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「擁壁用ブロック」意匠権侵害差止等請求事件:東京地裁平成10年(ワ)12425号平成11年4月 19日判決(棄却)〔民47部〕

〔キーワード〕 
登録意匠の要部、需要者たる工事業者、美感、類似意匠

 

〔判示・認定事項〕 

  1. 原告主張の要部のうち、三各点は既に本件意匠の登録出願前から知られていた形態であるから、これらの基本的な形態のみを本件意匠の要部であると認めることはできない。
  2. 需要者たる工事業者は、取引に当たり、前面パネルの形状のほか、側壁、底壁及びリブの位置及び形状並に側壁及び底壁の開口部の位置及び形状にについて、注目するものと推認することができる。
  3. 前面パネルを正面から見たときの形状、底壁の形状、前面パネルの背面部における側壁の位置、側壁の開口部の位置及び形状、前面パネルの背面中央部におけるリブの形状、底壁の開口部の位置及び形状が大きく異なっているから、両意匠は前記需要者にとって美感を異にするものであり、これらが類似すると認めることはできない。
  4. 本件意匠には6つの類似意匠が登録されているが、類似 6号意匠はイ号意匠と似ているとしても、意匠の類否判断は本意匠との比較ですべきものであるから、本件意匠とイ号意匠が類似しない以上、意匠権の侵害は認められない。

 

〔事  実〕

 

原告(K社)は、意匠に係る物品「擁壁用ブロック」に関し、平成1年9月29日に出願し、平成4年3月27日に設定登録された意匠登録第841840号に係る意匠権(以下,本件意匠という。)の意匠権者である。
 被告(M社)は、目録記載の擁壁用ブロック(以下,イ号物件という。)を製造,販売している。
 本件は、原告が被告に対し、イ号意匠は本件意匠に類似するとして本件意匠権に基づき、イ号物件の製造、譲渡等の差止め並びにイ号物件(仕掛品及び完成品)及びその製造のための型枠の破棄を求め、同時に不法行為による損害賠償として損害金5460万円及びその遅延損害金の支払いを求めた事案である。

〔争  点〕

1. イ号意匠は本件意匠に類似するか。
2. 損害額

 

〔判  断〕

 

一1 〈証拠〉と弁論の全趣旨によると、公開実用新案公報昭和53-89005号、昭和53年7月21日公開)には、別紙図面(一)記載のブロックの図面が掲載されていること、この図面のブロックは、傾斜した前面パネルと、底壁と2枚の側壁からなる擁壁用ブロックであること、以上の事実が認められる。
2 〈証拠〉と弁論の全趣旨によると、意匠公報(第769392号、平成元年9月6日発行)には、別紙図面(二)記載のブロックの図面が掲載されていること、この図面のブロックは、傾斜した前面パネルと、底壁と2枚の側壁からなる擁壁用ブロックであって、底壁に開口部があること、以上の事実が認められる。
3 〈証拠〉と弁論の全趣旨によると、意匠公報(第760491号、平成元年4月20日発行)には、別紙図面(三)記載のブロックの図面が掲載されていること、この図面のブロックは、傾斜した前面パネルと、底壁と2枚の側壁からなる擁壁用ブロックであって、底壁に開口部があり、側壁の形状が平行四辺形であり、側壁に開口部があること、以上の事実が認められる。
二1 右一認定の事実によると、原告が本件意匠の要部であると主張するもののうち、(一)傾斜した前面パネルと、底壁と2枚の側壁からなる擁壁用ブロックであること、(二)底壁に開口部があること、(三)側壁が平行四辺形であり、側壁に開口部があることの各点は、既に、本件意匠の登録出願前から知られていた形態であるから、これらの基本的な形態のみを本件意匠の要部であると認めることはできない。
2 〈証拠〉と弁論の全趣旨によると、本件意匠に係る物品である「擁壁用ブロック」は、段地や傾斜壁(以下「傾斜壁等」という。)の前面に、前面パネルを表にして多数個積み重ねて設置されて、傾斜壁等の崩落を防止するものであること、擁壁用ブロックは、右のような工事を行う業者によって取引されるものであること、擁壁用ブロックの側壁、底壁及びリブの位置及び形状は、擁壁用ブロックにとって重要なブロックの強度を左右すること、側壁及び底壁の開口部は、裏込め材(設置後にブロックの前面への脱落防止のために背面に充填される泥土、土砂、コンクリート等)の流通に重要な役割を果たしていること、以上の事実が認められる。そうすると、需要者たる工事業者は、取引に当たり、前面パネルの形状のほか、側壁、底壁及びリブの位置及び形状並びに側壁及び底壁の開口部の位置及び形 状について注目するものと推認することができる。
3 そして、前記第二の一2の事実、前記一認定の事実及び右2認定の事実に、〈証拠〉及び弁論の全趣旨を総合すると、本件意匠の要部は、(一)正面から見て表面が無地無模様で後方へ約70度の傾斜角度をもって形成されている長方形の前面パネルとその底部から水平に形成されている底壁と2枚の側壁とからなる擁壁用ブロックであること、(二)前面パネルの背面部と底壁との間の左右両端部に、長方形の底壁の短辺の水平長さを上辺及び底辺の長さとし、前面パネルと同一の傾斜角度を持った縦横比が略2対1の平行四辺形の側壁が形成されていること、(三)その各側壁には、上下に比較的大きい真円形の開口部が2個設けられていること、(四)前面パネルの背面部の上側端部には、左右両側壁間に横リブを形成し、上端を右横リブに接し、底壁に達する側面直角三角形状の縦リブが形成されていること、(五)底壁の左右両側部には、縦リブをはさんでそれぞれ角を面取りした長方形の開口部が設けられていること、以上の各点にあるものと認められる。
三1 前記第二の一2の事実に〈証拠〉と弁論の全趣旨を総合すと、イ号意匠については、(一)正面から見て表面が石割り模様で後方へ約70度の傾斜角度をもって形成されている長方形の前面パネルと底壁と2枚の側壁とからなる擁壁用ブロックであること、(二)平面パネルの底部にある底壁の全体の形状は平面略台形であり、この底壁は、前面パネルの背面部の下端部から短い傾斜面を形成するとともに、後方に上面部は水平面を形成し、下面部は前面パネルの底部面より下方に落ちた段部を形成すること、(三)前面パネルの背面部の中央部よりそれぞれ左右両側部寄りの底壁に平面台形の基部を設け、この左右基部から、底壁の略台形の高さに当たる部分の長さの底辺を持ち、前面パネルと同一の傾斜角度を持った縦横比が略2対1の平行四辺形の側壁が形成されていること、(四)左右側壁には、下端が底壁面で切れた近楕円形の開口部が設けられていること、(五)前面パネルの背面中央部には、その上端面から底壁角部にかけて台形状に隆起した比較的低い縦リブが形成されていること、(六)底壁の左右側壁間に、一個の楕円形からなる開口部が設けられていること、以上の事実が認められる。2 前記二3で認定した本件意匠の要部と右1認定に係るイ号意匠を比較すると、後方へ約70度傾斜した前面パネルと底壁と2枚の側壁とからなる擁壁用ブロックであること及び底壁の長さと同じ長さの底辺を持ち、前面パネルと同一の傾斜角度を持った縦横比が略2対1の平行四辺形の側壁が形成されていることは共通するが、前面パネルを正面から見たときの形状、底壁の形状、前面パネルの背面部における側壁の位置、側壁の開 口部の位置及び形状、前面パネルの背面中央部におけるリブの形状、底壁の開口部の位置及び形状が大きく異なっているから、本件意匠とイ号意匠は、前記需要者にとって美感を異にするものであり、これらが類似すると認めることはできない。
したがって、本件意匠権の侵害は認められない。
3 〈証拠〉によると、本件意匠には、6つの類似意匠が登録されていること、平成5年2月2日に出願され、平成7年4月25日に登録された類似意匠(類似意匠登録番号第6号)は、イ号意匠と極めて似ていること、以上の事実が認められるが、意匠の類否の判断は、本意匠との比較ですべきものであるから、右のとおり本件意匠とイ号意匠が類似していない以上、意匠権の侵害は認められない。

