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「せいろう用中敷き」意匠権侵害差止等請求控訴事件:東京地裁平成13年(ワ)27317号・同14年(ワ)2980号平成14年8月22日判決(民46)〔請求棄却・反訴請求認容〕、東京高裁平成14年(ネ)4764号平成14年12月12日判決(18民)〔反訴請求棄却、控訴棄却〕

〔キーワード〕 
意匠の類似、無効理由と権利の濫用、先使用の通常実施権、不競法2条1項14号

〔事  実〕


 

 原告K社は、意匠に係る物品「せいろう用中敷き」について、平成11年3月31日に出願し、平成12年4月21日に設定登録した意匠登録第1077019号に係る意匠権の意匠権者である。
 被告A社は、別紙イ号物件目録記載のクッキングシート(直径150o)(イ号意匠)、別紙ロ号物件目録記載のクッキングシート(直径130o)(ロ号意匠)を製造販売し、被告S社はイ号物件及びロ号物件を被告A社から購入して販売している。
 また、原告K社は、被告らの取引先であるY社とE社に対し、被告らの製造・販売するイ号物件・ロ号物件が、原告の本件登録意匠の範囲に属する類似品である旨を記載した警告書を、内容証明郵便で送付した。
 この事件の争点は、次の5点である。
(1) イ号意匠、ロ号意匠は本件登録意匠と類似するか。
(2) 本件登録意匠に係る意匠登録には無効理由が存在することが明らかであり、本件意匠権に基づく差止め等の請求は権利の濫用に当たり許されないか。
(3) 被告らは、本件登録意匠について先使用による通常実施権を有するか。
(4) 原告がY社らに対し、本件警告書を送付した行為は、虚偽の事実を告知、流布したものとして、不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に該当し、原告は賠償責任を負担するか。
(5) 原告の不正競争行為により被告らの被った損害額。

〔東京地裁の判断〕

  1.争点1(イ号意匠、ロ号意匠と本件登録意匠との類否)について
(1) 本件登録意匠の構成
 本件登録意匠は、本件意匠公報(甲1)記載の図面代用見本又はひな形によって現されたとおりのものであり、意匠に係る物品を「せいろう用中敷き」とするものであることが認められる。本件意匠公報の記載によれば、本件登録意匠の意匠登録出願の願書には、その意匠に係る物品である「せいろう用中敷き」の説明として、「本物品は、せいろうの口径に合わせてその底面部に敷くための専用の紙製のシートである。口径の異なる数種類のせいろうの底面部に合う直径を有するシートをそれぞれ用意するもので、従来はステンレス製のすのこ又はガーゼ様の布製の中敷きであったが、本物品は使い捨てとなるものである。」と記載されていることが認められる。
 本件登録意匠の基本的構成は、円形状シートにおいて、多数の同形同大の円形状の小さな透孔がほぼ均等に分布しているという形状にあり、具体的構成は、25個の円形状の小さな透孔が、円形状シートの中心点に1個、その中心点からみて3つの仮想同心円上に、内側の円から7個、7個、10個、それぞれほぼ等間隔をもって散点状に分布しているという形状にあると認められる。
(2) イ号意匠、ロ号意匠の構成
 前記「前提となる事実関係」欄記載の事実に証拠(甲3の1、2、甲4の1、2、甲5、甲17の1〜3、甲18の1〜3)及び弁論の全趣旨を総合すれば、イ号物件は、品名を「クックパー クッキングシート まる型(直径150o)」とするセイロ蒸し用の穴あきセパレート紙であって、その材質はシリコーン樹脂加工耐油紙であり、その外形は直径150oの円形状耐油紙に直径6oの多数(約28個)の円形状の透孔がほぼ均等に分布している形態であること、ロ号物件は、品名を「クックパー クッキングシート まる型(直径130o)」とするセイロ蒸し用の穴あきセパレート紙であって、その材質はシリコーン樹脂加工耐油紙であり、その外形は直径130oの円形状耐油紙に直径6oの多数(約21個)の円形状の透孔がほぼ均等に分布している形態であること、イ号物件及びロ号物件はいずれも、穴があいていることから蒸気が通りやすく、裏表なく両面使えるという機能的特徴を有することが、認められる。
 そして、イ号意匠、ロ号意匠の基本的構成は、円形状シートにおいて、多数の同形同大の透孔がほぼ均等に分布しているという形状にあり、具体的構成は、多数(イ号意匠においては約28個、ロ号意匠においては約21個)の円形状の小さな透孔(直径6o)が、等間隔の仮想平行横線とこれと斜め格子状に交差する等間隔の仮想平行縦線との交点部分に分布しているという形状にあると認められる。
(3) 本件登録意匠の要部
 そこで、本件登録意匠の要部について検討するに、前記「前提となる事実関係」欄記載の事実に証拠(甲9の2、甲19、乙1の1〜10、乙2の1〜7、検甲1〜4)及び弁論の全趣旨を総合すれば、被告らは、平成7年ころから、透孔が分布していない矩形状及び円形状のクッキングシートを「両面つかえるセパレート紙」とのうたい文句で、陶板焼・セイロ料理用に製造・販売していたこと、被告らは、本件登録意匠の意匠登録出願日(平成11年3月31日)よりも前である平成9年4月ころから平成12年末まで、直径約130oの円形状のセパレート紙に多数(約21個)の同形同大の円形状の小さな透孔(直径6o)が等間隔の仮想平行横線とこれと斜め格子状に交差する等間隔の仮想平行縦線との交点部分に分布しているものを製造・販売し、この形状の穴あきセパレート紙が、次の@〜Iのとおり市場において流通したことが認められる。
@ 沖縄県国頭郡所在のムーンビーチ・リゾート株式会社は、被告サランラップ販売から仕入れた穴あきセパレート紙を、平成10年から平成12年1月まで使用した(乙1の1)。
A 沖縄県国頭郡所在のJALプライベートリゾートオクマは、被告サランラップ販売から仕入れた穴あきセパレート紙を、平成10年から平成12年1月まで使用した(乙1の2)。
B 沖縄県名護市所在の名護国際観光株式会社(ブセナテラス)は、被告サランラップ販売から仕入れた穴あきセパレート紙を、平成10年から平成12年1月まで使用した(乙1の3)。
C 大阪市天王寺区所在の株式会社尚美堂は、被告サランラップ販売から仕入れた穴あきセパレート紙を、平成9年から平成13年1月まで業務用に販売した(乙1の4、乙2の1)。
D 岡山市浦安南町所在の大森食品株式会社は、被告サランラップ販売から仕入れた穴あきセパレート紙を、平成10年から平成12年1月まで業務用に販売した(乙1の5)。
E 沖縄県宜野湾市所在の有限会社アンカー商事は、被告サランラップ販売から仕入れた穴あきセパレート紙を、平成10年から平成12年1月まで販売した(乙1の6)。
F 沖縄県宜野湾市所在のオザックス株式会社沖縄営業所は、被告サランラップ販売から仕入れた穴あきセパレート紙を、平成10年から平成13年1月まで販売した(乙1の7)。
G 沖縄県宜野湾市所在の有限会社沖縄ウチハラは、被告サランラップ販売から仕入れた穴あきセパレート紙を、平成10年から平成12年1月まで販売した(乙1の8)。
H 埼玉県草加市所在の伊藤景加工開発株式会社は、被告サランラップ販売から委託を受けた旭化成ポリフレックス株式会社から再委託され、平成9年4月から平成12年9月までの間、株式会社蝶理プロテックに、穴あきセパレート紙の製造を委託した(乙1の9、乙2の2、3)。
I 千葉県浦安市所在の株式会社蝶理プロテックは、被告サランラップ販売から委託を受けた旭化成ポリフレックス株式会社からさらに委託された伊藤景加工開発株式会社から再委託され、平成9年4月から平成12年9月までの間、穴あきセパレート紙を製造した(乙1の10、乙2の6、7)。
