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「減速機」意匠権侵害差止等請求事件:東京地裁平成14年(ワ)5556号平成15年1月31日民47判決(棄却)

〔キーワード〕 
意匠の要部、意匠の利用、複数連結物品、外部認識の有無、流通過程の混同

〔事  実〕

 原告(狭山精密工業株式会社)は、「減速機」に係る意匠について、昭和61年7月22日に出願し、平成2年7月16日に設定登録を受けた意匠登録第798521号の意匠権の意匠権者である。
 被告(日本サーボ株式会社)は、平成7年頃よりイ号物件を製造,販売していたが、これはモーターに減速機を取り付けたもの(別紙目録1)であり、イ号物件から分離した減速機部分の形状は別紙目録3のとおりのものである。
 その後、被告はイ号物件の減速機部分の形状を変更し、ロ号物件を製造,販売し、ロ号物件から分離した減速機部分の形状は別紙目録4記載のとおりである。本件の争点は次の点にあった。
 (1) 本件登録意匠の構成態様
 (2) 本件登録意匠の要部
 (3) 被告製品の意匠の構成態様
 (4) 本件登録意匠と被告製品の意匠との類否
 (5) 被告製品における意匠の利用関係
 (6) 損害の発生及び額

 

〔判  断〕

 

1 争点(1)について
 証拠及び弁論の全趣旨によると、本件登録意匠の構成態様は次のとおりと認められる。
(1) 基本的構成態様
 本体は、内部に減速ギアが収納された深い鍋型の円筒状のケーシングであり、その開口した一端である出力側端に、フランジを形成し、出力側端を塞板で閉塞し、この塞板に軸受けを突設し、この軸受けから回転軸を突出させている。
(2) 具体的構成態様
ア プロポーション
 ケーシングの直径と長さの比は、約3:2である。
イ フランジ 
(ア) フランジは、正面視において、中央部が円形に削られた環状の隅丸正方形であって、厚さは2ミリメートル程度と薄く、四隅に正円型の透孔が形成してある。
(イ) フランジは、全般に平面状に形成されているが、円形に削られた中央縁部が円弧状に90度屈曲して円筒状のケーシングと連続している。
ウ 塞板
(ア) 塞板は、全般に平面状に形成されているが、塞板の周縁部は円弧状 に90度屈曲している。
(イ) 塞板の平面状部分とフランジ部の平面状部分とは同一平面上に設けられている。
エ 軸受け及び回転軸
(ア) 軸受け及び回転軸は、塞板の正面視において、上部に偏芯して設けてある。
(イ) 軸受けの軸方向の長さと、軸受けから突出した回転軸の長さはほぼ同じである。
オ ケーシングのモーター側端の形状
(ア) ケーシングのモーター側端は、中央部をわずかに膨出させて周縁部に段部を形成している。
(イ) 膨出部は、背面視において、頂部及び下部両側の3か所が膨出部分の円周に沿ってほぼそれぞれ120度の角度をおいてケーシングの外縁方向に突出した変形円輪郭であり、その中央部に膨出部の直径に比して約3分の1ほどの直径を有する比較的大径の透孔が設けてあり、頂部の突出部には縦長の透孔が、また、下部の2つの突出部にはやや縦長の透孔がそれぞれ設けてあり、その下部の2つの突出部の間に正円型の透孔が設けてある。
2 争点(2)について
(1) 証拠及び弁論の全趣旨によると、本件登録意匠に関する公知意匠は、次のとおりであると認められる。
ア 意匠登録第282532号の小型同期電動機にかかる意匠公報(昭和43年6月14日発行。)記載の電動機の減速機部分は、内部に減速ギアが収納された円筒状のケーシングであり、その開口した一端である出力側端に、フランジを形成し、出力側端を塞板で閉塞し、この塞板に軸受けを突設し、この軸受けから回転軸を突出させており、フランジは、中央部が円形に削られた隅丸正方形で厚みのある環状のフランジであり、そのフランジの四隅には透孔が形成されている。
 昭和46年11月3日付けのシンクロナスモーターのカタログ、昭和53年9月1日付けステッピングモーターのカタログ、昭和54年3月8日付け4相ステッピングモーターのカタログ、昭和59年付けのシンクロナスモーターのカタログ、昭和56年付けのシンクロナスモーターのカタログ記載の電動機の減速機部分は、いずれも、内部に減速ギアが収納された円筒状のケーシングであり、その開口した一端である出力側端に、フランジを形成し、出力側端を塞板で閉塞し、この塞板に軸受けを突設し、この軸受けから回転軸を突出させており、フランジは、中央部が円形に削られた隅丸正方形で厚みがなく薄い環状のフランジであり、そのフランジの四隅には透孔が形成されている。
