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意匠権等移転登録請求控訴事件:東京高裁平成13年(ネ)1307号.平成14年1月31日判決(6民)<原判決取消.被控訴人の請求棄却>

〔判  断〕

 
1 争点1(信託関係の成否)について
(1) 前記前提となる事実、並びに、証拠によれば、次の事実が認められる。
?(ア) D社は、平成8年10月に事実上倒産した。D社倒産当時、D社と本件商品について代理店契約を締結し、既に契約金を支払っていた業者が多数存在していた。これらの業者にとっては、D社に支払った契約金の回収、あるいは、クレジット契約によりこれを支払った業者については、クレジット会社に対するクレジット債務の支払停止あるいはその減額、及び、本件商品の安定した供給の各実現を図ることが大きな問題となった。このような状況の中で、D社被害者の会の集会が平成8年11月6日に開催され、多数の被害者が参加したその集会において、控訴人と被控訴人を含む6名の幹事と事務局担当幹事1名、会計係1名が選任され、代表幹事として、控訴人が選任された。また、D社被害者の会の目的として、前記の代理店契約によりD社に支払った契約金の回収、クレジット債務の支払停止あるいはその減額、及び、本件商品の安定した供給の各実現を図ること、並びに、D社の代表者等の役員に対する民事・刑事上の責任の追及をすることが決定され、また、これらをI弁護士に委任することと、被害者の会に加入する者は会費として1人3万円を支払うこと等が決定された。
(イ) I弁護士は、D社被害者の会に委任されて、D社から委任されたO弁護士と、本件意匠権等の譲り受けについても交渉をしたものの、D社被害者の会が、D社の代表者Eについて民事・刑事上の個人責任を追及する方針であり、平成8年12月2日にはD社に対して通告書を送付し、また、平成9年1月には代理店契約締結後に倒産したD社には詐欺的行為があったとして、D社の役員であるEらに対し集団訴訟を提起することを、同年3月にはD社の代表者のEを刑事告訴することを、それぞれI弁護士と相談していたこともあって、同年5月になっても、本件意匠権等の譲渡交渉は進展しなかった
(ウ) Eは、D社被害者の会がEらの個人責任を追及する方針であったことから、同会に対して本件意匠権等を譲渡する意思はなかったものの、控訴人に対してであれば、これを譲渡する可能性があったため、その後、Eと控訴人の代表者のOとが譲渡のための交渉を数回行った。
(エ) D社の代表者Eと控訴人の代表者Oは、平成9年6月9日、D社が本件意匠権等を控訴人に譲渡するとの本件契約を締結した。その際、本件意匠権等の譲渡金額については、本件意匠権等について国税滞納による差押えがなされていたため、その差押えを解除するために国税として支払うべき金額とすることが合意された。S弁理士は、平成9年6月17日、国税庁の定める算定方式により本件意匠権等を153万4200円と算定評価した。東京国税局は、同金額の支払を受けることで本件意匠権等の差押えの登録を抹消することに同意したため、控訴人は、その後、東京国税局に対し同額をD社の代理人として支払い、差押えの登録の抹消を受け、本件意匠権等のD社からの移転登録手続も完了した。D社の代表者のEは、平成9年6月27日、本件意匠権等の譲渡代金153万4200円を受領したとの領収証を控訴人代表者に交付し、その際、D社被害者の会との関係を考慮して、領収証の宛先の「(有)O工業」と記載した部分の右上に「(被害者の会代表)」との文言を追記した。
 D社は、本件契約により、控訴人に対し、本件意匠権等を上記金額で譲渡するに当たり、@控訴人は、本件意匠権等に瑕疵があっても、本件契約の解除や代金減額の請求をしないこと、A控訴人は、D社と取り引きしていた代理店の要望があれば、本件商品を生産し供給すること、B控訴人への本件意匠権等の譲渡について、控訴人が第三者から訴訟を起こされても、控訴人の責任において解決し、D社に対し迷惑をかけないことを、特約として付することを要求し、控訴人はこれを了承した。
(オ) 控訴人が上記のような条件で本件意匠権等を譲り受けるに際し、D社被害者の会においては、その幹事会として控訴人との間で何らかの話合いをしたり、上記譲受けを了承したりしたことはなく、本件意匠権等の上記譲渡代金をD社被害者の会が将来において負担するなどということも、本件契約締結当時全く話題にはなっていなかった。控訴人の代表者Oは、本件契約締結前に、本件契約の契約書と確認書をD社被害者の会から委任されていたI弁護士に示し、法的助言を求めたが、同弁護士は、上記のような譲受人にとって不利益な特約条項については、特に説明せず、また、控訴人がこのまま本件契約を締結することについて特に異議を述べることもしなかった。
