(ロ) 販売促進戦略(カタログ、サンプル製作及び各種イベント等)の提案、指導、助言
 (ハ) その他甲が依頼する事項
第2条(イ) 甲は乙に第1条に係る報酬として50万円を毎月末に乙の指定口座に振り込むものとする。但し第1条(イ)項の業務のうちデザイン製作及びサンプルピース製作に伴う実技費用は都度見積の上別途精算する。
(ロ) 甲の要請により乙が東京都下以外に出張する場合の宿泊費、交通費は実費をもって甲が乙に支払う。但し宿泊場所は甲指定とする。
第3条 乙は本契約により知り得た甲の業務内容を第三者に漏洩してはならない。乙の漏洩により甲が損害を蒙った場合は甲が算出した金額に基づいて、乙はこれを賠償するものとする。
第4条 本契約の期間は昭和63年8月1日〜昭和64年7月31日までとする。
 第5条 本契約に規定のない事項が生じた場合は、甲、乙誠意をもって協議し解決するものとする。
 そこで、争点は次の点にあった。
(1) 不当利得返還請求権の成否等
 ア 法律上の原因の有無
 イ 消滅時効の成否
ウ 被告の受益及び原告の損失の額
(2) 不法行為に基づく損害賠償請求権の成否等(意匠登録の抹消につき)

 

〔主  文〕

 

1 被告は、原告に対し、170万円及びこれに対する平成15年4月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを10分し、その9を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。
4 この判決は、第1項及び第3項に限り、仮に執行することができる。
 

