I.2-1

 

 

「配線用フロアパネル」特許無効審決取消請求事件:東京高裁平成14年(行ケ)128号平成15年3月17日判決(13民)<棄却>

〔キーワード〕 
実用新案法41条、特許法167条、実用新案法3条2項、一事不再理の原則、周知技術と公知技術

 

〔事  実〕

 

1.被告(株式会社ライオン事務器)は、原告(共同カイテック株式会社)が専有する実用新案登録第2534671号(平成3年12月2日出願・平成9年2月13日設定登録)に係る実用新案権に対し、次のとおり2回の登録無効審判請求をした。
(前件無効審判関係)
 平成11年7月30日 無効審判請求(平成11年審判第35388号)
 平成13年4月 3日 請求不成立審決(以下「前件審決」という。)
   同 年6月27日 前件審決の確定登録
(本件無効審判関係)
 平成13年6月29日 無効審判請求(無効2001−35280号)
 平成14年2月 4日 本件実用新案登録を無効とする旨の審決(以下     
            「本件審決」という。)
   同 年2月15日 原告への審決謄本送達
2.本件考案の要旨は次のとおり。
 略方形パネル(P)を配線経路(3)が直交して形成されるように設け、その配線経路(3)の底に床面不陸に追従する不陸追従部(2)を有し、該配線経路の直線部分と交差部分の上面開口縁に設けた段部(5)に直線部カバー板(4A)および交差部カバー板(4B)を落とし込み式に嵌めて配線経路(3)の上面開口を覆うことによって上面を平らに構成し、交差部カバー板(4B)の裏側を支える第1の支持部(7)を配線経路の交差部分の底に有するとともに、直線部カバー板(4A)の裏側を支える第2の支持部(7)を、不陸追従部(2)の配線経路幅方向略中央近傍であって、前記第1の支持部(7)と並んで配線経路を二経路に略区分するように、前記パネル(P)と一体成形により小柱状、または衝立状に、配線横切り可能な一定間隔をあけて複数個連続配置し、且つ、第1および第2の支持部(7)の頂部(7B)は、前記直線部カバー板(4A)および交差部カバー板(4B)の裏側を一定の面積で支える略平坦面に形成されていることを特徴とする配線用フロアパネル。

 

〔判  断〕

 

