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「包装用かご」意匠権侵害差止等請求事件:大阪地裁平成10(ワ)11674号平成12年9月12日判決 (棄却)

〔キーワード〕 
意匠の類似、意匠の要部、視覚的印象、先使用権の範囲
〔事  実〕

 
 原告K社は、意匠に係る物品「包装用かご」について、平成2年5月14日に出願し、平成6年8月25日に設定登録した意匠登録第913086号の意匠権に係る意匠権者である。
 被告O社は、被告製品目録記載の包装用かご(以下,被告意匠という。)を製造販売している。
 そこで、本件は、被告意匠は本件登録意匠に類似するから、本件意匠権を侵害するとして、原告が被告に対し、(1)意匠法37条1項に基づき製造,販売行為の差止め、(2)同条2項に基づき被告製品等の廃棄、(3)意匠権侵害に基づく損害賠償を請求した事案である。
〔争  点〕
1 被告意匠は、本件登録意匠に類似するか。
2 被告は先使用による通常実施権を有するか。
3 損害額及び時効
〔判  断〕

 
一 争点1(本件登録意匠と被告意匠の類似性)について
1 本件登録意匠と被告意匠の異同について
 前記のとおり、本件登録意匠と被告意匠の構成とは、別紙「本件登録意匠及び被告意匠の構成の対照」において「同左」と記した部分において共通し、その余の部分において相違していると認められる。
2 本件登録意匠の要部について
(一) 甲1の2によれば、本件登録意匠の意匠登録出願の願書には 、説明として、「本物品は、小魚を入れる合成樹脂材製の包装用かごに関する。正面図において横寸法約370mm、たて寸法230mm、深さ30mmである。」との記載があることが認められ、右事実と弁論の全趣旨によれば、本件登録意匠に係る包装用かごは、いなかご等の小魚を各単位かごに入れて、そのまま茹で、輸送し、陳列するための容器として使用されるものであり、店頭での陳列に際しては連結した単位かごを分離して使用するものであると認められる。
 このような包装用かごの使用方法と大きさに照らすと、需要者たる小魚取扱業者は、本件登録意匠に係る包装用かごを観察する場合、通常、斜め上方から全体が視野に収まる程度の距離をおいて観察することになると考えられる。そして、そのように観察した場合に外観上目立つ部分は、第一にその基本形状、すなわち、包装用かご1は、4枚の単位かご2を上から見て横長の田字形に連結したものであり(構成A)、各単位かご2は、多数の小さな通水孔3を網目状に形成した底板4を有し、この底板4の周囲に立ち上げた側壁5を設けた上面開口の容器であって(構成B(1))、単位かご2を上 、下から見ると、いずれも隅丸長方形であり(構成C)、単位かご2は開口部から底部にかけて漸次下すぼまりになっており(構成D)、単位かご2の上端には、外方向に折り返した鍔部24が形成されている(構成I)点にあると認められる。また、前記のような角度と距離から本件登録意匠を観察した場合、単位かご2の4隅には、その上端からやや下がった位置にほぼ4分の1円形状のコーナーリブ21が設けられており、包装用かご1の中央部は、前記コーナーリブ21の4個が略円形状を形成するようになっている点(構成F)も、その幾何学的な模様が外観上目立つものと認められる。
 この点について原告は、右構成Fは包装用かご全体から見れば小さな部分であると主張する。確かに右部分は決して大きい部位であるとはいえないが、正面図を見ると、右部分は、網目模様の底部を有する略長方形の同形の単位かごが4個連結されている中で形態上のアクセントとなって強い印象を与えるものと認められるから、原告の右主張は採用できない。
(二) 次に、本件登録意匠の出願前に公知であった包装用かごの意 匠について検討する。
(1) 乙1ないし6(これらはいずれも本件登録意匠の出願前に日本国内で頒布された刊行物であることが明らかである。)に示された公知意匠について