〔判  断〕

1 事実認定
 前記前提となる事実に証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の各事実が認められる。
(1) 被告は、昭和60年ころから被告商品の開発を始めていたが、被告商品のデザイン面における商品開発及び販売戦略のアイデアを得るため等の目的で、昭和63年7月末ころ、原告との間で本件契約を締結した。本件契約について、本件覚書が作成されたが、その記載内容は「前提となる事実」欄(3)のとおりである。
 本件契約を締結した後、原告が被告のために行った業務の内容及び被告が原告から提供を受けて利用した内容は、「前提となる事実」欄(4)アないしエに記載したとおりである(なお、その他に、原告は、被告の商品を取り扱う業者で構成されるセミナーにおいて、発売予定の被告商品の商品コンセプト、イメージ、デザインなどを紹介し、業者に対して被告商品をアピールした。)
 また、本件デザインは、原告が被告に提供したデザインと同一であると認められる(この点、Aの陳述書には、本件デザインは原告が被告に提供したデザインとは異なる旨の記載があるが、本件証拠上、同事実を裏付ける証拠は一切なく、かえって、被告は、原告を本件意匠の創作者として本件意匠の意匠登録出願をしたこと、後記のとおり、被告は、原告と本件デザインに係る権利の譲渡についての交渉をしていたことから、上記記載部分は採用できない。)。
 なお、本件契約は、平成元年7月31日、期間満了により終了した。また、被告は、原告に対して、本件契約に基づく報酬はすべて支払っている。
(2) 被告は、被告商品の開発、販売のための準備を終え、平成元年4月から被告商品の製造、販売を開始した。
 被告は、被告商品マーキス以外の被告商品のデザインについては、原告以外の者の創作したデザインを使用し、創作者から、デザインに係る権利を1デザインにつき各200万円で譲り受け、同デザインの意匠登録出願をし、そのうちの一部は意匠登録を受けた。
 被告は、平成元年4月14日ころ、原告に対し、本件デザインについての意匠登録を受ける権利を被告に譲渡する旨の譲渡証書を郵送し、原告代表者の記名下に押印の上、返送するように求め、また、同年5月ころ、被告商品の販売促進等についての打合せをした際にも、原告代表者に対して、上記譲渡証書を提出するよう求めた。しかし、原告代表者は、本件契約において、本件デザインについての意匠登録を受ける権利を被告に譲渡する旨合意していないと考え、譲渡証書の作成、送付をしなかった。
(3) 原告代表者は、平成2年2月末日、被告の従業員であるAと面談し、原告が被告のために行った業務に対する報酬の支払を求めた。その際、被告は、Aに対して、本件デザインについての意匠登録を受ける権利を被告に譲渡する条件として、@3500万円を支払うこと、A被告製品の売上金額の5パーセントを支払うこと、B今後3年間にわたり、年間発注高3000万円程度を原告に対して発注することのいずれかを求める旨の書面を交付した。なお、上記書面には、「センチュリーボードAUDesingnNo5(但し、その他の商品開発、アイデアソースも資料提出によるもの)」、「顧問契約は通常3年以上であるが、1年間のみで継続されない為、当社提出資料は商品開発に於いて同業他社を圧する多大な貢献をしている」との記載がある。
(4) 原告と被告との間で、2年余りの間、上記の件についての交渉はされなかった。その後、原告は、平成4年3月10日、Aと面談し、同人に対して、本件デザインの意匠登録を受ける権利を譲渡する条件として、@5000万円を支払うこと、A被告製品の売上金額の10パーセントを支払うこと、B年間3000万円程度を発注することのいずれかを求める旨の書面を交付し、同書面記載の金額の支払を要求し、さらに、原告が被告に提供したパネルやサンプルピース等の資料をすべて返還するよう要求した。なお、上記書面には、「意匠登録譲渡を含め<センチュリーAU商品開発全般について上記金額の清算>を要望します。」との記載がある。
(5) 原告代表者は、平成4年8月、A、被告の取締役営業本部長のB、企画課長のCらと会食をしたが、その席では、原告が被告のために行った業務に対する報酬についての話合いはされなかった。
 その後、原告と被告との間で、9年余りの間、上記の件についての交渉はされなかった。原告代表者は、平成13年9月ころに、被告に上記の問題についての交渉を求めたが、被告から納得できる回答は得られなかった。
(6) 本件意匠登録は、登録料不納付を原因として、平成14年10月30日付けで、抹消登録された。
2 不当利得返還請求権の成否−法律上の原因の有無に関する判断(争点(1)ア)
 以上認定した事実を基礎として、判断する。
(1) 本件契約の範囲に含まれるか否かについて
 まず、被告の各利用行為が、本件契約によって許諾されている範囲に含まれるか否か、すなわち、被告の報酬支払義務と対価関係に立つ権利(法的利益)の範囲に含まれるか否かについて、検討する。
ア 被告が、被告商品マーキスに本件デザインを使用した行為、本件デザインの意匠登録出願して、本件意匠登録を受けた行為、及び原告から提案された本件ネームを使用した行為
 当裁判所は、被告のこれらの各行為は、本件契約によって許諾された範囲に含まれないと判断する。その理由は、以下のとおりである。
(ア) 被告は、昭和63年ころ、建物外装材である被告商品の製造、販売計画を立てたが、同計画は、決して小規模なものではなく、かなり大規模なものを想定していた。また、原告が被告から委託を受けて、実施すべき業務の内容としては、被告の上記計画に関連した「商品計画」、「商品企画」、「デザイン制作」、「サンプルピース制作」、「販売促進戦略の提案、指導、助言」など、広範な範囲にわたるものであり、そのいずれも、時間と労力を要するものと考えられる。したがって、上記のように解したとしても、被告が原告に対して支払うべき報酬額(毎月50万円)は、原告の行うべき業務の内容に照らして、決して高額であるとはいえない。
(イ) そして、このような業務委託契約を締結する場合、委託業務の実施と実施の結果得られる成果物の利用や帰属とは、区別して認識するのが一般的であって、委託者側が委託契約の成果物を実施したり自己に帰属させたりする場合には、別途、対価に関する定めをするするのが自然であるということができるが、本件においては、そのような定めがない。
