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2013年9月1日



 
近 況 雑 感

 

1.昭和20年8月6日と9日の広島市と長崎市に投下された「新型爆弾」が、次は8月15日に新潟市に投下されるといううわさは、私は子供ながらに聞いていました。当時、長岡市はすでに米軍空襲で焦土と化していたが、新潟市はまだ本格的な空襲を受けていない日本海側の重要都市でした。長岡の場合もそうであったが、空襲を受ける2日前位には伝単(ビラ)がまかれていたから、新潟もそうであったといわれています。

 そこで、当時の新潟県知事の畠田昌福氏(内務省出身)は、昭和20年8月10日に疎開の断を下す「知事布告」を発し、「一般新潟市民,急速ナル徹底的人民疎開」を緊急措置要綱の一つとしたのです。そして、14日までに新潟市民の大半は避難し、全市は異様な静けさに満ちていたといわれています。しかし、内務省は疎開には反対したということです。ところが、8月10日には、日本政府はポツダム宣言の受諾を決め、中立国を通じて連合国に伝達し、12日には連合国から回答の公電が届き、15日の終戦となったといわれています。      (以上は、新潟日報2013年8月10日31頁記事より。)

 

2.さて、私は以前、日本国憲法の成立に尽力された2人の先生の名前を挙げました。佐藤達夫先生と佐藤功先生です。大学における両先生からわれわれは、憲法というものは国民が国家をしばるための基本法だと教えられました。両先生とも、戦後のわが国行政府の中におられて、新憲法の施行と運用に担われていたから、憲法上の規定の解釈は厳正になされていました。佐藤達夫先生は、長年,内閣法制局長官をなされていましたが、第9条の規定は、集団的自衛権を例外的に認めるという解釈ができるとは聞いたことはありません。

 これについて、元法制局長官の阪田雅裕氏(大蔵省出身)は集団的自衛権を認める余地はない、と朝日新聞において語っている(2013年8月29日 1・3面)。阪田氏は、「教科書には『日本国憲法には国民主張,基本的人権の尊重,世界に誇る平和主義を基本原理としています』とある。」と。注)

 この問題にからんで、もう一つの出来事は、新しい法制局長官の人事のことですが、前法制局長官の山本庸幸氏(63才)が、8月20日付で最高裁判事になったことです。山本氏のことは以前にも一寸書いたことがありますが、特許庁制度改正審議室や通産省知財政策室におられ、平成6年4月1日施行の現行不競法の制定に関与され、著書も刊行されている人で、経産官僚からの法制局長官も珍しいが、最高裁入りも初めてではないでしょうか。同時に、外務省出身でフランス大使であった小松一郎氏が法制局長官になったことも、意外な人事のように思います。この人事は、現在の安倍首相の意向によると言われていますが、憲法9条の解釈において集団的自衛権の行使に積極的な人物を、法の番人である内閣法制局長官に就任させたことについては、前記阪田雅裕氏が警鐘を鳴らしていますから、今後、現政権内では大きな問題となることでしょう。前記山本氏は、最高裁判事に任命された日の記者会見において、自分は現行憲法下では集団的自衛権の行使は許されるとの解釈には組しないとの見解を表明しています。

 

  注)日本国憲法 第二章戦争放棄 第九条

  @ 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動た

  る戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては永

  にこれを放棄する。

  A 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦

  権は、これを認めない。

 

「語りつぐ戦争」という朝日新聞の「声」欄が、毎月第3火曜日に掲載している特集があります。この投書欄は、主に外地の戦場や終戦引揚げの体験などであふれていますが、戦後68年経った今日でも、恐怖の思い出として語られています。その投稿者の年令は、例えば8月13日号では最低で73才、最高で92才でいずれも男性ですが、82才の女性もいます。

 8月15日の「声」欄には、「終戦の日」特集が掲載されていました。この欄には最高90才の男性,最低14才の中学生の投稿の中に、68才の女性の文章がありました。この女性の父親は終戦3週間前に召集され外地で戦死したが、この父親と満州の地で22才で結婚した母親が、57才で他界した遺品の中からは、病床で書いた詩歌が出て来たという。その一つは「しつる深きさびし夜に、ふしど間近に虫の声、夫かと思い目をさまし、姿見えねど悲しさよ」。母親は、娘に戦争や父親のことを一切語らずに旅立ったというが、娘は母親の思いの深さに号泣したと、娘である筆者は書いています。

