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「座いす」意匠権侵害差止等請求事件:東京地裁平成13年(ワ)26362号平成14年8月28日判決(民29)〈棄却〉


〔キーワード〕 


意匠の類似、公知意匠の斟酌、登録意匠の要部

〔事  実〕

 

 原告S社は、意匠に係る物品「座いす」について、平成6年7月22日に出願、平成11年3月5日に設定登録された意匠登録第1038537号に係る意匠権の意匠権者である。
 被告N社は、業として別紙物件目録記載の座いす(以下「被告製品」という。)を輸入し、製造し、販売しており、被告M社は業として被告製品を販売している。
 本件は、前記「座いす」についての意匠権を有する原告が、座いすを販売等している被告らに対し、前記意匠権に基づいて、差止め請求をした事案である。
 唯一の争点は、被告意匠は本件登録意匠に類似するか、であった。

〔判   断〕
  1 本件登録意匠について
(1) 本件登録意匠の構成
 証拠(甲2)及び弁論の全趣旨によれば、本件登録意匠の構成は、次のとおりであると認められる(以下、座いすの正面側を「前方」、背面側を「後方」という場合がある。)。なお、意匠に係る物品は、「座いす」であるが、その背もたれ部を倒すことができるものである。
A 平面視において、形状をほぼ上下逆T字状とした座部(以下、逆T字状の横棒に相当する部分を「座部前方部分」、縦棒に相当する部分を「座部後方部分」という。また、本件登録意匠に限らず、略逆T字状の座部を有する座いすの意匠についても同様に表す。)と、座部前方部分の後方側辺の両端部分から立ち上がる太さがほぼ均一のアーチ状に形成した背もたれ部からなる。
B 背もたれ部を立てた状態の側面視において、背もたれ部は、所定の角度をもって立ち上がり、立ち上がり部から背もたれ部全体の約3分の1の長さの位置で水平方向に折れ曲がり、立ち上がり部の角度よりゆるやかな傾斜角になるように形成されている。
C 背もたれ部は、側面視において、立ち上がる付け根部が細く、折れ曲がり部まで徐々に太くなり、折れ曲がり部から先端までの太さはほぼ均一である。
D 背もたれ部を立てた状態での平面視において、座部前方部分の前後方向の長さと左右方向の長さの比が約3対7であり、座部前方部分の前後方向の長さと座部後方部分の左右方向の長さの比は約3対4である。平面視における座部後方部分の形状は略正方形である。
E ?背もたれ部を全倒した状態での平面視において、座部後方部分は背もたれ部の内側に収まり、座部後方部分と背もたれ部との間には、左右方向にわずかな空隙部があり、前後方向には、それよりわずかな空隙部がある。
F 背もたれ部を全倒した状態での側面視において、背もたれ部は、座部の中程から上方にわずかに傾斜して分かれ出て、同分離部分から背もたれ部全体の約3分の1の長さの位置で下方に傾斜し始め、背もたれ部の先端部は、座部と同じ高さに位置する。
G 座部と背もたれ部は全体が濃色の単一色よりなる。
(2) 本件登録意匠の要部
ア 証拠(甲6、乙2、3、4の1、2)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(ア) 本件登録意匠の登録出願前に株式会社オレンジページが発行した雑誌「オレンジページ」には、背もたれ部が全倒可能な座いすが掲載されていた。
(イ) 上記座いすの意匠(以下「本件公知意匠」という。)における構成は、次のとおりである。
@ 平面視において、形状をほぼ逆T字状とした座部と、座部前方部分の後方側辺の両端部分から立ち上がる全体の太さがほぼ均一のアーチ状に形成した背もたれ部からなる。
A 背もたれ部を立てた状態の側面視において、背もたれ部は所定の角度をもって、真直ぐに立ち上がっている。
B 背もたれ部は、側面視において、付け根部から先端までの太さがほぼ均一である。
C 背もたれ部を全倒した状態の平面視において、座部後方部分が背もたれ部の内側に収まり、背もたれ部と座部後方部分との間に空隙部がある。
D 背もたれ部を全倒した状態の側面視において、座部及び背もたれ部は一直線上にある。
イ 要部の認定判断
