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2014年8月1日



 
近 況 雑 感

暑中お見舞い申し上げます。

 毎年この季節になると、特許庁や日本弁理士会に近い財務省と文科省の間の三年坂を歩くのが楽しみです。それは、特に財務省側の木立からの蝉時雨に出会うことができるからです。このような都心でも、種々の蝉が生存する理由は、財務省側の土壌の庭には種々のの樹木が植生し、舗装されていないことによるようです。

 

さて、毎年、8月のカレンダーを見て思うことは、「8月15日」を終戦記念日と記載していないことである。もしこの言葉が不適当ならば、「平和記念日」とすればよいと思う。今年は、1945年から69周年に当たるから、70周年に当たる来年のカレンダーには、ぜひ8月15日に「平和記念日」の表示を与えてもらいたいと思うのである。

 連合国からの無条件降伏のポツダム宣言の通告を受諾した我が国政府は、占領した米国GHQから提示された新憲法草案を最終的に受け入れ、日本国憲法は1948年(昭和23年)5月3日に発効したのである。それから今日に至るまで、「平和憲法」と呼ばれる日本国憲法は、世界に厳としてそびえ立っているのである。 

 

2.この憲法は、わが国が米国等の連合国との長年の戦争によって敗戦国となって勝ち得た貴重な無体財産である。国の最高法規である憲法をはじめ、すべての法律や規則には立法理由があるところ、前記敗戦が契機となって、わが「日本国憲法」の第九条は、第二章「戦争の放棄」の中で、次のように規定する。

 @ 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

 A 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない。

 

 私は、戦後の新制中学校の一年生の社会科の授業で「新しい憲法のはなし」を副読本として読み、大学では必須科目の憲法では佐藤功先生や佐藤達夫先生から、しっかりと講義を受け、感銘したことを今でもよく覚えている。特に第九条は、我が国は長期間、米国等と戦争をしてきて、最後には日本各地がB29による空襲に見舞われ、多くの人命と財産を喪失し、沖縄では米軍上陸による多くの住民の犠牲を出し、揚句の果てには広島と長崎に原爆を投下された、というわが国の戦争の歴史の上に確立された規定であるから、当時、新憲法に反対する国民は皆無であった。

 この規定の立法理由を考えるならば、本質を歪曲するような解釈などはできるはずがないのである。もし憲法の規定を改正したいのであれば、第九六条の規定に基づいて行えばよいのである。

 したがって、憲法の各規定の立法理由や本質を無視して、その後の我が国がおかれている世界状況に応じて解釈を変えるような内閣総理大臣らは、政治家としての資格はないというべきである。

 しかし、今の安倍内閣が、現行憲法下における前記解釈による集団的自衛権の行使を合法化するための法案を次国会に提出して成立させたとしても、違憲立法のスタンプが最初から押印された法律となっていしまうから、施行は困難になるだろう。国会議員の諸君は前記第9条の規定をもう一度よく読んでもらいたい。戦争を知らない中学生でも読んで理解することができる憲法の常識を、多数決で賛成しようとするわが国の国会議員のレベルは最低と評価されることになるだろう。

 私は長年、我が国はこの世界に誇るべき第九条の規定を、国連憲章に導入することを提言したいと考えているのである。

 

ところで、同じ大学で佐藤功先生の講義を受けたと思われる2年先輩の渥美東洋さんが今年1月30日に死去されたことについて、「惜別」の記事が朝日新聞(夕刊)7月12日(土)に掲載されていた。満州生まれの彼がそんなに有名人になったことを私は知らなかったが、渥美さんは、大学3年の20才で司法試験に合格した伝説の人であったから、学部卒業後、助手となられ、34歳で刑事訴訟法の教授になった人である。若輩で刑訴法を専攻された人は珍しいと私は思っている。

 私などは実定法は理解できても、訴訟法は全く理解することができなかったし、3年時には司法試験に挑戦したが、憲法をはじめ民法,商法,刑法の実定法については手ごたえはあったものの、民訴法・刑訴法については全く歯が立たなかったから、4年卒業時には方向転換した次第である。