(ウ) 本件契約は、契約締結時においては、原告の創作したデザイン又はネームを被告が採用するかは不確実であり、原告が創作したデザイン又はネームの使用又は譲渡の対価をあらかじめ決めることは困難であること、他方、原告は、デザイン又はネームを創作する義務を負い、相当の経費が必要となるにもかかわらず、被告が、原告から提供されたデザイン又はネームを採用しない限りは、全く対価が支払われないとすることも、原告に酷であることなどの点を考慮して、被告は、原告に対して、提出されたデザイン又はネームの採否にかかわらず、デザイン又はネームを創作させる対価として、前記のとおり一定の金額を支払うこととし、被告が、原告から提出されたデザインを採用する場合には、別途、対価を支払って、そのデザインの意匠登録を受ける権利の譲渡を受けるか、原告において当該デザインの意匠登録をした上で、同デザインの使用許諾を受けることを、また、被告が原告から提出されたネームを採用する場合には、別途対価を支払って、そのネームの使用許諾を受けることを、想定していたものと解するのが相当である。
(エ) 本件覚書には、原告の委託業務の内容として、「被告が原告に依頼する事項」と記載されているが、前記の判断に照らして、そのような記載があったからといって、原告の創作したデザインやネーム案を被告に使用させることが委託業務の内容に含まれると解するのは相当でない。
イ 本件カタログ、本件販売促進ツールの利用行為について
 本件カタログ及び本件販売促進ツールを製作して、これを被告に提供することが本件契約により原告に委託された業務に含まれないことは当事者間に争いがない(被告は、本件契約とは別の契約により、本件カタログ及び本件販売促進ツールの製作を原告に委託した旨主張している。)。
ウ 各種実地調査結果、各種提案の利用行為
 外壁材の素材、デザイン傾向、色彩傾向等についての実地調査、外壁材に関する市場分析については、被告商品の商品企画、販売促進戦略の提案等の前提となるものであり、本件契約により原告に委託された業務に含まれることは明らかである。また、被告商品のコンセプト等について提案したレポートの提出、壁材のパターン、レリーフ、テクスチャーのバリエーションを検討した資料の提出は、販売促進戦略の提案等に含まれ、本件契約により原告に委託された業務に含まれることは明らかである。
(2) 被告の得た利得と法律上の原因の有無について
 次に、被告が原告の行った業務により得た利得について、法律上の原因を欠くかの点について検討する。
ア 被告が、被告商品マーキスに本件デザインを使用した行為、本件デザインの意匠登録出願して、本件意匠登録を受けた行為、及び原告から提案された本件ネームを使用した行為
 前記のとおり、被告の上記各利用行為は、本件契約によって許諾されている範囲に含まれず、被告が、原告から提出されたデザインやネーム案を採用し、使用する場合には、原、被告間で別途の契約を締結し、対価を支払って、そのデザインやネームの使用許諾を受けることを想定していたものと解するのが相当である。
 そうすると、原告は、被告のために特定の業務を行い、他方、被告は、原告の業務の成果を利用して、自ら支出すべき費用、労力の負担を軽減させているのであるから、このような原告の業務と被告の利用における関係は、法律上の原因によらずに生じたものと解されることになる。確かに、被告のために創作した本件デザイン(自ら意匠登録を受けたものではない。)及び本件ネームについては、原告の排他的権利が成立しているのではないので、何人も自由に使用できることとなり、したがって、被告がこれらを利用したとしても不当利得が成立しないとの見解もあり得ないわけではない。しかし、原告の本件デザイン等の創作活動の経緯をみると、その役務の提供は、本件契約を契機として、被告のためにされていることは明らかであるから、その提供された役務が性質上排他的なものでなかったとしても、被告の得た利得の限度で、法律上の原因に基づかない利得であると解するのが相当である。
イ 本件カタログ、本件販売促進ツールの利用行為
前記のとおり、原告が本件カタログ及び本件販売促進ツールを製作してこれらを被告に提供し、被告は、被告商品の販売に際して、本件カタログを頒布したが、本件契約により原告に委託された業務には本件カタログ及び本件販売促進ツールを製作することは含まれていない。
しかし、@原告は、本訴において、本件カタログ及び本件販売促進ツールの製作費の実費として、被告から2000万円以上の支払を受けたことは認めていること、A原告代表者の陳述書には、原告が被告から本件カタログ及び本件販売促進ツールの外注製作プロジェクトチームの製作費の支払を受け、原告は、被告から支払われた上記製作費を全額上記外注製作プロジェクトチームへ支払ったことが記載されていること、B原告は被告に対して、本件カタログ及び本件販売促進ツールそのものを提供していること等の事実に照らすならば、原告は、被告が本件カタログ及び本件販売促進ツールを使用し、頒布することを承諾する意思があったものと認められる。
 したがって、原告が本件カタログを被告商品の販売の際に頒布するなどして使用したことにより被告が何らかの利得を得たとしても、その利得は法律上の原因があるというべきである。
(なお、本件全証拠によっても、被告が原告から本件カタログ及び本件販売促進ツールを使用することの許諾を受けたことの対価を支払ったと認めることはできない。しかし、原告の被告に対する上記対価請求に関しては、契約に基づく請求権のみが発生すると解すべきであり、不当利得返還請求権が発生する余地はない。)
(3) 原告が主張するその他の業務により被告が得た利得
原告は、上記以外にも被告のために業務を行ったとして、その業務についての不当利得返還請求権を有する旨の主張する。しかし、原告が主張する上記以外の業務は、原告が実施した事実を認めることができないか、又は、本件契約により原告に委託された業務に含まれるのであるから、原告の上記主張は理由がない。
3 不当利得返還請求権の成否−消滅時効について(争点(1)イ)
本件訴えのうち、被告が本件意匠登録を受けたことについての不当利得返還請求に係る書面が裁判所に提出されたのは平成15年4月25日であり、上記以外の点についての不当利得返還請求に係る書面が裁判所に提出されたのは同年3月31日であることは当裁判所に顕著である。
したがって、被告が本件デザイン及び本件ネームを使用したことについての不当利得返還請求権は、平成5年3月31日以前に発生した部分については、消滅時効の時効期間を経過している。被告が本件意匠登録を受けたのは、平成9年2月10日であるから、本件意匠登録を受けたことについての不当利得返還請求権は、消滅時効の時効期間を経過していない。
