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2020年9月1日



 
近 況 雑 感

 今年もなお、酷暑お見舞い申し上げます、と申し上げなければなりません。

 夏、暑いのは結構なことですが、暑すぎるのは心身ともに不健康にしますから、ごめんこうむりたいですね。

 

1.今年8月15日は戦後75年に当たることから「全国戦没者追悼式」は、日本武道館で開催されましたが、今年はコロナウィルスの流行を理由に、20府県の遺族が欠席され、約530人だけの出席であったというのです。

 式典とはいっても、この式典とはわが国が米国その他の国々と戦争を続けてきたことによる人身被害に対する遺族者大会であり、「天皇陛下バンザイ」と叫んで死去して行った日本軍人たちの遺族の集会であります。

 現在、「日本遺族会」が主催して靖国神社でも行われていますが、この会は昭和22年に結成され、昭和28年には財団法人とされていますが、現在、会長の水落敏栄さんは新潟県人(十日町市出身)であり、参議院議員でもあります。

 この日本遺族会は全国に支部も結成されていますが、軍人恩給を復活させるなど遺族の支援に尽力しているのです。

 この会の存在を見倣って、現在、空襲の戦災によって家族を喪失したり資産を喪失した国民である遺族に対し救済金の支援をするための運動が続けられています。これが「全国空襲連合」の活動であり、支援の立法化のために国会への運動もしています。私も会員の1人ですが、私自身は長岡空襲の犠牲者です。

 この件を記載すると、同時に記載しておきたいことがあります。それは、政治家の靖国人社への参拝の是非です。

 確かに憲法第21条の規定を考えると、国家の政治は特定の宗教を背後においてはならないことは、私も十分承知していますが、総理大臣らが靖国参拝する理由は、戦争に参加して死亡された者達を追悼し参拝することは、遺族である日本国民や政治家の当然の責務であると解すればよいのです。

 われわれ日本国民が現在、平和でかつ豊かな生活ができるのは、靖国神社に祀られている多くの旧日本軍人たちの犠牲の上に立っているからです。

 したがって、総理大臣その他の政治家らが靖国神社を参拝することに反対する者の精神を私は理解できません。

 

2.朝日新聞2020年8月8日(土)の5面の「惜別」欄に新潟水俣病訴訟の弁護団長をされた坂東克彦さん(87才)が老衰で死去されたとの記事が出ていました。同紙によると新潟県出身とだけありますが、正確には新潟県小千谷市の出身です。

 坂東先生は、「現場こそ最良の教師」という行動力と強い自己主張の持ち主であり、新潟と熊本の水俣病訴訟では、多くの困難な局面を突破してきたといわれています。

 1960年には、九州の三井三池炭鉱での労働争議で解雇される労働者の支援に回ったとのことですが、帰郷後は、1965年の阿賀野川流域に熊本に続く第二の水俣病が発生したことから、坂東先生は、新潟の原告とともに熊本県水俣市を訪問したことから、運動が下火になっていた水俣において患者支援団体が出来たというのです。1969年に熊本で起こされた訴訟でも原告弁護団に加わり、熊本の患者らからも依頼されたというです。

 このような記事は、地元紙の新潟日報にも著名死者の紹介で発表されていましたが、全国紙で紹介されたことは偉大な人物であったことの証しです。

 小千谷といえば、戊辰戦争の交渉地として有名ですが、長岡藩の老中河井継之助と大政奉還を望む江戸幕府の使者との交渉が決裂した土地として知られていますが、河井はこの交渉の後に、見附・三条の八十八里越えを経て会津若松の会津藩と結託しようとしていたのですが、失敗したのでした。

 

 

3.以前にも書きましたが、新潟県長岡市が毎年8月に打ち上げる「長岡花火」のことについては、映画監督の大林宣彦さんが映画化したことを、私は本欄などにおいて伝えていますが、その映画の題名は「この空の花―長岡花火物語」(2012年)でありますところ、今年逝去された大林監督を追悼するための花火の打ち上げが計画されているという記事が、新潟日報に掲載されていました。 そのための資金は、現在長岡フィルムコミッション(FC)が、募集しているとのことです。

