2006年5月1日


 
近 況 雑 感

1. 韓国のソウル大学教授が発表した胚性幹(ES)細胞に関する研究論文は、捏造された実験データによって裏付けされていたという事実が昨年公表されて驚いたのは、それを信じ込んでいた研究者その他の関係者ばかりでなく、関係のないわれわれ第三者にとっても、科学者とは純粋に自然現象界に起こる真実の発見に努める者であると思っていたから驚いたのであった。
 そのような捏造データによる論文は、わが国では大阪大学医学部や東京大学工学系研究科においてもあったし、調査の結果、捏造の事実は論文の記述を支えるはずの実験データやノートが存在していなかったことによって裏付けられたという。
 また、4月27日(木)の朝日新聞夕刊の一面トップ「神戸大教授 データ捏造特許出願 大学指導で取り下げ」の見出しによる記事も、その類いであった。ウソデータによる特許出願は実はよくある話だということは昔から耳にしていたが、問題は企業ではなく大学で行われていたことである。そして、大学人が行った実用化研究開発事業が独立行政法人NEDOの助成事業に採用され、2年間で計9,000万円の助成金を受取っていたという。教授らの発明が、実は机上での計算や思考に基いて推論でまとめ上げられた論文(仮説)であればともかく、特許出願という自然法則を利用した技術的思想の高度の創作となれば、完成した発明を裏付けるための実験データが必要となるわけであるから、われわれ代理人は特許発明の「クレーム」を裏付ける実験データをいつも出願人や発明者に要求するし、審査官から要求される場合もある。
 ところで、理工系の研究論文の場合にあっては、その内容を裏付ける実験データが常に要求されるのに対し、法律系の研究論文の場合にあっては、他者が発表した文献を全部確認することは義務であるものの、裏付けの実験データの代わりとなるものといえば裁判例である。裁判例は、さまざまな事実関係が織り成す新たな展開に対し、いかに実定法を適用して解釈するかが問題となるが、新しい事実問題に対しては新しい解釈を生まなければならない場合があるから、裁判例は実務家にとっても学者にとても貴重な教材となる。逆に、裁判例を批判する論文の中には、裁判所に対し新しい解釈を生む議論を展開しているものもあるから、真の法律論文とは理論と実務とを批判的に結集したものとならなければならないだろう。(注)それが実務における法の進化というものである。
 しかし、わが国においてはまだ歴史の浅い知的財産法の分野を見ると、わが国の学者の場合は実務については裁判例を通しての些細な知識しかないから、そのような人の論文を読んでも何の感動も与えないし、参照している論文や裁判例も片寄っているものが多い。そうではなく、例えば意匠法と著作権法とが交錯する諸問題について、大学教授の肩書を持っている学者には本格的な論文を書いてもらいたい。そして、私がこれまでに発表したこの問題をめぐる多くの論文について批判し、新しい学説を発表してもらいたいと思う。各自が発表した研究成果を弁証法的に批判し合うことによって、はじめて学問の進歩というものが起り得る。

 (注) 最高裁平成9年7月17日判は「ポパイ」第3事件において、私が東京地
 裁昭51年5月26日判の「サザエさん」事件で指摘していた著作権の存続期間
 の起算点についての考え方を採用し、東京高裁判決の考え方を否定した。
 (牛木「キャラクター戦略と商品化権」113頁,164頁参照)

 

2. さて、改正意匠法案は今日現在、まだ衆議院を通過していないのは、他の重要法案が同院経済産業調査会で審議中であるからであるが、私が同法案について特に問題としている点は次の3点である。
 (1)意匠権の存続期間の延長と効力の起算日について
 (2)意匠の類否判断の基準について
 (3)無審査登録制度の導入(ダブルトラックシステムの導入)について
 そこで本号では、「論文コーナー」の第27において、この3点について、私が衆議院経済産業委員会のために用意した質問事項を記載しておく。

 

3. . 私は4月1日号の「近況雑感」において、意匠法の改正を審議した小委員会の議論に関連づけて、内閣府商品安全委員会のプリオン専門調査会の専門委員12人のうち半数が、政府による審議の方向性に反対して辞任したことが報道されたことを紹介したが、この辞任について朝日新聞4月25日(火)の「科学」欄では、次のように批判している。「委員側も辞任せず背骨混入問題など答申後の動きを総括してほしかった。それが、調査会専門委員の科学者としての社会的責任ではなかったのだろうか。」
 この辺の真相は、意匠小委員会の場合にあっても、部外者をシャットアウトした密室の中で審議している状態では不明である。

 

4.  ところで、今月の裁判例コーナーは、次の3つの事例を紹介する。
 (1)化粧用パフ事件(大阪地判平成17年12月15日)
    →A-32
 (2)建築用壁板材事件(知財高判平成18年1月18日)
    →B1-21
 (3)Kranzle商標事件(知財高判平成18年1月26日)
    →G−45
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