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2007年8月1日


 
近 況 雑 感

今年もまた8月という暑い季節がやってきました。8月というと、8月15日の終戦の日までにあと2週間という8月1日の夜、私は、郷里の新潟県長岡市で米軍による大空襲にあい、父の家も特許事務所も焼失され、また国民学校時代の多くの級友を失いました。生き残った級友とはその後再会することもなく、今日に至っています。
 過日、久し振りの訪れた長岡戦災資料館では、空襲前・後の空撮写真でわが家の存・否がわかったし、自宅と隣接していた祖父の代からの「牛木鉄工所」の名前の入った地図も出ていました。
 また、毎年今の時期になると、長岡空襲を語る市民座談会が開かれ、一般市民を巻き込んだ戦争という名の集団殺人事件を思い出させています。このような事件は、沖縄や広島・長崎だけではないのです。
 第二次世界大戦(わが国では大東亜戦争と呼ばれていた。)において、わが国民は、全国各地でそして外国各地で多くの生命・財産を犠牲にしたことによって得た代償として、「第9条 戦争放棄」という世界最高の勲章の付いた新しい憲法(昭和23年5月3日施行)を持つことができ、この憲法下で長く平和を享受しています。人類の生活のすべては平和から始まるのです。

 今日の憲法改正論者は、「戦争放棄」を定めた第9条の抜本的改正を念頭においた立場にいますから、そういう者は、まず先の戦争によって受けた犠牲者の霊魂に心からの祈りを捧げてほしいと思います。しかる後に、戦争の本質というものを考えてみてほしいと思います。

 

2.夏休みの季節となると思い出すのが、もう一つ。日本工業所有権法学会の初代会長だった豊崎光衛先生が昭和55年7月28日に軽井沢の別荘で急逝されたことです。享年72才です。私は、豊崎先生とは個人的にも早くから接点があり、先生が昭和35年10月30日に出版された新法律学全集54(有斐閣)の『工業所有権法』(初版は、上柳克郎著「共同組合法」と合体形式であった。)の91頁では、私が弁理士1年入学前に、「発明」1960年4月号に発表した「新意匠法批判」の2122頁を引用されていたのです。また、亡くなられた年の春休みの頃だったと思うが、サービスマークのことで、わざわざ秋葉原の私の事務所まで相談に見えられたのです。
 日本工業所有権法学会が設立されたのは昭和53年(1978)です。当時、豊崎先生は学習院大学名誉教授でしたが、一方の著作権法学会の会長は現在、学習院大学教授の野村豊弘先生です。そして、著作権法学会の初代会長は日本大学教授の東季彦先生でしたが、この学会の設立は昭和37年(1962)3月という、工業所有権法学会に比すると、はるかに古い学会なのです。(学会誌“著作権研究”の第1号が発刊されたのは1967年ですが、当時の文化庁著作権課長は佐野文一郎氏です。)

 

もう1人の先生の名前をあげることをお赦し下さい。私が弁理士試験を受けた昭和34年(1959)当時の意匠課長で試験委員でもあった高田忠先生です。質問魔であった私は、実務と理論との交錯でわからない問題があると、新潟から出てきては特許庁の高田先生を訪ねたものでした。しかし、昭和44年(1969)に『意匠』を出版されてからは、意匠の類似の意味を物品混同と説明されていたことから、先生とは疎遠な関係となりました。その後、私は昭和49年(1974)に『意匠法の研究』(発明協会)を出版し、反高田色を鮮明に出した創作説をアピールしたのです。
 現行意匠法(昭和34年)の改正委員でもあった高田先生が当時、意匠の類似とは「創作の同一性」をいうと解することは立法の趣旨から当然であると発言されておれば、この問題をめぐり、今日のような混乱の渦の中に意匠法をおくことはなかったと思います。高田先生は昭和60年9月23日に逝去され、享年73才でした。

 

4.高田先生の考え方に対して、特許庁内部で真っ向から反対されていたのは江藤哲審判長であり川添不美雄審判長(意匠課長)でしたが、いずれも今やこの俗世界にはおられず、私の相談相手は誰れもいなくなり、創作説の立場で孤軍奮闘している今日このごろです。
 しかし、創作説なるものは説以前の意匠法の本質に根差す考え方ですから、何人であろうと私の考え方を否定できる者はいないはずです。私はあちこちで混同説や美感説なるものを喝破しており、これらが意匠法のグランドから消え去って行くのは時間の問題であると確信しています。
第1.1−9-10
 私は現在、月刊「弁理士受験新報」(法学書院)に弁理士試験受験生のための講座
「意匠法講義」を連載していますが、これを読めば弁理士でも学者でも裁判官でも、意匠の類似についての考え方によく目覚め、本質的に理解することができるはずです。
 ただ意匠の類否判断が実際に難しいのは、その判断は人間の感性と理性と悟性にまたがっているものであるということを、われわれが気付かないでいるところに原因があるようです。


5.今月の裁判例の紹介は、次の3つの事件についてです。

(1)マンホール蓋受枠意匠権侵害事件:大阪地判平成18年12月
    
7日<認容>→A−38
  (2)写真著作権侵害事件:東京地判平成18年12月21日
    <認容>→D−53
 (3)小型懐中電灯立体商標事件:知財高判平成19年6月
    27日<認容>→
G−55

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