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「組立て屋根」意匠権侵害差止請求事件:東京地裁平成12(ワ)17877号平成13年2月16日判決 民47部(棄却)

〔キーワード〕 
信託財産、通常実施権の設定契約
〔事  実〕

 
1. D社は、「組立て屋根」について、平成1年9月18日に出願し、平成4年3月27日に設定登録した意匠登録第840906号に係る意匠権の意匠権者であり、この登録意匠には類似1号意匠が付帯していた。
2. D社は、本件意匠権の実施品である組立て屋根を販売し、多数の業者との間で右商品の販売代理店契約を締結し、契約金を受領していたが、平成8年10月、銀行取引停止処分を受けて事実上倒産し た。
 D社に契約金を支払ったまま商品の供給を受けられなくなった右業者らは、同年11月、「D社被害者の会」(以下「D被害者の会」という。)を結成し、O工業がその代表幹事となった。
 O工業は、D社との間で、平成9年6月9日付けで、O工業がD社 から本件意匠権を譲り受ける旨の契約書を作成した。O工業は、移転登録を経て、本件意匠権の登録名義人となった。
 O工業は、平成10年11月20日、被告N社に本件意匠権の通常実施権を設定し(以下「本件通常実施権設定契約」という。)、平成11年6月、その登録がなされた。
 O工業は、平成11年2月19日、D社被害者の会の代表幹事を辞任 した。
 被告N社は、本件意匠権を使用した組立て屋根を製造販売している。
3. 本件は、原告Sが、O工業辞任後、D社被害者の会の代表幹事に就任したとして、被告に対し、被告による組立て屋根の製造及び販売は、本件意匠権を侵害するものであると主張し、右製造販売の差止めを求めた事案である。
4. 争点は、次のとおりである。
(1) O工業がD社から本件意匠権を信託的に譲り受けたか。
(2) 原告Sは本件意匠権の権利者であるか。
(3) 本件意匠権が信託財産であることを被告に対抗できるか。
(4) 本件通常実施権設定契約の有効性。
〔判  断〕