これらによれば、円形状のセパレート紙に多数の同形同大の円形状の小さな透孔がほぼ均等に分布している形状のクッキングシートが本件登録意匠の意匠登録出願日(平成11年3月31日)より前に、公然と実施され、公知であったと認められるから、こうした形状を本件登録意匠の特徴的部分ということはできず、これを要部ということはできない(なお、これらのクッキングシートにおいては透孔の各開口部の周囲にバリが出て菊花状にめくれた形態となっていることが認められるが、これらは成形工具の切れ味が必ずしも十分でなかったことによって生じたものであり、背景に暗色の台紙等を置いて初めて認識できる程度の微細なものであるから、クッキングシート全体としての美感に影響を与えるものではなく、これらのクッキングシートの形状を前記のように認定するに当たって妨げとはなるものではない。)
原告は、乙1の1〜10の証明書はいずれも被告らがその取引先に依頼して提出を受けたものであるから信用性が低く、乙2の1〜7の取引書類において対象とされた商品が円形状のセパレート紙に多数の同形同大の円形状の小さな透孔がほぼ均等に分布している形状のクッキングシートであることは証明されていない旨を主張する。しかし、乙1の1〜10の証明書は、いずれも、特許庁長官を名宛人とした「実施証明書」として、会社名、代表者ないし担当者の名称が記名され、代表者ないし担当者の印が押印され、当時の取引の対象とされた穴あきセパレート紙の現物が添付されているものであって、その形式、内容に照らして十分信用することができるというべきである。そして、乙1の1〜10の証明書に乙2の1〜7の取引書類を総合すれば、円形状のセパレート紙に多数の同形同大の円形状の小さな透孔がほぼ均等に分布している形状のクッキングシートが上記@〜Iの取引の対象であったことを優に認めることができる。
上記によれば、本件登録意匠の基本的構成である、円形状シートにおいて、多数の同形同大の円形状の小さな透孔がほぼ均等に分布しているという形状は、本件登録意匠の出願前の公知意匠において既に認められ、公然知られていたものであるから、これをもって本件登録意匠の特徴的部分ということはできない。そうすると、本件登録意匠については、せいぜい、その具体的構成である、25個の円形状の小さな透孔が、円形状シートの中心点に1個、その中心点からみて3つの仮想同心円上に、内側の円から7個、7個、10個、それぞれほぼ等間隔をもって散点状に分布しているという形状をもって、その特徴部分と認めることができるにとどまるものである。したがって、本件登録意匠においては、このような特徴部分を要部というべきである。
(4) 類否の判断
上記認定の本件登録意匠の要部を前提として、本件登録意匠とイ号意匠、ロ号意匠との類否について検討する。
前記のとおり、本件登録意匠の要部は、25個の円形状の小さな透孔が、円形状シートの中心点に1個、その中心点からみて3つの仮想同心円上に、内側の円から7個、7個、10個、それぞれほぼ等間隔をもって散点状に分布しているという形状にある。これに対して、イ号意匠、ロ号意匠においては、多数(イ号意匠においては約28個、ロ号意匠においては約21個)の円形状の小さな透孔が、等間隔の仮想平行横線とこれと斜め格子状に交差する等間隔の仮想平行縦線との交点部分に分布しているものであって、この点は、一見して明らかな相違と認められ、見る者に異なる印象を与えるというべきである。
本件登録意匠とイ号意匠、ロ号意匠は、いずれも意匠に係る物品がせいろう用中敷き(クッキングシート)という同一製品であり、また、円形状シートにおいて、多数の同形同大の円形状の小さな透孔がほぼ均等に分布している形状である点において共通するものであるが、上記(3)において検討したように、上記の形状は本件登録意匠の要部ということができないから、この点の共通性をもってイ号意匠、ロ号意匠が本件登録意匠に類似するということはできない。
かえって、イ号意匠、ロ号意匠においては、円形状のセパレート紙の周縁上に掛かって、あるいは周縁に極めて近接して透孔が存在している場合もあると認められるのであり、このような相違点からも、円形状のセパレート紙の周縁上に掛かり、あるいは周縁に極めて近接した位置の透孔が存在しない本件登録意匠とは、見る者に異なる印象を与えるということができる。
上記によれば、イ号意匠、ロ号意匠は、これを見る者にとって、本件登録意匠とは、美感上異なる印象を与えるものというべきである。したがって、イ号意匠、ロ号意匠は本件登録意匠に類似しないものと認めるのが相当である。
2.争点2(本件登録意匠における無効理由の存否)について
上記1において判示したところによれば、その他の争点について判断するまでもなく、原告の本訴請求はいずれも理由がないというべきであるが、なお、念のために、争点2についても付加的に判断することとする。
上記認定のとおり、円形状シートにおいて、多数の同形同大の円形状の小さな透孔がほぼ均等に分布している形態は、本件登録意匠の意匠登録出願日(平成11年3月31日)より前に、既に公然と実施され、公知であったと認められる。そして、前記の「前提となる事実関係」欄記載の事実並びに証拠(乙3〜6、検乙1の1〜3)及び弁論の全趣旨によれば、金属製等の円形状のせいろう用中敷きにおいて、透孔を同心円状に散点的に配置することは、普通に見受けられるものであって、そのような透孔の配列には格別の意匠上の創作性は存在しないこと(原告自身も、本件登録意匠の出願前に透孔をこのように配列した金属製のせいろう用中敷きを製造販売していた。)が認められる。そうすると、こうした透孔の配列を円形状のクッキングシートのせいろう用中敷きにおいて採用し、25個の円形状の小さな透孔が、円形状シートの中心点に1個、その中心点からみて3つの仮想同心円上に、内側の円から7個、7個、10個、それぞれほぼ等間隔をもって散点状に分布しているという形状である本件登録意匠を創作することは、本件登録意匠の属する分野における通常の知識を有する者にとって容易であったというべきである。
したがって、本件登録意匠は、意匠法3条2項の規定に反して意匠登録されたものであって、無効理由を有することが明らかといわなければならない。
上記によれば、本件意匠権に基づいて、イ号物件、ロ号物件の製造・販売等の差止め及び廃棄を求める原告の本訴請求は、権利の濫用に当たり許されないというべきである(最高裁平成10年(オ)第364号同12年4月11日第3小法廷判決・民集54巻4号1368頁参照)。
したがって、この点からしても、原告の本訴請求はいずれも理由がない。
3.争点4(本件警告書送付の不正競争行為該当性等)について
そこで、次に、被告らの反訴請求に理由があるかどうかについて検討する。
(1)不正競争行為該当性
 上記認定のとおり、イ号意匠、ロ号意匠は本件登録意匠に類似しない上、本件登録意匠は創作性を欠き、その意匠登録が無効であることが明らかというべきところ、前記「前提となる事実関係」欄に記載のとおり、本件警告書(甲12、13)には、被告らのクッキングシートである「クックシート・穴開き丸形」「穴あきクックパー」が原告の本件登録意匠の範囲に属する類似品であることは明らかである旨が記載されているというのであるから、原告がY社らに対し本件警告書を送付した行為は、「虚偽の事実」を告知、流布したものといわなければならない。そして、被告らと原告が、せいろう用中敷きの商品市場において競争関係にあることは、当事者間に争いがない。したがって、原告がY社らに対し本件警告書を送付した行為は、不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に該当するというべきである。
(2) 原告の故意過失