ア 乙4は「樹脂製連結容器」の考案に係る公開実用新案公報(実開昭58-136428号)であるが、そこには、多数の小さな通水孔を網 目状に形成した底板を有し、この底板の周囲に立ち上げた側壁を設けた上面開口の隅丸長方形状の各単位かごを4個田字形に連結した包装用かごが開示されているが、各単位かご2の側壁は、開口部から底部にかけて下すぼまりにならずに垂直に下ろされ、単位かご2の上端には外方向に折り返した鍔部が形成されていない上、各単位かごのコーナーリブも、4個を連結した状態で端の角を構成する部分にのみ内側に向けた縦板状リブが合計4枚設けられているにすぎない。
イ 乙5の1は「運搬用かご」に係る意匠(登録番号第647344号)についての意匠公報であり、乙5の2は右意匠権についての出願書類であるが、そこでは、多数の小さな通水孔を網目状に形成した底板を有し、この底板の周囲に立ち上げた側壁を設けた上面開口の隅丸長方形状の各単位かごを4個田字形に連結した包装用かごが開示されており、しかも各単位かごは、開口部から底部にかけて漸次した下すぼまりになり、単位かご2の上端には外方向に折り返した鍔様の部位が形成されている。しかし、右鍔様の部位は、4個の単位かごを連結したときに田字の外縁を構成する部分にしか設けられておらず、そのために、田字の外縁の口状部分のみが内部に比べて一段高くなっている。また、各単位かごのコーナー部には、リブが設けられていない。
ウ 乙6の1は「運搬用かご」に係る意匠登録第694377号についての意匠公報であり、乙6の2は右意匠権についての出願書類であるところ、そこでは、前記本件登録意匠の単位かごの基本形状(前記構成B(1)、C、D及びI)を具備した単位かごを2枚連結した包 装用かご(運搬用かご)の意匠が開示されているが、各単位かごにはコーナーリブは設けられていない。
エ 右の乙4及び乙5の1に示された包装用かごの公知意匠を見ると、前記本件登録意匠の外観上目立つ部分の一つである基本形状のうち、鍔部を除いては既にこれらの意匠に示されていたものと認められる。そして、鍔部を含めた本件登録意匠における各単位かごの基本形状をすべて備えた単位かごは既に乙6の1に開示されていたことを併せ考えると、乙6の1と本件登録意匠とでは、単位かごの連結個数が異なるものの、本件登録意匠の前記基本形状に公知意匠と異なる特徴があるということはできない。したがって、この点に本件登録意匠の特徴があるとする原告の主張は採用できない。
 他方、前記本件登録意匠の外観上目立つ部分である単位かごのコーナーリブの形状については、単位かごを4個連結させた乙4及び5の1はもとより、乙1ないし3及び6のいずれにおいても具備するものがない。
(2) 被告旧製品について
ア 被告は、現在の被告製品と連結部及びL字状脚の形状のみが異なる被告旧製品を昭和63年ころから製造、販売したと主張するので、この点について検討する。
イ 証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(ア) 被告は、昭和62年ころは2枚物及び3枚物のいかなご用容器(包装用かご)を販売していたが(乙17、22、32、43、44)、昭和62年8月ころに4枚物の金型をT社に製造させた上(乙11)、同年11 月ころ以降、少なくともM社に商品を製造させて(乙13)、昭和63年1月ころから販売するようになった(乙17ないし47)。(なお、 乙12及び49には、4枚物の金型と3枚物の金型をT社が製造したのは同じ時期であるかのような記載があるが、前記証拠に照らせば、3枚物の製造、発売の方が時期が早いと認められる。)