?意匠登録出願前に公然知られた意匠、刊行物に記載された意匠又はこれらと類似する意匠は意匠登録を受けることができないのであるから、本件登録意匠の要部を認定する際には、本件公知意匠の存在を斟酌すべきである。そして、本件登録意匠の基本的な構成は、平面視において、形状をほぼ逆T字状とした座部と、座部前方部分の後方側辺の両端部分から立ち上がるアーチ状に形成した背もたれ部からなるという構成であると解されるところ、本件公知意匠の基本的な構成もこれと同じであるから、同構成は本件登録意匠の要部ということはできない。
?そして、@本件登録意匠に係る物品は、その性質から、背もたれ部を立てて、床の上に置いて使用されるため、使用状態における形態は特に重要であると考えるべきであること、A収納等のために全倒状態にする場合、平面視における形状も、看者の注意を引く部分と解すべきであること、B部屋全体及び他のインテリアとの調和という観点から、色彩も看者の注意を引く要素であると解すべきことなど総合考慮して判断すると、本件登録意匠における要部は、以下のとおりとなる。
(ア) 背もたれ部を立てた状態の側面視において、背もたれ部は、所定の角度をもって立ち上がり、立ち上がり部から背もたれ部全体の約3分の1の長さの位置で水平方向に折れ曲がり、立ち上がり部の角度よりゆるやかな傾斜角になるように形成されている。
(イ) 背もたれ部は、側面視において、立ち上がる付け根部が細く、折れ曲がり部まで徐々に太くなり、折れ曲がり部から先端までの太さはほぼ均一である。
(ウ) 背もたれ部を立てた状態の平面視において、座部前方部分の前後方向の長さと左右方向の長さの比が約3対7であり、座部前方部分の前後方向の長さと座部後方部分の左右方向の長さの比は約3対4である。
(エ) 背もたれ部を全倒した状態の平面視において、座部後方部分は背もたれ部の内側に収まり、座部後方部分と背もたれ部との間には、左右方向にわずかな空隙部があり、前後方向には、それよりもわずかな空隙部がある。
(オ) 座部と背もたれ部は全体が濃色の単一色よりなる。
2 被告意匠の構成
 証拠(検甲1)及び弁論の全趣旨によれば、被告意匠の構成は、次のとおりであることが認められる(なお、被告製品は、背もたれ部が全倒可能な座いすである。)。
A′ 平面視において、形状をほぼ逆T字状とした座部と、座部前方部分の後方側辺の両端部分から立ち上がる全体の太さがほぼ均一のアーチ状に形成した背もたれ部からなる。
B′ 背もたれ部を立てた状態の側面視において、背もたれ部は、所定の角度をもって立ち上がり、立ち上がり部から背もたれ部全体の約2分の1の長さのところで水平方向に折れ曲がり、立ち上がり部の角度よりゆるやかな傾斜角になるように形成されている。
C′ 背もたれ部は、側面視において、付け根部から先端までの太さがほぼ均一である。
D′ 背もたれ部を立てた状態の平面視において、座部前方部分の前後方向の長さと左右方向の長さの比が約1対4であり、座部前方部分の前後方向の長さと座部後方部分の左右方向の長さの比は約4対9である。平面視における座部後方部分の形状は略正方形である。
E′ 背もたれ部を全倒した状態の平面視において、座部後方部分は背もたれ部の内側に収まり、座部後方部分と背もたれ部の間には、左右方向に空隙部があり、前後方向にはそれよりも大きな背もたれ部の径の約2分の1ほどの空隙部がある。
F′ 背もたれ部を全倒した状態の側面視において、背もたれ部は、座部の中程から上方にわずかに傾斜して分かれ出て、同分離部分から背もたれ部全体の約2分の1の長さの位置で下方に傾斜し始め、背もたれ部の先端部は、座部と同じ高さに位置する。
G′ 平面視において、座部後方部分及び座部前方部分の左右両端部を除く部分の淡色と、座部前方部分の左右両端部及び背もたれ部の濃色との濃淡2色からなる。
H′ 座部底面に回転板が取り付けられている。
3 本件登録意匠と被告意匠の対比
(1) ?本件登録意匠の要部と被告意匠の構成とを対比検討する。
ア 被告意匠は、背もたれ部を立てた状態の側面視において、背もたれ部が所定の角度をもって立ち上がり、途中でよりゆるやかな傾斜角になるように形成されている点において本件登録意匠と共通する。しかし、水平方向に折れ曲がる箇所が、本件登録意匠では、立ち上がりの部分から背もたれ部全体の約3分の1の長さに位置するのに対し、被告意匠では、立ち上がりの部分から背もたれ部全体の約2分の1の長さに位置し、そのため、本件登録意匠は被告意匠に比べてより姿勢の低い平たい印象を看者に与える点で相違する。