 証拠(甲7、甲9の1、2、甲11、乙3、検乙1の1〜3)及び弁論の全趣旨によれば、原告自身、本件登録意匠の意匠登録出願日(平成11年3月31日)より前から、金属製の円形板状体に多数個の透孔を形成した意匠の製品を「せいろう用中敷き」として、製造販売していたこと、原告は、本件警告書の送付前に、被告旭化成から、イ号意匠、ロ号意匠が透孔の存在位置や形状において本件登録意匠と異なり権利侵害に当たらないとの見解を、既に平成9年に製造販売されていたという意匠の実施品の現物と共に示されていたことが認められる。原告は、このような状況の下において、イ号意匠、ロ号意匠が本件登録意匠に類似するものと軽信して、被告らの取引先であるY社らに対して本件警告書を送付したものであるから、原告の本件警告書の送付行為に少なくとも過失が存在することは明らかである。
 原告は、本件警告書の送付は被告らの不誠実な対応が招いた結果であると主張するが、原告の主張するところは、原告による本件警告書の送付を不正競争行為と認定する上で何らの妨げとなるものではないし、原告の過失を認定する妨げとなるものではない。また、被告らの回答(甲7、9の1、2、11、14、16)の内容に照らせば、被告らの対応をもって不誠実なものということもできない。
4.争点5(被告らの損害額)について
 前記「前提となる事実関係」欄に記載のとおり、原告は、被告らのイ号物件、ロ号物件が本件登録意匠の範囲に属する類似品である旨の虚偽の事実を記載した本件警告書を、被告らの取引先であるY社らに送付したものであるが、原告の上記行為により、被告らの社会的信用が毀損されたと認められる。そして、本件警告書送付に先立つ原告と被告らとの交渉経緯、本件警告書の内容、その他本件に現れた一切の事情を併せ考慮すれば、被告らの被った損害額は、少なくとも被告らの主張する各自25万円を下回るものではないと認められる。
5.結論
 以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、原告の本訴請求はいずれも理由がなく、各25万円及び平成14年2月22日(反訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の遅延損害金の支払を求める旨の被告らの反訴請求は、いずれも理由がある。
 

〔東京高裁の判断〕


 

1.当裁判所は、控訴人の本訴請求については、原判決とは理由を異にするものの結論を同じくし、請求を棄却すべきものと判断し、被控訴人らの反訴請求については、原判決の結論とは異なり、請求を棄却すべきものと判断する。その理由は、以下に述べるとおりである。
2.イ号意匠、ロ号意匠、本件登録意匠及び乙1の1ないし10に添付のクッキングシートに係る意匠との類否について
(1) 本件登録意匠の構成は、原判決17頁下から3行目から18頁13行目までに認定されたとおりであるから、これを引用する。
 また、イ号意匠及びロ号意匠の構成は、原判決18頁14行目から19頁7行目までに認定されたとおりであるから、これを引用する。
 そして、乙1の1ないし10(10通の証明書)に添付のクッキングシートに係る意匠の構成及び製造、販売の事実関係等は、原判決19頁9行目の「前記」から21頁4行目の「認められる」まで、及び同21頁12行目から同頁下から3行目までに認定されたとおりであるから、これを引用する。なお、被控訴人らは、乙1の1ないし10に添付のクッキングシートを根拠にハ号意匠を主張するが、原判決別紙のハ号物件目録の記載が上記クッキングシートの意匠を正確に反映したものであるかについては争いがあり、確かに厳密な正確性については疑問の余地もあるので、正確性を期して、原判決と同様に、当裁判所も、ハ号物件目録の記載によることなく、乙1の1〜10に添付されたクッキングシートに係る意匠そのもの(以下、この意匠を「乙1意匠」という。)を検討対象とする。なお、乙1の1〜10に添付されたクッキングシートの形状は、相互に透孔の位置に若干のずれがみられるが、意匠の構成としては同一のものであると認められる。
(2) そこで、類否の検討をする。
(2-1) 本件登録意匠、イ号意匠、ロ号意匠及び乙1意匠の各形態をみるに、いずれも全体を円形状の薄いシート体とし、シート体の内側に円形状の小さい透孔を規則散点状に形成したという基本的構成態様を共通とする。そして、透孔の数は、前認定(原判決引用)のとおり、本件登録意匠が25個、イ号意匠が約28個、ロ号意匠が約21個、乙1意匠が約21個となっており、シートの大きさとの関係にも影響されることを考慮すれば、各意匠における透孔の密度には大差はないものと認められ、さらに、透孔の形状は、各意匠とも円形であり(乙1意匠の透孔のひび割れの点については後に検討する。)、透孔の大きさは、各意匠内において同じ大きさであるとの点で共通する。
 また、本件登録意匠、イ号意匠、ロ号意匠及び乙1意匠は、意匠に係る物品がいずれもせいろう用中敷き(穴あきセパレート紙)である点でも一致する。
(2-2) 他方、差異点をみると、(a)前認定(原判決引用)のとおり、本件登録意匠における透孔は、円形状シートの中心点に1個、その中心点からみて3つの仮想同心円上に、内側から、順次7個、7個、10個とそれぞれほぼ等間隔をもって散点状に分布しているのに対し、イ号意匠、ロ号意匠及び乙1意匠における透孔は、円形状のシート上の等間隔の仮想平行横線とこれと斜め格子状に交差する等間隔の仮想平行縦線との交点部分に配置され、これらはシート全体にほぼ均等に分布していること、(b)本件登録意匠においては、シートの周縁上に掛かる透孔がないのに対し、イ号意匠、ロ号意匠及び乙1意匠においては、シートの周縁上に掛かる透孔が存在している場合もあること、(c)乙1意匠については、透孔の各開口部の周囲にいわゆるバリが出て不規則なひび割れのように菊花状にめくれた形態となっているのに対し、本件登録意匠、イ号意匠及びロ号意匠の透孔の各開口部は、そのような形態ではないことが認められる(甲1、3の1・2、4の1・2、17の1〜3、18の1〜3、乙1の1〜10、検甲3、4、弁論の全趣旨。なお、イ号意匠の実物である検甲3及びロ号意匠の実物である検甲4を仔細に見分すると、これらにも透孔開口部の周囲にかすかに不規則なひび割れが存在することが認められる。しかし、類否判断においては、無視して差し支えないほどに目に付きにくく気付きにくい程度のものである。)。
(2-3) 以上を踏まえて検討するに、上記(2−1)に記載のように、本件登録意匠、イ号意匠、ロ号意匠及び乙1意匠に共通する態様、すなわち、全体を円形状の薄いシート体とし、シート体の内側に円形状の同じ大きさの小さい透孔25個前後を規則散点状に形成した態様は、上記各意匠の形態上の基調をなすもので、各意匠の使用状態の共通点と相まって、各意匠の類否判断に及ぼす影響は大きいものと認められる。差異点のうち、上記(a)の透孔の配置の点は、せいろう用中敷きにおいて、透孔を同心円状に配置したり、格子状に配置したりすることに、格別に意匠としての創作があったものとは認められず、その配置形態自体は従来から普通に見受けられるものであって(乙3、5、6、検乙1の1〜3、弁論の全趣旨)、意匠の上記共通する基本的構成態様の中の部分的差異にとどまり、意匠の類否判断に与える影響は微弱であると認められる。また、上記(b)の周縁上に掛かる透孔の存否の点についても、同様に、意匠の上記共通する基本的構成態様の中の部分的差異にとどまり、類否判断への影響は微弱であると認められる。そして、上記(c)の透孔の周囲のバリの点については、乙1意匠の透孔開口部の周囲にみられる不規則なひび割れないし菊花状にめくれた形態は、成形工具の切れ味が必ずしも十分でなかったことによって生じたものであり、クッキングシートの背景に暗色の台紙等を置いて仔細に観察すれば認識することができる程度の微細な差異であって、乙1意匠と上記その他の意匠との類否判断に与える影響は微弱なものにすぎないものと認められる(乙1の1〜10、弁論の全趣旨)。
 そうすると、本件登録意匠、イ号意匠、ロ号意匠及び乙1意匠は、それぞれ相互に類似する意匠であると認められる。