イ 意匠登録第479007号の変速機にかかる意匠公報(昭和53年6月27日発行。)には、内部に減速ギアが収納された円筒状のケーシングであり、その開口した一端である出力側端を塞板で閉塞し、この塞板に軸受けを突設し、この軸受けから回転軸を突出させており、開口されていないケーシングの端面の中央部が円形にわずかに膨出し周縁部との間に段部を形成している変速機の意匠が示されている。また、意匠登録第353289号の電動機にかかる意匠公報(昭和47年10月25日発行)、意匠登録第522112号の電動機にかかる意匠公報(昭和55年1月25日発行)及び意匠登録第547663号の電動機にかかる意匠公報(昭和55年12月26日発行)には、いずれも開口されていない円筒状のケーシングの端面の中央部が円形にわずかに膨出し周縁部との間に段部を形成している電動機の意匠が示されている。もっとも、これらの膨出部の具体的な形状は、本件登録意匠のモーター側端の具体的な形状とは異なる。また、二相サーボモーターのJIS規格に関する刊行物(昭和56年1月31日発行)や出願公開昭61−104752の実用新案公報(公開日昭和61年7月3日)に記載されているモーターの意匠の形状も、本件登録意匠のモーター側端の具体的な形状とは明らかに異なる。
(2) 上記(1)ア認定の事実からすると、本件登録意匠の構成態様のうち、原告が要部であると主張する、ケーシングの出力側端に略正方形のフランジを形成した点は、本件登録意匠の要部であると認めることはできないし、フランジが薄く、四隅に正円型の透孔が形成してある点も、本件登録意匠の要部であると認めることはできない。
 また、原告は、ケーシングのモーター側端の中央部に膨出部を形成した点が、本件登録意匠の要部であると主張するが、単に中央部に膨出部を形成するというのみでは、あまりに抽象的であるうえ、上記(1)イ認定のとおり、変速機について、中央部に膨出部を形成したものが存し、物品が異なるものの、電動機についても、中央部に膨出部を形成したものが存在する(側面から見た場合には、これらの膨出部と本件登録意匠の膨出部は、膨出部である点において区別がつかないものと考えられる)から、この点も、これのみでは、本件登録意匠の要部であると認めることはできない。
 本件登録意匠の要部は、ケーシングのモーター側端の具体的な形状、すなわち、ケーシングのモーター側端は中央部をわずかに膨出させて周縁部に段部を形成しており、その膨出部は、背面視において、頂部及び下部両側の3か所が膨出部分の円周に沿ってそれぞれ約120度の角度をおいてケーシングの外縁方向に突出した変形円輪郭であり、その中央部に膨出部の直径の3分の1程度の直径を有する比較的大径の透孔が設けてあり、前記頂部の突出部及び下部の2つの突出部に透孔がそれぞれ設けてある構成態様にあるものというべきである。
(3) 被告は、膨出部の背面形状のうち、膨出部に設けられた透孔の形状が要部である旨主張するが、本件登録意匠の透孔の形状は、透孔の形状としては通常あり得る形態にすぎないというべきであるから、要部とは認められない。その他、被告が主張するところの、塞板の周縁部の形状、塞板とフランジ部の位置関係、軸受けの軸方向の長さと軸受けから突出した回転軸の長さの比は、いずれも詳細に観察して初めて気づく程度の些細な特徴にすぎないから、要部とは認められない。
3 争点(3)について
 当事者間に争いのない事実、証拠及び弁論の全趣旨によると、被告製品の構成態様は次のとおりであると認められる。
(1) イ号物件の構成態様
ア 全体の構成態様
(ア) 開口されている一端にフランジが形成されている円筒状の第1のケーシング(減速機部分)と、該第1のケーシングの他端に、その一端を連結し他端には開口部を有する円柱状の第2のケーシング(モーター部分)とからなる。
(イ) 前記第1のケーシングは前記開口部を閉塞する円形の塞板と、この塞板に突設された軸受けと、この軸受けから突出する回転軸よりなる。
(ウ) 第2のケーシングの直径は第1のケーシングの直径と略同一であり、その長さは第1のケーシングの約2倍であって、第1のケーシングと連結していない他端の開口部は、プラスチック製の塞板で閉塞されている。
(エ) 第1のケーシングと第2のケーシングの連結部分は、ねじによって固定されており、後記イ(イ)Eaの第1のケーシングの膨出部の存在により、僅かな間隙が形成されているが、後記イ(イ)Ebの形状全体は外部からは認識できない。
イ 第1のケーシング(減速機部分)の構成態様
(ア) 基本的構成態様
本体は、内部に減速ギアが収納された深い鍋型の円筒状のケーシングであり、その開口した一端である出力側端に、フランジを形成し、ケーシングの出力側端は塞板で閉塞し、この塞板に軸受けを突設し、この軸受けから回転軸を突出させている。