1 取消事由1(一事不再理の原則の違反)について
(1) 特許庁は、原告を実用新案権者とする本件実用新案登録に関して、被告のした前件無効審判請求について請求不成立の前件審決をし、その確定登録の後に被告のした再度の本件無効審判請求について、前件審決と相反する請求認容の本件審決(無効審決)をした。
 実用新案法41条において準用する特許法167条は、「何人も、第123条第1項・・・の審判の確定審決の登録があったときは、同一の事実及び同一の証拠に基づいてその審判を請求することができない」と規定し、直接には再度の審判請求自体が許されない場合を定めているが、それとともに、特許庁自体も、審判請求却下という形式的審決はともかくとして、前件の確定審決と「同一の事実及び同一の証拠」に基づいて実体的な審決をすることが許されないことも定めるものであり、原告の取消事由1の主張は、本件審決の相違点2、3の判断について、この趣旨の上記規定に違反した違法をいうものである。
(2) そこで、まず、本件審決の相違点2についての判断が、前件審決の判断と「同一の事実及び同一の証拠」に基づいて行われたといえるかどうかについて検討する。
ア 前件無効審判において、請求人である被告は、その審判請求書(乙1)に記載されているとおり、相違点2に係る構成を開示するものとして、刊行物1、6を引用したにとどまり、周知技術Aに関する主張及び立証をしておらず、このような主張立証を受けて、前件審決は、刊行物1その他の各証拠を検討しても、相違点2については何ら記載及び示唆がないとして、その容易想到性を否定したものと認められる。なお、前件無効審判で提出された証拠に限って見た場合、前件審決の上記判断のとおりの帰結とならざるを得ないことは、後記2(2)イのとおりである。
 これに対し、本件無効審判において、請求人である被告は、その無効審判請求書(乙2)に記載されているとおり、相違点2に係る構成を開示する新証拠として、刊行物7、8及び同審判甲9以下を引用するとともに、刊行物7、8には、「配線経路を二分して衝立状の中間壁に、配線横切り可能な一定間隔をあけている」技術が開示されているとの主張(上記無効審判請求書15頁参照)をしたところ、本件審決は、同審判甲9以下については判断を示さなかったものの、刊行物7、8に係る開示事項については、請求人(被告)の上記主張を容れる形で、刊行物7、8及び同4によれば、「配線用の床構成部材において、異種配線の混触防止、配線付設経路の変更容易を図るため、配線経路を区分する衝立状の支持部材に切欠を設けること」(周知技術A)は周知であるとして、刊行物3記載の考案に、刊行物1記載の考案及び周知技術Aとを組み合わせて、相違点2に係る容易想到性を肯定したものと認められる。
イ 上記認定によれば、前件無効審判においては、相違点2に係る構成に関し、周知技術Aについては、請求人(被告)からの主張立証がなく、現に審理判断の対象ともならなかったことが明らかであり、他方、本件無効審判においては、争点の容易想到性そのものを基礎付ける新証拠として刊行物7、8が提出されたのみならず、相違点2に係る無効理由として、「刊行物3記載の考案と刊行物1記載の考案及び周知技術Aとの組合せによる容易想到性」という、前件審決の審理判断の対象となっていない新たな無効理由が審理され、当該新たな無効理由が採用されたものというべきである。
 原告は、刊行物7、8は、相違点2に係る容易想到性の判断に関し、その理由付けとなる事実(周知技術)を認定するための証拠にすぎず、無効理由を構成する争点そのものに係る証拠ではないと主張するが、その理由のないことは上記のとおりである。そして、特許法167条の趣旨とするところが、無効審判の手続においては、特定された無効理由をめぐって攻撃防御が行われ、かつ、審判官による審理判断もこの争点に限定してされるという手続構造に照応して、確定審決に対し、そこにおいて現に審理判断の対象とされた事項につき対世的な一事不再理の効力を付与したものであること(最高裁昭和51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁参照)にかんがみると、本件審決は、相違点2につき、前件審決と「同一の事実及び同一の証拠」に基づく判断をしたものということはできない。
ウ この点について、原告は、無効審判の対象となる無効理由は具体的に特定された公知技術との対比における無効理由の有無であるところ、周知技術は、異なった証拠に基づいて同一の周知技術を認定することが可能であり、また、無効審判請求人が無効理由を裏付ける周知技術を主張しなくとも職権によってこれを認定することが許され、さらに、無効審判において、特定の証拠に基づく容易想到性が争点となる場合には、対象となる発明と当該証拠に記載された発明との対比において生ずる相違点は創作性のない技術内容である周知技術であると主張又は認定されるのが通常であるから、特定の周知技術に係る事実及びその裏付けとなる証拠の追加は「同一の事実及び同一の証拠」の範囲に影響を及ぼさない旨主張する。しかし、無効審判において審理判断の対象となる無効理由は、特定の公知文献をもって特定される公知技術のみによって構成されるものではなく、公知技術と周知技術との組合せや、場合によっては周知技術のみによっても構成し得るものであるから、再度の無効審判請求において、特定の周知技術(及びその証拠)を新たに追加することにより、前件の確定審決で審理判断された無効理由と別個の無効理由を構成することは可能であり、その場合に、確定審決における判断と結論において相反する判断がされたとしても、「同一の事実及び同一の証拠」に基づく判断ということはできない。
