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「バルブ用筐」意匠権侵害損害賠償請求事件:東京地裁平成13年(ワ)1560平成14年6月28日判決(民47)<棄却>

〔キーワード〕 
公証人認証のカタログ、公知事実の認定、明らかな無効理由、権利の濫用

〔事  実〕


 

1.原告は、「バルブ用筐体」に関し、平成4年4月28日に出願し、平成9年10月31日に設定登録した登録意匠の意匠権者であるところ、被告が平成8年8月頃から平成12年6月頃までの間、業として被告意匠に係る製品を製造,販売した。
 原告は被告に対し、被告意匠は本件意匠に類似するから、この製造販売行為に対して損害賠償の請求をした事案である。
2.本件の争点は、次のとおりである。
(1) 被告意匠は本件意匠と類似しているか。
(2) 本件登録意匠に無効理由が存在することが明らかであるか。
 ア.乙号証のカタログに記載されているSerie(シリーズ)12のアングルバルブの筐体の意匠は、本件意匠登録出願前に公知であったもので、これにより本件意匠登録は新規性がないということができるか。
イ.被告が開発した超高速真空製造システムの弁カバーの意匠と乙号証の意匠により、本件意匠を創作することが容易であったか。
(3) 原告の損害等

〔判  断〕


 

1 まず、本件意匠登録に無効理由が存在することが明らかであるかどうかについて判断する。
(1) 本件意匠の構成態様について
 上記争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨によると、本件意匠の構成態様は、以下のとおりであると認められる(以下の番号は別紙図面1記載の番号を指す。)。
ア.基本的構成態様
 バルブ部品等取付用円柱状孔(6)を内側に設け、下部に円錐状部(3)を配した略正四角柱の本体(1)と、本体(1)略正四角柱のひとつの平坦な垂直壁面下部中央から突設した環状フランジを有する円筒状管継ぎ手部(4)と、本体(1)略正四角柱下部の円錐状部(3)から突設した環状フランジを有する円筒状管継ぎ手部(5)とから構成される。
イ.具体的構成態様
(ア) 本体(1)略正四角柱垂直壁面各面には下部の円錐状部(3)と平坦な垂直壁
面との境界に円弧状線(2)が形成され、また本体(1)略正四角柱垂直壁面角部には面取り(8)が配されている。
(イ) バルブ部品等を取り付ける本体(1)略正四角柱上面は平坦面とし、該平坦面四隅にネジ用小孔(7)を配設し、該平坦面中心からバルブ部品等取付用円柱状孔(6)を縦横に設け、該円柱状孔の上端部には円形状で底浅の段部(9)が設けられている。
(ウ) 本体(1)略正四角柱のひとつの垂直壁面下部中央から突設した円筒状管継ぎ手部(4)は、円筒管と片側に傾斜面を有する環状フランジとから構成されている。
(エ) 本体(1)略正四角柱下部の円錐状部(3)から突設した円筒状管継ぎ手部(5)は、円筒管と片側に傾斜面を有する環状フランジとから構成されている。
(2) 本件アングルバルブの公知性について
ア.証拠(乙号証)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。
(ア) 本件カタログにはスイスのセテック(CETEC)株式会社(以下「セテック社」という。)の社名が付され、同社名のシールが貼付されているが、同社は現在フィテック株式会社に商号変更している。
(イ) 上記シールの下には「BKF」との社名が表示されている。
(ウ) フィテック株式会社の代表者のマルコ ヴェ・ティナー(1968年11月8日生)は、公証人が認証した宣誓書の中で以下のとおり供述している。 
@ 本件カタログの中で「Cetec Serie 12」と称されるアングルバルブは、1992年4月28日以前に公知となっている。
A 本件カタログの印刷が最終的に行われたのは、1989年3月である。
B また、当該アングルバルブは1986年2月14日にデザインされ、それから一般に販売された(添付の請求書4通参照)。
C ビー・ケー・エフ(BKF)社が、1988年まで我社のドイツの卸売業者であったことを認める。この業者とは1988年9月以前に契約を解消したので、ビー・ケー・エフ社の名称を記していない。
(エ) 上記のセテック社発行の請求書4通には以下の記載がある。
@ ABB ASEA BBROWN BOVERRI株式会社宛請求書(乙6の4の1)
      1989年5月18日発行
      請求書番号 3.903121
      アングルバルブND40 10点
      コード番号 12016EVV9
      高級鋼製ケーシング
      フランジ接続 CF35/KF25
A ACV株式会社宛請求書(乙6の4の2)
      1989年6月30日発行
      請求書番号 3.906145
      アングルバルブND63 1点
      コード番号 12018EVV3
      ステンレススチール製
       継手 ヴィトン/フランジ CF