(イ) 具体的構成態様
A プロポーション
ケーシングの直径と長さの比は、約3:2である。
B フランジ
フランジは、正面視において、中央部が円形に削られた環状の隅丸正方形であって、厚さは2ミリメートル程度でごく薄く、四隅に正円型の透孔が形成してある。
C 塞板
a 塞板は、全般に平面状に形成されており、その周縁部には3つの小さな取付ねじがある。
b 塞板の平面状部分とフランジ部の平面状部分とは同一平面上ではなくわずかな段差が設けられている。
D 軸受け及び回転軸
a 軸受け及び回転軸は、塞板の正面視において、上部に偏芯して設けてある。
b 軸受けの軸方向の長さと、軸受けから突出した回転軸の長さの比は、約1:2である。
E ケーシングのモーター側端の形状 
a モーター側端は、中央部をわずかに膨出されて周縁部に段部を形成している。
b 膨出部は、背面視において、頂部及び下部両側の3か所が膨出部分の円周に沿ってほぼそれぞれ120度の角度をおいてケーシングの外縁方向に突出した変形円輪郭であり、その中央部に膨出部の直径に比して約3分の1ほどの直径を有する比較的大径の透孔が設けてあり、前記頂部の突出部には縦長の透孔が、また、下部2つの突出部には正円型の透孔がそれぞれ設けてあり、前記下部の2つの突出部の間にその突出部の透孔と略同径の正円型の透孔が設けてある。
(2) ロ号物件の構成態様
ア 後記(イ)のモーター側端にある膨出部の形状の点を除き、前記ア記載のイ号物件の構成態様と同一である。
イ モーター側端にある膨出部の形状
(ア) 膨出部は、背面視において、頂部及び下部両側の3か所が膨出部分の円周に沿ってほぼそれぞれ120度の角度をおいてケーシングの外縁方向に突出した変形円輪郭であり、その中央部に膨出部の直径に比して約3分の1ほどの直径を有する比較的大径の透孔が設けてあり、
(イ) 前記3つの突出部にそれぞれ正円型の透孔が設けてある。
4 争点(4)(5)について
(1) 本件登録意匠に係る物品と被告製品の物品とを対比すると、本件登録意匠に係る物品は減速機であるのに対し、被告製品は、減速機部分にモーター部分を連結して一個の物品となした減速機付きモーター(ギヤードモーター)であるから、両者は物品が異なり、被告製品の意匠は本件登録意匠と同一又は類似であるということはできない。
 また、原告が主張するように、利用関係による意匠権の侵害が認められるとしても、前記認定に係る本件登録意匠の要部は、前記3認定の事実からすると、被告製品の意匠においては、外部から認識できないから、このような場合には、利用関係が存すると認めることはできず、したがって、利用関係による意匠権の侵害も認められない。
(2) この点、原告は、本件登録意匠との類否判断の対象となるべき製品は、被告製品の減速機部分であると主張するが、前記認定のとおり、減速機部分は、ねじでモーター部分と固定されており、減速機部分は減速機付きモーターの一構成部分にすぎないというべきであるから、被告製品の減速機部分のみを切り離して本件登録意匠との類否判断の対象とすることはできないというべきである(もっとも、利用関係の判断に当たっては、減速機部分のみを類否判断の対象にすることがあり得るが、利用関係も成立しないことは前述のとおりである。)。
 また、原告は、意匠法は意匠の持つ「形態価値」を保護するものであり、「形態価値」を保護するためには保護されるべき意匠が物品の流通過程で見えるかどうかは問題ではなく、モーターと減速機を結合させる「組み立て場面」と、減速機付きモーターとして「使用される場面」に注目しなければならないと主張するが、意匠法において意匠とは、物品の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合であって、視覚を通じて美観を起こさせるものをいい(意匠法2条1項)、また、意匠保護の根拠は、流通過程における混同防止にあると解されるから、意匠法の保護の対象となるのはあくまで物品の外観であって、外観に現れず、視覚を通じて認識することがない物品の隠れた形状は、意匠権侵害の判断に当たっては考慮することはできないというべきであり、この点は、利用関係の判断に当たっても変わらないというべきである。原告が主張するように、モーターと減速機を結合させる「組み立て場面」や、減速機付きモーターとして「使用される場面」に注目したとしても、減速機付きモーターにおいて登録意匠の要部が外観に現れなければ、意匠権侵害といえないことは、前述のとおりであって、これらに注目したところで結論が変わるものではない。
5 以上のとおり、本件意匠権侵害の事実が認められないから、本訴請求は理由がない。