(イ) 原告外1名は、平成3年11月29日、神戸地方裁判所に対し、O ことY外4名に対して、原告らが有する実用新案権(登録番号第1791036号)に基づいて、右Yらが製造、販売するとする小魚用容器 の製造、販売等の差止め等を求める訴えを提起したが、その訴状の中で、原告は、右Yは昭和61年ころから右訴状添付の物件目録(二) 記載の3枚物の容器(包装用かご)を販売していると主張した( 乙9)。右訴状添付の物件目録に記載された包装用かごは、コーナーリブが4分の1円状である点を含めて現在の被告製品とほぼ同様の単位かご(ただしL字状脚があるなど若干の点で異なる。)を3個、本件登録意匠と同様に薄板で連結したものである。そして、これに対して右Yは、右事件の答弁書において、右Yは個人としては右物件を製造、販売したことはないと答弁した(乙51)。
ウ 右イで認定した事実からすれば、原告らが同(イ)の訴訟におい て差止めの対象とした3枚物の包装用かごは、右Y個人ではなく被告が製造、販売していたものであり、同(ア)において被告が昭和62 年ころに販売していたものと同一物であると推認するのが合理的である。そして、そのような3枚物の包装用かごを製造、販売していた被告が、新たに4枚物の包装用かごを開発するに当たっては、特段の不都合がない限り、3枚物の包装用かごにおいて使用したのと同様の形状の単位かごを採用して連結するのが自然であると考えられる。
 そして、この点について被告の取締役である証人Yは、4枚物の包装用かごを開発するに当たっては、包装用かごの中央部のコーナーリブのみを現在の被告製品のように放射状の縦板状リブとしたとし、その理由として、先に販売していた3枚物の包装用かごに対して、需要者から、他の容器からいかなご等の小魚を移す際に特に中央の単位かごの4分の1円状のコーナーリブの部分に小魚が入って、包装用かごを積み重ねた際に小魚が潰れて汚くなるので、4枚物を作るときにはその問題点を是正するよう求められていたことから、最も小魚が入りやすく、かつ強度上の問題の少ない中央部分のみを放射状の縦板状リブに変更したと証言しており、この証言は具体的かつ合理的であって、信用することができる。
 以上を踏まえると、被告が昭和63年から販売をした4枚物の包装用かご(被告旧製品)の形状に関する乙12、15、48、49の記載及び証人Yの証言はこれを信用することができ、被告旧製品の形状は、別紙被告旧製品目録記載の形状のものであったと認められる。
エ この点について原告は、被告の取締役である証人Yらが平成5 年5月17日にした実用新案登録出願の願書に添付した明細書(その 公開実用新案公報が甲3の1)の図8では、各単位かごのコーナーリブはすべてコーナーと合わせて三角形を形成するものが記載されているから、右時点での被告の製造、販売に係る4枚物の包装用かごのコーナーリブは三角形状であったはずであると主張する。
 しかし、実用新案登録出願の願書に添付する明細書中の図面の記載は、実施例をよく説明するために記載されるものであるから、その記載から直ちに当時被告が実際に製造、販売していた製品の形状を特定することはできない。また、証人Yの証言によれば、被告は昭和62年ころから製造、販売していた3枚物の包装用かごはコーナーリブが4分の1円形状のものであったが、その形状のものは成型上、不良品ができやすいために、平成4年ころに新たに金型を製造 する際にコーナーリブを三角形状に変更したというのであるから、4枚物の包装用かごにおいて、平成5年当時は三角形状であったコ ーナーリブを、その後に現在の被告製品のように4分の1円形状に変更するというのは考え難いところである。したがって、原告の右主張は採用できない。
オ 以上によれば、本件登録意匠の出願前に、被告旧製品の意匠が公然知られていたと認められるところ、本件登録意匠と被告旧製品の意匠とを対比すると、被告旧製品の意匠の基本形状は、前記本件登録意匠の基本形状と同一であり、また、各単位かごのコーナーリブ形状も、中央部が放射状の縦板状リブとなっている以外は同一である。