B ACV株式会社宛請求書(乙6の4の3)
      1989年6月30日発行
      請求書番号 3.906142
      アングルバルブND16 4点
      コード番号 12312EVV1
      ステンレススチール製
      継手 ヴィトン/フランジ KF
C ドクター・KERSPE宛て請求書(乙6の4の4)
      1989年6月11日発行
      請求書番号 2.908129
      アングルバルブND40 シリーズ12 1点
      電気空気圧操作式
      コード番号 12316AVV1
      アングルバルブND50 シリーズ12 3点
      電気空気圧操作式
      コード番号 12318AVV
      アングルバルブND63 シリーズ12 1点
      電気空気圧操作式
      コード番号 12318AVV2
      アングルバルブND100 シリーズ12 1点
      電気空気圧操作式 
      コード番号12320AVV2
(オ) セテック社のエレクトロマグネティック アングル・ベント バルブ のシリーズ13とシリーズ145/146についての概要説明書(乙8)には参考オーダー例として別紙のとおりの記載がある。
イ.上記ア認定のとおり、本件カタログには、BKF社の社名が表示された上にセテック社名のシールが貼られているのであるが、これは、上記アで認定した事実によると、セテック社とBKF社との契約が1988年9月以前に解消されたので、BKF社の社名が記載された上にセテック社名のシールが貼られたものと認めることができる。そうすると、本件カタログは、1988年9月以前に印刷されたものであると認められる。
 また、上記ア認定の事実によると、上記ア(エ)認定の各領収書は、「アングルバルブ シリーズ12」についての領収書であると認められる。しかるところ、証拠(乙3の1、乙6の3)によると、本件カタログには、シリーズ12として、本件アングルバルブしか掲載されていないことが認められるから、これらの領収書は、本件アングルバルブに関するものと認めるのが合理的である。
 そして、これらの事実に、その他の上記アで認定した事実を総合すると、本件カタログの中で「Cetec Serie 12」と称されるアングルバルブ(本件アングルバルブ)は、本件意匠登録出願の日である平成4年(1992年)4月28日より前に、外国において公然知られていたものと認められる。
ウ.原告は、@アングルバルブシリーズ12はシリーズ13の用途も含む広範な用途のアングルバルブを指し、シリーズ13のアングルバルブは特殊な駆動形態の真空制御弁であることのみを表示しており、コード番号の冒頭に用いる「12」、「13」がボディ(弁筺体)の形を特定する番号ではないこと、A別紙記載の参考オーダー例にある「5」、「16」、「E」、「V」、「V」、「1」は、シリーズ12及びシリーズ13に共通に使用され、それらはボディ(弁筺体)の寸法、材質、フランジの形式の違いを示しているに過ぎず、ボディの形状を示すものでないこと、Bセテック社のアングルバルブとして外観の異なる6種類の形状の異なるボディの製品群が存在し、これらを特定するためのコード番号が存在していないこと、C本件カタログに示されたアングルバルブの外観図、設計図が示されておらず、本件アングルバルブが販売用として製造されたのか疑わしいことを理由に、セテック社がシリーズ12として製造販売しているアングルバルブには、複数の形状のものが存在すると主張する。
しかし、アングルバルブシリーズ12と同じ形状のものがシリーズ13に存するからといって、シリーズ12に、本件アングルバルブ以外の形状のものが存したことにはならないというべきである。また、セテック社のカタログ(甲22)には、シリーズ12として、複数のアングルバルブが記載されていることが認められるが、弁論の全趣旨によると、このカタログは、現在のカタログであって、本件意匠登録出願前のものではないと認められるうえ、上記の複数のアングルバルブも、このカタログの記載のみでは、本件アングルバルブとの形状の異同が明らかでない。その他、原告の上記主張は、上記イの認定を覆すに足りるものではない。
また、仮に、シリーズ12に本件アングルバルブと異なる形状のアングルバルブが存在し、上記ア(エ)認定の各領収書が、必ずしも本件アングルバルブのものとは認められないとしても、上記アで認定した他の事実からすると、本件アングルバルブは、本件意匠登録出願の日より前に存在し知られていたものと認められる。
(3) 本件アングルバルブ意匠の構成態様
ア.証拠(乙3の1、乙6の3)及び弁論の全趣旨によると、本件アングルバルブの筺体の意匠(本件アングルバルブ意匠)の構成態様は以下のとおりであると認められる。
(ア) 基本的構成態様 
下部に円錐状部を配した略正四角柱の本体と、本体略正四角柱のひとつ の平坦な垂直壁面下部中央から突設した環状フランジを有する円筒状管継ぎ手部と、本体略正四角柱下部の円錐状部から突設した環状フランジを有する円筒状管継ぎ手部とから構成される。