 控訴人は、乙1意匠と本件登録意匠とは類似しない旨主張し、被控訴人らは、イ号意匠及びロ号意匠と本件登録意匠とは類似しない旨主張するが、上記に判示したところからすれば、これらの各主張部分は採用することができない。
3.上記2の認定判断を踏まえて、各争点について判断する。
(1) 争点1(イ号意匠、ロ号意匠と本件登録意匠との類否)について
 前判示のとおり、イ号意匠、ロ号意匠と本件登録意匠とは、類似するものと認められるのであり、類似しないものとした原判決の認定判断は相当ではない。控訴人の主張もこれと同旨の限度で理由がある。
(2) 争点2(本件登録意匠における無効理由の存否)について
(2-1) 前判示(原判決引用部分も含む)のとおり、乙1意匠と本件登録意匠とは、類似するものと認められる。そこで、乙1意匠が本件意匠登録出願日(平成11年3月31日)より前に、公然と実施され、公然知られた意匠であったものか否か、すなわち、本件登録意匠は、意匠法3条1項の規定に違反して登録されたものであって、無効理由を有することが明らかであるというべきか否かが問題となる。
(2-2) 控訴人は、乙1意匠と本件登録意匠との類似性について争うほか、本件登録意匠の新規性の欠如を主張する被控訴人らの主張に対して、概要、次のように主張する(別紙「控訴理由書の要点」第1の1参照)。
 そもそも、乙1の1〜10には信憑性がなく、これを唯一の根拠として新規性の欠如をいうのは誤っている。すなわち、乙1の1〜3は、いずれも沖縄県の会社が使用していたと称する証明書であるが、これを被控訴人サランラツプ販売から仕入れた事実や使用中の事実は証明されていないし、乙1の4〜8は、いずれも1997年又は1998年から2001年1月まで広く業務用に販売していたと称する証明書であるが、これを被控訴人サランラツプ販売から仕入れた事実も、何人に販売していたかの事実も証明されていないし、乙1の9は1997年4月から2000年9月まで訴外株式会社蝶理プロテックに加工委託したと称するだけの証明書であり、乙1の10は、1997年4月から2000年9月まで上記蝶理プロテックが受託製造したと称するだけの証明書である。また、前記乙1の1〜10の証明書を裏付けようとして提出された乙2の1〜7は、前記各証明書に記載されている長期間にわたり当該製品を取り扱っていたことについて裏付けるものではないし、仮に一時期に当該製品を取り扱ったことがあったとしても、また各書類中に単に「穴あき」と記入されていたとしても、穴の態様は様々のものがあり得るから、これと乙1の1〜10の各証明書に添付された製品との関係を特定することはできない。
 控訴人は、また、乙1の1ないし10の信憑性等について、次のようにも主張しているので(別紙「控訴理由書の要点」第2の1(1)参照。争点1に関する主張部分ではあるが、検討すべき対象としては共通する。)、これをも斟酌する。
 その主張の概要は、乙1の1〜10の実施証明書には、具体的な取引を示す正確な日付、種類(型番)、数量などが証明されていないこと、売上元帳、仕入元帳を提出して立証すべきであること、各証明書が「たのまれ証明」であること、各証明書が特許庁長官を名宛人として作成されたからといって証明内容に信憑性を認める根拠にはならないこと、特許庁で作成者の証人尋問がされたわけではないこと、各証明書に添付されたクッキングシートの現物は、証明書のフォームを作成して依頼した被控訴人らから提供されたものであること、乙2の1〜7を各証明書の裏付け証拠として認定したのはすざんな認定であることなどをいうものである。
(2-3) そこで、検討するに、乙1の1ないし10は、これらの成立及び内容の信用性を疑わしめるような事情をうかがわせる証拠はなく、これらに加え、乙2の1〜7、甲9の2、19及び弁論の全趣旨によれば、乙1意匠は、本件意匠登録出願日(平成11年3月31日)より前に、公然と実施され、公然知られた意匠であったものと認めることができる。この点については、次のとおり付加するほか、原判決が適切に判示するところであるので(原判決19頁9行目の「前記」から21頁4行目の「認められる」まで、及び同21頁12行目から同頁下から3行目まで。争点1に関する部分ではあるが、判断対象は共通する。)、これを引用する。
 乙1の1ないし10の実施証明書は、それぞれに穴あきセパレート紙を添付した上、証明文言として、「当社は、サランラップ販売株式会社から仕入れた穴あきセパレート紙(添付)を○○年から○○年○月まで使用していたことを証明する。」(乙1の1〜3。なお、使用期間は、証明する各社ごとに具体的に記載されている。)、「・・(同文)・・広く業務用に販売していたことを証明する。」(乙1の4〜8)、「当社は、サランラップ販売株式会社から旭化成ポリフレックス株式会社を経由して委託された穴あきセパレート紙(添付)を1997年4月から2000年9月の間、株式会社蝶理プロテックに加工委託していたことを証明する。」(乙1の9)又は「当社は、サランラップ販売株式会社から旭化成ポリフレックス株式会社、伊藤景加工開発株式会社を経由して委託された穴あきセパレート紙(添付)を1997年4月から2000年9月まで製造していたことを証明する。」(乙1の10)と記載しているものである。
 確かに、控訴人の主張するように、上記証明文言には、個別具体的な仕入れ、販売等の日付、数量などが記載されておらず、その内容は、定型的でいささか概括的な内容であるといわざるを得ないし、各証明書の印刷部分の内容、文字、レイアウトなどがほぼ一致しており、いずれも被控訴人側において作成・印刷し、証明対象の穴あきセパレート紙も貼付した上で、各社に提示し、各社において、日付、住所、社名、社長等の氏名を記入し(もっとも、乙1の2には個人名の記載はない。)、押印し、さらに、貼付された穴あきセパレート紙と台紙にまたがって押印(契印)したものと推測される。そして、上記各証明書は、被控訴人側の依頼により、各社が証明したであろうことも容易に推認し得るところである。
 しかしながら、乙1の1〜10の各証明書の内容、記載状況、体裁、形状等に照らせば、証明した各社ないし担当者において、実施証明書にあらかじめ記載された証明文言を認識し、添付の穴あきセパレート紙も確認した上、これを了承して、自らの社名等を記載し、押印したものと推認されるのであり、この認定に反する証拠はない。そうであるとすると、たとえ証明文言を被控訴人側で作成し、穴あきセパレート紙も被控訴人側で添付し、各社に被控訴人側が依頼して証明してもらったものであるとしても、そのことの故をもって直ちに、各実施証明書の信用性(信憑性)を欠くものということはできない。
 そして、上記のことに加え、本件全証拠を検討しても、各社が内容虚偽の証明をしたことなどを疑わせる証拠は見当たらないことをも考慮すれば、乙1の1ないし10の信用性を否定することはできない。
 なお、各証明書が特許庁長官を名宛人としている点については、そのことによって当然に信用性を認め得るものではないが、各証明書の作成者は、当該証明書が特許庁における審判などの権利関係を左右する公的手続に使用されるものであることを認識しつつ作成したであろうことが推認されるのであって、原判決もその趣旨で、各証明書が「特許庁長官を名宛人とした」ものであることを摘示したものと解される。したがって、このような点をも一事情として総合的に考慮し、各証明書の信用性を肯定する判断をした原判決に不当な点は認められない。