〔研  究〕

1.この判決は、本件登録意匠の創作度合を認定するために、その構成態様について、出願前に公表された公開実用新案公報1件の図面及び意匠公報2件の図面を引用し、原告が主張した本件意匠の要部のうち、基本的な形態のみが要部であるとの主張は否認した。
そして、それ以外の具体的形態について、需要者である工事業者は、その取引に当たって、前面パネルの形状、側壁,底壁及びリブの位置と形状、側壁,底壁の開口部の位置と形状について注目すると推認した後、5つの具体的な構成態様から成る点が本件意匠の要部であると認定したのである。この5つの具体的構成態様について判決は述べていないが、この5点の構成態様に従来公知の意匠と違う創作性を見い出しているのであり、これを総合したものが本件意匠の要部であると認定したのである。
これに対し、判決は、イ号意匠の具体的形態について、6つの構成態様から成るものと認定した。
その結果、両意匠は共通点もあるが、1.前面パネルの正面から見た形状、2.底壁の形状、3.前面パネル背面部における側壁の位置、4.前面パネル背面中央部におけるリブの形状、5.底壁の開口部の位置と形状が、大きく異なっているから、需要者にとっては美感を異にすると認定し、両意匠は類似しないと判断した。
このような判決の事実認定と判断は、まず従来公知の意匠との間における本件登録意匠の有する創作性の把握から開始し、その結果、把握された本件意匠の具体的形態の全部を、イ号意匠が具備しているか否かを見るという手法をとっているから妥当である。
のみならず、イ号意匠が、本件意匠の要部でない別異の構成態様を具備していることによって、それを見る需要者に別異の美感を与えいていると言及し、意匠の非類似を判断していることはより妥当である。
けだし、意匠の類否とは、創作を原因として存在する意匠を見る者が起す美感の異同であるからである。
2.本件登録意匠に類似意匠が幾つか登録されているときは、それらは本意匠が求心力をもつ衛星意匠であるから、イ号意匠との対比による類否判断は、本意匠との間に行われるものであることを明言した判決は妥当である。しかし、類似6号意匠がイ号意匠と極めて似ている旨を認定したことは、余計なことであろう。けだし、本事件係属中に、類似6号意匠は本意匠に類似しない旨の登 録無効審判を被告は請求しており、近い将来、登録無効となる可能性が強かったからである。
3.前記類似6号意匠に対して請求されていた登録無効審判は、平成10年審判第35493号として審理された結果、平成11年5月17日、本意匠と類似しないことを理由に登録無効の審決があったのである。(但し、東京高裁平成11年(行ケ)228号あり。)

[牛木理一]

・本件意匠
・イ号意匠