〔論   説〕

1. この事件で、裁判所が特に問題とした点は、(1)被告意匠に係る減速機付モータは、2つの物品に分離することができるか、(2)分離できれば減速機の意匠は本件登録意匠に類似するかであった。
 裁判所による答えは、(1)については分離できない、(2)については分離できないから類似しない、であった。
 しかし、このような答えは誤りであるといわねばならないだろう。
 裁判所がこのような誤った判決をするに至った第1の原因は、被告の減速機はモータにネジによって固定されているから、分離できない不可分一体のものと考えてしまったことである。原告の本件意匠も、もともとモータに装着するための減速機なのであるから、工場では当然別個に製造したものを後でネジ止めして一体に組立てるものである。したがって、そこに使用されている減速機の意匠の構成態様を見るためには、この機材をモータからネジを外して分離しなければならないのは当然のことである。
 裁判所の誤りの第2の原因は、意匠保護の根拠を流通過程における混同防止にあると解し、原告の本件意匠と被告意匠との全体とを対比すると、被告意匠の外観には本件意匠の要部が現れていないから、視覚によって認識できない物品の隠れた形状は意匠権侵害の判断に考慮に値しないと考えたことである。
 本件意匠もモータに装着するために創作した減速機であり、装着状態を示す参考図も提示されているのだから、全体の使用状態だけを見て、減速機の意匠について対比して類否を判断しなかった判決には事実誤認があるといわれるべきだろう。
 これでは裁判所が、最初に本件登録意匠に対し多数の公知意匠を対比して、創作の要部となる構成態様を把握したのは一体何のためだったのかといいたくなる。減速機についての要部の対比観察をしないまま終っている裁判では意味がない。
 完成品であったとしても、少なくとも物理的に分離可能な部材にあっては意匠の利用関係が成立するものであることについては、すでに学習机事件(大阪地判昭46.12.22)や鋸用背金事件(大阪高判昭57.9.16)の認容判決があるし、例えば、多数の部材の組立て物である自動車に使用されている各物品については、この裁判所はどう考えるのだろうか。
2. 裁判所は、被告意匠が本件意匠を利用していることは認めているが、被告意匠の全体からは本件意匠の要部に相当する部分を認識することができないから、利用関係は成立しないと認定した。すると、裁判所は、全体の中に隠れて見えない以上、確認することができないから、侵害成立の違法性を阻却しているという考え方をしたのであろうか。

2. 裁判所は、被告意匠が本件意匠を利用していることは認めているが、被告意匠の全体からは本件意匠の要部に相当する部分を認識することができないから、利用関係は成立しないと認定した。すると、裁判所は、全体の中に隠れて見えない以上、確認することができないから、侵害成立の違法性を阻却しているという考え方をしたのであろうか。
          

〔東京高裁の判断〕(平15(ネ)1119平成15年6月3日3民判)