(3) 以上認定のような本件登録意匠の出願前に頒布された刊行物 (乙1ないし6)に記載された意匠及び公然知られた意匠(被告旧製品の意匠)を参酌すると、前記(一)で認定した本件登録意匠の外 観上目立つ部分のうち、単位かごのコーナーリブの形状、特に各 単位かごの4隅がすべて4分の1円形状に形成されており、単位かごを4枚連結した状態の中央部分が、各コーナーリブ4個によって略円形状を形成している点(構成F(2))が、公知意匠とは異なる 新 規な形状であって、看者の注意を惹く意匠の要部に当たるもの と認めるのが相当である。
3 本件登録意匠と被告意匠との類否について
(一) 以上を前提に本件登録意匠と被告意匠との類否を検討すると 、両者はいずれも、全体形状が4枚の単位かご2を上から見て横長の田字形に連結した包装用かご1である点、(構成Aとa)、各単位かご2の基本形状が、1.多数の小さな通水孔3を網目状に形成した底板4を有し、この底板4の周囲に立ち上げた側壁5を設けた上面開口の容器であり(構成B(1)とb(1))、2.上、下から見ると、いずれも隅丸長方形であり(構成Cとc)、3.開口部から底部にかけて漸次下すぼまりになっており、包装用かご1及び単位かご2を積み重ねることができ(構成Dとd)、4.単位かご2の上端には、外方向に折り返した鍔部24が形成されており、鍔部24の垂れ壁27は単位かご2の高さの約6ないし7分の1くらいで短い(構成Iとi)という基本形状の点で共通しているが、前記のとおり、これらの形状は、本件登録意匠固有の特徴部分ではないから、この点が類似しているからといって、本件登録意匠と被告意匠とが類似しているとはいえない。
 また、本件登録意匠と被告意匠との間には、その他の共通点(E(1)ないし(3)とe(1)ないし(3)、Gとg、Hとh)も存するが、いずれも乙5、乙6及び被告旧製品の単位かごに見られるものと大差のないありふれた形状であるから、この点が類似しているからといって、本件登録意匠と被告意匠とが類似しているとはいえない。
(二) 他方、本件登録意匠と被告意匠は、包装かご1の中央部のコ ーナーリブの形状を異にしており(F(2)とf(2))、この点は前記のとおり、本件登録意匠の外観上目立つ部分であって、しかも公知意匠には見られない特徴的部分における相違であり、相違の程度も、本件登録意匠では中央部が全体として円形状を形成しているのに対し、被告意匠では中央部が全体として×状を形成しているというように大きく異なっているから、この相違が全体の美感の相違に与える影響は無視し得ないというべきである(なお、本件登録意匠と被告意匠との間には他にも種々の相違点があるが、いずれも目立たない小さな部分であり、意匠全体の美感という観点から見た場合には、その相違による影響はわずかなものというべきである。)。
(三) これらの検討からすれば、本件登録意匠と被告意匠との間  には、その基本的な形状を含めて共通点が多々存するものの、相違点の印象が共通点の印象を凌駕し、意匠全体としては視覚的印象を異にするというべきであるから、被告意匠は本件登録意匠と類似するとはいえない。
二 争点2(先使用)について
 前記1で判示したところからすれば、原告の請求はその余の争点の判断に進むまでもなく、いずれも理由がないことに帰するが、念のために被告の先使用の主張についても判断することにする。
1 前記認定のとおり、被告は、昭和63年ころから被告旧製品を製造、販売したと認められるが、証人Yの証言によれば、被告は、前記神戸地裁の事件が提起された後に、被告旧製品の連結部の形状を、隣接する単位かごの接辺のほぼ全長にわたって薄板が設けられていたものから、右接辺の2か所のみを薄膜で連結する形状に変更した(その現物が検乙3である。)と認められ、さらに、その後、平成5年ころに、証人Yらが出願した前記考案(甲3の5)を開発し たことに対応して、連結部をそれに応じた形状のものに変更するとともに、L字状脚を、ラップを巻く際に引っかかって破れる等の苦情が需要者からなされたことから取り払う変更を行い、これによって現在の被告製品となったことが認められる。