これに対して、被告は、本訴における原告の不当利得返還請求は、本件契約又は原、被告間の合意に基づく請求の性質を有するから、当該請求権は、平成元年から5年間を経過した平成6年、又は遅くとも本件訴訟が提起された平成15年3月31日から5年を遡った平成10年3月31日までに、時効により消滅している旨主張する。しかし、本件における原告の請求は、あくまでも不当利得返還請求であるから、被告の上記主張は、その前提を欠くので主張自体失当である。
また、原告は、被告に対して、原告の業務の対価の支払を継続して請求していたにもかかわらず、被告は、本件デザインの意匠登録が完了したら支払うとして、解決を引き延ばし、本件意匠登録がされても、その事実を秘匿してきたのであり、これにより、原告は、本件の権利行使を妨げられてきたとして、被告の消滅時効の援用は、権利濫用として許されない旨主張する。しかし、本件全証拠によっても、被告が原告に対して本件デザインの意匠登録が完了したら原告の業務の対価の支払をする旨約束した事実は認められないから、原告の上記主張は理由がない。
4 不当利得返還請求権の額−被告の受益及び原告の損失の額(争点(1)ウ)
(1) 本件デザインの使用及び本件意匠登録をしたことについての被告の受益及び原告の損失の額
ア 被告は、平成元年4月から本件デザインを使用した被告商品マーキスの製造、販売を開始した。前記のとおり、本件契約は、契約締結時においては、原告の創作したデザインを被告が採用するかは不確実であり、原告が創作したデザインの使用又は譲渡の対価をあらかじめ決めることは困難であること、他方、原告は、デザインを創作する義務を負い、相当の経費が必要となるにもかかわらず、被告が、原告から提供されたデザインを採用しない限りは、全く対価が支払われないとすることも、原告に酷であることなどの点を考慮して、被告は、原告に対して、提出されたデザインの採否にかかわらず、デザインを創作させる対価として、前記のとおり一定の金額を支払うこととし、被告が、原告から提出されたデザインを採用する場合には、別途、対価を支払って、そのデザインの意匠登録を受ける権利の譲渡を受けるか、原告において当該デザインの意匠登録をした上で、同デザインの使用許諾を受けることを想定していたものと解するのが相当である。
イ そして、本件デザインは、原告が本件契約に基づき、被告に提出したものであること、原告代表者は、本件デザインが被告商品マーキスに使用され、同商品が製造販売されることを認識していたこと、原告代表者は、原告が被告のために行った業務に関して、本件契約に基づく報酬とは別に金銭の支払の要求をしたが、被告商品の販売自体については異議を唱えなかったこと等の事実経緯に照らすならば、原告は、被告が本件デザインを使用することを許諾する予定であったものと認められる。
 このような事情に、前記1で認定したとおり、被告は、被告商品のうち被告商品マーキス以外のデザインに係る権利については、1デザインにつき各200万円で譲り受けたこと、原告は当初、原告が被告のために行った業務の対価として3500万円の支払を要求していたこと、被告は、本件デザインの意匠登録出願をし、本件意匠登録を受けているが、被告は、意匠登録をした上で本件デザインを自ら実施していたにすぎず、本件意匠権を有償で第三者に譲渡したり、本件意匠権について第三者に実施許諾させて、実施料の支払を受けていたわけではないこと等の諸事情を総合考慮すると、本件デザインが使用されると想定される期間全体の本件デザインの使用による利益及び本件意匠登録による利益は200万円と認めるが相当である。
ウ 前記3で判示したとおり、被告が本件デザインを使用したことについての不当利得返還請求権は、平成5年3月31日以前に発生した部分については、時効により消滅していること、原告は、本訴において、平成10年3月末日までの使用の対価を求めていること、証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件デザインが使用された被告商品マーキスが主に販売されたのは、販売開始から平成7年までの6年間であると認められること等の事情を総合考慮すると、本件デザインの使用による利益及び本件意匠登録による利益として認められる額は、200万円の約3分の1の70万円をもって相当と解する。
したがって、被告が本件デザインを使用したこと及び本件意匠登録をしたことについての被告の受益及び原告の損失の額は70万円である。
(2) 本件ネームの使用についての被告の受益及び原告の損失の額
被告は、本件ネームを使用した被告商品の製造販売を開始したが、本件ネームの使用による利益については、前記(1)で指摘した諸点及び商品におけるネームの重要性を併せ考慮すると、本件ネームが使用されると想定される期間全体で200万円が相当である。そして、前記3で判示したとおり、被告が本件ネームを使用したことについての不当利得返還請求権は、平成5年3月31日以前に発生した部分については、時効消滅していること、原告は、本訴において、平成10年3月末日までの使用の対価を求めていること、甲66及び弁論の全趣旨によれば、被告商品の「バロン」が被告商品の販売量の過半数を占めていること、被告商品の「バロン」、「バラード」は平成12年までは販売数に大きな減少はなかったものと推測されることを勘案すると、本件ネームの使用による利益として認められる額は、100万円が相当と解する。
 したがって、被告が本件ネームを使用したことについての被告の受益及び原告の損失の額は100万円である。
5 本件意匠権の消滅についての不法行為の成否等(争点(2))
 原告は、被告が登録料を納付せずに本件意匠登録を平成14年10月30日付けで抹消登録させたことは不法行為を構成するとして、同行為によって原告が被った損害である3490万円を賠償すべき旨主張する。
しかし、被告は原告に対し、本件意匠権について登録料の支払を継続する義務を負っているとは認められないので、登録料の不払いは不法行為を構成しないのみならず、本件全証拠によっても、平成14年10月30日以降、被告が被告商品マーキスを製造、販売し、若しくは将来そのような予定があること、又は、被告以外の第三者に対し本件デザインの使用を許諾し、若しくは将来そのような予定があることを認めることはできず、したがって、原告には、本件意匠登録が抹消登録されたことによる損害は発生していないというべきである。
したがって、原告の上記主張は理由がない。