1.争点(4)について
(1) 本件意匠に係る物品と被控訴人製品の物品とを対比すると、本件意匠に係る物品は「減速機」であるのに対し、被控訴人製品は、減速機部分にモーター部分を連結して1個の物品とした「減速機付きモーター(ギヤードモーター)」であるから、両者は物品が異なる。
(2) 次に、本件意匠と被控訴人製品全体の意匠を比較する。
 まず、基本的構成態様においては、本件意匠の構成態様が「本体は、内部に減速ギアが収納された深い鍋型の円筒状のケーシングであり、その開口した一端である出力側端に、フランジを形成し、出力側端を塞板で閉塞し、この塞板に軸受けを突設し、この軸受けから回転軸を突出させている」というものであるのに対し、被控訴人製品の全体の構成態様は、本件意匠と基本的構成態様を同じくする第1のケーシング(減速機部分)のみならず、「該第1のケーシングの他端に、その一端を連結し他端には開口部を有する円柱状の第2のケーシング(モーター部分)とからなる。」、「第2のケーシングの直径は第1のケーシングの直径と略同一であり、その長さは第1のケーシングの約2倍であって、第1のケーシングと連結していない他端の開口部は、プラスチック製の塞板で閉塞されている。」、「第1のケーシングと第2のケーシングの連結部分は、ねじによって固定されており、第1のケーシングの膨出部の存在により、僅かな間隙が形成されているが、膨出部の背面視における形状全体は外部からは認識できない。」というものである点で相違している。
 また、本件意匠と被控訴人製品の第1のケーシングの具体的構成態様を比較すると、@プロポーションについて、ケーシングの直径と長さの比は、約3:2である点、Aフランジについて、正面視において、中央部が円形に削られた環状の隅丸正方形であって、厚さは薄く、四隅に正円型の透孔が形成してあり、また、全般に平面状に形成されているが、円形に削られた中央縁部が円弧状に90度屈曲して円筒状のケーシングと連続している点、B軸受け及び回転軸について、塞板の正面視において、上部に偏芯して設けてある点において共通する。しかし、他方、@本件登録意匠では、塞板は、全般に平面状に形成されており、塞板の平面状部分とフランジ部の平面状部分とは同一平面上に設けられているのに対し、被控訴人製品の第1のケーシングでは、塞板は、全般に平面状に形成されており、その周縁部には3つの小さな取付ねじがあり、塞板の平面状部分とフランジ部の平面状部分とは同一平面上ではなくわずかな段差が設けられている点、A本件登録意匠では、軸受けの軸方向の長さと、軸受けから突出した回転軸の長さはほぼ同じであるのに対し、被控訴人製品の第1のケーシングでは、軸受けの軸方向の長さと、軸受けから突出した回転軸の長さの比が約1:2である点、B本件登録意匠では、ケーシングのモーター側端の形状が、中央部をわずかに膨出させて周縁部に段部を形成しており、膨出部は、背面視において、頂部及び下部両側の3か所が膨出部分の円周に沿ってほぼそれぞれ120度の角度をおいてケーシングの外縁方向に突出した変形円輪郭であり、その中央部に膨出部の直径に比して約3分の1ほどの直径を有する比較的大径の透孔が設けてあり、頂部の突出部には縦長の透孔が、また、下部の2つの突出部にはやや縦長の透孔がそれぞれ設けてあり、その下部の2つの突出部の間に正円型の透孔が設けてあるというものであるのに対し、被控訴人製品の第1のケーシングでは、膨出部の背面視における形状全体は外部からは認識できないものである点が、それぞれ相違している。
(3) 前記(1)認定のとおり、本件意匠に係る物品と被控訴人製品の物品とは、異なるものであるし、また、前記(2)認定の本件意匠と被控訴人製品全体の意匠の共通点と相違点によれば、両者の構成態様は、@被控訴人製品の全体の構成態様が、第1のケーシング(減速機部分)のみならず、その直径と略同一の直径であり、その長さの約2倍の長さである第2のケーシングと連結されたものである点、A被控訴人製品の全体の構成態様においては、本件意匠の要部である前記ケーシングのモーター側端の具体的な形状(膨出部の背面視における形状全体)が外部から認識できない点において、大きく異なっているものといわざるを得ないから、被控訴人製品中の第1のケーシングの基本的構成態様や具体的構成態様の一部が本件登録意匠のそれらと共通するものであるという前記共通点を十分参酌しても、本件意匠と被控訴人製品の意匠は、全体として、看者に異なる美観を与えるものというべきであり、両者が類似しているということは到底できない。