(カ) D社被害者の会は、最終的にその125名の会員から各3万円の会費の振込を受け、入金額の合計は375万円となった。しかし、その支出も、I弁護士に対し、平成8年における報酬及び費用として219万7610円、D社被害者の会の事務局幹事であったIに対する平成8年11月から平成9年6月までの月額15万円の手当120万円その他の事務局の経費等の支出があり、本件契約が成立した平成9年6月当時、同会の会員から新たに会費を徴収しない限り、本件意匠権等の譲渡代金を支払う資力は全くなく、新たに会費を徴収する計画も、その見通しも、あったわけではなかった。
? I弁護士に対する報酬及び経費は、同弁護士による、D社被害者の会の会員のクレジット債務の減額交渉等や、D社の役員であるEらに対する民事・刑事上の責任追及の準備等の活動のために必要なものであったし、事務局幹事のIに対する手当も、同人が事務局の事務のみならず、本件商品の安定供給のための部品メーカーとの折衝や商品の材料供給の確保等の活動を行うのに必要とされた手当であった。
(キ) 控訴人は、平成9年8月25日には、(株)Wに対し、本件意匠権等につき、通常実施権を許諾する契約を締結し、同社をして本件商品を生産させた。しかし、本件商品は、部品数が多いため取付工事費が1台当たり4万5000円と高く、販売価格も1台当たり45万円程度と競争品である乾燥機より高かったため、売上げが伸びず(全体で65台程度)、D社の代理店からの注文に限ってみると、D社被害者の会の会員からのものも含め、数台にすぎなかった。
(ク) 控訴人の代表者Oは、平成10年8月ころ以来、被控訴人やUらから、本件商品の取付工事を独占しているなどの批判を受けるようになり、平成11年2月19日には、I弁護士事務所において開催されたD社被害者の会の幹事会において、Uらから、控訴人代表者が本件商品の取付工事を独占しているとか、D社被害者の会を私物化しているとかの非難を受け、D社被害者の会の代表幹事を辞任するように要求された(Uは、D社の被害者ではないが、平成11年2月14日のD社被害者の会の幹事会において、D社被害者の会に入会すること及びその幹事となることを承認されたものである。)。控訴人の代表者Oは、Uらから長時間にわたって非難されたことと、本件商品の売行きが全くv期待はずれであったことなどから、D社被害者の会の代表幹事を辞任すること、及び、相当の対価をもって本件意匠権等を譲渡することを決意し、後日、平成11年2月19日付けで、控訴人が代表幹事を辞任し、被控訴人が就任する旨の代表幹事交代確認書、及び、本件意匠権等がD社被害者の会に属するものであることを認める旨の確認書にそれぞれ署名押印した。
(ケ) しかし、控訴人の代表者Oは、平成11年4月ころには、被控訴人から、D社被害者の会は、本件意匠権等の譲渡代金を支払う資力がないことを告げられたため、同人に対し、本件意匠権等を譲渡しない旨を口頭で伝え、その後平成11年7月2日付け内容証明郵便により、本件意匠権等を譲渡しない旨を被控訴人に対し正式に回答した。
(2) 上記に認定したところによれば、次のようにいうことができる。
(ア) D社被害者の会は、控訴人が本件契約により本件意匠権等を譲り受けるに当たって、同会あるいはその幹事会等において、この譲受けについて相談したことも、何らかの合意をしたこともない。
(イ) D社被害者の会には、当時本件意匠権等を購入する資力もなく、これを購入するとなると新たに会員から会費を徴収する必要があったのに、会員に対し、本件意匠権等を購入することやそのための新たな出費を要することについて意見を聴取したことすらない。
(ウ) そもそも、D社被害者の会の会員は、D社に対する契約金の回収あるいはクレジット会社に対するクレジット債務の減額等を求めて交渉中であり、また、D社の役員の個人責任を追及するための準備をしていたものであり、本件意匠権等を取得するために、D社に対し新たに金員を支払うことについて会員から合意を得ることは、事実上不可能といい得る状況にあった。
(エ) 控訴人は、上記のような状況下で、本件意匠権等の取得等に要した費用をD社被害者の会に請求することなどは全く考えておらず、これを自己の責任と負担において購入したものである。