 
一 争点1について
1 証拠と弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。
(一) D社は、平成8年10月、事実上倒産した。
 同年11月に、D社被害者の会が結成され、O工業が代表幹事に なった。同会は、D社に契約金を支払ったまま商品の供給を受けられなくなった業者らに広く呼びかけ、それに賛同した業者らによって結成されたものである。
(二) 本件意匠権は、東京国税局による差押えを受けており、また複数の者が既にD社から本件意匠権について通常実施権の設定を受けていたので、誰かが本件意匠権をD社から譲り受け、右差押えを解除し、右通常実施権者との問題も解決した上で、本件製品を安定的に供給していくことが必要であった。
(三) D社被害者の会の幹事らは、本件意匠権の適当な譲受先を探していたが、結局、右会の代表幹事であるO工業を譲受人とすることにした。
(四) O工業は、平成9年6月、D社に対し、「当社は、標記商品を貴社が取り引きしていた代理店等の要望に基づいて、生産し、供給するものです。」、「本件譲渡について、第三者より当社が訴訟等を起こされても当社の責任において解決し、貴社に御迷惑をおかけしません。」などと記載した確認書を交付した。
(五) O工業は、D社との間で、6月9日付けで、本件意匠権の譲渡契約書を作成し、D社に対し、その対価として、153万4200円を支 払った。
(六) O工業は、平成11年2月19日、同会の代表幹事を辞任した。そ の際、O工業代表者は、本件意匠権がD社被害者の会のものであることの確認を求められ、「『あっ晴れさん』意匠登録第0840906号 は有限会社O工業代表取締役C氏の所有でなく、株式会社D社被害者の会の所有であることを確認する。」との内容の確認書に署名押印した。
(七) その後、原告SがD社被害者の会の代表幹事に就任した。
2 右1認定の事実によると、O工業は、D社から、平成9年6月 9日付けの契約によって、本件意匠権を譲り受けたものと認められ る。
 しかし、右1(一)ないし(三)認定の事実によると、本件意匠権の譲渡は、本件製品を安定的に供給するという目的の下にされたもので、D社被害者の会の幹事らにより、譲渡先の選定等が進められ、O工業が右会の代表幹事であったことから、O工業に譲渡することに決定したものと認められ、O工業がD社被害者の会の代表幹事であったこと以外に、O工業に決定した積極的な理由は認められないこと、右1(六)認定の確認書の記載、法人格のないD社被害者の会名 義での意匠権の登録は認められておらず、また、D社被害者の会の会員全員の名義で右登録するのはあまりに煩雑であるから、誰か一名の者がD社被害者の会又はその会員に代わって譲り受けるという形をとらざるを得なかったと考えられることを総合すると、O工業は、D社被害者の会の代表幹事という立場において、本件製品を安定的に供給するという目的の下に、同会又は同会の会員に代わって、本件意匠権を譲り受けたものと認められ、O工業が、D社被害者の会又は同会の会員とは別個の独自の立場で本件意匠権を譲り受けたとは認められない。
 そうすると、O工業は、D社被害者の会の目的に従って財産の管理行為等を行うために、右会又はその会員全員の受託者の地位において、本件意匠権を譲り受けたものであって、信託的に本件意匠権を取得したものと解される。
二 争点2について
1 原告は、D社被害者の会の代表者の変更に伴い、信託法50条 1項の趣旨に沿うべく、O工業から本件意匠権を譲り受けたと主張 する。
 しかし、右譲渡につき、登録(意36条、特98条1項1号)がされたことの主張はなく、また、右登録がなされたことを認める証拠もない。
2 そうすると、右譲渡は効力が生じていないから、原告が本件意匠権を有していると認めることはできない。したがって、その余の点について判断するまでもなく、本件請求は理由がない。
三 争点3、4について
 仮に、原告が右登録を受け、本件意匠権を有することになったとしても、次のとおり、本件請求は理由がない。
1 前記第二の一5のとおり、被告は、O工業から、平成10年11月20日、本件意匠権について通常実施権の設定を受けたことが認められるところ、本件意匠権について、信託の登録(意匠登録令7条、 特許登録令56条以下)がされたとの主張はなく、これを認める証拠もないから、原告は、被告に対し、右O工業に対する譲渡が信託的譲渡であることを対抗できない(信託法3条1項)。
 なお、原告は、被告が背信的悪意者であると主張するが、右主張を認めるに足りる証拠はない。
2 そうすると、本件通常実施権設定契約の締結がO工業の権限を越える行為であったとしても、原告は、被告に対して、そのことを主張することはできないから、本件通常実施権設定契約は、原告に対しても効力を有する。
〔研  究〕
1. 原告Sは、最初の意匠権者D社から譲渡を受けたO工業から本件意匠権を譲受けたと主張したが、特許庁の登録原簿にはその旨の移転登録もなされていなかったから、原告にはもともと被告に対して意匠権を主張する当事者能力が欠けていた。しかも、被告はO工業から通常実施権の設定を受けていた。したがって、本件請求に理由がないのは当然であった。
 仮に原告が、意匠権者のO工業から意匠権の移転登録を受けたとしても、そしてO工業から被告への通常実施権の契約締結が代表幹事の権限を越えた行為であったとしても、原告は被告に対してそれを主張することはできないから、被告の通常実施権契約は原告に対して有効である。
2.本件は、O工業に対する事件ではなく、善意の第三者であるN社に対する差止請求事件であったから、O工業が譲受けた意匠権は、本来、全会員のための信託財産的なものと認定されていた。すなわち、O工業は、倒産したD社の被害者の会の代表幹事に就任したことから、D社から本件意匠権の譲渡を受けたものの、D社被害者の会の全員の信託財産的なものとしていた。しかし、特許庁には意匠権の信託登録はしていなかった。
3. O工業は、倒産したD社から本件意匠権の譲渡を受けたものの、D社被害者の会の全員の信託財産的なものとしていた。そして、原告Sは、被告N社の前記通常実施権は有効であるから、これに対して意匠権を行使することはできないと認定したことは妥当である。
 本件の場合のように、倒産による債務者資産の中には多種多様の知的財産権が存在し、それらに対し資産価値の評価をしなければならない場合があるが、本件の場合のように結成された被害者の会(債権者会議とは別)に、知的財産権を信託するときには、信託法及び特許登録令56条以下(意匠登録令7条)に基いて、特許庁に権利の信託登録をしておかなければならないから、関係者は気を付けるべきである。

[牛木理一]