[論  説]

1.本件において原告は、社外のデザイン制作会社であったから、被告とは職務創作の関係にある者ではない。
 第1の争点の不当利得返還請求権を原告が有するか否かの問題は、そのための法律上の原因があるか否かにかかる問題であった。
 これについて、裁判所は、まず被告の各利用行為が原告との本件契約の範囲に含まれ、原告に対する被告の報酬支払義務と対価関係に立つ権利について検討した結果、被告が被告商品に本件デザインを使用した行為、本件デザインの意匠登録出願をして意匠登録を受けた行為、原告提案の本件ネームを使用した行為は、本件契約によって許諾された範囲には含まれないと判断した。
 判決は、本件契約は、契約締結時には原告が創作したデザインやネームを被告が採用するかは不確実であり、これらの使用や譲渡の対価を予め決めることは困難であるとしても、被告は原告に対してデザインやネームの採否にかかわらず、それを創作した対価として一定金額を支払うこと、被告がデザインを採用した場合には、別途、対価を支払い、意匠登録を受ける権利の譲渡を受けるか、原告において意匠登録をした上で、同デザインの使用許諾を受けることなどがあったものと解するのが相当であると認定した。
 その上で、判決は、被告が原告の行った業務によって得た利得が法律上の原因を欠くか否かについて検討した結果、被告の各行為は本件契約によって許諾されている範囲には含まれず、被告が採用して使用する場合には、両者間で別途の契約を締結し、対価を支払って使用許諾を受けることを想定しているものと認定し、被告の得た利得は法律上の原因に基づかない利得であると認定したのである。

2.そこで、被告の得た利得について原告が返還請求権を行使したことに対し、判決は、一部は消滅時効となっているものがあるとしても、170万円だけの金額は認めた。
 しかし、原告に無断でなされた原告創作のデザインについての被告による意匠登録出願と意匠権の発生に対する不法行為及び継続登録料の不払いによって意匠権の存続を中止し、消滅させたことに対する不法行為については、損害が発生していないことを認定したことから、これに対する損害賠償金はなかった、と裁判所は判断した。
 しかし、第三者によって創作されたデザインについて、被告が意匠登録出願をするためには、被告から原告に譲渡書の提出が必要であるにもかかわらず、原告はその提出を拒んでいたようであるから、問題は残されたままといえる。  
 また、被告が本件デザインを意匠登録することを許すような条項は本件契約にはなかったことを考えると、被告が原告に無断で意匠登録の出願をしたり、登録料の支払いを中断したことによって意匠権を消滅させてしまったことは、原告が出願していたならば15年間存続していたであろう、創作者が有する意匠登録を受ける権利の期待権を喪失した不法行為があったことを認めるべきであろう。仮に、経済的損害が具体的に発生していなくても、精神的損害は発生していたと考えるべきであろう。

[牛木理一]