(オ) 本件契約の内容を検討すると、上記のとおり、本件意匠権等の権利に瑕疵があってもD社に対し何も請求できないことや、本件譲渡に関し第三者から訴訟が提起されても(詐害行為取消の訴え等が考えられる。)、譲受人はD社に対し何らの請求もできないこと等の不利益な条項があり、これらの条項は、当時D社の役員らの個人責任を追及するための準備をしていたD社被害者の会の会員が了解し得る内容とはかけ離れている。
(カ) 本件意匠権等の譲受人は、本件商品をD社被害者の会の会員以外のD社の取引先に対しても供給する義務があり、このような条項も、D社被害者の会が新たに金員を支出して本件意匠権等を取得するとすれば、考えにくい条項である。
(キ) 以上の諸事情によれば、D社被害者の会が上記のような条件で本件意匠権等を譲り受けることはあり得ない、といわざるを得ず、本件意匠権等は、本件契約の契約書の文言のとおり、控訴人が自らの負担においてこれを買い受けたものであり、D社被害者の会が実質的にも形式的にもこの譲渡に関与したものとみることはできない。
(3) 被控訴人は、控訴人は、D社被害者の会の代表幹事であったことから、本件商品を上記被害者の会の会員に継続的に供給するという目的の下に、本件契約により、D社から、D社被害者の会ないしはその構成員全員の受託者の立場において、信託的に本件意匠権等を譲り受けたものである、と主張する。しかし、D社被害者の会が実質上本件意匠権等を取得し、これを控訴人に信託したと認めることができないことは上記のとおりである。
 被控訴人は、D社被害者の会の会員は、I弁護士に本件意匠権等の譲受けの件を委任しており、控訴人代表者は、本件意匠権等の上記信託的譲受けについては、I弁護士の承認を得ているから、同信託的譲受けについては、D社被害者の会の個々の会員から黙示の授権があったということができる、と主張する。確かに、控訴人代表者は、本件契約締結前に、I弁護士に対し、その契約書等を示して法的助言を求め、同弁護士は、これについて何も異議を述べず、積極的に法的な助言をしなかったことは上記認定のとおりである。しかしながら、このことを、同弁護士が、D社被害者の会の個々の会員からの黙示の授権の下に、D社被害者の会が本件意匠権等を本件契約の条件の下に譲り受けるとの趣旨の承認をしたとみることは、同弁護士が、本件契約の具体的な内容や条件について、D社被害者の会の会員に何も知らせておらず、また、金銭の追加的な支出について会員から何の了解も得ておらず、上記のとおり、そもそも同会の会員に対し追加的な支出を求めることが事実上不可能な状況の下においては、到底できないことである。I弁護士は、控訴人が本件契約により本件意匠権等を取得することは、本件商品の安定供給につながることであるから、D社被害者の会の会員の利益にもなることとして、控訴人が本件契約を締結し、本件意匠権等を取得することを黙認したにすぎない、とみる以外にないのである。すなわち、控訴人は、D社被害者の会の代表幹事でもあり、本件意匠権等を取得した以上、同会の会員に対して、本件商品を安定供給すべき約束をした者として、その義務を負うことになったということになるであろうし、また、D社被害者の会の会員としても、D社に対する契約金の回収、クレジット会社に対するクレジット債務の支払停止あるいは減額交渉、Eら役員の個人責任の追及等をI弁護士に委任し、その手続きが進展することを期待していたものの、本件意匠権等については、本件商品の安定供給を受けることができればよかったのであり、安定供給が受けられる状況が生まれる以上、これを無償で取得するのであれば格別、追加的な支出をした上で、前記のような不利益な条件でこれを取得する必要はなかったのである。被控訴人の上記主張は採用することができない。
 控訴人の代表者Oは、平成11年2月19日付けの確認書で、本件意匠権等がD社被害者の会に帰属することを記載した確認書に署名をしている。しかし、この確認書は、前記のような経緯で作成されたものであり、同人は、本件意匠権等の取得等に要した費用の支払を受ける前提で、D社被害者の会又はその指定された者に対し、本件意匠権等を譲渡する旨を約束したものであり、その後、本件意匠権等の取得等に要した費用の支払いを得られないことが明確になったため、本件意匠権等を譲渡しないとの意思を明確に表示したものである。このような確認書作成前後の経緯及び上記に認定したところによれば、上記のような確認書が存在するからといって、控訴人がD社被害者の会のために本件意匠権等を信託的に譲り受けたとの事実を推認することはできない。