 今日の一見平和な日本の社会でも、一皮むけば、いろいろな戦争の残滓が日本人の心のひだの中にびっしりこびりついているのが現実の姿のようです。

 全国空襲被害者連絡協議会は、東京大空襲訴訟の原告団による最高裁への上告は不受理の決定となったことから、改めて戦後70年の2015年までに国会で「空襲被害者援護法」を制定することに尽力すると声明しています。NHK・ETVは8月17日に「届かぬ訴え―空襲被害者たちの戦後―」を特集放送をしましたが、戦争の犠牲者は、国民も軍人と同じ立場にあるということです。

 マンガ「はだしのゲン」の作者の中沢啓治氏は、昨年12月19日に死去されましたが、被爆者の中沢氏がマンガによって自分の被爆体験の事実と戦争や原爆の悲惨さをアピールしようと考えたのは、40才をすぎてからだそうです。このマンガ作品は、世界の約20か国語に翻訳されて出版されているということです。また、このミュージカルはこの8月に6年ぶりに公演を再開し、東京から始まって各地を巡回しています。

 

「青空文庫」の提唱者であり創設者である富田倫正氏が61才の若さで8月16日に死去されましたが、富田氏は広島県出身であります。富田氏は電子図書館と称する場から、著作権の保護期間が満了した作品をネットで無料公開しています。

 しかし、このような非ビジネス的サービス業によって富田氏やその後継者が得る利益は何でしょうか。一般市民を喜ばすだけなのでしょうか。

 

著作権の保護期間は現在、米国と日本とでは異なっており、TPP交渉における知財権問題の一つのテーマですが、過日TVを見ていると、国際会議の場で米国代表がディズニーキャラクターとハローキティとを例に挙げ、日本も米国並みの死後70年の保護期間とすべきであると暗にアピールしていました。しかし、彼はここで重大な事実認識の誤りを犯しているように思いました。それは、ディズニー・キャラクターは最初にアニメに登場するシリーズキャラクターであるのに対し、キティは最初にアニメにもマンガにも登場しないそれだけのオリジナルキャラクターだということであり、最初の登場の場が全く違うということです。

 しかし、彼はもしキャラクターの商品化権問題を想定してこのような発言をあえてしたのだとすれば、それははるかにレベルの高い発言といわねばならず、われわれは著作権の保護期間問題を、商品化権問題を念頭において検討しなければならない時期に来ているのではないかということです。➡この件については、例えば、第1−32「商品化権への道―著作権法適用の限界―」を参照。

 

 

今月の裁判例研究コーナーでは、次の6件について紹介します。

 

(1)「プログラム著作物」未払著作料請求事件:大阪地裁平成25年5月28日

   (21民部)判決<請求棄却>➡D−82

(2)登録意匠「遊戯機用表示灯」無効審決取消請求事件:知財高裁平成25年

   6月27日(2部)判決<請求棄却> B2−17

(3)登録商標「 」無効審決取消請求事件:知財高裁平成25年6月27

  (2部)判決<請求棄却>➡G−175

(4)「図柄」・「看板」著作権侵害等損害賠償請求事件:東京地裁平成25年

   7月2日(民46部)判決<請求棄却>➡D−83

(5)登録商標「SAMURAI」不使用取消審決取消請求事件:知財高裁平

   成25年7月17日(1部)判決<請求棄却>➡G−176

(6)登録商標「御用邸の月」商標権侵害差止等請求事件:知財高裁平成25年

   8月8日(2部)判決<控訴棄却>➡F−37−1

 

(7)補正裁判例:G−106の「論説」部分の最後に「6.」を追加し、ポ

   ロシャツのワンポイントマークの先端を切っていたワニ(鰐)図形の

  “Lacoste”をめぐり、これと“Crocodile”との関係に

   ついて明らかにした事実を記載しましたので、ご参照下さい。

 

 

7.このHPに掲載されている私の論文,論説には著作権が与えられていますので、無断複製を禁止します。引用される場合には、必ずその出所を明記して下さるようにお願いいたします。 All Rights Reserved.


 
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