 そこで、上記各証明書の内容を吟味すると、それらは、いささか概括的ではあるが、本件意匠登録出願日である平成11年3月31日より前の時期において(本件結論に影響しないが、出願後の時期をも含め証明されている。)、各証明書を作成した会社が、被控訴人サランラツプ販売から仕入れた穴あきセパレート紙を使用していたこと(乙1の1〜3)、被控訴人サランラツプ販売から仕入れた穴あきセパレート紙を広く業務用に販売していたこと(乙1の4〜8)を証明するものであり、これに、加工委託していた会社(乙1の9)、製造をしていた会社(乙1の10)の証明のほか、特定の会社(株式会社尚美堂)関係の取引のみについてではあるが、注文、製造、納品等を裏付ける証拠(乙2の1〜7)をも総合すれば、乙1意匠に係る穴あきセパレート紙(クッキングペーパー)が各証明書記載の取引の対象とされていたことを優に認めることができ、これらの事情により、乙1意匠が本件意匠登録出願前に日本国内において公然知られた意匠であったことを推認することができるのである。
 乙1の1ないし10の各書証を裏付ける売上元帳、仕入元帳の提出がないことや、作成者の証人尋問を経ていないからといって、上記認定を疑わしめ、あるいはこれを覆すべき理由をうかがわせる証拠はなく、その他、本件全証拠をすべて精査しても、控訴人の上記に関する主張は、採用の限りでないといわざるを得ない。
(2-4) 以上によれば、乙1意匠は、本件意匠登録出願日(平成11年3月31日)より前に、日本国内において公然知られた意匠であって、本件登録意匠は、この乙1意匠に類似するものと認められる。そうすると、本件登録意匠は、意匠法3条1項3号の規定に違反して登録されたものであって、無効理由を有することが明らかである。したがって、本件意匠権に基づく差止めなどの控訴人の本訴請求は権利の濫用に当たり、許されないものというべきである(なお、争点2について、被控訴人らは、新規性の欠如と創作性の欠如を主張し、原判決は、後者である意匠法3条2項の問題として判示し、この点に対して控訴人が当審において論難するところである(別紙「控訴理由書の要点」参照)。しかし、前判示のところからすれば、この点について判断するまでもなく、本件登録意匠には無効理由があり、本訴請求は許されないことになる。)。
(3) 争点3(先使用による通常実施権の有無)について
 既に判示した事実関係及び弁論の全趣旨に照らせば、被控訴人らは、本件登録意匠を知らないで、これに類似する乙1意匠を創作し、現に日本国内において、乙1意匠に係る物品を製造、販売して、これを実施する事業をしていた者であること、乙1意匠とイ号意匠及びロ号意匠とは、前記のような些細な相違はあるものの、実質的に同一であり、イ号意匠及びロ号意匠の実施は、実施している乙1意匠及び事業の目的の範囲内にあることが認められる。よって、被控訴人らは、イ号意匠及びロ号意匠について通常実施権を有するものと認められる。この意味においても、控訴人の本訴請求は理由がない。
(4) 争点4(本件警告書送付の不正競争行為該当性等)について
 前認定のとおり、本件登録意匠とイ号意匠及びロ号意匠とは、類似するものと認められる。そうすると、被控訴人らの反訴請求は、これが類似しないことを前提に、控訴人による本件警告書の内容が虚偽であることを理由として、不正競争行為に該当するものと主張するものである(この主張に基づき、原判決も、控訴人は「イ号意匠、ロ号意匠が本件登録意匠に類似するものと軽信して」「類似品である旨の虚偽の事実を記載した本件警告書を」送付したものであると認定している。)から、その前提を欠くことが明らかである。その他、被控訴人らの主張を精査しても、反訴請求を理由があるものと認めることはできない。
4.以上を要するに、控訴人の本訴請求については、(@) イ号意匠及びロ号意匠と本件登録意匠とは類似する、しかし、(A) 本件登録意匠の意匠登録には無効理由が存在することが明らかであり、本件意匠権に基づく差止めなどの本訴請求は権利の濫用に当たること、あるいは、(B) 被控訴人らが先使用による通常実施権を有することから、本訴請求は理由がないというべきである。他方、被控訴人らの反訴請求は、イ号意匠及びロ号意匠と本件登録意匠とは類似することから、本件警告書の内容が虚偽であったとの主張を認めることができず、その他、反訴請求を根拠づける理由がないことになる。よって、控訴人の本訴請求及び被控訴人らの反訴請求は、ともに理由がないのであって、棄却されるべきものである。
 そうすると、控訴人の本訴請求については、原判決の理由は上記判示のとおり是認し得ないが、請求を棄却すべきものとした原判決の結論は相当である。他方、被控訴人らの反訴請求については、これを認容すべきものとした原判決は相当でない。

5.結論
 よって、控訴人の本件控訴中、被控訴人らの反訴請求に関する控訴は理由があるので、原判決の反訴請求を認容した部分を取り消した上、同請求を棄却することとし、本訴請求に関する控訴は理由がないので、上記反訴請求に関するものを除くその余の控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

〔控訴理由書の要点〕(これは、前記東京高裁の判決文に「別紙」として添付されたものである。)
【別紙】 平成14年10月24日付け控訴人の控訴理由書の要点
 (下記は、上記控訴理由書の本文であり、文書の書式は変更したが、用字用語の点を含め、その内容をそのまま掲載したものである。)
第1 事案の概要についての事実摘示の問題点
1.争点2に関する当事者の主張について
 原告は、本件登録意匠に対し被告が提出した乙1の1〜10の各証明書に添付された現品上の透孔の形状における美醜の違いを指摘し、イ号・ロ号物件に係る意匠は、真円形に近く奇麗に穿孔されているのに対し、乙1各号における意匠は限りなく真円形に遠く汚く穿孔されていることを理由に、イ号・ロ号の意匠は本件登録意匠とは類似しても、乙1各号の意匠は類似しないと反論したのである。したがって、原審判決に記載された事実摘示(13頁)では、誤解をまねくおそれのある不十分な説明といわねばならない。
 本事件で、原告が最大の争点としている問題は、被告提出の乙1各号の証明書の信憑性であり、これを唯一の根拠に導いている新規性欠如の判断に対してである。
 原告は、「乙第1号証の1乃至3はいずれも沖縄県の会社が使用していたと称する証明書であるが、これを被告サランラップ販売から仕入れた事実や使用中の事実は証明されていないし、乙第1号証の4乃至8はいずれも1997年又は1998年から2001年1月まで広く業務用に販売していたと証する証明書であるが、これを被告サランラップ販売から仕入れた事実も、何人に販売していたかの事実も証明されていないし、乙1号証の9は1997年4月から2000年9月まで訴外樺ア理プロテックに加工委託したと称するだけの証明書であり、乙第1号証の10は1997年4月から2000年9月まで訴外樺ア理プロテックが受託製造したと称するだけの証明書である。
 また、前記乙第1号証各号の証明書を裏付けようとして提出された乙第2号証各号は、前記各証明書に記載されている長期間にわたり当該製品を取扱っていたことについて裏付けるものではないし、仮に一時期に当該製品を取扱ったことがあったとしても、また各書類中に単に『穴あき』と記入されていたとしても、穴の態様は様々のものがあり得るから、これと乙第1号証各号の証明書に添付された製品との関係を特定することはできない。」(第3回準備書面4〜5頁)、と主張しているにもかかわらず、これらについての記述が原告の主張としてまとめられていない。
 これらの原告の主張を記述していないことは、誤った事実認定を導くことになったというべきである。
2.意匠法3条2項の意義について
 意匠法3条2項の意義(13頁)について、原告は、「創作性」という用語を使用すると、意匠の類似について考える創作説の立場からすると、新規性を意味する客観的創作性と混同するおそれがあるから、あえて「創作力」又は「創作容易性」という用語を使用している。そして、本件登録意匠は、被告提出の証拠に基いては、容易に創作することができるものではないと反論したのである。この原告の主張は正確に記載されていない。
第2 事実誤認と法律解釈の誤り
1.争点1に対して