 原告は、また、同一の周知技術を裏付ける再度の無効審判請求による争点の蒸し返しを主張するが、前件の確定審決において審理判断された特定の周知技術について、その認定根拠となる証拠を追加したにとどまるような場合は格別、確定審決において何ら主張立証されていない特定の周知技術自体を新たに主張立証する再度の無効審判請求をしている本件にあっては、これを許容したとしても、争点の蒸し返しを認める結果になるとはいえない。
 したがって、本件審決の相違点2についての判断は、前件審決と「同一の事実及び同一の証拠」に基づくものとはいえず、実用新案法41条において準用する特許法167条に違反するものではない。
(3) 次に、本件審決の相違点3についての判断を見るに、前件審決(甲3の1)は、相違点3について、「上記相違点2については、各証拠方法何れにおいても何ら記載されてなく、示唆するところもない。してみると、第1の支持部の頂部についての断片的な開示はあるものの、各証拠方法何れにおいても、上記相違点3における点は何ら記載されてなく、示唆するところもない」(審決謄本11頁1行目以下)と判断しており、相違点3に係る構成は、相違点2に係る構成の存在を前提とする従属的なものであるとの位置付けに基づいて、その容易想到性を否定していることが明らかである。そうすると、相違点2に係る容易想到性が肯定される以上、これに伴って、相違点3について前件の確定審決と異なった判断に至ることはむしろ当然であり、このこと自体、一事不再理の効力に抵触するものとはいえない。
(4) 以上によれば、本件審決が、相違点2、3について前件審決と結論において相反する実体判断をしたことが、実用新案法41条において準用する特許法167条に違反するものとはいえず、原告の取消事由1の主張は理由がない。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について
(1) 相違点1について
 原告は、相違点1に係る本件考案の構成(「交差部カバー板(4B)の裏側を支える第1の支持部(7)を配線経路の交差部分の底に有」すること)は、刊行物5、6(甲8、9)に記載されていない旨主張する。しかし、刊行物5(甲8)の「符号13は、内周枠部8の各角部と枝枠部9との連接個所の底板10から上向きに突設する支柱で、前記連接個所に集まるカバー体2の端部下面を支持するようにするものである」(明細書7頁第2段落)との記載及び第1、第2、第4図の図示によれば、支柱13は、配線コードを挿通するための溝通路の交差部分に配設され、その上部に載置されるカバー体2の裏側を支えていることが明らかに認められる。また、刊行物6(甲9)の突起部1bは、第10図の図示によれば、コード挿通溝の交差部分に配設され、その上部に載置されたカバー体14の裏側を支えていることが明らかに認められるものである。そうすると、前者の支柱13、後者の突起部1bは、本件考案の第1の支持部(7)に相当するものであって、相違点1に係る本件考案の構成を開示するものにほかならず、これらの構成を、同一の技術分野に属する刊行物3記載の考案に適用することに格別の困難性は見いだせないから、相違点1について容易想到性を肯定した審決の判断に誤りはない。
(2) 相違点2について
ア 原告は、刊行物1(甲4)には、「セパレータ4の高さと下部タイル2の高さがほぼ等しい」(審決謄本10頁(6−2)の項の7行目以下)との記載がない旨主張するところ、確かに、刊行物1には、明細書上、その旨の明示の記載はないものの、第2図において、下部タイル2とセパレータ4とが、明らかに同一平面を構成する同じ高さを有する構成部分として図示されていると認められる。加えて、配線経路を区分する衝立状の部材に、配線経路を覆う板状部材を裏側から支える支持部材としても機能させる技術は、刊行物7(甲10)の凸条部4、刊行物8(甲11)の脚部78にも見られる周知慣用の技術にすぎないというべきであるから、これも勘案すれば、刊行物1記載の考案のセパレータ4を、下部タイル2と同じ高さとして、上部タイルを裏側から支える支持部材として機能させていることは、刊行物1に接した当業者の当然に理解、把握することというべきである。
 したがって、原告の上記主張は理由がなく、刊行物1(甲4)には、上部タイル(本件考案の「直線部カバー板(4)」に相当)の裏側を支えるセパレータ4(同「第2の支持部(7)」に相当)を、配線経路幅方向略中央近傍であって、配線経路を二経路に略区分するように、衝立状に配置する構成を備えた配線用床タイルが記載されているものと認められる。
イ 刊行物1記載の上記配線用床タイルは、相違点2に係る本件考案の構成中、衝立状のセパレータ4(第2の支持部(7))を「配線横切り可能な一定間隔をあけて複数個連続配置」する構成を備えるものとはいえないので、この点について更に検討する。