2 このように被告が製造、販売していた4枚物の包装用かごは、本件登録意匠の出願前の被告旧製品から、出願後に連結部の改造がなされ、さらに現在の被告製品へと形状が変更されていることから、原告は、仮に被告旧製品の意匠については被告に先使用権が成立するとしても、被告旧製品と現在の被告製品とでは形状が変更されているから、現在の被告製品には先使用権の効力は及ばないと主張する。
 そこで検討するに、意匠法29条は、「意匠登録出願に係る意匠を知らないで自らその意匠若しくはこれに類似する意匠の創作をし、…意匠登録出願の際…現に日本国内においてその意匠又はこれに類似する意匠の実施である事業をしている者」は、「その実施…をしている意匠…の範囲内において、その意匠登録出願に係る意匠権について通常実施権を有する」と規定するが、ここにいう「実施をしている意匠の範囲」とは、登録意匠の意匠登録出願の際に先使用権者が現に日本国内において実施をしていた具体的意匠に限定されるものではなく、その具体的意匠に類似する意匠も含むものであり、したがって、先使用権の効力は、意匠登録出願の際に先使用権者が現に実施をしていた具体的意匠だけではなく、それに類似する意匠にも及ぶと解するのが相当である。なぜなら、意匠の創作的価値は、当該具体的意匠のみならずそれと類似する意匠にも及び、意匠権者は登録意匠のみならずそれと類似する意匠も実施をする権利を専有する(意匠法23条)という制度の下において、先使用権制度の趣旨が、主として意匠権者と先使用権者との公平を図ることにあることに照らせば、意匠登録出願の際に先使用権者が現に実施をしていた具体的意匠以外に変更することを一切認めないのは、先使用権者にとって酷であって、相当ではないからである。
 ところで、被告が本件登録意匠の出願当時に実施していた被告旧製品と現在の被告製品の各意匠については、前記のとおり、連結部の形状とL字状脚の有無の2点において相違がある。このうちまず、連結部の形状の相違は、各連結容器を分離する機能の面からすれば、カッターが必要か否かという相違があるから、重要な構造であるとはいえるものの、意匠全体の美感という観点からすれば、包装用かごを手にとって斜め上方から観察した場合でも、ほとんど視界に入らないものであって、意匠全体の美感に影響を及ぼすものとはいえない(そしてこの点は、原告自身も、本件登録意匠と被告意匠との類否の争点において主張するところである。)。また、L字状脚も、包装用かごの底部の4隅に設けられた小さな突片にすぎないから、その有無が意匠全体の美感に影響を及ぼすものとはいえない。
 したがって、現在の被告製品の意匠は、被告旧製品の意匠の類似範囲に属するというべきであるから、被告は、被告意匠について、先使用権を有するというべきである。
〔研  究〕
1.本件意匠の要部の把握
1.1 意匠の類否判断をするに当たり、まず登録意匠の出願前発行の刊行物中の意匠を引用し、それらを参酌して登録意匠の要部を認定することは、登録意匠が登録されるだけの「客観的創作性」がどこにあるかを把握する必要があるからである。そして、把握された客観的創作性(新規性)のある部分を要部として、これと被告意匠とを対比することは、全体観察をする中で要部と見られる構成態様を、被告意匠の形態が具備していなければ、意匠全体としては非類似であると判断することになる。
 そこで、判決は、本件登録意匠と被告意匠との類否判断をするに際し、本件登録意匠の出願前公知の意匠について検討した結果、原告が本件登録意匠の特徴であると主張した基本形状は公知に属すると認定した。この公知意匠とは被告旧製品に係る意匠であったし、他に刊行物(公開実用新案公報、登録意匠公報)に記載された意匠を引用して対比した。しかる後に、本件登録意匠は、これらの公知意匠とは異なる新規な形状部分に要部が存すると認定した。