(1) 本件登録意匠の要部の認定についての事実誤認
 原審判決は、被告らが、本件登録意匠の出願日前の平成9年4月ごろから平成12年末まで、直径約130oの円形状セパレート紙に多数の小透孔を分布したものを製造・販売したと認定した。しかし、これの製造を裏付ける証拠は乙1の10だけである。
 また、販売流通については、穴あきセパレート紙について、乙1の1〜10に示した証明書のとおり「市場において流通したこと」を認定したが、単にこれだけの証拠によって、本件登録意匠の要部を認定したことは失当である。
 この各証明書は、いずれも次の理由によって信憑性がない。
 @ 乙1の1は、ムーンビーチ・リゾート梶i社判のみ)が、被告サランラップ販売鰍ゥら仕入れて使用したことを証明するというが、両社間の具体的な取引事実を示す正確な日付も種類(型番)も数量も販売先なども具体的に証明されていない。このような事実関係が明らかでない証拠では信憑性がない。 
 A 乙1の2は、JALプライベートリゾートオクマ(社判のみ)が、被告サランラップ販売鰍ゥら仕入れて使用していたことを証明するというが、両社間の取引関係を示す正確な日付も種類も数量も具体的に証明されていない。このような事実関係が明らかでない証拠では信憑性がない。
 B 乙1の3は、名護国際観光梶i個人印)が、被告サランラップ販売鰍ゥら仕入れて使用していたことを証明するというが、両社間の取引関係を示す正確な日付も種類も数量も具体的に証明されていない。このような事実関係が明らかでない証拠では信憑性がない。
 C 乙1の4は、鰹ョ美堂が被告サランラップ販売鰍ゥら仕入れて広く業務用に販売したことを証明するというが、両者間の取引関係を示す日付も種類も数量も具体的に証明されていない。このような事実関係が明らかでない証拠では信憑性がない。
 D 乙1の5は、大森食品鰍ェ被告サランラップ販売鰍ゥら仕入れて販売したことを証明するというが、両社間の取引関係を示す正確な日付も種類も数量も具体的に証明されていない。このような事実関係が明らかでない証拠では、信憑性がない。
 E 乙1の6は、(有)アンカー商事が被告サランラップ販売鰍ゥら仕入れて販売したことを証明するというが、両社間の取引関係を示す正確な日付も種類も数量も具体的に証明されていない。このような事実関係が明らかでない証拠では、信憑性がない。
 F 乙1の7は、オザックス渇ォ縄営業所(所判のみ)が被告サランラップ販売鰍ゥら仕入れて販売したことを証明するというが、両社間の取引関係を示す正確な日付も種類も数量も具体的に証明されていない。このような事実関係が明らかでない証拠では、信憑性がない。
 G 乙1の8は、(有)沖縄ウチハラ(社判のみ)が、被告サランラップ販売鰍ゥら仕入れて販売したことを証明するというが、両社間の取引関係を示す正確な日付も種類も数量も具体的に証明されていない。このような事実関係が明らかでない証拠では、信憑性がない。
 H 乙1の9は、伊藤景加工開発鰍ェ被告サランラップ販売鰍ゥら旭化成ポリフレックス鰍経由しての加工委託を、さらに樺ア理プロテックに委託したことを証明するというが、四社間の現実の取引関係を示す正確な日付も種類も数量も具体的に証明されていない。このような事実関係が明らかでない証拠では、信憑性がない。
 I 乙1の10は、樺ア理プロテックがサランラップ販売鰍ゥら旭化成ポリフレックス鰍ニ伊藤景加工開発鰍経由して加工委託された製品を製造したことを証明するというが、四社間の現実の取引関係を示す正確な日付も種類も数量も具体的に証明されていない。このような事実関係が明らかでない証拠では、信憑性がない。
 J 乙1の11は、旭化成パックス鰍ェ被告サランラップ販売鰍ゥら委託された製品を伊藤景加工開発鰍経由して樺ア理プロテックに加工委託したことを証明するというが、四社間の現実の取引関係を示す正確な日付も種類も数量も具体的に証明されていない。このような事実関係が明らかでない証拠では、信憑性がない。
 以上のとおり、乙1各号に係る証拠はすべて信憑性がなく、各証明書に添付された製品が、本件登録意匠の出願前に「不特定・多数の者」によって知られていたものと解するには程遠い内容のものである。してみれば、これらの証明書をもって、本件登録意匠が意匠法3条1項3号に規定する「公然知られた意匠」と類似であったと認定することは不可能である。
 これらの証明書はいずれも「たのまれ証明」といわざるを得ないにもかかわらず、被告は証明書の作成者は本件訴訟には何の利害関係もないと反論したが、本件訴訟自体に利害関係がなくても、被告らとの業務上の利害関係がある以上、その関係からの「たのまれ証明」と考える方が自然である。
 被告らは、証明事実が虚偽であると原告が信ずるならば、各作成者に問い合わせれば足ると反論していたが、もし受注生産による取引が事実であったとしても、受注生産という閉鎖された枠の中での非公然の特殊な取引関係であってみれば、第三者の問い合わせに対して回答を拒否することは見えている。したがって、乙1各号の証拠によっては、そこに添付の現品が公然知られた意匠であると認定される根拠たり得ないというべきである。
 にもかかわらず、原審判決が、「乙1の1〜10の証明書は、いずれも、特許庁長官を名宛人とした『実施証明書』として、会社名、代表者ないし担当者の名称が記名され、代表者ないし担当者の印が押印され、当時の取引の対象とされた穴あきセパレート紙の現物が添付されているものであって、その形式、内容に照らして十分信用することができるというべきである。」と認定したことは、誤りというべきである。
 けだし、特許庁長官を名宛人とした証明書であれば、その証明内容を鵜呑みにしても問題ないと考えたことも、当時の取引対象の現物が添付されていれば問題ないと考えたことも、いずれも信憑性を信頼するだけの根拠とならないからである。逆に、前者の行為の裏付け証拠を特許庁長官自身は受領して確認を得ているわけではないこと、特許庁長官は特許庁審判において証人調べはしていないこと、後者の現物は証明書フォームを作成して依頼した被告から提供されたものであることが、十分推認できることがその理由である。
 証明書の名宛先を、特許権侵害訴訟や特許無効審判では、特許庁長官とすれば、すべて真実と認定とされるというのであれば、こんごは、かかる根拠薄弱な証拠によって結着がつく事件が増えることになる。
 原審判決は、乙2の1〜7の取引書類を前記証明書の裏付け証拠として、これらを総合してとして認定しているが、これはきわめて杜撰な一方的な認定である。
 したがって、乙1の1〜10及び乙2の7のごとき証拠を理由に公知意匠として認定し、これらとの対比から本件登録意匠の特徴を抽出してその創作の要部を認定したことは、誤った判断に導いたことになるから、失当である。
 被告らが真実、乙1の各号に貼付されている現品が、本件意匠登録出願前に取引されていたというのであれば、取引の目的物、取引日、単価、売買価格が記入されている売上元帳、仕入元帳を提出して立証すべきである。
(2)類否の判断についての事実誤認
 原審判決は、「上記認定の本件登録意匠の要部を前提として、本件登録意匠とイ号意匠、ロ号意匠との類否について検討し、本件登録意匠とイ号意匠、ロ号意匠は、いずれも意匠に係る物品がせいろう用中敷き(クッキングシート)という同一製品であり、また、円形状シートにおいて、多数の同形同大の円形状の小さな透孔がほぼ均等に分布している形状である点において共通するものであるが、上記の形状は本件登録意匠の要部ということができないから、この点の共通性をもってイ号意匠、ロ号意匠が本件登録意匠に類似するということはできない。
 かえって、イ号意匠、ロ号意匠においては、円形状のセパレート紙の周縁上に掛かって、あるいは周縁に極めて近接して透孔が存在している場合もあると認められるのであり、このような相違点からも、円形状のセパレート紙の周縁上に掛かり、あるいは周縁に極めて近接した位置の透孔が存在しない本件登録意匠とは、見る者に異なる印象を与えるということができる。