 まず、前件無効審判と本件無効審判とで共通する証拠に限って見た場合、上記構成について一応の示唆があると考えられるのは、刊行物4(甲7)の「第7〜第9図に示すように、配線用床材(20)に形成された配線ビット(21)に対応する箇所で各壁(12)(17)を折り取ることにより、配線ビット(21)の側面開口(22)に面する開口部(15)が形成され、この開口部(15)を介してケーブル(W1)(W2)をダクト(10)から配線ビット(21)に引き込めるようになっている」(4頁右上欄下から2行目以下)との記載及び関係図面の図示だけであるが、その記載に係る構成は、配線用床パネル(配線用床材20)自体に関するものではなく、これに併設される床配線用ダクトに関するものである上、他にこれと同様の構成を備える配線用の床構成部材を開示する証拠は前件無効審判では提出されていないから、刊行物3記載の考案に刊行物1記載の構成を適用するに当たり、「配線横切り可能な一定間隔をあけて複数個連続配置」するように構成することが、刊行物4の上記記載のみから、当業者のきわめて容易に想到し得たものとはいえない。
 しかしながら、本件無効審判で新たに提出された刊行物7、8を併せて見た場合、刊行物7(甲10)には、「この考案は・・・床基盤上に、下面または上面のどちらか一方に所望間隔をおいて任意の位置で切除可能な凸条部が複数設けられた床下地板を載置し、その上に中間板材を介するかまたは介さずに床仕上材を敷設してなるOA用床構造、をその要旨とする」(明細書2頁第2段落)、「実際の配線は凸条部と凸条部の間の溝と凸条部を任意の位置で切除して形成した間隙5(第3図)とを用いて縦横自在に行なわれる」(同3頁4行目以下)、「本考案は以上のごとく、従来のフリーアクセスフロアに比べ、極めて単純な構成で施工も迅速に行なえる。また床下地板も安価に提供できるし、配線も縦横自在に実施でき、後からの配線変更も容易である」(同4頁第3段落)との記載が、刊行物8(甲11)には、「とくに電気配線に適したフロアパネル」(2頁左欄「技術分野」欄)に関して、「第13A図に示されるように、中央の脚部78を除いて、配線を通過させるための切り欠き78aが形成されている。同図に示されるように、形成された通路は2つずつに分離され、それぞれ電力線用、電話線用として使用されている。・・・分離された電力幹線66は切り欠き78aを通して端部側の通路へ導かれ、端部側の通路において床面に固定された配線器具86により電力分岐線58に配線される、右側の2つの通路部分においては、中央側の通路に電話幹線64が配置され、分離された電話幹線64は切り欠き78aを通して端部側の通路へ導かれ、端部側の通路において床面に固定された配線器具86によりさらに分岐され、電話分岐線56に配線される」(8頁左上欄6行目以下)との記載がそれぞれ認められ、これらの記載及び関係図面の図示によれば、刊行物7、8には、複数の配線経路を有する配線用床パネルにおいて、配線経路を区分する衝立状の部材(前者の「凸条部4」、後者の「脚部78」)を、配線横切り可能に切除可能としたものが開示されていることが明らかである。そして、これに刊行物4の上記記載を総合すれば、配線用の床構成部材において、異種配線の混触防止、配線付設経路の変更容易を図るため、配線経路を区分する衝立状の支持部材に切欠を設けること(周知技術A)は、本件出願前当業者に周知な技術事項であったものと認められる。この点に関する原告の主張は、上記認定に照らして採用することができない。
ウ 以上のとおり、刊行物1(甲4)には、上部タイルの裏側を支えるセパレータ4を、配線経路幅方向略中央近傍であって、配線経路を二経路に略区分するように、衝立状に配置する構成を備えた配線用床タイルが記載されており、かつ、周知技術Aが本件出願前において当業者に周知な技術事項であることが認められる以上、刊行物1記載の上記構成を刊行物3記載の考案に適用するに当たり、周知技術Aを考慮して、相違点2に係る本件考案の構成に至ることは、当業者のきわめて容易に想到することができたものというべきであり、これと同旨をいう本件審決の判断に誤りはない。なお、このような認定判断が、本件無効審判における新証拠である刊行物7、8を参酌することで初めて可能となったことは、上記イで述べたところから明らかである。
(3) 相違点3について
 本件考案と刊行物3記載の考案との相違点3(「第1および第2の支持部(7)の頂部(7B)は、前記直線部カバー板(4A)および交差部カバー板(4B)の裏側を一定の面積で支える略平坦面に形成されている」構成の有無)について、原告は、刊行物1のセパレータ4が「カバー体の裏側を支える略平坦面に形成されている」とはいえないから、この認定を前提にする本件審決の容易想到性の判断は誤りである旨主張する。
 しかし、刊行物1(甲4)記載の考案のセパレータ4が略平坦面に形成されているとの構成については、明細書上の明示的な記載はないものの、第2図の図示から明らかに認識、把握し得るものであり、しかも、刊行物1記載の考案のセパレータ4が、上部タイルを裏側から支える支持部材として機能しているとの前示認定((2)ア参照)を併せ考慮すれば、刊行物1のセパレータ4が「カバー体の裏側を支える略平坦面に形成されている」ことを優に認めることができる。したがって、上記認定に基づいて周知技術Bを認定し、相違点3に係る容易想到性を肯定した本件審決の判断に誤りはなく、原告の上記主張は理由がない。
3 以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がなく、他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。