 大学の1年先輩に、大学院に進まれた小池一夫さんがいることが、日本マンガ学会の総会・大会が大阪芸術大学で開催された時に予め調べてわかった。。「子連れ狼」の原作者で著名な小池一夫さんは現在でも同大学で教鞭をとられているという。(➡D−90参照)

 

4.ちなみに、前記「惜別」には、俳優の蟹江敬三さんが3月30日に死去された記事も出ていた。私が鎌倉市七里が浜に住んでいた時、江ノ電の駅に向かうために、午前8時半頃、自宅を出て坂を曲がろうとしたら、彼にばったりと出会って挨拶されたのである。その頃、鎌倉の高校を舞台にしたTVドラマが放映されていたが、こんな地元でロケをやっていることを私は知らなかった。

 

5.私は、最近、朝日新聞(夕)7月7日(月)の記事に懐かしい学者の名前を見た。これには、「2014年度の日本学士院賞は、9件10人に贈られ、このうち赤崎勇・名城大終身教授(85)は恩賜賞にも選ばれた。両陛下は授賞式に先立ち、同会館の陳列室で受賞者らから研究業績についての説明を受けた。」として、赤崎勇さんの名前が出ていたのである。

 赤崎さんについて私はかつて、本HPの第1−20で「再び弁理士の『クレーム力』の評価を」というテーマの論説を発表した中で、今井哲二静岡大学教授が、わが国では70年代から青色LEDの研究に従事され、先駆的成果を残され、2004年秋には文化功労者として顕彰されている赤崎勇名古屋大学名誉教授をあげられ、中村修二さんの登場はその後のことであったから、商品化に成功し、職務発明者として莫大な対価を得たのだから、この道の先駆者である赤崎勇さんへの賛辞があってもよいのではないか、と言われていたのである。(➡第1−22参照)

 中村さんの職務発明の対価問題で私が主張していたことは、特許権をめぐる諸問題で重要なのは、侵害差止等請求や実施許諾などの事件でわかるように、特許発明の発明力ではなく、特許権自体のクレーム力であるということである。そのことを弁理士自身が理解していないのである。だから、弁理士は、職務発明をめぐる発明者の対価に関する裁判所の判決を批判する前に、成立した特許権について弁理士自身が作成した「特許請求の範囲」のクレーム力についてアピールすべきであるということである。(弁理士自身が作成していないのであれば、論外である。)

 私がこういうことを書き終わった頃、7月25日(朝)朝日新聞の「私の視点」において、久留米大学教授の帖佐隆さんの主張が出ていた。これは、今後の特許法改正問題に関する「職務発明」の規定についてのアピールで、発明者個人の対価請求権を確立せよというものである。しかし、企業内の発明者は、企業の従業員という立場を抜きにしては対価請求権を行使することはできない。しかも、この問題は、発明者の発明に対する評価ではなく、特許庁による審査を受けて成立した特許権の技術的範囲を定める「特許請求の範囲(クレーム)」(特70条1項)に対する評価でなければならないから、その発明を特許権取得まで努力してクレームを作成した者は誰か、という代理人たる弁理士の立場を忘れてはならないのである。その点について皆様にも考えていただきたい。

 

今月の「裁判例研究コーナー」では、次の4件について紹介する。

 

(1)「キューティーベアー・チャビー」商品形態・不正競争行為差止等請求事

   件:大阪地裁平成26年4月22日(21民部)判決<請求棄却>➡C1−65

(2)「歯科用インプラント」意匠権侵害差止等請求事件:東京地裁平成26年

   5月29日(民47部部)判決<請求棄却>➡A−61

(3)特許権存続期間延長登録出願「血管内皮細胞増殖因子アンタゴニスト」

   拒絶査定審決取消請求事件:知財高裁平成26年5月30日(特別部)判決

   <認容/審決取消>➡I.1−8

(4)「スピネル型マンガン酸リチウムの製造方法」特許権侵害行為差止等請求

   事件:東京地裁平成26年7月10日(民46部)判決(認容)➡E−17

 

 

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牛 木 内 外 特 許 事 務 所
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