 大林監督の遺作が公開されるのは9月4日(金)ということで、その日の夜に追悼の記念花火を打ち上げるとのことです。

 花火の打ち上げ日は、遺作「浜辺の映画館―キネマの玉手箱」の市内公開に合わせるとのことですが、今までのところ、場所と時間は非公表とのことで、インターネットで中継する予定とのことです。(新潟日報2020年8月8日17面から)

 私は9月4日午後に時間を作って長岡へ行き、映画と花火を見る予定です。

 

.山ア正和さんが今年8月19日に悪性中皮種のために死去されました(86才)。本業は何かと思っていましたが、新聞によれば、劇作家,評論家などとして巾広い表現活動を展開され、芸術文化の振興に尽力されてきたといわれています。

 山アさんは、独創的な視点で社会評論や文芸評論を執筆され、時間を消費する社会を予測した「柔らかい個人主義の誕生」(1959年)はロングセラーとなったといわれています。山崎さんは京都市の出身で、京都大学大学院在学中から劇作をはじめ、1938年に発表した「世阿彌」で岸田國士劇曲賞を受賞されました。その意味で、新聞は山崎さんを「真の知識人 文化振興に尽力」と称していますが、私は山崎さんの生き方を見て、真のゼネラリストと理解し、尊敬できる憧れの人物でありました。

 山崎さんは、東京に移らず関西にとどまったのは、権力の中枢に触れてもどっぷりつからない、新幹線で約3時間という距離感を気に入っていたというのです。3時間あれば、いろいろなことを考えたり、執筆することができるからです。(以上、産経新聞2020年8月22日1面・23面から)

 私は個人的には、若い頃、山ア正和さんの人生に憧れ、京都に住みたいと思ったことがありますが、スペシャリストの道ではなく、ゼネラリストの道を歩みたいという願望は、現在の弁理士という職業の中において実現しようという方向性を忘れていません。それは、例えば、特許出願の際に必要な「特許請求の範囲」の請求項における記載によって実現しようとしているのであります。

 また、私は実務家であると同時に評論家として、裁判例に対する批評や学説への批判を続けて行くつもりです。評論家という者は、事案を批判する立場にありますが、そういう人物になるためには自分自身が各法分野についての哲学者でなければならないのです。

 ゼネラリストであれば、1つの新規な技術的思想についての明細書や図面の作成だけではなく、その周辺に存在する(知らない別の技術的思想を見い出すことができる)かも知れません。また、特許出願のみならず意匠登録出願についても見い出すすることが出来るかも知れないのです。

 また、エキスパートとスペシャリストとは違います。私が考えているエキスパートとはゼネラリストの中から生まれるのですから、エキスパートはゼネラリストを背景に誕生するのですから、全体を見たり考えたりしている中で、専門分野の問題を俯瞰することができるのです。

 

5.ところで、東京都練馬区に100年近くの長期間存在していた遊園地「としまえん」が閉鎖され、その跡地に新たな「ハリーポッター遊園」を新設するとのニュースが入って来ました。「としまえん」は、私が大学時代に一時下宿していた江古田からも近いことから、一度見に行った覚えがありますが、「ハリーポッター」を主人公とした物語は、松岡佑子さんの翻訳で出版されています。松岡佑子さんは福島県出身ですが、ICUに入学して卒業していますが、同学卒の夫の松岡さんと結婚され、松岡さんが経営していた出版社「静山社」を後継されたのです。この松岡さんと私の妻博子とはICUの同級生であると私は妻から聞きました。