 (イ) 具体的構成態様
@ 本体略正四角柱垂直壁面各面には下部の円錐状部と平坦な垂直壁面との境界に円弧状線が形成され、また本体略正四角柱垂直壁面角部には面取りが配されている。
A 本体略正四角柱上面は平坦面とされている。
B 本体略正四角柱のひとつの垂直壁面下部中央から突設した円筒状管継ぎ手部は、円筒管と環状フランジとから構成されている。
C 本体(1)略正四角柱下部の円錐状部(3)から突設した円筒状管継ぎ手部(5)は、円筒管と環状フランジとから構成されている。
イ.原告は、本件アングルバルブがボディから伸びる円筒状管継ぎ手部を右手前方向に向けた状況でしか表現されておらず、その背面部の具体的形状を確認、特定できないと主張するが、本件カタログ(乙3の1、乙6の3)の写真に照らすと、背面部の形状は、右手前から見た形状と同様であると推認することができるから、本件カタログをもってその構成態様を上記のとおり認めることができるというべきである。
(4) 他の公知意匠の存在
ア.証拠(甲12、乙1の2)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。
(ア) 株式会社玉井エンジニアリング出願に係る別紙「公開実用新案公報」(平成2年5月21日公開)には、同図面第1ないし第3図のとおり、高真空バルブが図示されている。
(イ) 上記(ア)記載の図面の意匠は、次の構成を有している。
@ 本体を略正四角柱とすること。
A バルブ部品等を取り付ける本体略正四角柱上面は平坦面とし、該平坦面四隅にネジ用小孔を配設し、該平坦面中心から縦横にバルブ部品等取付用円柱状孔を設け、該円柱状孔の上端部には円形状で底浅の段部が設けられていること。
B 本体略正四角柱のひとつの平坦な垂直下部中央から突設している円筒状管継ぎ手部は、円筒部と片側に傾斜面を有する環状フランジとからなること。
C 本体略正四角柱下部から円筒状管継ぎ手部が突設している円筒状管継ぎ手部は、円筒部と片側に傾斜面を有する環状フランジとからなること。 
イ.以上の認定事実によると、上記アの意匠は、本件意匠の構成態様のうち、本体略正四角柱の下部に円錐状部が形成され、本体略正四角柱垂直壁面各面には下部の円錐状部と平坦な垂直壁面との境界に円弧状線が形成され、本体略正四角柱垂直壁面角部には面取りが配されている点を除くすべての構成態様を備えていることが認められる。本件意匠と上記アの意匠との以上の違いのうち、面取りについては、特に看者の注意を惹く部分ではないから、上記アの意匠と本件意匠との主な違いは、本体略正四角柱の下部に円錐状部が形成され、本体略正四角柱垂直壁面各面には下部の円錐状部と平坦な垂直壁面との境界に円弧状線が形成されている点にあるものと認められる。 
(5) 本件意匠と本件アングルバルブ意匠との対比
ア. 証拠(乙3の1、乙6の3、乙7)及び弁論の全趣旨によると、本件ア
ングルバルブの筺体は、入口と出口の中心線が直角で、流体の流れ方向が直角に変わるバルブの筺体であると認められるから、「バルブ用筺体」ということができ、本件意匠とは物品が同一であると認められる。
イ. 上記(1)(3)で認定した事実によると、本件アングルバルブ意匠は、本体略正四角柱上面の平坦面の四隅にネジ用小孔を配設し、該平坦面中心からバルブ部品等取付用円柱状孔を設け、該円柱状孔の上端部に円形状で底浅の段部を設ける構成を備えていること及び円筒状管継ぎ手部の環状フランジの片側に傾斜面を有することを除いては、本件意匠の構成態様を備えているものと認められる。また、本件カタログ(乙3の1、乙6の3)における本件アングルバルブの写真及び証拠(乙1の3、4、乙7、8)により認められるアングルバルブの一般的な形状からすると、本件アングルバルブ意匠においては、本体略正四角柱上面の平坦面に何らかの孔が設けられていたものと認められる。そうすると、本件意匠と本件アングルバルブ意匠とでは、違いがあるとしても、その違いは、上記平坦面上の孔の大きさや形状、上記平坦面の四隅におけるネジ用小孔の有無、上記平坦面上の孔の上端部における底浅の段部の有無及び円筒状管継ぎ手部の環状フランジの片側に傾斜面の有無ということになるが、本件意匠全体からすると、これらは支配的な部分であるということができないうえ、上記(4)で認定した事実によると、本件意匠におけるこれらの点に関する構成態様は、本件意匠登録出願時に既に知られていたものと認められるから、これらの点が特に看者の注意を惹く部分であるとは認められない。本件アングルバルブ意匠は、その余の本件意匠の構成態様については、すべての構成態様を備えている。そうすると、本件意匠は、本件アングルバルブ意匠と類似するものと認められる。
ウ. したがって、本件意匠登録には、無効理由(意匠法48条1項1号、3条1項3号)が存在することが明らかであるということができるから、本訴請求は権利濫用に当たる。
2 以上の次第で、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