(4) これに対し、控訴人は、被控訴人製品のモーター部分と減速機部分は、ねじにより着脱可能に取り付けられ、減速機部分の膨出部の存在により取付部分に僅かな間隙が形成されているため、減速機部分は独立して認識されるものであるから、本件意匠との類否判断の対象となるべきものは、被控訴人製品の減速機部分である旨主張し、また、部分意匠制度が導入されたことを考慮すると、「独立して取引される物品の意匠を保護対象とする」ことの根拠は明らかでないし、さらに、仮に、そのような解釈に立っても、これは「物品が独立して取引されている場合に限り保護を与える」ことと同一ではなく、意匠法が創作保護法であることを前提とすると、当該物品を内製さえすれば意匠の創作を冒用しても許されるというような結論は不当である旨主張する。
 しかし、意匠の保護は、最終的には産業の発達に寄与することを目的とするものであるから(意匠法1条)、意匠保護の根拠は、当該意匠に係る物品が流通過程に置かれ取引の対象とされる場合において、取引者、需要者が当該意匠に係る物品を混同し、誤って物品を購入することを防止すると同時に、上記取引者等の混同を招く行為を規制することにより意匠権者の物品流通市場において保護されるべき地位を確保することにあると解すべきである。そうすると、意匠権侵害の有無の判断に際しては、流通過程に置かれた具体的な物品が対象となるものというべきである。そして、本件においては、被控訴人が被控訴人製品を減速機部分とモーター部分とが一体のものとして製造販売していることは当事者間に争いがないし、前記のとおり、被控訴人製品の減速機部分は、ねじによりモーター部分と固定されているものであるから、結局、被控訴人製品において減速機部分は減速機付きモーターという物品の一構成部分にすぎないというべきである。したがって、被控訴人製品の減速機部分のみを切り離して本件意匠との類否判断の対象とすることはできない筋合いである。
(5) また、控訴人は、意匠法は意匠の持つ「形態価値」を保護するものであり、「形態価値」を保護するためには保護されるべき意匠が物品の流通過程で見えるかどうかは問題ではなく、モーターと減速機を結合させる「組み立て場面」と、減速機付きモーターとして「使用される場面」に注目しなければならない旨主張し、また、意匠保護の根拠は創作の保護であると解すべきであり、これを前提とすると、自己の商品に他人の意匠の創作をそのまま冒用するような行為は、たとえ最終的な製品において他人の意匠が外部から認識できなくても、許容されるべきではないから、意匠権侵害の判断に当たっては、外部から認識できない物品の隠れた形状も考慮すべきであると主張する。
 しかし、意匠とは、物品(物品の部分を含む。)の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合であって、視覚を通じて美観を起こさせるものをいうのであるから(意2条1項)、外部から視覚を通じて認識できるものであることを要するものであり、また、前記のとおり、意匠保護の根拠は、当該意匠に係る物品が流通過程に置かれ取引の対象とされる場合において、取引者、需要者が当該意匠に係る物品を混同することを防止することにあると解すべきであるから、結局、当該意匠に係る物品の流通過程において取引者、需要者が外部から視覚を通じて認識することができる物品の外観のみが、意匠法の保護の対象となるものであって、流通過程において外観に現れず視覚を通じて認識することができない物品の隠れた形状は考慮することができないものというべきである(なお、控訴人主張のとおり、意匠保護の根拠が「創作」であると解したとしても、それが必ずしも意匠権侵害の判断に当たり、物品の隠れた形状をも考慮すべきであるとの見解には結びつかない筋合いである。)。
2.争点(5)について
 控訴人は、@他の登録意匠又はこれに類似する意匠の全部を包含すること、A他の登録意匠の特徴を破壊することなく包含すること、B他の構成要素と区別しうる態様において包含すること、という要件を満たす限り、意匠の利用関係が認められると解すべきであるところ、この観点から見ると、被控訴人製品は本件意匠を利用ないし包含しているといえるから、本件意匠権を侵害しているというべきであると主張する。
 しかし、控訴人の主張するように、利用関係による意匠権の侵害が認められるとしても、前記認定のとおり、被控訴人製品の全体の構成態様においては、本件意匠の要部である前記ケーシングのモーター側端の具体的な形状(膨出部の背面視における形状全体)が外部から認識できないものであるから、被控訴人製品が本件意匠を利用ないし包含しているということはできない(なお、利用関係の判断においても、前記のとおり、当該意匠に係る物品の流通過程において取引者、需要者が外部から視覚を通じて認識することができない物品の隠れた形状は、考慮することができないものというべきである。)。