 上記によれば、イ号意匠、ロ号意匠は、これを見る者にとって、本件登録意匠とは、美感上異なる印象を与えるものというべきである。したがって、イ号意匠、ロ号意匠は本件登録意匠に類似しないものと認めるのが相当である。」と判断した。
 しかしながら、すでに主張したとおり、原審判決は、本件登録意匠の要部認定のための前提となる事実認定が誤っており、公然実施したと断定することができない証拠をもって、公知意匠であると認定した前提事実に基いて本件登録意匠の創作の要部を把握しているから、本件登録意匠とイ号・ロ号各意匠との類否において誤った判断をしている。
 仮に、百歩譲って、原審認定の事実を前提するとしても、イ号・ロ号各意匠はその真円形に成る用紙本体に穿設されている通孔の形状は、各証明書上に見られる用紙本体の通孔の形状には遠く、本件登録意匠に見られる通孔の形状に近い美感を発揮しているものであるから、イ号・ロ号各意匠は、全体として、本件登録意匠に類似するものといえるのである。
2.争点2についての法律解釈の誤り
 原審判決は、争点1について、イ号・ロ号各意匠は本件登録意匠に類似しないという結論を出したのだから、意匠権侵害による差止請求事件においては、その理由だけで、請求棄却の判決をすればよいものを、「念のため」と称して、侵害裁判所が特許庁の専権事項に踏み込んだ意匠登録無効の付加的判断をしている。
 しかも、原審判決で判断しているのは意匠法3条2項の創作力についてである。
 しかしながら、このような結果を容認することは、特許権あるいは意匠権の本質的内容である差止請求権の行使を否定し、結局、特許庁で行うべき無効審判手続を経ずして特許性を無効なものとして取り扱うことに帰着するが、このような取り扱いは何ら実定法上の根拠はなく、かえって、特許法や意匠法が予定する工業所有権制度の立法趣旨に反するものであるから、到底認められない判断である。(東京地判平成2年11月28日.無体裁集22巻3号760頁)
 原審判決は、最高平成12年4月11日三小判を引用しているが、キルビー特許事件として有名なこの最高裁判決(判時1710号68頁)は、原告(上告人)の特許発明が、拒絶査定が確定した原発明と実質的に同一のものと認定されたものであるから、特許法39条1項違反によって特許庁において無効とされる蓋然性が高いと判断した事案である。
 これに対し、本件における原審判決は、意匠法3条1項3号(類似)ではなく、3条2項(創作力)を無効理由と認定している。
 しかしながら、本件登録意匠に対し、特許法29条1項2号(新規性)と対等の意匠法3条1項3号ではなく、29条2項(進歩性)と対等の規定である意匠法3条2項の適用を侵害裁判所がすることは、単なる事実認定ではなく、評価がからむ困難な判断をしなければならないことから、前記キルビー特許判決とは全く違う背景を有する事案である。
 また、原審判決の基本的な考え方は、裁判所が特許庁と無関係に行う特許当然無効論に通ずるものであり、このような考え方によって権利濫用の判断をすることは、本質的に違法なものといわれるべきである。
 しかも、影響力の大きい無効の判断を、傍論として付加的に行っていること自体、司法裁判所の権限を明らかに超えているのである。
3.争点4についての事実誤認
(1)不正競争行為の該当性の認定
 原審判決は、イ号・ロ号の意匠が本件登録意匠に類似しない上、創作性を欠いて、その意匠登録が無効であることを確信して、原告が警告書を送付したことをもって、虚偽の事実の告知と流布と認定しているが、このような認定は、すでに指摘したように、その前提となる事実関係の誤認に基づくものであるから、取り消しを免れないものである。
 仮に、百歩譲って、「意匠の要部」「意匠の類否」に関する原審判決が正しいとしても、原告は被告への警告時に、被告から前記事実関係を示す証拠の提示は全く受けてないから、虚偽の事実の告知と流布について過失はない。
 戸車用レール事件(大阪地判昭和53年12月19日.無体裁集10巻2号617頁)は「一般にある物または物を生産する方法が、特定の工業所有権の登録請求の範囲(または技術的範囲)に属するかどうかを判断することは、具体的事実に高度な解釈を必要とする法令が適用するのにも似た点が存し、正確な判断をすることは困難なことが多く、それだけにその判断が他人に対する加害行為を伴う事態に発展するような場合には相応に高度な注意義務を課するのが相当である。しかし、反面、事案によってはそのような判断をするに至った事情を詳細に検討し、事情中汲むべき点は汲む態度を持たなければ、本来保護すべき工業所有権の正当な権利行使を萎縮させ、多くの侵害行為を見逃し放任し、ひいては工業所有権制度自体の存在意義を没却するおそれがある点にも想到する必要がある。」とし、汲みとるべき事情として、例えば、被告らの実用新案権は少なくともその材料の点ではパイオニア的考案と評価されてよかったことを含み、それゆえその権利範囲は相応に広く解されてよい要素があり、被告らが右権利につき相応の自負を有していたことは無理からぬ点がある。原告側の特許庁に対する自社レールは本件実用新案の技術的範囲に属しないとの判定請求は、成り立たないとの判定が示された経緯があること、被告らの本件実用新案権が無効とされたのは、容易推考性(進歩性)の欠如にあり、この容易推考性存否の判断は新規性のそれと異なり極めて微妙な点が存し、しかく一律な基準によって判断される問題ではないこと等々、かなり複雑で多岐にわたる事情を認定したうえ、「本件の場合、被告らが原告に対して前記のような違法行為に出た際、これを自己の当然の権利行使であると誤信したについては、たとえ被告らの判断に弁護士、弁理士の意見が入っており、その注意能力をこれら専門家と同一のものと解したとしても、なお無理からぬ点が存し、いまこれを、他人の立場を考えない一方的な判断に基づくものとして、被告らの前記のような誤判過程に何等かの過失すなわち注意義務違反を認め、これを非難するにはちゅうちょを覚える。」と判示し、被告に過失を認めることは困難であると認定する。
 また、包装豆腐事件(大阪地判昭和61年4月25日.無体裁集18巻1号89頁)は、無効審決の前後で過失の存否についての判断を異にしている。この判決は、包装豆腐につき実用新案権の登録を受けていた被告が、原告が製造販売している豆腐充填用の容袋が右権利を侵害しているものと考え、出願公告後に原告の得意先等に原告の容袋が被告の実用新案権を侵害するとしてその使用を中止するように警告し、原告の主要取引先を相手取り原告の容袋の販売差止等の裁判を提起した。その後進歩性の欠如を理由に被告の実用新案権登録を無効とする審決がなされたにもかかわらず、そのことを秘して、従前同様に、原告の得意先等に原告の容袋が実用新案権を侵害するものであるから、直ちに販売を中止するように弁護士名で警告した事案に関するものである。この場合、被告が出願公告後無効審決の送達を受けるまでの間については、進歩性の欠如については非常に微妙な技術的な価値判断を伴い、客観的に明白で一義的な基準によって判断されるものではないことから、被告が実用新案が新規性・進歩性を備えた有効なものであると信じたのは無理からぬことであり過失はないが、無効審決後は、仮に審決後は、仮に審決取消訴訟の提起によりその判断が未確定であっても、被告は実用新案に無効原因のあることを知り得べき事情の下にあったから、その権利の行使については特に慎重であることが要求されるのであり、右審決が誤りであり、本件実用新案が進歩性を備えた有効なものであると信ずるについて合理的な理由があるなど、特段の事由がない限り、過失があったものというべきであると判示している。
 本件は無効審決のなされる前の警告事件であるし、原告の登録意匠はシート状の真円形用紙に多数の穿設した透孔の表裏周面がきれいに裁断したものであり、その材料、透孔形状において、パイオニア的評価を受ける性格を有していたものである。