〔研  究〕

1. 最大の争点は、被告が証拠をもって主張した本件登録意匠の無効理由の存在の有無であったが、被告はその実施前に、本件意匠の出願前公知の事実をよく調査し、十分証拠を収集した上で、実施に踏み切ったようであるから、被告事件であっても自信があったのだろう。
  スイス国のフィテック社(旧商号セテック社)の代表者マルコ ヴェ・ティナーが、公証人が認証した宣誓書の中で、本件カタログ中に、「Cetec Serie 12」と称される本件アングルバルブが掲載されていて、1992年4月28日(出願日)以前に製造販売していたセテック社発行の請求書があった。判決は、これらの請求書は、カタログ中に本件アングルバルブしか掲載されていないから、本件アングルバルブに関するものと認めるのが合理的であると判断したが、実質的にはその認定でよいとしても、「請求書」を「領収書」と間違って記載しているのはいただけない。
2. 裁判所は、このように、本件登録意匠の出願前に存在したスイス国の会社発行のカタログ及びその中に掲載されている意匠の公知性を認め、これと対比して類似するから新規性はなく、明らかな無効理由があると判断したが、これだけの客観的な証拠がそろっていたら、裁判所としては、原告が訴えを取下げない限り、権利濫用を理由に請求棄却の判決をせざるを得ないだろう。被告は、被告意匠が公知意匠と類似するものとする自由意匠の抗弁ではなく、権利行使の濫用を主張していたから、判決もそれを採用したことになる。
  これに比して、東京地裁平成13年(ワ)27317号平成14年8月22日判決(民46)(意匠権侵害差止請求事件)は、客観性のないクローズドされた特殊な取引関係者中での試作品の販売に係る証明書だけで公知性を認め、原告の差止請求を権利の濫用と認定したことは、明らかな無効理由のないことを前提として請求棄却の判決をしたものであり、当然控訴された。もっとも重要な公知事実の認定について、同じ東京地裁でも部によっては誤認につながる軽薄な認定をしているといえる例である。

[牛木理一]