 松岡佑子さんについては、長い間AIPPI日本部会の通訳をお願いしていたので、知財法関係のわが国の弁理士や弁護士で知らない人はいない有名人です。

 豊島区に新しい「ハリーポッター遊園」が誕生すれば、同著書の翻訳者としての松岡祐子さんもいろいろと相談を受けることが多いと思いますので、他人任せにすることはできない立場になると思います。

 

6.韓国では意匠法をデザイン保護法と呼び、意匠権をデザイン権と呼んでいるところ、金・張事務所からの最近の情報によりますと、デザイン権の保有存続期間が現在平均して6.9年間であるというのです。これは10年前に比べ1.8年間伸長しているとのことですが、われわれ外国弁理士にとっても、代理人として登録されたデザイン権の存続期間が法定の保護期間に近くまで有効に存続しているということは嬉しいことです。

 ということは、出願人が新規に創作して登録したデザインが長い期間、需要者の需要を満たしているということを意味しますがから、同時に意匠権者の収益も増加しているという効果を表しています。

 しかしながら、そのようなデザインは当業者から見ると、早く消滅してくれと願うようなデザインとなってくるのです。

 このような傾向は、わが国においてもありますので、この事実は相互に注目すべき情報といえるでしょう。

 

7.私がかつて依頼され長年争って勝訴した商標権侵害差止等訴訟事件の被告となっていた(株)フィルモアの代表者遊佐典之さんが死去されたとの知らせを妻ユキエさんからいただいたのは、つい1週間ほど前でした。胃ガンだったというのです(73才)。

 仕事上の長いお付き合いでしたが残念なことです。ご冥福をお祈りいたします。

 思い出の被告事件とは、本HPのF−18に掲載している「商標『Mマーク mosrite of Carifornia』使用差止請求事件」です。「モズライト MOSRITE」といえば有名なロックグループの「ザ・ベンチャース」サウンドを奏でることができるエレキギターの商標として人気があり著名でありましたが、この訴訟事件には前段があり、まずK社が所有していた商標権を行使してF社に対して商標権侵害差止等請求を東京地裁に提訴したのです。その結果は、請求棄却されるとともに商標登録無効の審決が出たのです。その後、立場を変えた複雑な事件となったのです。➡G−18

 同じ知財法分野において、意匠法については専門家としての評価が高かった私ではありましたが、商標法分野については専門家といえるほどの実績はなかったのですが、本事件を扱ったことによって商標権侵害の複雑さを初めて経験したといえるのであります。

 モズライトギターを持っての演奏会は、私の「古稀記念論文集」である「意匠法及び周辺法の現代的課題」を刊行していただいた2005年4月(発明協会)の記念パーティーのアトラクションとして神田一ツ橋の如水会館で行われました。学者の先生方の中にはジャズ演奏を初めて聴いたという人もいました。

 また、歌手で俳優の加山雄三さん(81才)はモズライトギターのファンであり、フィルモアからギターを買ったり修理してもらっていますが、8月29日夜に都内の病院に入院したとのことです。(朝日新聞2020年8月31日26面から)

 加山さんは昨年暮れ頃から体調をくずしており、コンサートも延期になっている状態です。

 

 

8.今月の「裁判例研究コーナー」では、次の3件について紹介いたします。

 

(1)出願意匠「Handle for electric toothbrush」拒絶審決取消請求事件:知

   財高裁平成31年4月1日(4部)判決<請求棄却>➡B1−65

(2)出願商標「Maharaja」拒絶審決取消請求事件:知財高裁令和2年

   7月8日(4部)判決<請求棄却>➡G−284

(3)出願商標「TAKAHIROMIYASHITATheSoloist.」拒絶審

   決取消請求事件:知財高裁令和2年7月29日(2部)判決<請求棄却>

   ➡G−285

 

 

9.このHPに掲載されている私の論文,論説には著作権が与えられていますので、無断複製を禁止いたします。もし引用される場合は、必ずその出所を明記して下さるようにお願いいたします。 All Rights Reserved.


 
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