イ 側面視において、本件登録意匠では、背もたれ部の立ち上がり付け根部が細く、折れ曲がり部まで徐々に太くなり、そこから先端まではほぼ均一の太さであるのに対し、被告意匠では、背もたれ部の太さは付け根部から先端まで均一である。
ウ 本件登録意匠では、背もたれ部を立てた状態の平面視において、座部前方部分の前後方向の長さと左右方向の長さの比が約3対7であり、座部前方部分の前後方向の長さと座部後方部分の左右方向の長さの比が約3対4であるのに対し、被告意匠では、それらが約1対4と約4対9であり、このため、本件登録意匠では、看者に対し、座部が横長の略長方形と略正方形とからなる略逆T字状の形状を有し、どっしりと安定感のある印象を与えるのに対し、被告意匠では、座部が横長の棒形状と略正方形とからなる略逆T字状の形状を有し、座部前方部分が窮屈な印象を与える。
エ 背もたれ部を全倒した状態の平面視において、本件登録意匠では、座部後方部分と背もたれ部との間の空隙部がわずかしか存在しないため、極めて機能的な印象を与えるのに対し、被告意匠では、座部後方部分と背もたれ部の間に、左右方向の空隙部と前後方向のそれよりも大きな背もたれ部の径の約2分の1ほどの空隙部があり、余裕のある印象を与える。
オ ?平面視において、本件登録意匠は、全体が濃色の単一色であるのに対し、被告意匠は、座部後方部分及び座部前方部分の左右両端部を除く部分の淡色と、座部前方部分の左右両端部及び背もたれ部の濃色との濃淡2色からなる。
カ 被告意匠では、座部底面に回転板が取り付けられているが、本件登録意匠では回転板は取り付けられていない。
(2) 以上のとおり、被告意匠を本件登録意匠の要部(前記1(2)イ(ア)ないし(オ))と対比すると、被告意匠は、本件登録意匠の要部を具備しないといえる。さらに、前記のとおり、被告製品の座部底面には回転板が取り付けられているのに対し、本件登録意匠には回転板がないことを併せ考慮すると、本件登録意匠と被告意匠とは全体として看者に与える美観を異にするものと認められるから、被告意匠は本件登録意匠と類似しない。
? これに対し、原告は、被告意匠は、本件登録意匠においては、背もたれ部が座部の側面の中程から立ち上がり、途中でよりゆるやかな傾斜角となるよう形成された点が本質的特徴であり、被告意匠はこの特徴を損なうことなく、看者がその特徴を認識できる状態で存在するので類似すると解すべきであり、色彩及び回転板の有無という相違点は、類否の判断に影響を与えないと主張する。しかし、本件登録意匠の要部は前記1(2)イ(ア)ないし(オ)のとおりであるから、単に、被告意匠において、座部の側面の中程から立ち上がり、途中でよりゆるやかな傾斜角となるよう形成された背もたれ部があるという共通点が存在するだけでは、被告意匠が本件登録意匠と類似するということはできない。したがって、原告の上記主張は採用できない。
4 よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却する。
〔研  究〕
 この事件の侵害裁判所は、公知意匠と類似する意匠は意匠登録を受けることができないという意匠法の原点に立って、まず本件意匠について、その出願日前に存在した公知意匠を斟酌することから始めた。その結果、原告が主張していた本件意匠の創作性のある部分は限縮され、これによって意匠の要部といわれる形態も狭ばめられるようになった。
 このようにして、まず本件意匠の要部を認定把握した後、この要部を被告意匠が具備しているかどうかを対比して判断した。
 このように、本件意匠にあっては、その出願中に拒絶査定を受け、審判請求によってようやく登録されたという経過があったところを見ると、その創作性の範囲はさほど広いものとはいえないと認定されたので、被告意匠は本件意匠との創作性の違いから、非類似と判断されたことは自然ということになる。
 審決は、色彩の配色や濃淡についても違いを見い出しているが、色彩の配色や濃淡は自由に選択することができるものであるから、類否を決める要素にはならないというべきである。