〔論  説〕
 地裁判決に対する東京高裁の控訴審判決を読んでまず感ずることは、この判決は前記地裁判決以上にひどい内容の判決であるということである。その理由は、要約する次の認定、判示に表われている。
(1)  意匠の保護は、最終的には産業の発達に寄与することを目的とするものであるから(意1条)、意匠保護の根拠は、当該意匠に係る物品が流通過程に置かれ取引の対象とされる場合において、取引者、需要者が当該意匠に係る物品を混同し、誤って物品を購入することを防止すると同時に、上記取引者等の混同を招く行為を規制することにより意匠権者の物品流通市場において保護されるべき地位を確保することにあると解すべきである。そうすると、意匠権侵害の有無の判断に際しては、流通過程に置かれた具体的な物品が対象となるものというべきである。
(2) 本件においては、被控訴人が被控訴人製品を減速機部分とモーター部分とが一体のものとして製造販売していることは当事者間に争いがないし、被控訴人製品の減速機部分は、ねじによりモーター部分と固定されているものであるから、結局、被控訴人製品において減速機部分は減速機付きモーターという物品の一構成部分にすぎないというべきである。したがって、被控訴人製品の減速機部分のみを切り離して本件意匠との類否判断の対象とすることはできない筋合いである。
(3) 意匠とは、物品(物品の部分を含む。)の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合であって、視覚を通じて美観を起こさせるものをいうのであるから(意2条1項)、外部から視覚を通じて認識できるものであることを要するものであり、また、前記のとおり、意匠保護の根拠は、当該意匠に係る物品が流通過程に置かれ取引の対象とされる場合において、取引者、需要者が当該意匠に係る物品を混同することを防止することにあると解すべきであるから、結局、当該意匠に係る物品の流通過程において取引者、需要者が外部から視覚を通じて認識することができる物品の外観のみが、意匠法の保護の対象となるものであって、流通過程において外観に現れず視覚を通じて認識することができない物品の隠れた形状は考慮することができないものというべきである(控訴人主張のとおり、意匠保護の根拠が「創作」であると解したとしても、それが必ずしも意匠権侵害の判断に当たり、物品の隠れた形状をも考慮すべきであるとの見解には結びつかない筋合いである。)。
(4) 利用関係による意匠権の侵害が認められるとしても、前記認定のとおり、被控訴人製品の全体の構成態様においては、本件意匠の要部である前記ケーシングのモーター側端の具体的な形状(膨出部の背面視における形状全体)が外部から認識できないものであるから、被控訴人製品が本件意匠を利用ないし包含しているということはできない。(利用関係の判断においても、前記のとおり、当該意匠に係る物品の流通過程において取引者、需要者が外部から視覚を通じて認識することができない物品の隠れた形状は、考慮することができないものというべきである。)
 これらの認定,判示に対する批判はここではしない。近日中に発刊される「知的財産法研究」(萼工業所有権研究所)の128号に譲る。
 なお、本件について研究したい人は、次の裁判例と比較してほしい。
(1)「豆乳仕上機事件」名古屋地判昭和59年3月26日<無体裁集16巻1号199頁>、名古屋高判昭和60年4月24日<無体裁集17巻1号183頁>では、筆者は、不完全利用の利用論を展開した鑑定書を提出したが、請求棄却となった。
(2)「学習机事件」大阪地判昭和46年12月22日<無体裁集3巻2号414頁>は、利用関係の成立を認容した。
(3)「鋸用背金事件」大阪高判昭和57年9月16日は、神戸地判を逆転して、外部から見えない意匠にも利用関係の成立を認容した。
(4)「端子金具事件」東京地判平成5年4月14日は、利用は問題にならなかったが、完成品で輸入されて販売しているから、取付け後は端子金具全体は外部から認識できないとして、請求棄却となった。
(5)「手提袋事件」千葉地判昭和55年1月28日は、「形状+模様」の結合から成る手提袋の形状部分の利用関係を認容した。
 
 なお、本件は上告されたので、最高裁における判決が注目される。

[牛木理一]