 被控訴人は、D社被害者の会又はその会員が本件意匠権等をD社からいったん譲り受けたことが、控訴人がD社被害者の会から信託的に本件意匠権等を譲り受けることの、必須の前提となるわけではない、被控訴人が主張しているのは、控訴人が、D社被害者の会に本件商品を安定供給するという目的の下に、同会の意向を受けて譲り受けたとの趣旨であり、D社被害者の会と控訴人との間で本件意匠権等についての信託関係が成立するには、これで十分であるというべきである、と主張する。確かに、D社との関係において本件意匠権等の譲渡を受けたのが控訴人であったとしても、そのことは、D社被害者の会を本件意匠権等の保有者とし、同会を信託者、控訴人を受託者として、本件意匠権等を信託財産とする信託関係が、両者の間に成立することの妨げとなるものではない(控訴人は、D社から取得した本件意匠権等を直ちにD社被害者の会に譲渡し、それと同時に同会からこれらの信託を受けた、と考えれば、理解しやすいであろう。)。この限度では、被控訴人の主張は正当である。しかし、控訴人によるD社からの本件意匠権等の譲受けが、D社被害者の会の会員に本件商品を安定供給するという目的の下に行われたことであり、同会の意向を受けてのことであったとしても、そのことは、被控訴人主張の信託関係の成立を根拠付けるに足りる事由となるものではない。
 D社被害者の会の会員に本件商品を安定供給するという目的を実現する方法の一つとして、同会自体による本件意匠権等の取得が考えられるのは事実である。しかし、上記目的を実現する方法は、これに限られるわけではなく、本件意匠権等をD社から取得してその権利者となるのを控訴人としつつ、控訴人に安定供給の義務を負わせるという方法も十分考えられるところである。そして、本件意匠権等の取得者となるということは、事が好ましく進行すればそこから大きな利益が得られるということでもある反面、とりあえずは、まず、取得の対価を負担しなければならないということであり、しかも、対価の回収ができるか否かの危険を自らが負担するということでもあるのである。そうだとすれば、控訴人によるD社からの本件意匠権等の譲受けが、D社被害者の会の会員に本件商品を安定供給するという目的の下に行われたことであり、同会の意向を受けてのことであったとしても、D社との関係で譲受人となっているのが控訴人であり、譲受けに伴う一切の負担をしているのも控訴人である以上、反対の結論に導く特別の事情が認められない限り、控訴人は、単に、本件意匠権等を行使するに当たって、D社被害者の会の会員に本件商品を安定供給するとの債務を負って本件意匠権等を取得したということになるにすぎないとするのが、合理的な認定となるというべきである。ところが、本件全証拠を検討しても上記特別事情に該当すべきものを認めることはできない(前認定の事実関係の下で、D社被害者の会に、上記のような対価や危険を負担する能力や意思があったことを認めることは、困難という以外にない。D社被害者の会と控訴人との間で、控訴人がD社に支払うべき対価の負担につき何らの取り決めもなされていないことも前認定のとおりである。)。
? 被控訴人の主張は、結局のところ、D社被害者の会自体が本件意匠権等の権利者となることが、その会員に本件商品を安定供給するという目的を実現するための、唯一の手段であるという誤った前提に立たなければ成り立たないものであり、失当という以外にない。
(4) 以上のとおりであるから、控訴人がD社被害者の会のために信託的に本件意匠権等を譲り受けたとの被控訴人の主張事実を認めることはできない。
2 結論
 1によれば、被控訴人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないことが明らかである。

〔研  究〕

 東京地裁の一審判決は、被告O工業はD社被害者の会の代表幹事を辞任し、原告Sが代表幹事に就任したことから、SがO工業に対し、信託財産である本件意匠権等の移転登録手続をすることを請求したことを認容した。
 ところが、東京高裁の控訴審判決は、これを全面的に否認したが、事実関係を全部洗い直して詳細に認定している。倒産会社が有する意匠権と商標権が他人の信託財産となって、その権利の帰属を誰れにするかを決定することは、複雑な事実関係から第三者が理解することは困難なので、コメントしない。

[牛木理一]