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2016年5月1日



 
近 況 雑 感

今年の4月中の出来事は悲喜こもごも様々であったところ、まず悲報をお知らせいたします。知的財産権法に関するわが国の学者としてはナンバーワンといって過言ではない、紋谷暢男先生が4月23日に死去されたのです。病名は知りませんが、最近まで元気だった姿を見ている私にとっては、突然の知らせでありました。

 同先生は東京大学法学部政治学研究科博士課程を修了後、直に成蹊大学政治経済学部の助教授となられ、以後一貫して同大学で教鞭をとって来られていました。その間、ミュンヘンのMPIに留学されています。その関係もあってか、ドイツ語は自由に会話されていたし、登山家でもあり、ヨーロッパの山々を登山されていました。

 私は1973年5月、ウィーンで開催されたTFの保護協定に関するの国際会議の終了後、ミュンヘンへ飛び紋谷先生に会おうと思っていましたが、同先生はお休みで、同時に留学に来ておられた斉藤博先生に会った次第です。

 MPIといえば、同所の所長を長年務めておられたF.K.バイヤー教授の「古稀記念論文集」(第一法規 1996年)に、紋谷先生は「わが国実用新案法の現代的課題」を寄稿されていますが、私もまた実務家の立場から、「問われているわが国意匠法―世界の潮流の中で―」を寄稿しています。

 ところで、紋谷先生の「還暦記念論文集」(発明協会 1998年)の年譜によりますと、1936年8月21日東京市赤坂区溜池30番地にて出生と記されています。すると、ご尊父の故紋谷藤治郎先生の自宅兼特許事務所は、特許庁近くの溜池にあったようです。藤治郎先生には長女の藤枝弁理士がおられましたが、その弟が暢男先生なのです。ですから、紋谷先生は無体財産法についてはドイツ法を基礎とした理論のみならず、実務的な知識も同時に持ち合わせていたといえるのです。

 論文としては、日本工業所有権法学会の年報第12号(1989年)で特集したは、「意匠制度の現状と課題」の中で、紋谷先生は「意匠法と周辺法―主として著作権法との関係」の題名で発表されていますが、最近話題の応用美術論や商品化権問題を取り上げられているのです。そして、その辺は私としても得意な分野なのです。

 すると、紋谷先生からは、TRIPP TRAPPと称する幼児用椅子をめぐる最近の知財高裁による判決例に対する意見を、4月16日に行われた著作権法学会の研究大会でいただきたかったのです。ご冥福を心よりお祈り申し上げます。 

 

2.この紋谷暢男先生は、有斐閣の「ジュリスト別冊」で刊行された「特許判例百選」の最初の編集者の1人として、「初版(1987年)」と「第2版(1994年)」を担当されたが、「第3版(2004年)」になると、中山信弘,相沢英孝,大渕哲也の3人の先生となり、さらに「第4版(2009年)」では、中山信弘・大渕哲也・小泉直樹・田村善之の4人の先生が編集者となったのです。

 ところが、大渕先生が2015年に刊行予定の「第5版」の編集者から排除され、別の若い先生に交代したことから問題が起こったのです。

 即ち、出版社の有斐閣は本件雑誌の執筆者各位に対し、「全項目の判例・執筆者が確定した」として、その項目リストを送付し、現行〆切日を同年6月16日とし、発行予定日を同年9月下旬としていたのです。これに対し、債権者の大渕先生は、同年8月18日に債務者の有斐閣に対し仮処分の申し立てをしたのです。

 審尋は同年9月2日と10月5日の2回行われましたが、この間、債務者は本件雑誌の出版手続を進め、10月4日に書店への配本を行い、10月6日に発売の予定を立て、インターネット書店(Amazon)では予約受付を開始したのです。

 ところが、裁判所は、同年10月26日に本件仮処分の決定をしたのです。そこで、債務者は平成27年11月11日頃、本件雑誌の刊行を中止することとし、同日債務者代表者が執筆者各位に対し、「〔第5版〕の刊行中止(無期延期)についてのお詫び」との標題の下に、その旨を伝えるとともに、「できるだけ早期に何らかの解決策を見出すべく、最大限の努力をしてゆく所存ですが、依頼時にお示ししたとおりの形で刊行することは困難と思われます。」と記載したメールを送信したのです。 