〔研  究〕

1.この事件は、筆者が訴訟代理人として扱った事案である。1回目の審判請求では、証拠不十分だったためか、実用新案法3条2項の適用の主張は実らなかったが、新たな証拠を追加した2回目の審判請求では、同法同条項の適用主張が認容され、本件登録実用新案は登録無効の審決を受けることになったのである。
 本件審決に対する原告(被請求人)の主張に対し、被告(請求人)は要約、次のように反論したものであった。
 
 審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
1 取消事由1(一事不再理の原則の違反)について
 本件無効審判においては、相違点2、3についての容易想到性が争点となったところ、その判断に関して、本件審決と前件審決とでは、それぞれ引用する証拠が異なっており、請求人である被告の主張した事実も一致するものではない。したがって、本件審決の相違点2、3についての判断は、前件審決と「同一の事実及び同一の証拠」に基づく判断であるとはいえず、一事不再理の原則に反するものではない。
 本件審決の判断が、実質的にも、前件審決と「同一の事実及び同一の証拠」に基づくものでないことは、以下の点からも明らかである。すなわち、前件審決は、相違点2、3の容易想到性の判断の前提となる刊行物記載の考案の認定について事実誤認があるから、本件審決の判断がたとえ同一の証拠に基づくものであるとしても、前件審決との抵触はないと解することができる。また、本件無効審判においては、新証拠である刊行物7、8が追加され、これによって本件考案の容易想到性がより確実に立証されたのであるから、「同一の事実及び同一の証拠」に基づく判断でないことは明らかである。さらに、本件審決においては、前件審決の判断の対象となっていない新たな特定の周知技術である周知技術A、Bが審理の対象とされている。本件審決は周知技術Aを周知であると認定したが、公知と認めても実質的に変わりはなく、また、たとえ周知技術であっても、審判手続において審理判断の基礎となっていない技術的事項は、審決取消訴訟において主張することが許されない(東京高判昭和56年9月30日判決・無体集13巻2号640頁)のであるから、再度の審判請求によりこれを主張し得ることは当然である。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について
 原告の主張はすべて争う。本件考案と刊行物3記載の考案との相違点1〜3が、各刊行物に示される公知技術及び周知技術に基づいて当業者のきわめて容易に想到し得たものであることは、審決が正当に認定判断するとおりである。

2.何人も、同一の事実及び同一の証拠に基いて、再度、無効審判を請求することは不可であることを規定した特許法167条は、実用新案法、意匠法及び商標法によっても準用されているが、これが「一事不再理の原則」といわれるものである。本事件においては、原告がこれを主張したが、高裁はそのような主張を失当であると判断した。
 その理由を判決は、本件審決においては、前件審決にはない新たな無効理由が審理されこれが採用されたのだから、審判官による審理判断が特定された無効理由をめぐる争点に対してなされた前件審決と同一事実の同一証拠に基く判断には該当しないとしたのである。

3.ところで、特許権や実用新案権は、その設定登録によって発生する対世的効力のある独占排他権であるから、特許・登録要件を欠く発明・考案に付与された特許権や実用新案権は、不特定多数の利益を害することになる。その過誤を是正するための無効審判制度において、特許法167条に一事不再理効を規定した趣旨は、確定審決の権威を保持するためと説かれる場合が多く、本件原告もこの考え方をとっていたが、これに対しては筆者のみならず疑問を発する論者もいる(判例時報1700号4頁最下段)。けだし、矛盾審決の防止という目的をもって、特許法167条の趣旨を合理的に説明することはできないし、違憲のおそれのある規定との考え方もある同条については、法的正義の観点からより合理的な検討をすべき余地があるといえるからである。
 本件原告は、両審判に共通する同一証拠の引用部分は全く同じで、証拠の引用部分が異なるという意味で証拠の同一性を否定することはできず、前件審決に事実誤認がある限り同一の事実・同一の証拠であっても再度の審理が許されるとすることを支持する学説も判例も見当たらないと主張していた。
 しかし、本件被告は、特許法167条の「何人も第123条第1項又は第125条の2第1項の審判の確定審決の登録があったときは、同一の事実及び同一の証拠に基づいてその審判を請求することができない。」と規定する真意は、前件審決において認定された事実及びその裏付けとして採用された証拠によってなされた確定審決には既判力があるとするものであるが、本件実用新案に対して登録無効審判を請求されて棄却された者(被告)であっても、前件審決で認定されなかった事実及び採用されなかった証拠に基づくときには、同一の実用新案権につき、同一の者(原告)を被請求人として再び登録無効の審判を請求することは適法であると主張していた。(東京高裁昭和48年7月20日判・無体裁5巻2号233頁)
 こんご、特許法167条の規定については憲法問題が再燃しないとも限らないから、「一事不再理の原則」をめぐる争いは多くなるかも知れない。しかし、絶対的排他権である特許権等の有効性を争うことは、今や侵害裁判所においても十分可能となっているから、無効審判における一事不再理の問題はあまり重要ではなくなってくるかも知れない。

[牛木理一]