東京高裁平成14年(ネ)4786号平成15年3月11日判決(13民/棄却)

〔判   断〕
 当裁判所も、原判決と同じく、控訴人の請求は、いずれも理由がないと判断する。その理由は、次のとおり付加するほか、原判決の事実及び理由「第3 当裁判所の判断」記載のとおりであるから、これを引用する。
1 控訴人は、仮に被控訴人意匠と本件登録意匠とが全体としては類似しないとしても、被控訴人意匠は本件登録意匠を利用するものであるから、被控訴人意匠を実施することは、本件意匠権を侵害することになる(意匠法26条参照)と主張する。そして、利用の有無について判断していないとして、原判決を非難する。
?被控訴人意匠は本件登録意匠を利用したものであるとするためには、前者が、後者に登録意匠としての資格を与えているその特徴的部分を具備していることを要することは、いうまでもないところである。このように、登録意匠を登録意匠たらしめているその特徴的部分において共通しているかどうかが問題となる点においては、類似しているか否かの判断と利用しているかの判断の間に相違はない。そして、上記特徴的部分において共通していると認められない限り、類似も利用も認める余地はない。上記部分において共通していると認められて初めて、類似しているか否か、類似してはいないけれども利用しているかを論ずることができることになる。原判決は、要するに、被控訴人意匠は本件登録意匠の特徴的部分を具備していないとしているのであるから、これを、利用の有無について判断していないとして非難することはできないというべきである。
2 控訴人は、被控訴人意匠が本件登録意匠を利用するものであることの理由として、本件登録意匠の特徴的な部分は、背もたれ部の「座部の側面の中程から立ち上がり、途中でよりゆるやかな傾斜角となるように形成された」点にあり、被控訴人意匠中には、上記特徴的部分が本質を損なうことなく、それと認識できる状態で存在する、と主張する。
しかし、原告が主張する側面視における背もたれ部の形状は、本件登録意匠と本件公知意匠との共通の構成である、平面視を略T字状とした座部と、この側面の中ほどから立ち上がるアーチ状に形成した背もたれ部からなるという構成に比べると、微弱なものにすぎず、これのみをもって本件登録意匠の特徴的な部分であるということはできないというべきである。
本件登録意匠の特徴的な部分は、原告主張の背もたれ部の形状に限られるものではないから、背もたれ部の上記形状のみをとらえて、被控訴人意匠が本件登録意匠の特徴的な部分を具備しているということはできない。

〔研   究〕
 この事件で原告(控訴人)は、意匠法26条の規定を借りて、被告実施意匠は非登録意匠であったとしても、原告の登録意匠の特徴的部分を具備しているから、意匠権侵害となると主張したが、「意匠の利用」を考えるときに重要な要件は、被告意匠が登録意匠の特徴的部分を具備しているかではなく、登録意匠の全部を利用しているかを考えることである。この全部の中には、登録意匠と同一だけではなく類似のものも含まれることは当然である。ところが、被告意匠の場合には、本件意匠との利用関係は存在していないことは、本件意匠の出願前公知の意匠と本件意匠の特徴的形態とが同じであったことから、その特徴的形態と主張した点に意匠の要部があるといえないと認定されたことが致命的であったといえる。
 もし、公知意匠の存在がなかったならば、被告意匠の本体は本件意匠の全体と類似しているから、ペースを付設したことによって全体としてはたとえ類似しないといわれても、利用関係はあると主張できたかも知れないが、その本体自体が公知意匠と類似すると認定された以上、本件意匠の類似範囲は狭小になることから、類似するものとはいえないことになるのである。
 なお、利用関係の実例については、牛木「意匠法の研究(四訂版)」286頁以下を参照されたい。

[牛木理一]