 意匠権侵害事件においては、被警告者ないし被告が意匠権者に対し反論して対等の地位に立つことができるキーカードは、登録意匠の形態を構成する各態様に対して、公知意匠の形態を構成する各態様を照射する作業を行うことにあることは、筆者はすでにその著書の中で論説している。(「意匠法の研究」(四訂版)122頁以下、 「判例意匠権侵害」5頁以下)
1.2 ところで、この判決を含め多くの判決は、「看者の注意を惹く意匠の要部」と説示することがあるが、真実は、登録意匠の構造を観念的に解体し公知意匠等の照射をしたときに残る形態部分が新規であるからこそ看者の注意を惹く結果となるのであって、看者の注意を惹くからこそ新規となるものではないから、注意すべきである。デザイナーを含む当業者であっても、出願前公知の意匠を知識として有することは不十分であるのに、まして一般需要者に出願前公知等の意匠の把握を要求することは無理なことであるから、本件登録意匠の要部の認定に、最初に視覚的印象を要求することは誤った結論を導くことになる。したがって、裁判官に最初に要求されるのは論理的判断であり、視覚的印象(感性的判断)はその後に来るものというのが正解だろう。
2. 意匠の類否判断の手法
 判決は前記のように、本件登録意匠の要部を把握した後に、これを被告意匠と対比して類否判断を行ったが、次のように判示している。
(1) 両意匠は基本形状において共通しているが、これはすでに見たとおり、本件登録意匠の特徴部分でないから、この点が類似しているからといって両意匠が類似するとはいえない。
(2) 他部分にも両意匠は共通点を有するが、いずれも被告旧製品の意匠と大差ないありふれた形状だから、この点が類似しているからといって両意匠が類似しているとはいえない。
(3) 両意匠は、包装かごの中央部のコーナーリブの形状を異にし、かつ公知意匠には見られない特徴部分の相違であるから、この相違は全体の美感の相違に与える影響は大きい。
(4) 両意匠間には共通点が多々存するが、相違点の印象が共通点の印象を凌駕し、意匠全体としては視覚的印象を異にするから、両意匠は類似しない。
 このような意匠の類否判断の論法は、筆者が「意匠法の研究」その他多くの論文や講義において説示してきたことから、ようやく多数説になってきたが、類似についての創作説は、何にも筆者独自の説ではない。大阪地裁にあっては、故大江健次郎裁判長以来、伝統的な論法であるし、近年では、東京地裁においても、これと同じ意匠の類否判断の論法が用いられるようになってきている。
3. 先使用権の成立と範囲
 意匠の類似とは創作性の範囲と考える同判決は、先使用権の範囲の認定に当たって、先使用を主張する被告意匠が、先使用意匠と類似する範囲に属するものであれば、その範囲の意匠まで先使用権の効力が及ぶと解したことは妥当である。
 意匠法29条に規定されている意匠の先使用権が成立する要件として、被告が創作した最初の意匠に類似する意匠の実施事業をし又は実施事業の準備をしていることをあげているが、そのような被告が実施できる意匠とは、最初の意匠に限られるのか又はその類似する意匠にも及ぶのかについては、「その実施又は準備している意匠」の規定から必ずしも明確ではなかった。
 しかし、筆者は、前半の規定から、その意匠には当然類似する範囲の意匠まで含むと解していたが、今回の判決は正にそのような妥当な解釈をとったのである。
 判決は、意匠の創作的価値は具体的意匠のみならずその類似する意匠にも及ぶこと、意匠権の効力は登録意匠と類似する意匠にも実施する専有権を有することとの公平に照らせば、被告に具体的意匠以外に変更することを一切認めないと解するのは、先使用権者にとって酷であると説示した。その結果、被告の現製品の意匠(イ号意匠)は被告旧製品の意匠の類似範囲に属するものであるから、被告は被告意匠について先使用権を有すると認定したのである。

[牛木理一]