一方、イ号、ロ号物件は平成13年10月1日発行の「専門料理」(平成13年10月号)に「新登場」と表示されて販売が開始されていたし、被告旭化成から平成13年10月16日に送付された穴あきセパレート紙(甲9の2)について、原告は被告旭化成に対し、「1997年に上市した事実を客観的に裏付ける物的証拠を提出して下さい」(甲10)と要請したが、被告旭化成からは右上市の証拠が提示されなかったばかりか、「無関係な意匠の権利者に対して何故かかるサービスをせねばならないのか理解しかねている」との挑戦的言辞を露骨に呈しているのである。原告は、かかる被告旭化成の不誠実な態度に接し、意匠権者として、やむなく被告らの取引先に警告を発したのである。
 前記料理雑誌に「新登場」と広告宣伝しておきながら、他方で意匠登録出願前から上市していたとの矛盾する主張をなす相手方に対し、さらなる権利主張が原審判決の如く損害賠償の対象となるとすれば、前記戸車用レール事件判決が危惧する正当な権利行使を萎縮させ、多くの侵害行為を見逃がし放任し、ひいては工業所有権制度の存在意義を没却することにつながりかねないのである。
(2) 過失の認定
 その真偽は別として、被告から、原審に提出されたような証拠が、事前に誠意をもって原告側に提示されていたならば、原告は訴外二社に対して警告するのではなく、被告とさらに話し合ったかも知れないのである。
 したがって、交渉当時の原告の立場と被告の対応方との均衡を考えない、一方的に被告の立場に立ったような原審判決は、衡平の原則に反するものである。
 原告は、イ号・ロ号の意匠は本件登録意匠に類似すること、本件意匠権に無効性の疑念などは全く持つことはなく、しかも善良な管理者の注意義務を持って警告しているのであり、そこには故意又は過失の入り込む余地はない。
 原審において被告が初めて提出した乙1の1〜10、乙2の1〜7の各号証は、原告が全く関知しない被告側の内部取引関係を示す証明書や伝票であるが、これらの証拠による公知の事実を部外者である原告が関知しないことに過失があったと被告が主張するのであれば、原告の過失を裏付ける正当な証拠を提出すべきである。
 したがって、一方的に原告に対し損害賠償金の支払いを認めた原審判決は失当である。

〔研  究〕

1.この事件は、筆者が補佐人として関与したものであり、結果的には原告敗訴となったが、一審・二審いずれの裁判所の判決とも、意匠権侵害事件における関係者に対しいくつかの教訓を与えてくれたと思われるので、教材として紹介するものである。
 ただ、筆者は、いずれの判決に対しても納得していない。特に事実認定については疑問だらけであり、私的な証明書や取引書類はいずれもコピーの提出で認定し、原本との照合は一切なされていない。
 したがって、本件についての問題として筆者が指摘した点は、高裁判決で【別紙】として添付された前記「控訴理由書の要点」を読んでいただければ幸いである。
2.権利侵害訴訟事件において、被告が提出した、権利を無効にするための事実上公知を立証するために第三者が作成する「たのまれ証明書」であっても、@宛先を特許庁長官殿とし、A販売ルートをもっともらしく記載しておけば、依頼人が作成用意した文書であっても、その証明内容や証明者が曖昧でも、そしてごく限られた得意先との間のテスト商品の取引というクローズドされたものであっても、証人調べをすることなく、裁判所は推測,推認してくれる。また、B取引の事実を裏付ける納品書などの取引書類のコピーが一応提出されていればよく、原本との照合はしない。
3.侵害裁判所は、地裁も高裁も、当該意匠の形態が全部公知であれば、単に被告による公知意匠の抗弁を採用して請求棄却するだけですむものを、登録無効理由があるとまで言及し、そのような権利に基く差止請求権の行使は権利の濫用という論理を展開し、特許庁の審判制度を否定するような実定法の根拠のない越権行為を平気で行っている。下級審は、その根拠としてキルビー特許の最高裁判決をあげているが、本件の場合は、そのように簡単な事案ではないのだから、キルビー判決をもって判例と考えたり金科玉条として援用することは全くおかしい。
 もっとも本件登録意匠は、被告が請求した登録無効審判によって無効の審決は受けたが、その理由は意匠法3条1項3号によるものであった。
4.ところで、「ゴム紐事件」の判決(東京地平成5年(ワ)17437号平成9年4月25日判)では、裁判所はまず、意匠法は3条1項1号及び2号の公知意匠及び公知意匠に類似する意匠については意匠登録されることがないこと、「逆から言えば、登録意匠の範囲には、当該登録意匠との関係で公知意匠及び公知意匠に類似する意匠は含まれないことを前提としているものということができる。」と考え、「実際の意匠登録出願に対する審査の過程で、公知意匠の存在又は出願に係る意匠が公知意匠に類似することが看過された結果、当該出願意匠が登録されるに至る場合があることは当裁判所に顕著であるが、そのような場合に、公知意匠の存在又は出願に係る意匠が公知意匠に類似することを理由に、意匠登録を無効とする審判を請求して意匠登録を無効とする審決を得られることは、権利成立の要件を本来具備しない意匠登録への対応として意匠法の予定しているところである(48条)。」と説示している。
 その上で、判決は、被告としては、成立に瑕疵のある意匠権に基く差止請求や損害賠償請求に対抗して前記登録無効の審判を請求することとは別に、裁判所において実施意匠が本件登録意匠との関係で公知意匠と同一あるいは実質的に同一であることを主張立証し、本件登録意匠の範囲に含まれないという意味での請求権不発生の抗弁をすることはできると判示した。
 その理由は、「意匠法3条1項は、登録意匠の範囲には当該登録意匠との関係での公知意匠及び公知意匠に類似する意匠は含まれないことをも規定したものと解釈することができ、これに意匠権の効力が登録意匠及びこれに類似する意匠に及ぶとの趣旨の意匠法23条の規定を併せ考えても、登録意匠の意匠権の効力は、少なくとも当該登録意匠との関係での公知意匠には及ばないというのが意匠法の条文の趣旨と解されるばかりでなく、実質的に考えても、公知意匠の存在によって無効事由があるのにこれを看過して登録された意匠権に基づいて当該公知意匠と同一の意匠の実施の差止請求等の請求を認容するのは、ものの道理に合わないからである。」と説示する。
 しかし、判決は、このような理由によって、被告による公知意匠の抗弁を認めるにしても、「裁判所は、相手方(被告、債務者等)の実施している意匠が公知意匠と同一あるいは実質的に同一であることを認定して、当該実施意匠が登録意匠の範囲にも登録意匠と類似する範囲にも属さないことを判断するのであって、当該意匠登録が無効である旨判断するものでないことは当然である。」と説示して釘をさしている。即ち、この説示は、侵害裁判所においては、従来から存する権利当然無効論に基く請求棄却の考え方を採るものでないことを明示しているのである。
5.本件侵害訴訟において、地裁は本件登録意匠と被告のイ号・ロ号意匠とは非類似と判断したが、高裁においては類似と判断した。また、無効理由について、地裁は傍論として意匠法3条2項の創作力なしと認定したが、高裁は意匠法3条1項3号の公知意匠との類似を認定した。そして、高裁では請求棄却の理由を変更した。
 また、地裁は原告に不競法2条1項14号の虚偽の事実の告知・流布を認定したが、高裁は原告にはそのような告知・流布の過失はないと認定した。
 これを見ても明らかなように、地裁の事実認定は一方的であり、その法的判断はいかにずさんなものであったかがわかる。地裁民事46部は初めての事件ではあったが、噂どおりの片寄ったと感じさせる訴訟指揮と判断をする部であることがわかった。その点は、まだ高裁の判決の方が上である。

[牛木理一]