 そして、本件異議審の平成28年2月25日の審尋期日に、当裁判所(受命裁判官)は、中止されている本件雑誌の出版を前に進めるため、その状態の解消の条件を話し合う和解を勧試したのですが、債務者は「いかなる内容であっても和解は困難である。」旨を述べ、その後、当事者双方は同年3月22日までに主張書面の提出を完了し、3月23日に審理が終結され、その結果は平成28年4月7日、「東京地裁平成27年(ヨ)第22071号 仮処分命令申立事件について、同裁判所が平成27年10月26日にした仮処分決定を認可する。」との決定となったのです。(東京地裁平成28(モ)40004号保全異議申立事件)

 「ジュリスト」の別冊号である「判例百選」は、特許法と著作権法のいずれにおいても、私は実務家の1人として執筆を担当していた裁判例があります。「著作権判例」では、例えば「博多人形事件」(第2版)、「Asahiロゴマーク事件」(第3版)です。「第4版」では、私には何の連絡もなく執筆担当から外されていました。

 いずれにせよ、この事件はまだ継続することになりますが、今回の事件で、私は、執筆担当者の1人として、編集者の先生方が何をする立場の人々であるのかがある程度わかりました。今回、大渕先生は、中山先生もやめるから同時にやめようという中山先生からの忠告を断られたのでした。

 

 3.次に喜報は、いろいろ類似問題が起こって振出しに戻った東京オリンピック大会のエンブレムが、再募集の結果、ようやく決まったことです。そして、そのエンブレムの発表記事と前記紋谷先生の死亡記事とは、同日の4月26日に一般紙に発表されていました。

 このエンブレムについては、最終候補となった四作品の中から、組織委員会の21人の委員の投票によって、過半数の13票を得た野老(ところ)朝雄(46)さんのチェック柄の「組市松紋」(A案)に決まったのです。野老さんは東京造形大学卒業のアーティストということです。

 日本の伝統色である藍色の四角形を組み合わせたチェック柄ですが、地味な色彩や構図ではあっても、ジャパンカラーのデザインであると思います。今回の悲喜報は奇しくも“紋”がらみのニュースです。

 なお、このエンブレムには「TM」の表示が付されていますが、この表示の意味は、これらのエンブレムはすでに商標登録出願中であることを意味しており、先願主義の原則から、わが国のみならず世界各国に及んで各商品や役務にわたって商標登録出願をしたのでしょう。もちろん各国特許庁へは、住居する弁理士のいる特許事務所を代理人として出願しているのです。

     

 

4.今月の「裁判例研究コーナー」では、次の5件について紹介しますが、このうち4月号で予告しましたジェネリック医薬品に対する特許権侵害を認めた知財高裁(特別部)判決につきましては(5)で紹介しています。

 

(1)@出願商標「REEBOK ROYAL FLAG」拒絶審決取消請求事

   件:知財高裁平成28年1月20日(4部)判決<請求認容/審決取消>

   A出願商標「REEBOK 図形 ROYAL FLAG」拒絶審決取消請求事件:知

   財高裁平成28年1月20日(4部)判決<請求認容・審決取消>

   ➡G−215

(2)登録意匠「包装用箱」意匠権侵害差止等請求事件:知財高裁平成28年1月

   27日(2部)判決<控訴棄却>➡A−64−1

(3)「イラスト」東京地裁著作権等侵害差止等請求事件・損害賠償請求反訴事

   件:平成28年2月29日(民29部)判決<請求認容>➡D−110 

(4)ドメインネーム等発信者情報開示請求事件:大阪地裁平成28年3月15日

   (21民部)判決<請求認容>➡C2−33

(5)「医薬品及びその製造方法」特許権侵害行為差止請求事件:東京地裁平成

   26年12月24日(民29部)判決<請求認容>/知財高裁平成28年3月25日

   (特別部)判決<控訴棄却>➡E−22

 

     

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